「黒炎の隼」

蛙鮫

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「太陽と蝋の翼」

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 ぼんやりと光る朧月の下、隼人と結巳はとある場所に向かっていた。

 隼人の表情は緊張感に満ちており、これから起こるであろう出来事の大きさを彷彿とさせていた。

「緊張する?」

「かなり。悪いな。審判役を引き受けてくれて」

「良いわよ。私もみてみたかったし」
 しばらく歩くと広場が見えてきた。対策本部が管理する訓練場だ。

 普段は訓練で汗を流す戦闘員達がいるが、今日は違う。

 代わりに一人の男が立っていた。

「北原ソラシノ」
 煌々とした満月の下、最強の戦闘員が幽霊のように佇んでいた。

 月光に照らされた陶器のように白い肌とどこか憂いを帯びた切れ長の眼。造型物かと思ってしまう程、整った顔立ち。

 隼人はこれから彼と剣を合わせるのだ。

 一週間前、対策本部で残りの忌獣討伐について、会議し終えた後に隼人がソラシノに申し出たのだ。

 隼人自身、以前に比べて実力が上がった自負がある。その成長を最強の前で証明したかったのだ。
「松阪君」
 戦闘準備を行なっていると、背後から結巳の声が聞こえた。

「頑張って」

「おう」
 彼女の微笑みを見ると、自然と胸が熱くなった。

「貴方に勝ちます」

「そうか。ならかかってくると良い」
 その一言で隼人はすぐさま聖滅具を構えて、戦闘態勢に入った。

 相手は対策本部最強の戦闘員。鳥籠の教祖である迦楼羅すらもかすり傷一つ付ける事が出来なかった男だ。

「行きます!」
 足に力を入れて、全速力で彼の元に駆けていく。

 目の前まで迫った瞬間、ソラシノが刀型の聖滅具を出して攻撃が防がれた。

「まだまだ!」
 隼人は負けじと刀身を振っていく。しかし、即座に見切られているかのようにヒラリと躱されてしまった。

 
「くそっ! 攻撃が全く当たらない!」
 何度も剣戟を叩き込むが、当たる気配が全くない。相手の実力は確実に自身より格上。切られはいけないと隼人は瞬間的に悟った。

「影焔!」
 隼人は異能を使い、燃え盛る刀身を振りかざした。

「足が速くなった」
 隼人の身体能力が上がった事に驚いたのか。ソラシノが目を見開いていた。

「うおー!」
 夜と同化しそうな程、深い漆黒の炎を何度も追撃をかけていく。異能のおかげか、先ほどよりソラシノの動きにはついていけている。

 凄まじい速度で剣を交える両者。離れたところで結巳が目を貼り付けるようにその光景を眺めている。  

 隼人自身、体力はついているものの長期戦向きではない。よってこれ以上、攻撃が当たらないようであれば、持久力不足で敗北するのは目に見えている。

「なら!」
 隼人は自分の手の平を切り、そこから出た血を刀身に流した。その瞬間、音を立てて、黒炎が燃え上がった。

 同時に尋常ではないくらい、体が熱くなった。

「うおおおお!」
 隼人は燃え盛る炎を体現するように獣のような俊敏さで攻撃していく。肉体も精神も持ちうる全てを刃に込めて、叩きつけた。

 そうでもしないとこの男に勝てないと隼人は理解しているのだ。

「以前よりかは良い動きをするようになったね」

「あなたの動きを何度も見ましたから」
 ここに来るまで隼人は対策本部で撮影されていたソラシノの修練を収めた映像を見て、何度も研究していた。

 前より動きは把握できているが、それでもまだ勝ち星を上げるには程遠い。

「そうか。なら!」
 背筋に悪寒が走った。

 ソラシノが凄まじい速度で隼人に切りかかってきたからだ。かろうじて攻撃を防いだが、唐突の出来事に頭が少し混乱した。

 隙のない身のこなしと剣術。その動きに食らいついていく。

「負けない! 必ず倒す!」
 隼人も勢いに負けないように押し込んでいく。僅かだがソラシノの勢いを押している感覚を掴んだ。

 そして、見事に間合いに入り込むことに成功した。

「なんだと」
 予想外の出来事だったのか、ソラシノの目が僅かに泳いだ。
 
「この一撃に全てを!」
 隼人は血反吐を吐く勢いで刃を振った。

 勝利は目前のはずだった。

「なかなかやるね。松阪隼人」
 ソラシノが不気味な笑みを浮かべた。

「鳴る神」
 ソラシノがそう呟くと突然、黒い雷光とともに目の前から姿を消した。

「えっ?」
 隼人は目の前で起きた出来事に動揺していると、空気を割るような破裂音とともに隼人の体に激痛が走った。

 突然の出来事で態勢を維持できずに地面に倒れた。

「なっ、なんだ。今のは!」
 あまりの激痛に体が動かない。まるで体の中を電流が駆け巡っているような感覚だ。

「まさかこれを使うとはね」
 隼人の背後にソラシノが立っていた。よく見ると彼の刀身が黒い電気が音を立てて、出現した。

「峰打ちだよ。かなり強めにしたから体は動かないはずだ」
 凍りつきそうな程、冷たい声が耳に入り込んでくる。圧倒的な無慈悲の前に体を動かす事が出来なかった。

「嘘だろ。動きがまるで見えなかった」
 隼人はこの一年で数多の場数を乗り越えて来た。確実に実力を積んできたはずだった。

 しかし、初めて出会ったその日からソラシノに敵う気がしない。まるで天高く地上を照らす太陽に向かって、哀れにも飛翔する一匹の隼。

「届かないのか」
 視線を上に向けると、ソラシノが静かに隼人を見下ろしている。

 その目には一切の温もりを感じない。すると死神がゆっくりと口を開いた。

「届いたよ」
 ソラシノの左頰に掠り傷があり、そこから僅かに血が流れていた。

 隼人は彼の傷を見て、ほくそ笑んだあと意識を失った。

 

 ゆっくりと目を開けると見覚えのある顔が目に入った。

「松阪君! 目を覚ましたのね!」

「聖堂寺?」
 心配していたのか、結巳が泣きそうな表情を浮かべていた。

「負けたんだな」

「ええ」
 薄々分かっていた事実を改めて、認識し隼人は口から重い溜息を漏らした。またしても勝つことが出来なかった。

「はあ、堪えるな。こりゃ」
 悔しさのあまり、額を抑えて項垂れた。

「北原隊長。頰にかすり傷が出来ていたわ。本人も驚いていた。迦楼羅すらつけることが出来なかった傷をあなたはつける事が出来たのよ」

 勝つことは出来なかった。しかし、確実に進歩している。

「次は勝つ!」
 白いシーツをシワが残るくらい隼人は強く握った。
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