嘘つき師匠と弟子

聖 みいけ

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 それは、言うなれば、まどろみの中から勢いよく目覚めた時に似ていた。

 あれほど鬱陶しくまとわりついて、自分の名を呼べと話しかけていた精霊たちが、はたと姿を消していることに気が付いた。

 アラキノは視線だけで辺りを見渡したが、精霊の輝く姿は一つも見えなかった。
 それだけではない。もともと静かな場所だったが、前はもっと温かで穏やかな気配に囲まれていたはずだ。今は寂しく不気味に静まり返っている。

 いつからだ。いつから、こうなった。

 嫌な予感が、アラキノの喉の奥を不快な手つきで撫でた。
 何かを悟った心臓がドクドクと音を立て「アラキノよ、動け」と急かす。とうにふやけたと思っていた脳は、冴え冴えとしていた。

 明らかに、精霊たちに何かが起きている。
 精霊に何かがあれば、同胞にも何かが起こる。同胞に何かが起きたら、それを頼る人々が困難に陥る。
 そう思った瞬間、漠然とした不安と焦燥にかられた。原因を突き止め、なんとかしてやらねばという使命感がアラキノの胸に宿る。

 どこぞへ逃げたと思っていた心は、師に「お人よし」と揶揄われた時の姿そのままで、確かにそこにいた。

 アラキノは素早く身を起こす。くらりと世界が揺れたが、すぐに持ち直してその場に立ち上がる。長年身じろぎもせずに横たわっていたというのに、軽い眩暈一つで動ける身体は、やはり化け物だと思った。

 月色の髪から滴る水もそのままに、隣に横たえていたカンテラ付きの杖を掴む。アラキノが横たわっていた時間と同じだけそこにあった杖は、傷むことがない代わりにアラキノの手に馴染むこともない。おそらく、アラキノがそう望まない限り、永久に馴染むことはないのだろう。

 アラキノは鬱陶しい前髪を片手でかき上げると、大股で歩き出した。研ぎ澄まされた刃に似た銀の瞳には生命が確かに宿っていた。
 指輪にはまった青白い石がその光沢を増す。杖にぶら下がったカンテラも手元で嬉し気に光を揺らした。

 アラキノと契約していた精霊たちは、何事かが起きて他の精霊たちが姿を消してもそこにいたらしい。
 アラキノへの真心か、それとも執着か。心強いような不気味なような。妙な気分だった。

 水鏡から出たアラキノは、深いため息のような深呼吸のあと、随分と久しぶりに彼らを呼んだ。

「ヴォルニケツール・セラ」

「サソレアツール・セラ」

「アラキノツール・セラ」

 それぞれが、それぞれの寝床から飛び出してくる。どの精霊も、アラキノと同じように、あの日と何一つ変わらない姿をして、アラキノの目の前で揺れていた。

 精霊たちが、どうして本当の名で呼ばないのかと不思議そうにしているのを見ないふりをして、アラキノは人が使うことのない言葉を舌に乗せた。

コード アロィエスェリ キメル俺の望む場所に運んでくれ

 すぐに、雷光の精霊が反応し、その青白い輝きを増した。帯のような姿をたなびかせ、アラキノの周りをぐるりと大きく回り始める。その後を追ってふたりの精霊が互いに螺旋を描いて舞った。
 渋い表情で瞼を伏せていたアラキノは、観念して顔を上げた。

 カンテラのついた杖の先で地面を軽く突く。

 トン、という湿った土を突く鈍い音がしたのと同時に、温かく乾いた風が魔術師の身体を包み込んだ。

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