37 / 40
七
郷導を用いざる者は地の利を得ることあたわず
しおりを挟む
事実、蒸しあげた玄米と具のない味噌汁と香の物という食事を、馬丁達も足軽達も若奥方様も若様達も一緒に食べた。
当初、寺僧は源三郎と源二郎には白米の飯を出すつもりであった。
精米のために玄米を搗こうとする彼らに、源三郎が、
「我らが突然押しかけてきて迷惑をかけているというのに、更に二、三人ばかりの分を取り分けて炊く手間を負わせては、申し訳がなさ過ぎる」
と言って、飯も汁も、添え物の大根の糠漬けの枚数までも、全員分を同じように整えさせた。
広い板張りの部屋に、同じ品を同じ食器に盛り付けた同じ膳部が並ぶ。
二十有余人の男と一人の女が打ち揃って、一人あたり米二合半分の飯を喰った。
膳が下げられると、その場がすぐに「作戦会議室」に変じた。
「さて、子檀嶺城の中の様子は、それを知らせてくれる者がいたので、私は十分に知っている。
どのように対処するべきか、その策も私の頭の中にできている。
だが、今までの私は上州と真田の庄を往復するばかりであったから、悲しいかな塩田の土地の事は詳しくない。これは源二郎も同様だ。
そこで……どうであろうか。この中に、この地に明るい者はおるかね?
孫子に、
『郷導を用いざる者は、地の利を得ることあたわず』
とある。
もしこの場に子檀嶺岳のあたりの地勢に詳しい者がいたなら、その者の意見を聞きたい。そして道の案内もしてもらいたい。
どうであろうかか?」
源三郎の問いを聞いた足軽達は、互いに顔を見合わせた。
小声で何かを言い、小さく首を横に振る。
「申し訳ございませぬ」
源三郎が連れてきた足軽の頭と、源二郎が連れてきた足軽の頭とが、面目なさげに頭を垂れた。他の者たちもうなだれている。
彼らの半分は千曲川右岸の出で、四半分は真田庄の出で、残り四半分は上州生まれだった。
「そうか……。では寺の者か村衆にでも道案内を頼まねばならぬな」
源三郎が顎に手をやって考え込んだところへ、
「も……申し上げます」
末席から声が上がった。源三郎の馬丁の水出大蔵だ。思い詰めたような顔をしている。
隣に落ち着きなさげに座っていた源二郎の馬丁の小市が、
『馬丁の俺達が若殿様に意見を奉るなど、身をわきめぇねぇにもほどがある』
と口に出して太蔵を制そうとしたのだが、その言葉を発すれば、自分も身をわきまえない愚か者と言うことになってしまうと気付いた。
小市は言葉を飲み込んだ。額に脂汗を滲ませて大蔵を睨み付ける。
ところが若殿様は、
「申せ」
と仰せになったのだ。それも、大層嬉しげに笑いながら。小市には不思議でならなかった。
発言を許された大蔵は、一度、更に深く下げた頭を少しばかり持ち上げて、
「子檀嶺の御山は上の方が岩ばかりで険しいように見えますが、その実、道にさえ迷わねば安々登れる山でございやす。
その道というのは四つばかりござんして、そのうち三つは馬を連れて行くのは無理でございやすが、人の脚で歩いても、麓から……ほぉ半刻ちょっともあれば天辺まで容易く登れますでごぜぇやす。
容易くない道と申しますのは、修験者の僧侶達が修業で登る道でごぜやす。特別に険しい道で、坂がうんと急で、それから幅が細くて、崖にくっついてるみてぇなところで、並の者には立って歩くのも難儀な道でございますから、この度は考えのうちには勘定できません。
そんで、残り三つのウチの一つは、ここから見て山の反対側から登る道で、へえ、ですからここからではうんと遠回りなので、だからこれも勘定に入らねぇです。
そんで、残り二つのうちの一つの道は、ほぉ、こちらのお寺さんの前の道を通って行く道で、もう一つはもっと村の奥の方の、あのほぉ、村松というのあたりから登って行く道でございやす。
こっち方の道はぐるっと回って天辺の北っ側へ出やして、あっち方の道は天辺の西っ側へ回り込んで出やす。
だから、上手いこと両方から登って行けば、天辺にいる連中を造作もなく挟み討ちができやしょう」
当初、寺僧は源三郎と源二郎には白米の飯を出すつもりであった。
精米のために玄米を搗こうとする彼らに、源三郎が、
「我らが突然押しかけてきて迷惑をかけているというのに、更に二、三人ばかりの分を取り分けて炊く手間を負わせては、申し訳がなさ過ぎる」
と言って、飯も汁も、添え物の大根の糠漬けの枚数までも、全員分を同じように整えさせた。
広い板張りの部屋に、同じ品を同じ食器に盛り付けた同じ膳部が並ぶ。
二十有余人の男と一人の女が打ち揃って、一人あたり米二合半分の飯を喰った。
膳が下げられると、その場がすぐに「作戦会議室」に変じた。
「さて、子檀嶺城の中の様子は、それを知らせてくれる者がいたので、私は十分に知っている。
どのように対処するべきか、その策も私の頭の中にできている。
だが、今までの私は上州と真田の庄を往復するばかりであったから、悲しいかな塩田の土地の事は詳しくない。これは源二郎も同様だ。
そこで……どうであろうか。この中に、この地に明るい者はおるかね?
孫子に、
『郷導を用いざる者は、地の利を得ることあたわず』
とある。
もしこの場に子檀嶺岳のあたりの地勢に詳しい者がいたなら、その者の意見を聞きたい。そして道の案内もしてもらいたい。
どうであろうかか?」
源三郎の問いを聞いた足軽達は、互いに顔を見合わせた。
小声で何かを言い、小さく首を横に振る。
「申し訳ございませぬ」
源三郎が連れてきた足軽の頭と、源二郎が連れてきた足軽の頭とが、面目なさげに頭を垂れた。他の者たちもうなだれている。
彼らの半分は千曲川右岸の出で、四半分は真田庄の出で、残り四半分は上州生まれだった。
「そうか……。では寺の者か村衆にでも道案内を頼まねばならぬな」
源三郎が顎に手をやって考え込んだところへ、
「も……申し上げます」
末席から声が上がった。源三郎の馬丁の水出大蔵だ。思い詰めたような顔をしている。
隣に落ち着きなさげに座っていた源二郎の馬丁の小市が、
『馬丁の俺達が若殿様に意見を奉るなど、身をわきめぇねぇにもほどがある』
と口に出して太蔵を制そうとしたのだが、その言葉を発すれば、自分も身をわきまえない愚か者と言うことになってしまうと気付いた。
小市は言葉を飲み込んだ。額に脂汗を滲ませて大蔵を睨み付ける。
ところが若殿様は、
「申せ」
と仰せになったのだ。それも、大層嬉しげに笑いながら。小市には不思議でならなかった。
発言を許された大蔵は、一度、更に深く下げた頭を少しばかり持ち上げて、
「子檀嶺の御山は上の方が岩ばかりで険しいように見えますが、その実、道にさえ迷わねば安々登れる山でございやす。
その道というのは四つばかりござんして、そのうち三つは馬を連れて行くのは無理でございやすが、人の脚で歩いても、麓から……ほぉ半刻ちょっともあれば天辺まで容易く登れますでごぜぇやす。
容易くない道と申しますのは、修験者の僧侶達が修業で登る道でごぜやす。特別に険しい道で、坂がうんと急で、それから幅が細くて、崖にくっついてるみてぇなところで、並の者には立って歩くのも難儀な道でございますから、この度は考えのうちには勘定できません。
そんで、残り三つのウチの一つは、ここから見て山の反対側から登る道で、へえ、ですからここからではうんと遠回りなので、だからこれも勘定に入らねぇです。
そんで、残り二つのうちの一つの道は、ほぉ、こちらのお寺さんの前の道を通って行く道で、もう一つはもっと村の奥の方の、あのほぉ、村松というのあたりから登って行く道でございやす。
こっち方の道はぐるっと回って天辺の北っ側へ出やして、あっち方の道は天辺の西っ側へ回り込んで出やす。
だから、上手いこと両方から登って行けば、天辺にいる連中を造作もなく挟み討ちができやしょう」
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
龍蝨―りゅうのしらみ―
神光寺かをり
歴史・時代
年の暮れも押し迫ってきたその日、
甲州・躑躅ヶ崎館内の真田源五郎の元に、
二つの知らせが届けられた。
一つは「親しい友」との別れ。
もう一つは、新しい命の誕生。
『せめて来年の間は、何事も起きなければ良いな』
微笑む源五郎は、年が明ければは十八歳となる。
これは、ツンデレな兵部と、わがままな源太郎とに振り回される、源五郎の話――。
※この作品は「作者個人サイト【お姫様倶楽部Petit】」「pixiv」「カクヨム」「小説家になろう」でも公開しています。
真田源三郎の休日
神光寺かをり
歴史・時代
信濃の小さな国衆(豪族)に過ぎない真田家は、甲斐の一大勢力・武田家の庇護のもと、どうにかこうにか生きていた。
……のだが、頼りの武田家が滅亡した!
家名存続のため、真田家当主・昌幸が選んだのは、なんと武田家を滅ぼした織田信長への従属!
ところがところが、速攻で本能寺の変が発生、織田信長は死亡してしまう。
こちらの選択によっては、真田家は――そして信州・甲州・上州の諸家は――あっという間に滅亡しかねない。
そして信之自身、最近出来たばかりの親友と槍を合わせることになる可能性が出てきた。
16歳の少年はこの連続ピンチを無事に乗り越えられるのか?
わが友ヒトラー
名無ナナシ
歴史・時代
史上最悪の独裁者として名高いアドルフ・ヒトラー
そんな彼にも青春を共にする者がいた
一九〇〇年代のドイツ
二人の青春物語
youtube : https://www.youtube.com/channel/UC6CwMDVM6o7OygoFC3RdKng
参考・引用
彡(゜)(゜)「ワイはアドルフ・ヒトラー。将来の大芸術家や」(5ch)
アドルフ・ヒトラーの青春(三交社)
空蝉
横山美香
歴史・時代
薩摩藩島津家の分家の娘として生まれながら、将軍家御台所となった天璋院篤姫。孝明天皇の妹という高貴な生まれから、第十四代将軍・徳川家定の妻となった和宮親子内親王。
二人の女性と二組の夫婦の恋と人生の物語です。
最後の風林火山
本広 昌
歴史・時代
武田軍天才軍師山本勘助の死後、息子の菅助が父の意思を継いで軍師になりたいと奔走する戦国合戦絵巻。
武田信玄と武田勝頼の下で、三方ヶ原合戦、高天神城攻略戦、長篠・設楽原合戦など、天下を揺さぶる大いくさで、徳川家康と織田信長と戦う。
しかし、そんな大敵の前に立ちはだかるのは、武田最強軍団のすべてを知る無双の副将、内藤昌秀だった。
どんな仇敵よりも存在感が大きいこの味方武将に対し、2代目山本菅助の、父親ゆずりの知略は発揮されるのか!?
歴史物語の正統(自称)でありながら、パロディと風刺が盛り込まれた作品です。
付き従いて……
神光寺かをり
歴史・時代
文官が一人、惰眠をむさぼる。
主君に愛され、同僚達に認められ、議論の場で長椅子を専横して横たわることを許された男、簡雍。
倹約令の敷かれた城下で、軽微な罪によって処罰されそうになっている見知らぬ市民を救うべく、彼がひねり出した知恵とは。
――御主君、あの二人を捕縛なさいませ――
浅葱色の桜 ―堀川通花屋町下ル
初音
歴史・時代
新選組内外の諜報活動を行う諸士調役兼監察。その頭をつとめるのは、隊内唯一の女隊士だった。
義弟の近藤勇らと上洛して早2年。主人公・さくらの活躍はまだまだ続く……!
『浅葱色の桜』https://www.alphapolis.co.jp/novel/32482980/787215527
の続編となりますが、前作を読んでいなくても大丈夫な作りにはしています。前作未読の方もぜひ。
※時代小説の雰囲気を味わっていただくため、縦組みを推奨しています。行間を詰めてありますので横組みだと読みづらいかもしれませんが、ご了承ください。
※あくまでフィクションです。実際の人物、事件には関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる