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メアリの先導で階段をのぼると、廊下の一番手前にある扉が開いているのが見えた。とろりと温かみのある色の明かりが暗い廊下に溢れている。ユーダレウスはティニを抱え直すと、ドアの枠に打たないよう、慎重に頭を下げて中に入った。
そこはかつて居間だった部屋で、素朴で丁寧な造りの家具が並んでいた。使いこまれて古びてはいるが、人が住まなくなってもきちんと手入れが行き届いており、宿にするには十分すぎるほどに居心地の良い空間だった。
マーサが暖炉の前の肘掛け椅子に腰かけて、ぼんやりと火を眺めていた。
普段の快活さが鳴りを潜めた穏やかな眼差しは、彼女が生きてきた年月の長さを生々しく感じさせ、ユーダレウスの胸に一抹の寂しさが宿った。
「……マーサ」
驚かせないよう静かに声をかけると、マーサは振り返り、ぱっと日向に咲いた野花のように笑う。
「ああ、来たかい。そうしてると親子に見えるね、あんたたち」
「ガキがいる歳に見えるか?」
「見えないね。攫ってきたみたいだ。ミアがああ言ったのもわかる気がする」
途端に「悪人面で悪かったな」と拗ねたユーダレウスがティニをおろした。マーサが呵々と笑う。
暖炉に入っている薪がパチンと音を立てる。
「ここいらは、夜から朝方は冬みたいに冷える。暖炉に火を入れていたところさ。さて、寝る仕度だったね。ベッドは奥の部屋のを使っとくれ……メアリ」
マーサに目配せをされたメアリが先に立って部屋を出て行く。ユーダレウスは荷物を抱え直してそれに続いた。
ティニが袖で目をこするのを目ざとく見つけたマーサが、腰をかがめてティニの顔を覗き込む。
「どうした、もう眠いのかい? お風呂はどうする?」
「眠くないです。お風呂、入ります」
眠気のない顔でふるふると首を横に振るのを愛おしそうに見ながら、マーサは自身の膝に手をついて立ち上がる素振りを見せた。
「それなら風呂のボイラーに火を入れてこようかね」
「……いや、その必要はない」
ベッドメイクをメアリに任せ、早々に戻ってきたユーダレウスがこともなげに言う。
この家では厨房で使う分とは別に、薪をボイラーに入れて風呂に使う分の湯を沸かす仕組みだ。火を入れないことにはお湯は出ない。
訝しげな顔をするマーサに、ユーダレウスはどこからともなく、カンテラがぶら下がった杖を出して見せた。それを見たマーサはようやく合点がいったとばかりに手を叩く。
「ああ! あんたは便利で羨ましいねぇ、すっかり忘れてたよ!」
「俺を何だと思ってたんだ、今まで」
「ん? 男前だけど人相の悪いお人よし」
「相変わらず正直なこった」
まっすぐすぎる物言いに、ユーダレウスは半眼してふんと鼻を鳴らす。大人も裸足で逃げ出したくなるような悪人面だが、さして不機嫌ではないことを知るマーサはおどけて舌先を見せた。
「ベッド、整いましたよ」
ドアの隙間からメアリが顔を出したのを見ると、マーサがはいよいよ立ち上がった。
「風呂とトイレは下の階。この部屋と、それと隣の寝室は好きに使ってくれて構わないからね。何かあったら裏の家にいるから、遠慮なく言って。食事は明日の朝、下の店で」
「わかった。世話になる」
ユーダレウスが礼を言うのに合わせて、ぺこりと下げられたティニの頭をひと撫ですると、マーサはひらりとその手を振った。
「それじゃ、下の片付けで少しの間うるさくするけど、すぐ終わらせるから。おやすみ、ティニ」
「おやすみなさい、マーサさん」
階段を下りていく二人の背中をティニが追いかけて見送った。
そこはかつて居間だった部屋で、素朴で丁寧な造りの家具が並んでいた。使いこまれて古びてはいるが、人が住まなくなってもきちんと手入れが行き届いており、宿にするには十分すぎるほどに居心地の良い空間だった。
マーサが暖炉の前の肘掛け椅子に腰かけて、ぼんやりと火を眺めていた。
普段の快活さが鳴りを潜めた穏やかな眼差しは、彼女が生きてきた年月の長さを生々しく感じさせ、ユーダレウスの胸に一抹の寂しさが宿った。
「……マーサ」
驚かせないよう静かに声をかけると、マーサは振り返り、ぱっと日向に咲いた野花のように笑う。
「ああ、来たかい。そうしてると親子に見えるね、あんたたち」
「ガキがいる歳に見えるか?」
「見えないね。攫ってきたみたいだ。ミアがああ言ったのもわかる気がする」
途端に「悪人面で悪かったな」と拗ねたユーダレウスがティニをおろした。マーサが呵々と笑う。
暖炉に入っている薪がパチンと音を立てる。
「ここいらは、夜から朝方は冬みたいに冷える。暖炉に火を入れていたところさ。さて、寝る仕度だったね。ベッドは奥の部屋のを使っとくれ……メアリ」
マーサに目配せをされたメアリが先に立って部屋を出て行く。ユーダレウスは荷物を抱え直してそれに続いた。
ティニが袖で目をこするのを目ざとく見つけたマーサが、腰をかがめてティニの顔を覗き込む。
「どうした、もう眠いのかい? お風呂はどうする?」
「眠くないです。お風呂、入ります」
眠気のない顔でふるふると首を横に振るのを愛おしそうに見ながら、マーサは自身の膝に手をついて立ち上がる素振りを見せた。
「それなら風呂のボイラーに火を入れてこようかね」
「……いや、その必要はない」
ベッドメイクをメアリに任せ、早々に戻ってきたユーダレウスがこともなげに言う。
この家では厨房で使う分とは別に、薪をボイラーに入れて風呂に使う分の湯を沸かす仕組みだ。火を入れないことにはお湯は出ない。
訝しげな顔をするマーサに、ユーダレウスはどこからともなく、カンテラがぶら下がった杖を出して見せた。それを見たマーサはようやく合点がいったとばかりに手を叩く。
「ああ! あんたは便利で羨ましいねぇ、すっかり忘れてたよ!」
「俺を何だと思ってたんだ、今まで」
「ん? 男前だけど人相の悪いお人よし」
「相変わらず正直なこった」
まっすぐすぎる物言いに、ユーダレウスは半眼してふんと鼻を鳴らす。大人も裸足で逃げ出したくなるような悪人面だが、さして不機嫌ではないことを知るマーサはおどけて舌先を見せた。
「ベッド、整いましたよ」
ドアの隙間からメアリが顔を出したのを見ると、マーサがはいよいよ立ち上がった。
「風呂とトイレは下の階。この部屋と、それと隣の寝室は好きに使ってくれて構わないからね。何かあったら裏の家にいるから、遠慮なく言って。食事は明日の朝、下の店で」
「わかった。世話になる」
ユーダレウスが礼を言うのに合わせて、ぺこりと下げられたティニの頭をひと撫ですると、マーサはひらりとその手を振った。
「それじゃ、下の片付けで少しの間うるさくするけど、すぐ終わらせるから。おやすみ、ティニ」
「おやすみなさい、マーサさん」
階段を下りていく二人の背中をティニが追いかけて見送った。
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