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八
出陣
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その日、杉原四郎兵衛とその徒党数名は、夜明け前に出奔した悟円坊……いや、真田の忍者・五助以外は、ことごとく捕らえられた。
◇◆◇
真田源三郎隊の大砲五挺と足軽十名と、真田源二郎隊の大砲五挺と足軽十名は、五助が、
「抜け出す」
と報せてきた明け六つの一点を少しばかり過ぎてから、大法寺を出た。
進むべき道が西と東に分かれようとする分岐点で、部隊は小休止を取った。源三郎は兵士達の顔の一つ一つを確かめるように見回す。
「今一度、念を押すぞ。
お前達は各々の道の途中にあるという社に留まるのだぞ。
道のりを考えれば、私の部隊の方が先にそこへ付くだろう。四半刻ほど刻を置くことにする。
源二郎の部隊が社に着いた頃合いを見計らって、我ら兄弟は山頂へそれぞれに向かう。
我らの出立から小半刻程経った頃合いに、鉄砲隊は用意の弾丸抜きの早合で空に向けて空砲を撃て。
そのほかの者は、何でも良いから大きな音を立てるように。担い箱やら陣笠やらを打ち鳴らし、木々を揺さぶり、吶喊するのだ。
それを私が合図するまで続けよ」
「応」
兵達は真面目顔で答える。
ただ一人不満を表に出している者がいる――氷垂だ。
健脚自慢の源三郎の奥方は、夫と一緒に山頂まで向かうと言って聞かなかったが、結局は押しとどめられた。
源三郎は彼女に、
「抜け出てくると言う五助を落ち合って、共々、先に上田城へ戻るように」
と指示した。
「あたくしが若様の足手まといになるとでも仰いますので?」
乙御前の面のように頬を膨らませた氷垂へ、源三郎は、
「逆だ。私がお前の足に追いつかない」
真面目顔で言ったものだ。
背後で源二郎が肩を小刻みに震えさせていた。
「お前に来てもらえぬ代わりと言っては何だが……」
源三郎は氷垂が首から提げていた法螺貝を取った。
「これを合図に使う」
兵達に向かってそう言った源三郎へ、氷垂が、
「若様が、法螺貝をお吹きになられましょうや?」
少々いたずらげな笑みを投げた。その顔が、
『若様が吹けないなら自分が付いていって吹きますよ』
と語っている。
「これでも『吹く楽器』の類いは、割と得意なのだよ。ま、お前さまほどに巧くはできぬだろうけれども、な」
源三郎も氷垂へ少々いたずらげな笑みを投げ返した。
源三郎と源二郎は馬に乗って出立した。騎馬で行けるところまで行き、急坂になったら、馬はそれぞれの馬丁に預け、後は徒歩で登って行く心づもりである。
かくして源三郎隊は東側の山道に入り、源次郎隊は西側の山道へ向かい、氷垂は寺に残って五助翁を待つこととなった。
◇◆◇
真田源三郎隊の大砲五挺と足軽十名と、真田源二郎隊の大砲五挺と足軽十名は、五助が、
「抜け出す」
と報せてきた明け六つの一点を少しばかり過ぎてから、大法寺を出た。
進むべき道が西と東に分かれようとする分岐点で、部隊は小休止を取った。源三郎は兵士達の顔の一つ一つを確かめるように見回す。
「今一度、念を押すぞ。
お前達は各々の道の途中にあるという社に留まるのだぞ。
道のりを考えれば、私の部隊の方が先にそこへ付くだろう。四半刻ほど刻を置くことにする。
源二郎の部隊が社に着いた頃合いを見計らって、我ら兄弟は山頂へそれぞれに向かう。
我らの出立から小半刻程経った頃合いに、鉄砲隊は用意の弾丸抜きの早合で空に向けて空砲を撃て。
そのほかの者は、何でも良いから大きな音を立てるように。担い箱やら陣笠やらを打ち鳴らし、木々を揺さぶり、吶喊するのだ。
それを私が合図するまで続けよ」
「応」
兵達は真面目顔で答える。
ただ一人不満を表に出している者がいる――氷垂だ。
健脚自慢の源三郎の奥方は、夫と一緒に山頂まで向かうと言って聞かなかったが、結局は押しとどめられた。
源三郎は彼女に、
「抜け出てくると言う五助を落ち合って、共々、先に上田城へ戻るように」
と指示した。
「あたくしが若様の足手まといになるとでも仰いますので?」
乙御前の面のように頬を膨らませた氷垂へ、源三郎は、
「逆だ。私がお前の足に追いつかない」
真面目顔で言ったものだ。
背後で源二郎が肩を小刻みに震えさせていた。
「お前に来てもらえぬ代わりと言っては何だが……」
源三郎は氷垂が首から提げていた法螺貝を取った。
「これを合図に使う」
兵達に向かってそう言った源三郎へ、氷垂が、
「若様が、法螺貝をお吹きになられましょうや?」
少々いたずらげな笑みを投げた。その顔が、
『若様が吹けないなら自分が付いていって吹きますよ』
と語っている。
「これでも『吹く楽器』の類いは、割と得意なのだよ。ま、お前さまほどに巧くはできぬだろうけれども、な」
源三郎も氷垂へ少々いたずらげな笑みを投げ返した。
源三郎と源二郎は馬に乗って出立した。騎馬で行けるところまで行き、急坂になったら、馬はそれぞれの馬丁に預け、後は徒歩で登って行く心づもりである。
かくして源三郎隊は東側の山道に入り、源次郎隊は西側の山道へ向かい、氷垂は寺に残って五助翁を待つこととなった。
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