子檀嶺城始末―こまゆみじょうしまつ―

神光寺かをり

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殿様らしい振る舞い

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 人間は役割を与えられると、それらしく振る舞うようになる。

 権威のある者の役を得た者は、権威のない者から見ると、権威のある者のように見える。
 権威のない役を振られた者たちは、権威のない者として、権威のある振る舞いをする者に従うような振る舞いをしてしまう。
 四郎兵衛は大将らしく振る舞った。その居丈高いたけだかな振る舞いが、他の者たちを家来のように振る舞わせる。

 もっとも「大将らしく」といっても、四郎兵衛は本物の侍大将のように命令を出して家来や組下の連中の尻を叩くだけでは済ませなかった。
 自分も地面を掘ったりくいを打ち込んだりしている。

城普請しろぶしんは立派な侍の仕事だ」

 畑を耕すのは嫌がった四郎兵衛が、畑仕事よりも身に堪える作業を、むしろ進んでやった。
 そうやって四郎兵衛が動き回るのだから、他の連中も働くより仕方が無い。
 御大将自らが土にまみれて働いているというのに、誰が文句を言えようか。

 侍らしい男と、その家臣らしい男達と、それから巻き添えになった山伏は、空き腹を抱えて働いた。
 一昼夜の後には、そこに「城」ができていた。
 ただし、心許こころもとない柱を建てて、天井と壁の代わりにむしろを掛けただけの掘っ立て小屋だ。
 矢玉どころか雨風を防げるかも怪しい。

 しかし、それであってもここは「城」となったのだ。
 平らな空地ではない。形のある物が建っている。
 そして、杉原四郎兵衛は子檀嶺城という一城の主になったのだ。

 城の中で、彼らは米を煮た。むしろ張りの天井は排煙の便が良かった。男達は火の回りに車座になって、硬いかゆのように煮え上がった飯をむさぼり食った。
 悟円坊などは味噌と梅干しという副菜おかずを、涙を流しながら喰っている。

「腹八分目にしろ。空き腹に飯を詰めすぎるとかえって死ぬことになるぞ。
 残りはほしいいにするんだ。これからの籠城に備えにゃならんのだ」

 四郎兵衛が一端いっぱしの侍大将のような口を利いた時には、すでに保存食に転用できるほどの量の飯は残っていなかった。

 食休みが済むと、四郎兵衛は仲間内から何人かを選んだ。
 選ばれたのは、胴丸鎧どうまるよろいを持っている者、打刀うちがたなを持っている者、揉烏帽子もみえぼしを被っている者である。
 つまりは「どうやら武士に見えぬこともない身形みなり」の者たちだ。
 そいつらに「山を下りて近隣の郷々さとざとを回れ」と言った。

「いいか、口上を教えるから、その通りにってくるんだそ。
俺達おれとは真田にはくみしない。
 逆賊・真田を討ち滅ぼすために、徳川様におかたする。
 こころざしを同じゅうする者は、俺達おれとに兵糧を供せよ』
 そう言って回って歩け。
 回って、食い物……兵糧と、それから武器を集めてこい!」

 かつてふもとの郷々は村上氏族の領地だった。その頃に殿様と仰いだ人々を追い出し、殺してしまった真田を、快く思っていない者もいないではない。
 それに徳川の配下には、生き残った村上氏の人々が組み込まれているという話もある。だから、

「真田を敵、徳川の身方とったなら、喜んで米を出してくれるだろう。
 喜んで出してくれないのなら、そいつは敵だ。敵はやっつけねばならん」

 つまりは、力尽くで奪ってこいと言うことだ。
 腹がくちくなると気も大きくなる。
 選ばれた連中は、胴丸鎧を着込み、刀を携えて、身なりを整えると、

「今の自分なら敵をやっつけられる」

 そんな気分になってきた。
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