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「アーケオの魔法」
しおりを挟む爽やかな青空の下、アーケオはマシュロとともに次の国を目指して歩いていた。
「次はクレスタっていう国だね」
アーケオが本を見ながら、行き先を口にする。
「左様ですか。アーケオ様。私、行きたい場所がございます」
「マシュロさんが行きたいところを言うなんて珍しいね! どんな場所?」
「魔法鑑定所に行きましょう」
「どうして? マシュロさんは魔法が分かっているし、僕に至っては魔法がないんだよ?」
アーケオは首をかしげた。
「博物館で起こした事件と以前のフレデリカの斬撃。あれをただの斬撃で片付けるのはあまりにも早計だと思ったからです。個人的にはアーケオ様の魔法が原因なのではないかと思います」
「魔法? 僕が?」
マシュロの言葉にアーケオが現実から目をそらすように視線を下げた。かつての記憶が蘇ったからだ。城内で魔法鑑定士が来た時の事だ。
父であるルーベルトが腰掛ける玉座の間でアーケオは膝をついていた。周囲には兄。正妻。その他の従者と心配そうに見つめるマシュロがいた。
父の傍らにはフードをつけた男が立っていた。魔法鑑定士だ。父曰く、その道のプロフェッショナルらしく多くの魔術や魔道具の鑑定してきた人物との事だった。
「では鑑定を始めます」
魔法鑑定士がアーケオの頭上に手を置いた温かな光をしばらく感じた。数秒後、温もりが消えた後、魔法鑑定士がゆっくりと口を開いた。
「魔法がありません」
その言葉を聞いた後、父が露骨にため息をついた。
「それとなく使える魔法があったら立場を改善してやろうと思ったが所詮は下賤の女の血か」
アーケオが父から失望の眼差しを向けられている際、異母兄のブレドが口元を押さえて、肩を小刻みに揺らしている。ブレドは先天魔法を授かっていた。それこそとても優秀な魔法だ。
「兄が優秀でも弟が優秀とは限らないな」
「無理もねえよ。妾の子だし」
「いくら何でも魔法がないって。ねえ」
従者達から投げかけられる軽蔑と失望の言葉。無数の敬愛と羨望の眼差しを浴びる兄とは対照的にアーケオへ向けられたのは失意や無関心など血の通わない視線ばかりだった。
「アーケオ様! 見えましたよ! クレスタです」
鬱屈とした気分が逃れるように意識を外に向けると目の前に大きな建物が見えた。
街の中を見て、アーケオは驚愕した。住民が平気で魔法を使っているのだ。洗濯物を乾かす時も風の魔法を使っていたり、屋台では追加で火を足す時に指先から火を出していた。
「すごい」
「クレスタはローゼンに比べて魔法使いの数が多いんです」
「でもどうして侵略されていないの? 魔法を脅威だと感じると思うけど」
「条約を結んだんです。クレスタはローゼンに魔法の知識を提供する代わりに侵略の対象にしないように持ちかけたのです。そして現国王はそれを飲んだと言う形です」
もしその条約がなければ今頃、両国は血みどろの争いを行なっていたと考えるとアーケオは背筋が冷たくなった。
「さあ、つきましたよ」
マシュロが指し示したのは街の中にあった小さな小屋だった。アーケオは扉を開けると店内には年配の女性が一人いた。
「おや。お客さんかい?」
「ええ。こちらにいる方の魔法を鑑定して欲しいのです」
マシュロがアーケオを手で示すと女性がゆっくりとアーケオに近づいてきた。
「なるほど。この子の鑑定ね。だけどこの年齢の子なら既に終えていると思うけどね」
「ええ。ですが気がかりなことがありましたので」
「そうかい。じゃあ坊ちゃん。こちらへ」
女性に導かれるように奥の部屋に案内された。アーケオは女性と向かい合って用意されていた椅子に座る。
「それでは始めるよ」
以前同様に目を閉じていると温かな光を感じる。アーケオは心なしか自分にも本当は能力があるのではないかと思い始めた。
「何も感じないね」
女性の発言がアーケオの胸に強く刺さった。マシュロが期待していた事で僅かな希望はあった。しかし、女性の無慈悲な宣告によってその希望はすぐに閉ざされてしまった。やはり自分花にも持ち得ないのだ。無能の烙印が再度、アーケオの胸の奥に焼き付けられた気がした。
「ちなみに変化を感じたのはどんなタイミングだい?」
「戦闘時ですね。アーケオ様が木刀を持って力を込めた際に黄金の光が出てきて、
それを斬撃として打ち出しています」
「そうかい。少年。すまないが光を出してみておくれ」
「はい」
アーケオは力なく答えて、木刀を構えた。
「どう言う状況だったのかもっと正確に思い出しておくれ。その時の自分の心情なんかも」
アーケオは失望感に押しつぶされそうになりながらも、目を閉じて状況を脳内で再生する。途端に木刀が黄金の光を激しく放ち始めて、部屋中を照らした。
「うわっ!」
「こっ! これは!」
女性がこれでもかと言うくらい目を見開いていた。しばらくすると光が収まって部屋がいつもの明るさに戻った。
「なるほど。そうか。そうか」
女性が脳内会議をしているのか、一人で納得したように頷いている。
「アーケオ様の能力は、斬撃ですか?」
「いや、違う」
「では一体」
「魔法鑑定が引っかからない条件は二つ。一つは本当に何も授かっていない。もう一つはその魔法が新しく生まれたものだった場合だ。この子は間違いなく後者だ」
アーケオとマシュロは聞き耳をたてると、女性が息を飲んだ。
「まず今ので分かったことは一つ。その子は勇者の末裔だろう?」
アーケオは驚愕した。自分の出自を明かしていないのにも関わらず、女性が当てたのだ。
「何故。分かったのですか?」
「十年以上前に現王子。つまり君の兄の鑑定をした事がある。その時の魔力に似ていた」
「兄さんの鑑定をしたんですか?」
「ああ。そのあと別の鑑定士が君をやったのだろうがあまり詳しくは調べなかったんだろうね」
「それでアーケオ様の能力は?」
「おそらく、この子の魔法は触れたものを勇者の武器に変える魔法だ」
アーケオは耳を疑った。今までそんなものは聞いた事がなかったからだ。隣にいるはマシュロも目を見開いていた。
「そんな事が」
「だが変化は感じたのだろう?」
アーケオは頷いた。博物館の模造剣や木刀からも通常とは比べ物にならない力を感じた。
「今は斬撃だけだが行く行くは力を込めれば剣そのものが変化するようになるだろう」
女性が口元に笑みを浮かべた。アーケオは動揺を隠せずにいた。しかし、先ほどまで抱いていた自分への失望は消えていた。
そのあと、鑑定費の高さにアーケオとマシュロはその場で転げ落ちそうになった。
その日の夜。アーケオは宿泊している部屋の窓辺で月を眺めていた。
「月明かりが綺麗ですね」
「うん。それにしても自分に魔法が宿っていたとは思わなかったよ」
「私もまさかとは思いましたが」
「マシュロさん。僕。この魔法を使いこなせるように頑張るよ」
「ええ。お支えいたします」
アーケオの強い決心にマシュロが首肯した。月が優しく二人を照らしていた。
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