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三
物惜しみ
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土塁の上の者たちは、楽しげに謡い、舞っている。彼らの目には、迫り来る敵兵の姿など映っていないかのようだ。
その様を、徳川勢は侮蔑と取った。嘲られていると感じた。
小馬鹿にされて怒らないのは武士ではない。罵ってくる相手を切り伏せないのは男ではない。
徳川軍は突き進んだ。城門の前へ殺到した。
将の内の誰かが明確な突撃命令を下したのではない。だのに、徳川方全員が一つ方向へ駆けだした。
門の手前の柵に、縦長い木製の歩楯や、青竹を束ねた防弾具の竹束が掛けてあった。それらは矢弾を防ぐのには十分な装備だったが、怒りで頭に血をのぼせた男達の突進を防げげる防備ではなかった。
徳川軍の士たちは、薄っぺらな防備を跳ね飛ばして、城内になだれ込んだ。城兵の抵抗は僅かだった。パラパラと矢を射かけて来たが、徳川軍を足止めする事は出来なかった。
上田城は小城だ。曲輪は二の丸までしかない。突破して本丸館に火を掛けてしまえば、あっという間に落城るだろう。
「その後に、この地を足がかりにして、西の山に詰めている上杉の勢も叩いてしまえ」
「いっそ、川中島まで攻め上がらん」
「よし、火を掛けろ! 火を放て!」
勝ち誇った者たちが口々に言う。
だが中には、
「待て、待て。城に火を掛けて、俺達が巻き込まれたらどうするんだ」
などと言い出す者がいないでもなかった。
「この城は徳川家康の懐から出た金で築いた城だ。焼いてしまったら、今まで掛けた金が無駄になる」
そんなことをいう者もいた。
軍勢の動きが鈍ったその時、轟音を響かせて本丸を囲む土塁から太い材木が落ちてきた。大きな岩なども転がり落ちる。
本丸土塁を破壊した!
――そのように徳川勢には見えた。
土塁は崩れてなどいない。ただ上に備えてあった材木や岩を結び留めていた綱が、城方の手によって断ち切られただけのことだ。
押しつぶされた最前線の兵士達がそれを理解する間はなかった。
つぶされなかった者たちは恐慌を来した。
そこへ石礫が飛んでくる。熱い粘性の高い液体――煮立った粥が降りかかる。
粥は身体にべったりと張り付いて、中々流れ落ちない。皮膚に直接、あるいは布地の上に付着したなら、そこへ長く止まることになる。
それはつまり、お湯を浴びせられた場合よりも深い火傷を負うことになる、ということだ。
兵士達は逃げようとした。城壁の内に隙間なく押し込まれた人間が、もみ合い押し合う。
地面に笹の葉が撒かれていた。その上にヌルヌルとする粥が降ったものだから、足下が滑る。
それによって転んだ者がいることを、誰も気付かない。ただ、不意に人一人が消えてなくなったような空間ができるだけのことだ。一人分の空間には、すぐにその後ろの者がへ押し込められる。
彼らの足の下は人間の胴体ほどの段差ができているのだが、それが誰であるのかを確認するために頭を動かす余裕は、一分たりともなかった。
彼らは前にも後ろにも進めなかった。入ってきた狭い城門には、これから入ろうとしている味方の大軍がいる。ただただ遮二無二走り込んでいくる彼らを、どうやって押し戻して脱出できるというのか。
後方の者たちは慌てている。
城の中で大きな音と騒ぎが起きたことはわかった。
土煙がもうもうと立ち昇っている。
「先方隊が城を落とした!」
と、誰かが叫んだ。
その様を、徳川勢は侮蔑と取った。嘲られていると感じた。
小馬鹿にされて怒らないのは武士ではない。罵ってくる相手を切り伏せないのは男ではない。
徳川軍は突き進んだ。城門の前へ殺到した。
将の内の誰かが明確な突撃命令を下したのではない。だのに、徳川方全員が一つ方向へ駆けだした。
門の手前の柵に、縦長い木製の歩楯や、青竹を束ねた防弾具の竹束が掛けてあった。それらは矢弾を防ぐのには十分な装備だったが、怒りで頭に血をのぼせた男達の突進を防げげる防備ではなかった。
徳川軍の士たちは、薄っぺらな防備を跳ね飛ばして、城内になだれ込んだ。城兵の抵抗は僅かだった。パラパラと矢を射かけて来たが、徳川軍を足止めする事は出来なかった。
上田城は小城だ。曲輪は二の丸までしかない。突破して本丸館に火を掛けてしまえば、あっという間に落城るだろう。
「その後に、この地を足がかりにして、西の山に詰めている上杉の勢も叩いてしまえ」
「いっそ、川中島まで攻め上がらん」
「よし、火を掛けろ! 火を放て!」
勝ち誇った者たちが口々に言う。
だが中には、
「待て、待て。城に火を掛けて、俺達が巻き込まれたらどうするんだ」
などと言い出す者がいないでもなかった。
「この城は徳川家康の懐から出た金で築いた城だ。焼いてしまったら、今まで掛けた金が無駄になる」
そんなことをいう者もいた。
軍勢の動きが鈍ったその時、轟音を響かせて本丸を囲む土塁から太い材木が落ちてきた。大きな岩なども転がり落ちる。
本丸土塁を破壊した!
――そのように徳川勢には見えた。
土塁は崩れてなどいない。ただ上に備えてあった材木や岩を結び留めていた綱が、城方の手によって断ち切られただけのことだ。
押しつぶされた最前線の兵士達がそれを理解する間はなかった。
つぶされなかった者たちは恐慌を来した。
そこへ石礫が飛んでくる。熱い粘性の高い液体――煮立った粥が降りかかる。
粥は身体にべったりと張り付いて、中々流れ落ちない。皮膚に直接、あるいは布地の上に付着したなら、そこへ長く止まることになる。
それはつまり、お湯を浴びせられた場合よりも深い火傷を負うことになる、ということだ。
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彼らの足の下は人間の胴体ほどの段差ができているのだが、それが誰であるのかを確認するために頭を動かす余裕は、一分たりともなかった。
彼らは前にも後ろにも進めなかった。入ってきた狭い城門には、これから入ろうとしている味方の大軍がいる。ただただ遮二無二走り込んでいくる彼らを、どうやって押し戻して脱出できるというのか。
後方の者たちは慌てている。
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「先方隊が城を落とした!」
と、誰かが叫んだ。
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