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地上に巨人が生まれて、そのあと絶えた訳

命と等しく尊い物がないとは言い切れぬものです

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 雷鳴と雨音と、それから得体の知れない地鳴りの音に混じって、ミーミルはまた別な人の叫び声を聞きました。
 彼は振り返らずに、後ろにいるであろう誰かに声を掛けました。

「兄弟たち、兄弟たち! 高みへ走れ、振り返るな、命を惜しめ、物を惜しむな!」

 すると、あとから来た兄弟たちは、のそのそと彼を追い越して行きました。兄弟たちはミーミルよりもずっと背が高かったので、例え疲れ果てた足であっても、ミーミルが進むのよりも僅かに速く進むことができたのです。
 ミーミルを追い越していったのは、ティアマトとムルキブエルの子供の、クルとカシラットでした。
 彼等の肩の上には、彼等の両親と、彼等の年若くて身体の小さい兄弟たちが負われていました。
 ティアマトとムルキブエルの身体の小さい子供たちは、兄や姉の身体にしがみつきながら、同時にたくさんの鉄や木や石や、それからかなづちおのを抱えていました。銘木めいぼくは水を吸って重くなっておりましたし、鉄や石は氷のように冷え切っていました。
 ですから、クルとカシラットは彼等の兄弟たちが持つ水に濡れた材木のために、彼等が負える以上の重さを背に乗せなければなりませんでしたし、冷たい石のために身体が冷え切っておりました。
 ミーミルは小さな兄弟たちに言いました。

「あなた方とあなたの兄や姉と、それからあなた方の両親の命と、あなた方の持っている物と、どちらが尊いのか!?」

 小さな兄弟たちは互いの顔を見合わせますと、

「私たちの持っている物と、私たちの家族の命とでは、家族の命の方が尊いだろう」

 と言って、手の中の荷物から彼等が良いと思った物を一つずつ選び、残った大半を水の中に捨てました。彼等は長い間、荷物が沈んでゆくのをとても惜しそうに眺めていました。
 クルとカシラットは喘ぎながら進み、言いました。

「小さな兄弟よ、どうか彼等を叱らないでくれ。彼等は彼等が残したものが必要なものであると信じているのだ。そして私たちは彼等と同じように思っている」

 ミーミルは、クルとカシラットの為には、残りの荷物も捨てた方がよいと思いましたが、今の自分にはそのことを言うだけの気力が残っておりませんでしたので、仕方が無く、

「気をつけて兄弟たち。あなた方の上に祝福がりますように」

 小さな声で彼等の背中に呼びかけるだけにしました。
 ミーミルは更に山を登りました。
 水かさはどんどんと増し、水面はやがて彼の胸の下にまで達しました。
 雷鳴は一層強くなり、雨脚は一層激しくなります。
 水は地面にある物のほとんど総てを飲み込みました。

 ミーミルの耳には、天を呪い人を呪う声が聞こえました。
 食べる物を争って血を流し、お互いに食い合っていた者達が、水に沈みながら上げた叫びでした。
 ミーミルは彼等を助けたいと思いました。ですが、立ち止まればたちまちに増え続ける水の中に飲み込まれるに違いありません。振り返ればたちまちに流れに足をすくわれるに違いありません。
 彼は泣きながら、歯を食いしばって前に進みました。

 しばらく行くと、誰かが後ろから歩いてくる気配がしました。
 ミーミルは振り返らずに、後ろにいるであろう誰かに声を掛けました。

「兄弟たち、兄弟たち! 高みへ走れ、振り返るな、命を惜しめ、物を惜しむな!」

 あとから来た兄弟たちは、彼の後ろになんとか追いついて、ようやく横に並んで歩きました。兄弟たちはミーミルよりも背が高かったので、ミーミルが進むのよりも僅かに速く進むことができた筈ですが、もうすっかり疲れ果てていて、止まらずに歩くのがやっとだったのです。
 ミーミルの横を歩いているのは、ヌトとアシズエルの子供の、アナトとハッドゥでした。
 彼等の肩の上には、彼等の両親と、彼等の年若くて身体の小さい兄弟たちが負われていました。
 ヌトとアシズエルの身体の小さい子供たちは、兄や姉の身体にしがみつきながら、同時にたくさんの鏡や香水のつぼ、それから楽器を抱えていました。金属の鏡は冷たく、つぼは重く、楽器は大変かさばるので、小さな兄弟たちはとても苦労してそれらを持っていました。
 アナトとハッドゥは彼等の兄弟たちが持ち物のために背中から落ちそうになるので、彼等を落とさないようにしようと、あちらこちらへとふらつきながら歩かねばなりませんでした。
 ミーミルは小さな兄弟たちに言いました。

「あなた方とあなたの兄や姉と、それからあなた方の両親の命と、あなた方の持っている物とでは、どちらが尊いのか!?」

 小さな兄弟たちは互いの顔を見合わせますと、

「私たちの持っている物と、私たちの家族の命とでは、どちらも同じほどに尊い」

 と言って、手の中の荷物をより一層強く抱え込みました。
 ミーミルは、アナトとハッドゥの為には、兄弟たちは荷物を捨てた方がよいと思いました。
 しかしアナトとハッドゥは、あえぎながら言いました。

「小さな兄弟よ、どうか彼等を叱らないでくれ。彼等はそれが必要なものであると信じているのだ。そして私たちは彼等と同じように思っている」

 ミーミルが彼等の身を思って忠告しようとしたその時のことでした。
 ミーミルは大きな兄弟の背から、何かが落ちるのを見ました。
 荷が捨てられたのではありません。荷諸共に、幾人かの小さな兄弟姉妹たちが深い水の中に落ちていったのです。
 ミーミルも、それからアナトとハッドゥも、落ちた小さな兄弟たちを助けようと、手を伸ばしました。
 しかし兄弟たちは兄たちの手を掴むことができませんでした。
 彼等は溺れているというのに、なお荷物を手放さなかったからです。
 アナトの背の上でヌトが泣きながら声を上げました。

「私の子供、息子、娘! 私の血肉! 浮いておいで! その身だけで良いから!」

 大変大きな声でした。大変悲しい声でした。ですが、ヌトとアシズエルの小さな子供たちは、もう母親の声が届かないところにおりました。
 ヌトは泣き叫びながら水面に手を伸ばしました。
 彼女の夫のアシズエルはハッドゥの背にいましたが、そこから大きく手を伸ばして、ヌトの襟首を引きました。そうしないと、彼女もまた水の中に落ちてしまいそうだったからです。
 ヌトは美しい声が枯れるまで子供たちの名前を呼び続けました。ですが、彼等は荷物と一緒に沈んだきり、二度と浮き上がりませんでした。

 今でも彼等が沈んだ山の峰では、誰も弾かないのに琴の音や太鼓の音が聞こえることがあると言います。

 アナトとハッドゥは大声を上げ、獣が吠えるように泣きました。ヌトは涙がかれてなお泣き、アシズエルは声を上げずに泣きました。
 ミーミルは、叔母と伯父と従兄姉とその家族のために何か励ましの言葉を言わなければならないと思いましたが、彼等を慰められるだけの言葉は見つかりませんでした。ミーミルは仕方が無く黙っておりました。
 アナトとハッドゥは泣きながら、それでも歩くことを止めませんでした。むしろ最初よりも早足で山を登り続けました。歩かなければ、彼等自身と両親もまた溺れてしまいます。
 それと彼等は、彼等の兄弟達が沈んでしまった悲しい場所から、一刻も早く離れたいと思ったのです。

 彼等はミーミルを追い越して、山を登ってゆきました。
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