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たった一城

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 この「城」ができたばかりの頃であったなら、その辺でしている連中が驚いて跳ね起きたろう、だがが今では、誰一人として飛び起きもしなければ寝返りの一つも打たない。皆、四郎兵衛の大声に慣れきってしまった。
 なにしろこの「殿様」はしょっちゅう怒鳴り散らしている。
 静かに命令を下しても、腹を空かせた「家臣」達の動きが鈍い。そうなると、大声を上げることになってくる。大声で命令をしているうちに、普段の声まで大きくなる。
 そういう訳だから、皆は四郎兵衛が大声を出しても――それが命令なのか普段の話し声なのか判らないので――かえってすぐには動かなくいようになった。

 次郎太は笑うのを止めて、溜息を吐いた。

「はいはい。……で、殿さまよ」

 まるでけいの念のない口調でいう次郎太を四郎兵衛はにらみ付けたが、再び怒鳴り返しすことはなかった。
 杉原四郎兵衛はここ数日の間、常に怒鳴っていた。お陰で喉の奥が少々ヒリヒリと痛む。
 その上、眠れないものだから、頭の回転が少し鈍くなっているらしい。一度怒鳴ると、そのあとに続くべき「怠け者、不忠者を叱りつける」にふさわしい大声も言葉も、すぐに出てこない。
 今の四郎兵衛には、あごを突き出して次郎太をにらむぐらいが精一杯だった。
 そんな四郎兵衛を、次郎太はあわれむようなさげすむような複雑な目で見ながら、

「殿さまはこれからどうするおつもりですかね?
 こんな水の手もねぇへんな所にもってもう幾日いくにちになるか……のような浅はか者には勘定かんじょうもできねぇが……お前さまはこれから先のことをどうお考えなんですかね?」

 問うた言葉は丁寧だが、敬意が感じ取れない。いんぎんれいの見本のようだ。
 四郎兵衛は鼻から短く息を吹き出してから、ゆっくりと答える。

「そもそも、だ。あの真田の連中と俺達のどこが違うと、お前は思っている?」

 次郎太はあきれ顔をして、

「何から何まで違ってるでしょうよ。
 例えば、向こうは信濃しなの上野こうずけにそれぞれ二つも三つも城を持っている。山のとりでみてぇなモンもいれれば、もっとある。」

 右の手を四郎兵衛の前に突き出して、指を折って数える素振りをした。
 そしてこんどは左の手を突き出し、人差し指一本のみを伸ばして、

「だがこっちときたら、この『古城』が一つきり」

 その指で四郎兵衛の鼻先を指す。
 四郎兵衛はまた鼻から短い息を吐き出した。

「城の数は問題じゃねぇ」

「じゃあ、兵の数ですかね」

 目を半分閉じにした次郎太が、狭苦しい「城内」を見回す。
 初めは二十人を超える連中がいた。
 兵糧は、四郎兵衛曰く「十分」なだけ集め、蓄えてある。だがそれでも籠城戦が長引く可能性を考えて、飯の配給はギリギリまで切り詰められている。
 だから皆が腹を減らしている。子檀嶺岳に登る前よりはまだ「口入れる物があるだけまし」ではあるけれど、餓え乾いていることに違いはない。
 腹一杯の飯が食えると思って付いてきた者たちが、これに不満を覚えないはずはない。籠城が始まって三日目には、もう最初の逃亡者が出た。
 今この城内に残っているのはの四郎兵衛を入れても十人そこそこだ。

「もっと関係ぇねえ」

「それじゃあ、何だってんですかい?」
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