子檀嶺城始末―こまゆみじょうしまつ―

神光寺かをり

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敵襲!

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 そもそも、四郎兵衛が勝手に真田昌幸を敵視しているだけで、あちらはこちらのことなど知りもしないのではあるまいか。

 もし真田方が杉原四郎兵衛なる男のことを知っており、その上で彼の男を重要な人物と見ているのなら、戦の前、あるいは戦の後に、何らかの手立て――暗殺なり調略ちょうりゃくなり――を打つはずだ。

 だが、四郎兵衛は殺されていない。真田の同盟者や配下に誘われてもいない。
 その事実こそが、真田方が四郎兵衛のことを歯牙しがにも掛けていないことの証左しょうさとなろう。

 それを、認めたく、ない。

 四郎兵衛の目は中空を彷徨さまよっている。
 彼が、伍円坊が持つ修験者の情報網ネットワークから知り得た情報というのは、

「徳川様方は兵一万だぞ!? 真田の方は二千足らずで、それも年寄りおっしゃん女衆おんなしょまでき集めた烏合うごうしゅうじゃねえか!」

 で、あった。
 そしてこの情報が真実であるなら、誰の耳目を持ってしても「真田方が敗北する」と判じられる筈だ。

「人数だけでも四倍も違うってぇ相手に、どうやって勝ったってンだ!? いや、そもそもどうやって戦ったってンだ!」

 四郎兵衛が口角泡を飛ばして叫ぶ問いかけに、次郎太は答えない。答えられない。
 彼にも真田がどのように戦い、どのように徳川に勝ったかなどという「あり得ない戦」のことなど解りようがなかった。
 判るのは、自分たちの想像力を上回る不可解な戦が、川の向こう側の、作りかけの小城で行われたらしい、と言うことだ。
 次郎太の背筋に寒気が走った。膝が笑う。耳鳴りがする。
 その耳鳴りの中に、何か異質な音が聞こえた。
 次郎太の心が現実に戻って来た。従兄弟でで親友である四郎兵衛の胸ぐらを掴んで、揺すった。

「しっかりしろ。何か、音がするぞ」

 四郎兵衛のうろうろしていた目玉が止まった。周囲を見回す。
 木々が僅かに揺れているらしい。枝音が聞こえた。
 耳を澄ませる。

 と。

 どん、と、空き腹に響く破裂はれつ音がした。
 四郎兵衛も次郎太も、それぞれ背中を突かれたように感じた。
 地面がかすかに揺れている気がする。

 座り込んで寝ていた見張り番が跳ね起きた。
 筵作りの城の中から、寝ぼけ男達が這い出てくる。

「真田の軍が攻めて来た!」

 誰かが叫んだ。誰の耳にも誰の声なのか判別が付かない。
 全員が寝ぼけ呆けていて、周囲を見ていない。だから「真田の軍」とやらを目に見た者はいない。
 見えない存在への恐怖と恐慌パニックが場を支配している。
 狭い場所で皆が右往左往した。
 人同士がぶつかって倒れる。その拍子に誰かが「城」の柱にぶつかった。

 城は乾いた音を立て、苦もなく、あっけなく、崩れ落ちた。

 潰れた「城であったむしろ」の中や上を、十人に満たない男達が這い回り、走り回る。
 あるいはしゃがみ込み、頭を抱えて突っ伏す。

 どん、どん、どどん。

 続けざまに爆音が鳴った。銃声にも、太鼓の音にも、大勢の人間の足音にも聞こえる。音の区別を聞き分けられるほど腹の据わった状態の者など、今のこの場所にはいない。
 ただ爆音に続いて上がったときの声を、皆が聞き取った。

 鉄砲、太鼓、鳴り板、人の声。それらが混じり合って、子檀嶺城衆を取り巻いている。

「囲まれた!」

 次郎太が叫んだ。
 山頂より少しばかり下の当たりで兵が展開されているらしい。
 それは多勢か、それとも無勢か、判然としない。
 音は前からも後ろから響く。幾度も聞こえるのは、実際に幾度も鳴らされているからなのか、一度のものが山並みに跳ね返っているからなのか……それも判らない。
 四郎兵衛にも次郎太にも、他の連中にも、寄せ手の数を計ることができなかった。
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