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11 ヴァレリー王太子の怒り
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ヴァレリーがルイーズ・ブルージュ公爵令嬢の輝く魅力にやられたのは、つい二日前のことだ。
ヴァレリーを見つめキラキラと輝いていたエメラルドの瞳が、今は陰りを帯びて、白い頬には滂沱の涙が止めどなくながれていた。
二日前にはあれだけ優雅だったカテーシーも、今は無様によろめいてしまっている。
記憶に新しい、神々しいまでに輝いていた少女が、ここまで弱り果て、衰弱している様はあまりにも哀れで、思わず抱き上げてしまった。
『軽すぎる! 大丈夫か、この子?』
失礼を承知でソファーに寝かせて、涙を拭いてやる。
その間もルイーズからは詫びの言葉が繰り返されていた。
その小さな細い声を聞くたびに、ヴァレリーの心臓にはドスドスと剣が刺さった。
『うう、痛い。痛みが伝わってくる。申し訳ない』
腹違いの弟、テオドリックの尻拭いとはいえ、ルイーズの憔悴した姿を見てしまうと、心から申し訳なさが込み上げる。
昨日はデビュタント舞踏会だった。
ファーストダンスの演奏が終わり、両陛下と共にホールへ入場した。
静かなざわめきと、戸惑いの雰囲気に、会場の様子がおかしい事にすぐに気が付いた。
王の祝辞の後に主役のデビュタントたちの踊りが2曲ほど続けられ、次の曲ではサイドに寄り集まっていたベテラン貴族たちが一斉に踊り出す。
そこに来て初めて王に話しかける者がいた。
叔父の率いる騎士団の者だ。
その者から王が入場する前の出来事を聞く。
なんてことだと数千人の紳士淑女がうごめく会場内を見渡しテオドリックを探すが、どこにもその姿はない。
そろそろこちらに挨拶に来てもいい頃合いなのだが、そのつもりはないらしく、どうやらとんずらしたようだ。
「あやつ! 勝手な事を!」
静かに低く父王の怒りの声が聞こえた。
王妃の扇子を持つ手も怒りに震えている。
王族であるテオドリックの一方的な婚約破棄や名誉あるご令嬢を貶める侮辱行為は、大衆の面前で行われたらしい。手の打ちようもなく、こちらが悪い。法的に見ても勝ち目がない。一国の王が謝罪しなければならない事態に陥った。
『馬鹿なやつ』
ヴァレリーは心の中でテオドリックを蔑む。
あんなに申し分の無い嫁、そうそういないぞ。
彼女が隣にいるだけでテオドリックの評価も上がるだろうに。
泣きながら退場したとか。
一位のデビュタントとして脚光を浴びていただろうに、急転直下だな。
人生何があるかわからないものだ。
正直、事の顛末を聞いた時は、面倒な事を起こしやがって、というテオドリックに対する呆れしかなかった。
だが、王に頼まれて様子伺いに訪れたブルージュ邸でルイーズの憔悴した様を目にし、初めて怒りが湧いた。
『あの馬鹿テオドリック! 何してくれやがった!!』
そして、王族の影響力を肌に感じた。
テオドリックの浅はかな行いが、輝きに溢れた少女に生涯に渡る傷を残した。
王妃教育を終えたということは、機密事項も殆どがこの少女に明かされているという事だ。
彼女はもう望むような結婚はできないだろう。
そして当然、その家門からの反発を買った。
それは恐ろしい事だ。
ブルージュ公爵家は、代々騎士団の要職を担っている。その親族も殆どが何らかの形で騎士団に関わる仕事をしている、王立騎士団の最大勢力なのだ。
一歩間違えれば内乱になりかねない。
ヴァレリーが公爵家に出向いたことで、こちらに敵意が無い事が伝わると良いのだが。
緊迫した状況の中でも、傷付けられて泣く少女を目にすると、ふつふつとテオドリックの非情さに怒りが湧いてくる。
ルイーズの顔を隠す手は小さく細く、悲哀を誘う。
瞳は閉じられ、そのきれいなエメラルドを見る事が出来ない。
髪は乱れて床に垂れ、ドレスは情けなく萎んでいる。
王太子という立場の自分の前ですら立ち上がれない程に憔悴したルイーズは、今まで見た誰よりも儚く可憐で美しかった。
ヴァレリーを見つめキラキラと輝いていたエメラルドの瞳が、今は陰りを帯びて、白い頬には滂沱の涙が止めどなくながれていた。
二日前にはあれだけ優雅だったカテーシーも、今は無様によろめいてしまっている。
記憶に新しい、神々しいまでに輝いていた少女が、ここまで弱り果て、衰弱している様はあまりにも哀れで、思わず抱き上げてしまった。
『軽すぎる! 大丈夫か、この子?』
失礼を承知でソファーに寝かせて、涙を拭いてやる。
その間もルイーズからは詫びの言葉が繰り返されていた。
その小さな細い声を聞くたびに、ヴァレリーの心臓にはドスドスと剣が刺さった。
『うう、痛い。痛みが伝わってくる。申し訳ない』
腹違いの弟、テオドリックの尻拭いとはいえ、ルイーズの憔悴した姿を見てしまうと、心から申し訳なさが込み上げる。
昨日はデビュタント舞踏会だった。
ファーストダンスの演奏が終わり、両陛下と共にホールへ入場した。
静かなざわめきと、戸惑いの雰囲気に、会場の様子がおかしい事にすぐに気が付いた。
王の祝辞の後に主役のデビュタントたちの踊りが2曲ほど続けられ、次の曲ではサイドに寄り集まっていたベテラン貴族たちが一斉に踊り出す。
そこに来て初めて王に話しかける者がいた。
叔父の率いる騎士団の者だ。
その者から王が入場する前の出来事を聞く。
なんてことだと数千人の紳士淑女がうごめく会場内を見渡しテオドリックを探すが、どこにもその姿はない。
そろそろこちらに挨拶に来てもいい頃合いなのだが、そのつもりはないらしく、どうやらとんずらしたようだ。
「あやつ! 勝手な事を!」
静かに低く父王の怒りの声が聞こえた。
王妃の扇子を持つ手も怒りに震えている。
王族であるテオドリックの一方的な婚約破棄や名誉あるご令嬢を貶める侮辱行為は、大衆の面前で行われたらしい。手の打ちようもなく、こちらが悪い。法的に見ても勝ち目がない。一国の王が謝罪しなければならない事態に陥った。
『馬鹿なやつ』
ヴァレリーは心の中でテオドリックを蔑む。
あんなに申し分の無い嫁、そうそういないぞ。
彼女が隣にいるだけでテオドリックの評価も上がるだろうに。
泣きながら退場したとか。
一位のデビュタントとして脚光を浴びていただろうに、急転直下だな。
人生何があるかわからないものだ。
正直、事の顛末を聞いた時は、面倒な事を起こしやがって、というテオドリックに対する呆れしかなかった。
だが、王に頼まれて様子伺いに訪れたブルージュ邸でルイーズの憔悴した様を目にし、初めて怒りが湧いた。
『あの馬鹿テオドリック! 何してくれやがった!!』
そして、王族の影響力を肌に感じた。
テオドリックの浅はかな行いが、輝きに溢れた少女に生涯に渡る傷を残した。
王妃教育を終えたということは、機密事項も殆どがこの少女に明かされているという事だ。
彼女はもう望むような結婚はできないだろう。
そして当然、その家門からの反発を買った。
それは恐ろしい事だ。
ブルージュ公爵家は、代々騎士団の要職を担っている。その親族も殆どが何らかの形で騎士団に関わる仕事をしている、王立騎士団の最大勢力なのだ。
一歩間違えれば内乱になりかねない。
ヴァレリーが公爵家に出向いたことで、こちらに敵意が無い事が伝わると良いのだが。
緊迫した状況の中でも、傷付けられて泣く少女を目にすると、ふつふつとテオドリックの非情さに怒りが湧いてくる。
ルイーズの顔を隠す手は小さく細く、悲哀を誘う。
瞳は閉じられ、そのきれいなエメラルドを見る事が出来ない。
髪は乱れて床に垂れ、ドレスは情けなく萎んでいる。
王太子という立場の自分の前ですら立ち上がれない程に憔悴したルイーズは、今まで見た誰よりも儚く可憐で美しかった。
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