病弱を理由に婚約破棄されました ~私、前世は狂戦士だったのです~

呉マチス

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10 王家陥落済みなのです

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今年のデビュタント舞踏会を明日に控えて、王宮は華やかに賑わっていた。
このパーティーは地位、勢力に関係なくすべての貴族が、今期舞踏会デビューする子息、令嬢を披露するものだ。
貴族に生まれたからには必ず通る、十八歳成人前後の一大イベントである。
今日はデビューを控えた令息、令嬢が、王、王妃の両陛下に目通りに上がる日なので、宮殿の回廊ではすでにキャッキャウフフの大騒ぎなのである。

ヴァレリーは毎年王太子として両陛下の傍らに控え、この目通りに付き合わなければならない。
両親である王と王妃には、若者の姿を微笑ましく眺める余裕があるが、年の近い自分には耐え難いものがある。
婚約者がいるといっても、独身のヴァレリーは訪れた貴族たちの晒し者だ。
令嬢の、雲の上の人物に会ったような、ぽわんとした憧れの眼差しならまだいい。
その家族の、この機会にじっくりと値踏みするよう視線は、嫌悪以外の何者でもない。

「お前らの子供になんて興味ねーよ、ばーか!」

と言ってしまえたら、どんなにスッキリするだろう。
だが、ある意味良い子な自分は、王太子としてそんな軽はずみな事は決してしない。
だからいつだって、心の中で他者を蔑むのに止めている。

ヴァレリーが金髪碧眼の澄ました微笑みの下で考えていることは、家族や側近を含め誰も知らない。
いい加減、顔面に張り付けた笑顔が感覚を無くす頃、それは訪れた。

「ブルージュ公爵家が一人娘、ルイーズ令嬢」

名前を呼ばれて入室してきたのは、ダークブロンドの髪にエメラルドの瞳を持つ可憐な少女だ。
慣例通りの白いドレスは露出がほとんどなく、胸元と腰、スカートのたっぷりとしたドレープが優雅に細い肢体を彩っている。それでも華奢さを隠せない程に細い。
顔以外に唯一覗かせた肌は首だけ。その首は簡単に折れそうに細く、すらりと長く美しい。

両親に連れられてゆっくりとカーペットの上を王座の前まで歩いてくる。
完璧なウォーキングだ。
伏せられた瞼の曲線までもが美しい。
計算されたかのように長い睫毛か煌めき、頬に影を落としている。
そして存在感の素晴らしさ。
彼女の周りだけキラキラ輝くような目を離せない魅力がある。

いつも王子宮の学習室で見かける腹違いの弟の婚約者だ。
彼女が幼い頃から時折見かけていたが、こんなに美しく成長しているとは思わなかった。

王座の前で膝を折る所作も完璧だ。
慣例通りの挨拶が終わると、王の許可でブルージュ公爵一家は顔を上げた。

「ルイーズぅぅぅ!!」

王と王妃が座を飛び出して階段を駆け下り、ルイーズを囲んだ。
王妃は自らルイーズの白くて細い手を取って握りしめた。

「ルイーズ! 最高に素敵よ! でも、しばらく会えなくて寂しかったわぁ~」

そのままハグをし、チークキスまで当たり前のように交わされた。

『おお~い、なんだよ、何事だ?』

両親のついさっきまでの他のデビュタントたちへの対応とは明らかに、というか大幅に違う対応にヴァレリーは驚き、一段高くなっている上座に一人取り残されて、どうすべきか行動に悩む。

「申し分なく仕上がったな! 一位としての貫禄までも備わった。我らも鼻が高いぞ~」

王もルイーズとハグとチークキスを交わし、かけた言葉も語尾がデレデレだ。

「王妃教育は文句なく過去最高の成績を収めたし、宮殿内での評判も上々だ。この舞踏会が終わったら、さっそく婚姻式への準備に取り掛かるぞ!」

やっほ~い、という王の声が聞こえてきそうなほどの盛り上がりだ。
こんな父の一面を初めて見た。

「皆、この二ヶ月会えなくて寂しがっているわ。もちろんリリア妃もね。ルイーズを認めざるを得ないと観念したようよ」

リリア妃とは、テオドリックの産みの母親だ。何やら一悶着があったのだろうか。しかし決着済みのようだ。

「リリア第二王妃様には、心づくしのお手紙を頂いております。ルイーズとも良い関係を築けるでしょう」

公爵夫人は静々と報告した。
どうやら、リリア妃がなにかやらかしたらしい。

「そんな事はともかく、ルイーズ。待ちに待った成人を迎えたのだから、さっさとお嫁に来ちゃいなさい。ね、いいわね、ブルージュ公爵」

王妃の強引な言葉に、ブルージュ公爵もたじたじだ。

「そのつもりで今回二ヶ月のお休みを頂いたのです。一連の成人の儀が終わりましたら、もう待ったはありませんわ。娘も準備を怠っていません」

公爵夫人はノリノリである。

どちらにしても、この美しく可憐な少女は舞踏会デビューを終えたら王家に入宮するし、両家の関係も良好のようだ。
ここはひとつ挨拶でもしておく必要があるな。

ヴァレリーが遅れて階段を下りると、ブルージュ公爵一家は礼を持って迎えてくれる。
それぞれが所作美しく感じが良い。
なるほど、こういう家庭で育った娘か、とルイーズを評価する。
近づくとエメラルドの大きな瞳と視線が合い、良い香りがして、一層魅力的に感じる。

『うっ、やばい。やられる』

ヴァレリーは激しく上がって行く好感度に内心慌てた。

「久しぶりだな、ルイーズ。そしてブルージュ公爵、侯爵夫人。この度はおめでとう。弟はまだ少し頼りない所があるが、これから重責を担ってしっかりしてくるだろう。それまで支えてやってくれ」

言葉を述べている間もルイーズに見つめられ、魅力の矢がずきゅんずきゅんと心臓に刺さるが、何とか王太子として、義兄となる者として、体裁を保つ事が出来た。しかし。

「お久しぶりです、殿下。ふつつかながら、よろしくお願い申し上げます」

と、何ともか細い可憐な声を聞いてしまうと、純真な笑顔で答えられてしまうと、もうその魅力に陥落する以外なかったのだ。
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