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しおりを挟むまだ太陽が顔も出さない、朝と言うには早すぎる時間。
ユーダレウスとティニが眠るテントに、小さな影が忍び込んだ。
「……ティニ。なあ、おい、ティニ」
身体を揺すられ、ティニは目を覚ました。毛布の中、くっつきそうな瞼をこすりながらなんとか目を開けると、ヒューゴがわくわくとした顔でそこにいた。
「ティニ、ふたりでアルイマベリーとりに行こうぜ」
「あるいまべりー……?」
なんのことやら、と首を傾げた瞬間、惹かれ合う上下の瞼がくっついた。曇天色の頭が足元でたぐまった毛布の山に、ぽふんと倒れ込む。
「あ、こら、寝るな。ほらっ」
ヒューゴに無理やり身体を起こされ、口に詰め込まれた何かをティニは反射的にもぐもぐと噛む。昨夜の砂糖漬けの干しアンズをとっておいたらしい。砂糖の甘さとアンズの酸味を味わううちに、ティニの目がじわじわと覚めていく。
「昨日水汲み行く途中でさ、別れ道があったんだけど。その先にいっぱい実がなってるだろうって父ちゃんが言ってたんだ。でもそっち、杭がなかったし、夜だし、あぶねーからダメって父ちゃん行かせてくれなかったんだよ」
ヒューゴはちょっと口を尖らせ「ちょっと木の実とるだけなのにさ、弱虫なんだよ父ちゃんは」と不満を零す。続けて「母ちゃんの好物だから、とってきたいんだ」と言うと、照れくさそうに頭を掻いてそっぽを向いた。
ティニは隣で横になっているユーダレウスを見る。
そっと四つん這いで頭の方に近づいて確かめると、その呼吸は確かに寝ているときのそれだ。
師は、一度眠ったら、名前を呼ばれない限りめったに起きないということをティニは学んでいた。ちなみに、放っておくと自然に目を覚ますまで眠っている。このまま小声で話をしていてもまず起きないだろう。
「でも、ヒューゴ。ふたりだけで杭の向こうに行ったら、おこられませんか?」
不安に思ってヒューゴを見ると、ヒューゴはまるで太陽のように、自信たっぷりに笑った。
「大人が起きる前に戻ってくりゃ大丈夫だって! ティニだって、美味いもんとってきてししょーに褒められたいだろ?」
師匠に褒められる。その一言だけで、ティニは一も二もなく頷いた。
ティニは足元に置いたブーツを履いて、上着を羽織る。肩にはもう何も入っていない鞄を下げた。
ふと思いついて、ユーダレウスの枕元に畳んである外套を見た。もしかしたら、まだ昨日の術がかかっているかもしれない。
「急げ、ティニ」
「今行きます」
ヒューゴに急かされたティニは、師の外套を腕に抱えて外に出た。
まだ辺りは薄暗く、霧がかかって煙っていた。
ほんの少し肌寒さを感じたティニは、自分の二の腕をさする。同じ様にしているヒューゴに近寄ると、師の外套を広げて二人の身体に頭から被せた。大きなそれは、足元まですっぽりと二人を包みこむ。
「なんで頭からかぶるんだ? あったけーけど」
ヒューゴが顔の前にかかる布を、鬱陶しそうに少しだけ持ち上げる。隙間から前が見えるように整えながら、ティニは我がことのように胸を張った。
「これ、昨日、師匠が魔術をかけたんです。多分、守りの魔術です」
「なんだよそれ! すっげーじゃん! さすが魔術師のデシだな!」
年上ぶった手つきでヒューゴはティニの頭を撫でる。褒められたティニはくすぐったそうに首をすくめた。
歩き出した子供たちは、泉のある方へと向かっていく。ヒューゴの言う通り、小路の途中に脇道のようなものがあった。何度か歩いて踏み固められたというだけの、ほとんど獣道に近い道だ。勿論、守り石の杭などない。
まるで、森がぽっかりと口を空けているようだ。その道の奥深くから、不気味な獣の鳴き声が低く響く。それに呼応するように、カラスたちがぎゃあぎゃあとやかましく騒ぎ出した。
「……い、行くぞ」
緊張したような声で、自分に言い聞かせるように呟いたヒューゴが一歩踏み出す。ティニも半歩遅れてそれに続いた。
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