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郷導を用いざる者は地の利を得ることあたわず

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 事実、しあげた玄米と具のない味噌汁と香の物という食事を、馬丁ばてい達も足軽達も若奥方様も若様達も一緒に食べた。

 当初、寺僧は源三郎と源二郎には白米の飯を出すつもりであった。
 精米のために玄米をこうとする彼らに、源三郎が、

「我らが突然押しかけてきて迷惑をかけているというのに、更に二、三人ばかりの分を取り分けて炊く手間を負わせては、申し訳がなさ過ぎる」

 と言って、飯も汁も、添え物の大根の糠漬ぬかづけの枚数までも、全員分を同じように整えさせた。
 広い板張りの部屋に、同じ品を同じ食器に盛り付けた同じ膳部ぜんぶが並ぶ。
 二十有余人の男と一人の女が打ち揃って、一人あたり米二合半飯椀五杯分の飯を喰った。

 ぜんが下げられると、その場がすぐに「作戦会議室」に変じた。

「さて、子檀嶺城こまゆみじょうの中の様子は、それを知らせてくれる者がいたので、私は十分に知っている。
 どのように対処すあたるべきか、その策も私の頭の中にできている。
 だが、今までの私は上州と真田の庄を往復行ったり来たりするばかりであったから、悲しいかな塩田の土地の事は詳しくない。これは源二郎も同様だ。
 そこで……どうであろうか。この中に、この地に明るい者はおるかね?
 孫子そんしに、
郷導きょうどうを用いざる者は、地の利を得ることあたわず』
 とある。
 もしこの場に子檀嶺岳のあたりの地勢に詳しい者がいたなら、その者の意見を聞きたい。そして道の案内もしてもらいたい。
 どうであろうかか?」

 源三郎の問いを聞いた足軽達は、互いに顔を見合わせた。
 小声で何かを言い、小さく首を横に振る。

「申し訳ございませぬ」

 源三郎が連れてきた足軽の頭と、源二郎が連れてきた足軽の頭とが、面目なさげに頭を垂れた。他の者たちもうなだれている。
 彼らの半分は千曲川右岸の出で、四半分は真田庄の出で、残り四半分は上州生まれだった。

「そうか……。では寺の者か村衆にでも道案内を頼まねばならぬな」

 源三郎があごに手をやって考え込んだところへ、

「も……申し上げます」

 末席から声が上がった。源三郎の馬丁の水出大蔵だ。思い詰めたような顔をしている。
 隣に落ち着きなさげに座っていた源二郎の馬丁の小市が、

『馬丁の俺達おらだれが若殿様に意見をたてまつるなど、身をわきめぇねぇにもほどがある』

 と口に出して太蔵を制そうとしたのだが、その言葉を発すれば、自分も身をわきまえない愚か者と言うことになってしまうと気付いた。
 小市は言葉を飲み込んだ。額に脂汗をにじませて大蔵を睨み付ける。
 ところが若殿様は、

「申せ」

 と仰せになったのだ。それも、大層嬉しげに笑いながら。小市には不思議でならなかった。
 発言を許された大蔵は、一度、更に深く下げた頭を少しばかり持ち上げて、

子檀嶺こまゆみ御山おやまは上の方が岩ばかりでけわしいように見えますが、その実、道にさえ迷わねば安々やすやす登れる山でございやす。
 その道というのは四つばかりござんして、そのうち三つは馬を連れて行くのは無理でございやすが、人のあし歩いあるっても、ふもとから……ほぉ半刻一時間ちょっともあれば天辺てっぺんまで容易たやすく登れますでごぜぇやす。

 容易くない道と申しますのは、修験者の僧侶おっしゃんだれが修業で登る道でごぜやす。特別に険しい道で、坂がうんと急で、それから幅が細くて、がけにくっついてるみてぇなところで、並の者には立って歩くのも難儀なえらい道でございますから、この度は考えかんげぇのうちには勘定できません。
 そんで、残り三つのウチの一つは、こここっから見て山の反対側から登る道で、へえ、ですからこここっからではうんと遠回りなので、だからこれも勘定に入らねぇです。

 そんで、残り二つのうちの一つの道は、ほぉ、こちらのお寺さんの前の道を通って行く道で、もう一つはもっと村の奥の方の、あのほぉ、村松むらまつというのあたりから登って行く道でございやす。
 こっち方の道はぐるっと回って天辺てっぺんの北っ側へ出やして、あっち方の道は天辺てっぺんの西っ側へ回り込んで出やす。
 だから、上手いこと両方から登って行けば、天辺てっぺんにいる連中を造作ぞうさもなくはさちができやしょう」
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