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鉄と鉛の雨

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 兵士達は色めき立った。
 主君から褒められ、人々にたたえられ、立身出世し、俸禄の高を増やすには「良い働き」をする必要がある。
 雑兵ぞうひょうを百も殺したところで、名のある将の首一つの価値には及ばない。
 戦では一番槍を挙げ、大将首を取った者でなければ、命がけの苦労に対する評価が上がらないのだ。
 それ故に、皆、我先われさきにと城門へ殺到した。誰も彼も、前にいる身方の背や腹を押しのけ、先へ進もうとした。

 その狂乱する人混みの頭上にだまの雨が降ってきた。

 入り乱れた戦場においては、弓も鉄砲も「的を狙って撃つ」武器としては用いられない。
 本陣のおおうまじるしいて旗本達を恐慌きょうこうさせるとか、槍を振り回して一騎駆けする突撃騎兵を射殺して本隊を混乱させるであるとか、そういうの理由がないのなら、矢弾やだまは「特定の範囲にばらまく物」である。
 弓組・鉄砲組は、土塁の上、やぐらの上、丘の上、岩のかげ、竹束の後ろ、町家の屋根に潜む。
 自分の眼下にまで敵が迫っているなら、それらへ射かけるのは当然だろう。しかし、それよりも重要なのは、自分のいる場所から一丁四百メートル先にいる軍勢の頭上へ鉄と鉛の雨を降らせ、誰彼かまわず傷を負わせることだ。
 敵兵の命を奪う必要はない。
 敵兵を動けない状態にすればよいのだ。
 戦場において『動けない者』は死人と同じと見なすことができる。
 たとえ息があったとしても、彼らは戦力にはならない。

 また『動けない者』とは、矢に射られ、弾たまに撃ち抜かれて怪我をした当人のことだけを指すのではない。
 矢弾を受けて動けなくなった一人の『動けない者』は、同僚か部下か、ともかく一人二人が救助して後方に運び、戦線から離脱する。手の塞がったその一人か二人も戦闘に参加しない『動けない者』となる。死人と同じになる。

 一本の矢、一発の弾丸が、三人分の死人を生じさせ、兵力を減らしてくれる。
 もし誰も怪我人を助けようとしなかったら――それでも見捨てられた哀れな『一人分の兵力』が減る。

 いや、怪我をさせずとも良い。
 雨霰と降り注ぐ鉄のやじり、鉛の弾に恐れを抱いた兵卒の足を止められれば、もう十分だ。

 だから弓組・鉄砲組の者たちは精密射撃ねらいうちなどしない。敵兵がいる範囲に鉄と鉛をばらまけばそれで良いのだ。

 真田勢の弓組と鉄砲組は自分の職分をよく知っていた。二の丸土塁の上に潜んでいた弓兵銃兵が仕事に掛かると、追手門のかぎの手に引っ掛かって進み損ねていた徳川方後続部隊の兵士達の身体に矢が刺さり、弾がめり込む。

 だが彼らは倒れない。否、倒れることができない。
 人が倒れるだけの空間がない。きびすを返すための隙間もない。

「引け! 早く引け!」

「逃げろ!」

「道を空けろ!」

「下がれ! 下がれと言っている!」

 前線で叫び声が上がる。言われるまでもない。徳川方は撤退を考えていた。
 しかし、北国街道の宿駅でもある上田城下うん町の東の端から、上田城の本丸手前までの、おおよそ二丁八百メートルの距離には、隙間なく七千の人間が詰まっている。

 突然、城下町の道筋に押し込められていた者たちが悲鳴を上げた。
 家々が燃えている。風は西から東へ、城から城下町へ吹いていた。炎も煙も徳川勢の者たちが逃げて行きたい方向へ向かって流れている。

 矢弾が振り、火が迫り、煙が立ちこめる。
 きょうかんごくとはこのような場所であろうか。
 徳川の兵士達は、自分一人が逃げられる方向を探して、バラバラに逃げまどった。
 隊列を組むことを忘れてしまったのだろうか。それともそもそも列を組まねばならぬことを知らなかったのだろうか。
 混乱して走り回る兵士達は、諸将がどれほど声を張り上げて命令を叫んだところで、一向に従う様子がなかった。
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