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やかましい夜が終わり、朝を迎えたリゴンの街は、嵐が過ぎ去った後とは思えないほどに、何もかもがいつも通りだった。強いて変化をあげるならば、地面に大きな水たまりがいくつも残っていることくらいだろうか。
店の前に立つミアは、白い海鳥が飛ぶ晴天の空を見上げ、そして周囲を一通り観察して感嘆の声を零した。
「すごい、あんなに酷い嵐だったのに……」
「当たり前だろう。ユーダレウスがいたんだから」
「ふふ、そうだね」
屈託なく笑ったミアを見て面食らったマーサだったが、すぐに愛おしそうに目を細めた。
何か良い変化があった。ミアの顔は、そう思わせるような、晴れ晴れとしたいい表情だった。
「まったく、ずっとこうならいいのに」
マーサが見る方向には、背の高い銀髪の男がいた。
ユーダレウスはすっかり旅支度を整えて、来た時と同じように時代遅れの外套を羽織っている。その隣では動きやすい格好をしたティニが、ほとんど物の入っていない、新しい鞄の留め金をいじっていた。
「もっとゆっくりしてったらいいのに。本当にもう行くのかい、ユーダレウス」
「ああ。もともとその予定だ」
ユーダレウスは顔を隠すようにフードを目深にかぶる。マーサの後ろで「そのコート、ほんとに着てくの?」と呆れた顔をするミアのことは黙殺し、ユーダレウスは確認するように店の屋根を見上げる。
「俺が街にかけた護りの術は今年中はもつだろう。その後は油断するな」
「わかってるよ」
ふとマーサが腰をかがめ、俯くティニに視線を合わせた。曇天色のつむじを皺が刻まれた手が優しく撫でる。
「ティニも、元気でね」
「……マーサさんも……」
顔を上げたティニだったが、言葉を途切れさせ、自分の上着をぎゅっと握ると眉を下げた。
ティニにとって、保護者以外に親しい人ができるのも、はっきり別れというものを意識したのもこれが初めてだった。
「なんだい、そんなに寂しい顔して……なんなら今日からうちの子になるかい?」
まるで迷子になった子犬のようなティニを、マーサはからかう。にやにやと笑うマーサに、慌ててティニは首を横に振り、ユーダレウスの外套をきつく握った。
「いいえ、師匠と一緒にいきます!」
きっぱりと断ったティニに「そうかい、そりゃ残念だ」と大仰に残念がって見せるマーサを、ユーダレウスは喉の奥で笑った。その笑みを別なものに勘違いしたのか、ティニが置いて行かれるものかとばかりに、さらに強く外套を握りなおした。
「じゃあな。マーサ。長生きしろよ」
「そっちこそ、可愛い弟子残して野垂れ死ぬんじゃないよ」
「言われなくても死なねえよ」
軽口の応酬を最後に、ユーダレウスはティニを伴って歩き出した。
ユーダレウス達は、別れを惜しむ近所の人に捕まり、声を掛けられながらもゆっくりと先へ進んでいく。ようやくたどり着いた角を曲がる直前、沈黙していたミアが声を張り上げた。
「ユーダレウス! ティニ! また来るよね?」
立ち止まり、振り返ったティニが大きく手を振った。その数歩先で、同じように振り返ったユーダレウスがいつの間にか手にしていた杖の先で石畳を突く。するとカンテラからふわりと銀色の光の玉が踊るように飛び出し、ミアの頭上で解けるように弾けた。きらきらと光の粒子が舞い、同時にミアの耳にユーダレウスのぶっきら棒な声が届く。
「気が向いたらな」
彼らしい別れの言葉に思わず吹き出し、ミアは二人の姿が見えなくなるまで大きく手を振った。
店の前に立つミアは、白い海鳥が飛ぶ晴天の空を見上げ、そして周囲を一通り観察して感嘆の声を零した。
「すごい、あんなに酷い嵐だったのに……」
「当たり前だろう。ユーダレウスがいたんだから」
「ふふ、そうだね」
屈託なく笑ったミアを見て面食らったマーサだったが、すぐに愛おしそうに目を細めた。
何か良い変化があった。ミアの顔は、そう思わせるような、晴れ晴れとしたいい表情だった。
「まったく、ずっとこうならいいのに」
マーサが見る方向には、背の高い銀髪の男がいた。
ユーダレウスはすっかり旅支度を整えて、来た時と同じように時代遅れの外套を羽織っている。その隣では動きやすい格好をしたティニが、ほとんど物の入っていない、新しい鞄の留め金をいじっていた。
「もっとゆっくりしてったらいいのに。本当にもう行くのかい、ユーダレウス」
「ああ。もともとその予定だ」
ユーダレウスは顔を隠すようにフードを目深にかぶる。マーサの後ろで「そのコート、ほんとに着てくの?」と呆れた顔をするミアのことは黙殺し、ユーダレウスは確認するように店の屋根を見上げる。
「俺が街にかけた護りの術は今年中はもつだろう。その後は油断するな」
「わかってるよ」
ふとマーサが腰をかがめ、俯くティニに視線を合わせた。曇天色のつむじを皺が刻まれた手が優しく撫でる。
「ティニも、元気でね」
「……マーサさんも……」
顔を上げたティニだったが、言葉を途切れさせ、自分の上着をぎゅっと握ると眉を下げた。
ティニにとって、保護者以外に親しい人ができるのも、はっきり別れというものを意識したのもこれが初めてだった。
「なんだい、そんなに寂しい顔して……なんなら今日からうちの子になるかい?」
まるで迷子になった子犬のようなティニを、マーサはからかう。にやにやと笑うマーサに、慌ててティニは首を横に振り、ユーダレウスの外套をきつく握った。
「いいえ、師匠と一緒にいきます!」
きっぱりと断ったティニに「そうかい、そりゃ残念だ」と大仰に残念がって見せるマーサを、ユーダレウスは喉の奥で笑った。その笑みを別なものに勘違いしたのか、ティニが置いて行かれるものかとばかりに、さらに強く外套を握りなおした。
「じゃあな。マーサ。長生きしろよ」
「そっちこそ、可愛い弟子残して野垂れ死ぬんじゃないよ」
「言われなくても死なねえよ」
軽口の応酬を最後に、ユーダレウスはティニを伴って歩き出した。
ユーダレウス達は、別れを惜しむ近所の人に捕まり、声を掛けられながらもゆっくりと先へ進んでいく。ようやくたどり着いた角を曲がる直前、沈黙していたミアが声を張り上げた。
「ユーダレウス! ティニ! また来るよね?」
立ち止まり、振り返ったティニが大きく手を振った。その数歩先で、同じように振り返ったユーダレウスがいつの間にか手にしていた杖の先で石畳を突く。するとカンテラからふわりと銀色の光の玉が踊るように飛び出し、ミアの頭上で解けるように弾けた。きらきらと光の粒子が舞い、同時にミアの耳にユーダレウスのぶっきら棒な声が届く。
「気が向いたらな」
彼らしい別れの言葉に思わず吹き出し、ミアは二人の姿が見えなくなるまで大きく手を振った。
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