10 / 53
10 王家陥落済みなのです
しおりを挟む
今年のデビュタント舞踏会を明日に控えて、王宮は華やかに賑わっていた。
このパーティーは地位、勢力に関係なくすべての貴族が、今期舞踏会デビューする子息、令嬢を披露するものだ。
貴族に生まれたからには必ず通る、十八歳成人前後の一大イベントである。
今日はデビューを控えた令息、令嬢が、王、王妃の両陛下に目通りに上がる日なので、宮殿の回廊ではすでにキャッキャウフフの大騒ぎなのである。
ヴァレリーは毎年王太子として両陛下の傍らに控え、この目通りに付き合わなければならない。
両親である王と王妃には、若者の姿を微笑ましく眺める余裕があるが、年の近い自分には耐え難いものがある。
婚約者がいるといっても、独身のヴァレリーは訪れた貴族たちの晒し者だ。
令嬢の、雲の上の人物に会ったような、ぽわんとした憧れの眼差しならまだいい。
その家族の、この機会にじっくりと値踏みするよう視線は、嫌悪以外の何者でもない。
「お前らの子供になんて興味ねーよ、ばーか!」
と言ってしまえたら、どんなにスッキリするだろう。
だが、ある意味良い子な自分は、王太子としてそんな軽はずみな事は決してしない。
だからいつだって、心の中で他者を蔑むのに止めている。
ヴァレリーが金髪碧眼の澄ました微笑みの下で考えていることは、家族や側近を含め誰も知らない。
いい加減、顔面に張り付けた笑顔が感覚を無くす頃、それは訪れた。
「ブルージュ公爵家が一人娘、ルイーズ令嬢」
名前を呼ばれて入室してきたのは、ダークブロンドの髪にエメラルドの瞳を持つ可憐な少女だ。
慣例通りの白いドレスは露出がほとんどなく、胸元と腰、スカートのたっぷりとしたドレープが優雅に細い肢体を彩っている。それでも華奢さを隠せない程に細い。
顔以外に唯一覗かせた肌は首だけ。その首は簡単に折れそうに細く、すらりと長く美しい。
両親に連れられてゆっくりとカーペットの上を王座の前まで歩いてくる。
完璧なウォーキングだ。
伏せられた瞼の曲線までもが美しい。
計算されたかのように長い睫毛か煌めき、頬に影を落としている。
そして存在感の素晴らしさ。
彼女の周りだけキラキラ輝くような目を離せない魅力がある。
いつも王子宮の学習室で見かける腹違いの弟の婚約者だ。
彼女が幼い頃から時折見かけていたが、こんなに美しく成長しているとは思わなかった。
王座の前で膝を折る所作も完璧だ。
慣例通りの挨拶が終わると、王の許可でブルージュ公爵一家は顔を上げた。
「ルイーズぅぅぅ!!」
王と王妃が座を飛び出して階段を駆け下り、ルイーズを囲んだ。
王妃は自らルイーズの白くて細い手を取って握りしめた。
「ルイーズ! 最高に素敵よ! でも、しばらく会えなくて寂しかったわぁ~」
そのままハグをし、チークキスまで当たり前のように交わされた。
『おお~い、なんだよ、何事だ?』
両親のついさっきまでの他のデビュタントたちへの対応とは明らかに、というか大幅に違う対応にヴァレリーは驚き、一段高くなっている上座に一人取り残されて、どうすべきか行動に悩む。
「申し分なく仕上がったな! 一位としての貫禄までも備わった。我らも鼻が高いぞ~」
王もルイーズとハグとチークキスを交わし、かけた言葉も語尾がデレデレだ。
「王妃教育は文句なく過去最高の成績を収めたし、宮殿内での評判も上々だ。この舞踏会が終わったら、さっそく婚姻式への準備に取り掛かるぞ!」
やっほ~い、という王の声が聞こえてきそうなほどの盛り上がりだ。
こんな父の一面を初めて見た。
「皆、この二ヶ月会えなくて寂しがっているわ。もちろんリリア妃もね。ルイーズを認めざるを得ないと観念したようよ」
リリア妃とは、テオドリックの産みの母親だ。何やら一悶着があったのだろうか。しかし決着済みのようだ。
「リリア第二王妃様には、心づくしのお手紙を頂いております。ルイーズとも良い関係を築けるでしょう」
公爵夫人は静々と報告した。
どうやら、リリア妃がなにかやらかしたらしい。
「そんな事はともかく、ルイーズ。待ちに待った成人を迎えたのだから、さっさとお嫁に来ちゃいなさい。ね、いいわね、ブルージュ公爵」
王妃の強引な言葉に、ブルージュ公爵もたじたじだ。
「そのつもりで今回二ヶ月のお休みを頂いたのです。一連の成人の儀が終わりましたら、もう待ったはありませんわ。娘も準備を怠っていません」
公爵夫人はノリノリである。
どちらにしても、この美しく可憐な少女は舞踏会デビューを終えたら王家に入宮するし、両家の関係も良好のようだ。
ここはひとつ挨拶でもしておく必要があるな。
ヴァレリーが遅れて階段を下りると、ブルージュ公爵一家は礼を持って迎えてくれる。
それぞれが所作美しく感じが良い。
なるほど、こういう家庭で育った娘か、とルイーズを評価する。
近づくとエメラルドの大きな瞳と視線が合い、良い香りがして、一層魅力的に感じる。
『うっ、やばい。やられる』
ヴァレリーは激しく上がって行く好感度に内心慌てた。
「久しぶりだな、ルイーズ。そしてブルージュ公爵、侯爵夫人。この度はおめでとう。弟はまだ少し頼りない所があるが、これから重責を担ってしっかりしてくるだろう。それまで支えてやってくれ」
言葉を述べている間もルイーズに見つめられ、魅力の矢がずきゅんずきゅんと心臓に刺さるが、何とか王太子として、義兄となる者として、体裁を保つ事が出来た。しかし。
「お久しぶりです、殿下。ふつつかながら、よろしくお願い申し上げます」
と、何ともか細い可憐な声を聞いてしまうと、純真な笑顔で答えられてしまうと、もうその魅力に陥落する以外なかったのだ。
このパーティーは地位、勢力に関係なくすべての貴族が、今期舞踏会デビューする子息、令嬢を披露するものだ。
貴族に生まれたからには必ず通る、十八歳成人前後の一大イベントである。
今日はデビューを控えた令息、令嬢が、王、王妃の両陛下に目通りに上がる日なので、宮殿の回廊ではすでにキャッキャウフフの大騒ぎなのである。
ヴァレリーは毎年王太子として両陛下の傍らに控え、この目通りに付き合わなければならない。
両親である王と王妃には、若者の姿を微笑ましく眺める余裕があるが、年の近い自分には耐え難いものがある。
婚約者がいるといっても、独身のヴァレリーは訪れた貴族たちの晒し者だ。
令嬢の、雲の上の人物に会ったような、ぽわんとした憧れの眼差しならまだいい。
その家族の、この機会にじっくりと値踏みするよう視線は、嫌悪以外の何者でもない。
「お前らの子供になんて興味ねーよ、ばーか!」
と言ってしまえたら、どんなにスッキリするだろう。
だが、ある意味良い子な自分は、王太子としてそんな軽はずみな事は決してしない。
だからいつだって、心の中で他者を蔑むのに止めている。
ヴァレリーが金髪碧眼の澄ました微笑みの下で考えていることは、家族や側近を含め誰も知らない。
いい加減、顔面に張り付けた笑顔が感覚を無くす頃、それは訪れた。
「ブルージュ公爵家が一人娘、ルイーズ令嬢」
名前を呼ばれて入室してきたのは、ダークブロンドの髪にエメラルドの瞳を持つ可憐な少女だ。
慣例通りの白いドレスは露出がほとんどなく、胸元と腰、スカートのたっぷりとしたドレープが優雅に細い肢体を彩っている。それでも華奢さを隠せない程に細い。
顔以外に唯一覗かせた肌は首だけ。その首は簡単に折れそうに細く、すらりと長く美しい。
両親に連れられてゆっくりとカーペットの上を王座の前まで歩いてくる。
完璧なウォーキングだ。
伏せられた瞼の曲線までもが美しい。
計算されたかのように長い睫毛か煌めき、頬に影を落としている。
そして存在感の素晴らしさ。
彼女の周りだけキラキラ輝くような目を離せない魅力がある。
いつも王子宮の学習室で見かける腹違いの弟の婚約者だ。
彼女が幼い頃から時折見かけていたが、こんなに美しく成長しているとは思わなかった。
王座の前で膝を折る所作も完璧だ。
慣例通りの挨拶が終わると、王の許可でブルージュ公爵一家は顔を上げた。
「ルイーズぅぅぅ!!」
王と王妃が座を飛び出して階段を駆け下り、ルイーズを囲んだ。
王妃は自らルイーズの白くて細い手を取って握りしめた。
「ルイーズ! 最高に素敵よ! でも、しばらく会えなくて寂しかったわぁ~」
そのままハグをし、チークキスまで当たり前のように交わされた。
『おお~い、なんだよ、何事だ?』
両親のついさっきまでの他のデビュタントたちへの対応とは明らかに、というか大幅に違う対応にヴァレリーは驚き、一段高くなっている上座に一人取り残されて、どうすべきか行動に悩む。
「申し分なく仕上がったな! 一位としての貫禄までも備わった。我らも鼻が高いぞ~」
王もルイーズとハグとチークキスを交わし、かけた言葉も語尾がデレデレだ。
「王妃教育は文句なく過去最高の成績を収めたし、宮殿内での評判も上々だ。この舞踏会が終わったら、さっそく婚姻式への準備に取り掛かるぞ!」
やっほ~い、という王の声が聞こえてきそうなほどの盛り上がりだ。
こんな父の一面を初めて見た。
「皆、この二ヶ月会えなくて寂しがっているわ。もちろんリリア妃もね。ルイーズを認めざるを得ないと観念したようよ」
リリア妃とは、テオドリックの産みの母親だ。何やら一悶着があったのだろうか。しかし決着済みのようだ。
「リリア第二王妃様には、心づくしのお手紙を頂いております。ルイーズとも良い関係を築けるでしょう」
公爵夫人は静々と報告した。
どうやら、リリア妃がなにかやらかしたらしい。
「そんな事はともかく、ルイーズ。待ちに待った成人を迎えたのだから、さっさとお嫁に来ちゃいなさい。ね、いいわね、ブルージュ公爵」
王妃の強引な言葉に、ブルージュ公爵もたじたじだ。
「そのつもりで今回二ヶ月のお休みを頂いたのです。一連の成人の儀が終わりましたら、もう待ったはありませんわ。娘も準備を怠っていません」
公爵夫人はノリノリである。
どちらにしても、この美しく可憐な少女は舞踏会デビューを終えたら王家に入宮するし、両家の関係も良好のようだ。
ここはひとつ挨拶でもしておく必要があるな。
ヴァレリーが遅れて階段を下りると、ブルージュ公爵一家は礼を持って迎えてくれる。
それぞれが所作美しく感じが良い。
なるほど、こういう家庭で育った娘か、とルイーズを評価する。
近づくとエメラルドの大きな瞳と視線が合い、良い香りがして、一層魅力的に感じる。
『うっ、やばい。やられる』
ヴァレリーは激しく上がって行く好感度に内心慌てた。
「久しぶりだな、ルイーズ。そしてブルージュ公爵、侯爵夫人。この度はおめでとう。弟はまだ少し頼りない所があるが、これから重責を担ってしっかりしてくるだろう。それまで支えてやってくれ」
言葉を述べている間もルイーズに見つめられ、魅力の矢がずきゅんずきゅんと心臓に刺さるが、何とか王太子として、義兄となる者として、体裁を保つ事が出来た。しかし。
「お久しぶりです、殿下。ふつつかながら、よろしくお願い申し上げます」
と、何ともか細い可憐な声を聞いてしまうと、純真な笑顔で答えられてしまうと、もうその魅力に陥落する以外なかったのだ。
0
お気に入りに追加
119
あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません
天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。
私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。
処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。
魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。
【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った
冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。
「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。
※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。


離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる