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皇帝の弟
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それは貼らない方がましかも知れないほど、何とも哀れな様相を呈している。
まずもって、絵も文字もお世辞にも上手とは言えないものだ。色遣いやデザインのセンスにも首を傾げたくなる。
それを長い間大事に使い回しているのであろう。四隅と言わず鋲や釘の痕があり、その穴から裂け目が縦横に走ってい、それを裏紙で補修しているのが遠目にも判る。
「偶然ではあると思いますが、なんとも戯作者の名前が気になりまして……。何分、私にはあれとよく似た名前の叔父がおりますので」
ブライトは眉間にしわを寄せ、ゆがんだカリグラフをめねつけた。
『演目:戦女神クラリス 作:フレキ=ゲー』
「目の良いことだ」
彼は野犬のうなりのような声でつぶやき、後頭部を激しく掻きむしった。
エル=クレールはその様子を、ある種の期待を持って見つめていた。
ミッド大公公女クレール・ハーン姫が「叔父」と呼べる血縁は、父方にはいない。
彼女の「叔父」に当るのは彼女の母方の縁者だだ。それはつまりギュネイ帝室に繋がる人物と言うことになる。
彼女の母方の叔父「フレキ=ゲー」は、本名をヨルムンガンド・フレキ・ギュネイという。
ギュネイ初代皇帝ヨルムンガンド・ギュネイとその正式な皇后との間に生まれた。父親からファーストネームを受け継いだ彼は、それにもかかわらず帝位を継げなかった。
父に、もう一人息子がいたためである。
彼よりも僅かばかり早く生まれ、長子の権利を得たそのもう一人こそが、今上皇帝・フェンリルだった。
そのことを理由にしてか、あるいはもっと別の思うところがあるのか、通常、ヨルムンガンド・フレキは自身を示すのにファーストネームを使わない。
そればかりか姓までも名乗ることを憚る。
どうしても姓名を名乗り、あるいは記名せねばならない場合は、ミドルネームと苗字の頭文字だけを用いるのだ。
すなわち「フレキ=ゲー」と。
ブライト・ソードマンは眉間にしわを寄せた。頭痛がする。
彼の頭痛の原因を、エル=クレールは知っている。
この吐き気をともなった頭痛の発作は、時として正気を失うほどの激しい「感情」に起因する。
彼はギュネイ家を嫌っている。
もっとも彼に限らず、今の支配者達を良く思っていない人物は少なからずいる。
理由は各々様々だろう。
前の王朝にへの忠誠心、宗教的な対立、政治思想の違い、成功者への嫉妬、権力者への反抗心、個人的あるいは一族的な憎悪、過去に対する憧憬……。
ブライトがどの様な「理由」からその感情を抱いているのかは知れない。
共に旅をする上では理解する必要性があるだろう。だが、クレールにはそのつもりがない。
直接的な血縁はないが、それでも縁の繋がる人々に対する彼の感情の悪さの由縁を、彼の口から聞かされたくなかった。
まずもって、絵も文字もお世辞にも上手とは言えないものだ。色遣いやデザインのセンスにも首を傾げたくなる。
それを長い間大事に使い回しているのであろう。四隅と言わず鋲や釘の痕があり、その穴から裂け目が縦横に走ってい、それを裏紙で補修しているのが遠目にも判る。
「偶然ではあると思いますが、なんとも戯作者の名前が気になりまして……。何分、私にはあれとよく似た名前の叔父がおりますので」
ブライトは眉間にしわを寄せ、ゆがんだカリグラフをめねつけた。
『演目:戦女神クラリス 作:フレキ=ゲー』
「目の良いことだ」
彼は野犬のうなりのような声でつぶやき、後頭部を激しく掻きむしった。
エル=クレールはその様子を、ある種の期待を持って見つめていた。
ミッド大公公女クレール・ハーン姫が「叔父」と呼べる血縁は、父方にはいない。
彼女の「叔父」に当るのは彼女の母方の縁者だだ。それはつまりギュネイ帝室に繋がる人物と言うことになる。
彼女の母方の叔父「フレキ=ゲー」は、本名をヨルムンガンド・フレキ・ギュネイという。
ギュネイ初代皇帝ヨルムンガンド・ギュネイとその正式な皇后との間に生まれた。父親からファーストネームを受け継いだ彼は、それにもかかわらず帝位を継げなかった。
父に、もう一人息子がいたためである。
彼よりも僅かばかり早く生まれ、長子の権利を得たそのもう一人こそが、今上皇帝・フェンリルだった。
そのことを理由にしてか、あるいはもっと別の思うところがあるのか、通常、ヨルムンガンド・フレキは自身を示すのにファーストネームを使わない。
そればかりか姓までも名乗ることを憚る。
どうしても姓名を名乗り、あるいは記名せねばならない場合は、ミドルネームと苗字の頭文字だけを用いるのだ。
すなわち「フレキ=ゲー」と。
ブライト・ソードマンは眉間にしわを寄せた。頭痛がする。
彼の頭痛の原因を、エル=クレールは知っている。
この吐き気をともなった頭痛の発作は、時として正気を失うほどの激しい「感情」に起因する。
彼はギュネイ家を嫌っている。
もっとも彼に限らず、今の支配者達を良く思っていない人物は少なからずいる。
理由は各々様々だろう。
前の王朝にへの忠誠心、宗教的な対立、政治思想の違い、成功者への嫉妬、権力者への反抗心、個人的あるいは一族的な憎悪、過去に対する憧憬……。
ブライトがどの様な「理由」からその感情を抱いているのかは知れない。
共に旅をする上では理解する必要性があるだろう。だが、クレールにはそのつもりがない。
直接的な血縁はないが、それでも縁の繋がる人々に対する彼の感情の悪さの由縁を、彼の口から聞かされたくなかった。
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