「黒炎の隼」

蛙鮫

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「勧善懲悪という名の暴力」

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美しい満月が照らす夜の森。静寂を切り裂くように装甲車が荒々しく、森の中を駆けていく。

 その中で隼人は結巳とともに現場まで静かに揺られていた。周囲には復讐を胸に戦闘を待ちわびている戦闘員達が同乗していた。

 今日は聖堂寺光が就任して初めての任務だ。皆、一様に目が据わっており、臨戦態勢に入っている。

 しかし、隼人は異様な違和感を覚えていた。作戦に参加している人間の中に中学生くらいと思われる人物達がちらほら見られるのだ。

「あの、なぜ子供が」
 隼人は隣の戦闘員に恐る恐る尋ねた。

「ああ、あの子達は金剛杵学園の中等部だよ。首長のご意向で志願さえすれば学生も参加できるようになったんだ。おそらくこの前の一件で影響を受けた子達だろうな」

「はっ?」

「何ですって」
 隼人はその回答に思考が止まりそうになった。結巳も横で聞いていたのか、目が震えていた。

 突然、聞かされた事実をうまく咀嚼しようとしたが現実はそんな時間を与えてはくれなかった。

「目的地まであと十キロ圏内に突入。総員、戦闘準備に入れ」
 低い男性の声が車内に流れた時、空気が張り詰め始めた。

「そろそろだな」

「ええ」
 隼人は戦闘準備に取り掛かる。結巳の顔にはどこか陰りがあった。

 車内の扉が開いた瞬間、戦闘員達が我先にと外へと飛び出していった。

 外には既に鳥籠の構成員や忌獣達が待ち構えていた。

「ギャオオオ!」

「侵入者だ!」

 構成員と忌獣が襲いかかってくる。隼人は聖滅具を構えようとした瞬間、周りの戦闘員が一斉に走り始めた。

「殺せー!」

「家族の仇!」

「死に損ない共に確実なる死を!」
 叫び声を上げながら、戦闘員達が次々と敵陣に飛び込んで行ったのだ。言動から感じ取れる程の強い憎悪。

 それが彼らの原動力となって働いているのだ。現にその光景は圧巻だった。戦闘員達が忌獣や構成員を一方的に殺しているのだ。

「死ね! 死ね! 死ね!」
 中等部と思わしき戦闘員は何度も構成員に鉛玉を打ち込み、またある戦闘員は頭が割れるまで踏みつけていた。

 隼人は嫌悪感を抱きながらも、敵のアジトに侵入した。すぐ近くには鋭い目をしている結巳が武器を構えている。

「侵入者だ!」

「このやろう!」
 アジトの奥から構成員達がわらわらとやってきた。隼人は迫り来る構成員を次々と無力化していく。

「ギャオオオ!」
 狼の姿をした忌獣が構成員をかき分けて、飛び込んできた。斬り伏せようとした時、氷の矢が忌獣の首を跳ね飛ばした。

「大丈夫?」

「ああ」

「ならいいわ。行きましょう」
 結巳が足早にアジトの奥へと進んでいく。部屋の扉を見つけて、勢いよく蹴破った。

「忌獣対策本部だ! 両手を頭の上に置け!」
 隼人は部屋の中にいた構成員達に聖滅具を向けた。向かってくるなら牽制するまでだが彼らは隼人の言う通り、手を頭の上に置いた。

 結巳が無線で他の隊員に構成員達を無力化したことを伝える最中、隼人の腰元を誰かが引っ張った。

 そこには幼い姉弟がいた。

「あっ、あの。ぼっ、僕達は殺されちゃうんですか?」
 弟の方が震えた声で隼人に尋ねた。無抵抗な相手を殺す必要はない。対策本部の規律でそうなっている。

「大丈夫だ。お前らは殺されない。ここから別のところに移送されるだけだ」
 隼人は幼い二人に視線を合わせた。まだ幼い子供。この劣悪な環境下にいたとはいえ、いくらでもやり直せる。

 数分後、増援と共に構成員達を外へと誘導した。

「これで全員だな」

「はい。早急に輸送車へと移動させましょう」
 拘束された構成員達。このまま、対策本部に移送されるのだろう。しかし、その考えを裏切るように戦闘員達が一斉に銃口を向け始めたのだ。

 構成員の表情が恐怖に染まっていく。驚愕と同時に先ほどの幼い姉弟と目があった。

「待て!」
 隼人は止めようとしたが、銃声が一気に鳴り響き始めた。飛び散る血と悲鳴。辺りが惨劇に包まれる。

「悪人滅殺!」

「助かるわけないだろ? 馬鹿どもがよ」
 鉛玉を打ち込んでいる当の本人達はなんとも邪悪な笑みを浮かべていた。

 恐怖に怯えていた捕虜は一瞬で無表情の死体に変わった。その中に幼い姉弟がいた。姉が穴だらけの小さな体で弟に覆いかぶさっていた。

 しかし、勇敢な行動も虚しく、弟も絶命していた。

「相手は無抵抗でしたよ」

「関係ない。鳥籠に従う者には死あるのみ!」

「そうだ! 俺達は正義!」

「忌獣対策本部に栄光あれ! 光首長、万歳! 万歳!」

「万歳! 万歳!」
 周囲の戦闘員が一斉に叫び始めた。夜の森の響き渡る狂気のコーラス。その異様な光景を前に隼人は何も言えなかった。


 次の日、隼人は学園に向かった。登校の際、昨日の姉弟の事が頭をよぎる。あそこまでして正義を貫くべきなのか、疑問に思えてしまったのだ。

 それに特待生でもない中等部の生徒達が戦闘員に参加する事が出来る。戦闘経験が足りない人間が忌獣に挑むのがいかに危険か、隼人は身をもって知っている。

 だからこそ隼人は納得できずにいた。

「浮かない顔ね」

「人のこと言えないぞ」
 浮かない表情をした結巳が横にやってきた。おそらく彼女も昨日のことが原因だろう。

「まあ、気休めにしかないねえだろうけど学校のときくらいは忘れようぜ」

「そうね」
 結巳が口元に笑みを浮かべた。これ以上、このことを考えていると気が滅入りそうだったからだ。

 教室の扉を揚羽達がいた。長い間、休んでいた彼女達の顔を見て、少し安堵感を覚えた。

「松阪くん。おはよう!」

「おう。もう大丈夫なのか?」

「うん! だって休んでいられないよ! 新しい首長が鳥籠の人たちをたくさん退治してくれているって聞いたし!」
 揚羽がひたむきな笑顔でそう語った。隼人は少し気落ちしてしまった。再び、昨日の姉弟の事を思い出したからだ。

「それに二人とも見て!」
 揚羽が机の上に携帯を置いた。隼人は目を疑った。そこに写っていたのは戦闘員達が忌獣や鳥籠の人間達を抹殺している光景だ。

 悲鳴や血飛沫が飛び交う光景が鮮明に映し出されている。射殺。斬殺。撲殺。様々な殺され方をしている構成員達。

「これが忌獣対策本部のホームページに一般向けとして、アップロードされていたの」
 その発言で思わず、眉をひそめた。おそらく民衆への信頼と鳥籠への憎悪を煽るためだろうがあまりにも度が過ぎていた。

 その時、隼人の目にとある物が映った。既に複数の動画が上げられたサイトの中、その中に昨日、隼人達が参加した作戦の映像も入っていたのだ。

「嘘だろ」

「揚羽ちゃんもあの動画みた? まじやばくない?」

「本当! 本当!」
 他の女子生徒達が話しを聞きつけて、揚羽の周りに集まってきた。彼女達も数日前まで文化祭の一件で休んでいた生徒達だ。

「それにさあ。志願さえすれば、学生も現場に派遣することを許可するってサイトにも書いてあるよ」

「もう既に中等部や高等部からも結構志願者出ているんだって!」
 その言葉を聞いて、隼人の脳裏に昨日の一件の出来事が頭を過ぎる。皆、文化祭の一件で忌獣に対して、激しく憎悪を抱いた者達だ。

 もし復讐する機会があるというのなら、全力で食らいつくだろう。しかし、突出した実力もない普通の生徒が忌獣に勝てるはずがない。

 不意に結巳を見ると、額から汗が滲み出ている。現状に蔓延る狂気を隼人はその身で深く感じていた。

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