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「正義の光」
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騒めき漂う対策本部の大広間。その中で隼人は結巳とともに舞台を見ていた。
今朝、対策本部から来るように連絡があったのだ。どうやら大広間にて重大な発表があるとのことだが内容は向こうの人間も把握していないらしい。
誰も何が始まるのか分からない状況である。
「なんなんだ。これ」
「分からないわ。職員の誰にも伝えられていないなんて」
結巳も今の状況を不自然に思っている。辺りには隼人達と同じく不安そうな表情を浮かべる職員達が並んでいた。
様々な感情が入り混じる会場の中、舞台の弾幕から静かに靴音が聞こえてくる。
壇上の前に現れたのは混じりのない長い白髪と中性的な顔立ちの青年だった。
隼人はその容姿に既視感を覚えた。
「本日より忌獣対策本部の首長兼金剛杵学園の理事長に就任しました。聖堂寺光と申します」
その言葉を皮切りに周囲が露骨に騒めき始めた。耳を疑った。それと同時に結巳へ意識を向けた。結巳が見るからに動揺している。
当然だ。六年間、行方不明だった兄が突然壇上に上がっているのだ。
「六年間、行方不明だった先代首長の息子だ」
「一体、なぜここに」
「美香首長はどうした!」
「前首長である聖堂寺美香氏は今回の一件の責任に伴い、退任いたしました」
職員の投げかけに光が冷徹に答えた。美香が辞任した。
次々と突きつけられる事実に隼人は動揺を隠せずにいた。彼の横では結巳が固まっていた。
兄の帰還。母の退任。突然突きつけられた衝撃の事実に彼女の頭はおそらく、混乱に満ちている。
「この六年間、私は鳥籠の動向を探る為に対策本部を離脱していました。その間、多くの命が奪われたのは非常に心痛み入ります」
光がつらつらと言葉を述べていく。清らかで聞き入ってしまうそうな程の穏やかな声だが、隼人は仄暗い何かを感じていた。
「しかし、それらの犠牲を無駄しないように努め、ついに鳥籠のアジトを複数発見する事に成功しました」
彼が指を鳴らすと舞台に吊るされていた巨大なスクリーンを開かれた。
そこには日本地図がマッピングされており、よく見ると何十個以上赤い点が載っていた。
「この赤い点が鳥籠のアジトを記しています。他にも向こうの人間から聞き出せばまだ見ないところも」
隼人はスクリーンから目が外せずにいた。アジトの数もそうだが、
「ここがすべてのアジトだというのなら、一ヶ月もあれば鳥籠を壊滅されることも容易と言えるでしょう。しかし、未だに奴らの拠点は増加傾向にあります。それに伴い残党勢力や忌獣による被害が増加しています」
光の声が骨の髄に至るまで響いてくる。まるで待ち焦がれたように内臓や血管が震えながら、光の言葉一つ、一つが浸透していく。
「そして、数日前。奴らの長である迦楼羅が忌獣を引き連れて、奇襲を仕掛けてきました。愚かなことにその被害は我々、職員の愛する肉親や身内にまで及びました」
周囲のどよめきが生まれた。ここには光の言葉通り、身内が被害に遭った戦闘員もいるのだ。
「さらに六年間、動きがなかった鳥籠の首領、迦楼羅が動き出した。つまり六年前の悪夢が蘇る事になります」
その言葉を聞いて周囲の戦闘員達が動揺し始める。この中には六年前に迦楼羅を目撃したものもいる。
「このままでは我々の今、手にある大切なものが奪われるのも時間の問題。かつての悲惨な事件が繰り返される。そんなもの認めてなるものか!」
光の落ち着き計らっていた態度が豹変した。
「一般市民だけでなく、私達の肉親にすら手を出す始末! これ以上の蛮行を許してはならない! 立ち上がれ! 同志達よ!」
光の声が会場の隅まで響いていく。鳥籠に対する怒りがマイクを通して、伝わって来る。
それとともに隼人の周りにいた職員達が次々と吸い寄せられるように首を前へと傾け始めた。
「これより忌獣対策本部は全戦力を持って、奴らの残党の殲滅を実行する! 汚された誇りを取り戻すために! 同じ悲劇を繰り返さないために! この百年間の争いに終止符を!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」
光が宣言した瞬間、会場から一斉に狂ったような叫び声が上がり始めた。
家族を、友人を、恋人を傷つけられた戦士達の悲鳴にも似た叫び声が鳴り響いた。
夜明けを待ち望んだ者達が陽の光に手を伸ばすように彼らもまた聖堂寺光という名の希望に手を仰ぐのだ。
狂気の伝染とも言えるその異様な光景に隼人は堪え難いほどの凄まじい嫌悪感を抱きながら、静観していた。
夕日に照らされた対策本部の一室。結巳は実の兄である聖堂寺光を問い詰めていた。
「何のようですか? 結巳。今は少し忙しいのですが」
「兄さん。今までどこで何をやっていたんですか!」
「言ったでしょう。終止符を打つと。その準備ですよ」
結巳の言葉に光の貼り付けていた笑みで返した。
「お母様はどこに?」
「母上なら実家である睡蓮家の方に送り届けました。重職で心身が疲弊しておられたのでしばしの休息の堪能していただく事にしました」
母の身はどうやら無事のようだ。ひとまず安堵感を覚えたが、完全には抱けない。
六年間、行方知れずだった兄。何かが腹にあるに違いないと疑っているのだ。
「本当に鳥籠殲滅を成し遂げるおつもりですか?」
「ええ。全て終わりにします。今回の一件で鳥籠への憎悪は一層高まった。より万全の状態で殲滅に臨める事でしょう」
光の鋭い目が結巳を捉えた。背筋が冷たいなるような虚無の瞳。
返す言葉がなかった。一般市民も対策本部の職員も皆、大切な人を理不尽に傷つけられた。その中で反撃する機会があれば、誰でも賛同するだろう。
「それほど正義感に満ちているのに何故、お父様を殺したんですか?」
結巳は語気を強くした。六年前の事件。光が実の父である聖堂寺輝《せいどうじあきら》を殺害した。
父も正義感に溢れ、争いを終結させようと尽力していた人間だ。
どんな返答が来るかと構えていたが、返ってきた不敵な笑みだった。
「何がおかしいんですか?」
「違いますよ。正義感を持っていたからこそ父上を殺したんですよ」
兄から突きつけられたのは耳を疑う事実だった。正義感があったからこそ父を殺した。
意味がわからない。頭の中で点が全く結びつかないのだ。
「貴女もいずれ分かりますよ。私の行動の意味が」
光が貼り付けたような笑みを浮かべる。解けない謎に困惑していると後ろの扉が開いて、職員が一人入ってきた。
「首長。少しお話が」
「ああ。分かりました。さあ、結巳。もう行きなさい」
結巳は光にせかされるがまま、部屋を出た。正義の為に兄は父を殺めた。少なくとも過去の兄は父を敬愛していた。
よほどの理由がないと説明がつかないが、それが分からない。そして、何よりこの六年間で別人のように変わってしまった兄。
その姿を思い出して、こぼれ落ちそうになった涙を静かに拭った。
今朝、対策本部から来るように連絡があったのだ。どうやら大広間にて重大な発表があるとのことだが内容は向こうの人間も把握していないらしい。
誰も何が始まるのか分からない状況である。
「なんなんだ。これ」
「分からないわ。職員の誰にも伝えられていないなんて」
結巳も今の状況を不自然に思っている。辺りには隼人達と同じく不安そうな表情を浮かべる職員達が並んでいた。
様々な感情が入り混じる会場の中、舞台の弾幕から静かに靴音が聞こえてくる。
壇上の前に現れたのは混じりのない長い白髪と中性的な顔立ちの青年だった。
隼人はその容姿に既視感を覚えた。
「本日より忌獣対策本部の首長兼金剛杵学園の理事長に就任しました。聖堂寺光と申します」
その言葉を皮切りに周囲が露骨に騒めき始めた。耳を疑った。それと同時に結巳へ意識を向けた。結巳が見るからに動揺している。
当然だ。六年間、行方不明だった兄が突然壇上に上がっているのだ。
「六年間、行方不明だった先代首長の息子だ」
「一体、なぜここに」
「美香首長はどうした!」
「前首長である聖堂寺美香氏は今回の一件の責任に伴い、退任いたしました」
職員の投げかけに光が冷徹に答えた。美香が辞任した。
次々と突きつけられる事実に隼人は動揺を隠せずにいた。彼の横では結巳が固まっていた。
兄の帰還。母の退任。突然突きつけられた衝撃の事実に彼女の頭はおそらく、混乱に満ちている。
「この六年間、私は鳥籠の動向を探る為に対策本部を離脱していました。その間、多くの命が奪われたのは非常に心痛み入ります」
光がつらつらと言葉を述べていく。清らかで聞き入ってしまうそうな程の穏やかな声だが、隼人は仄暗い何かを感じていた。
「しかし、それらの犠牲を無駄しないように努め、ついに鳥籠のアジトを複数発見する事に成功しました」
彼が指を鳴らすと舞台に吊るされていた巨大なスクリーンを開かれた。
そこには日本地図がマッピングされており、よく見ると何十個以上赤い点が載っていた。
「この赤い点が鳥籠のアジトを記しています。他にも向こうの人間から聞き出せばまだ見ないところも」
隼人はスクリーンから目が外せずにいた。アジトの数もそうだが、
「ここがすべてのアジトだというのなら、一ヶ月もあれば鳥籠を壊滅されることも容易と言えるでしょう。しかし、未だに奴らの拠点は増加傾向にあります。それに伴い残党勢力や忌獣による被害が増加しています」
光の声が骨の髄に至るまで響いてくる。まるで待ち焦がれたように内臓や血管が震えながら、光の言葉一つ、一つが浸透していく。
「そして、数日前。奴らの長である迦楼羅が忌獣を引き連れて、奇襲を仕掛けてきました。愚かなことにその被害は我々、職員の愛する肉親や身内にまで及びました」
周囲のどよめきが生まれた。ここには光の言葉通り、身内が被害に遭った戦闘員もいるのだ。
「さらに六年間、動きがなかった鳥籠の首領、迦楼羅が動き出した。つまり六年前の悪夢が蘇る事になります」
その言葉を聞いて周囲の戦闘員達が動揺し始める。この中には六年前に迦楼羅を目撃したものもいる。
「このままでは我々の今、手にある大切なものが奪われるのも時間の問題。かつての悲惨な事件が繰り返される。そんなもの認めてなるものか!」
光の落ち着き計らっていた態度が豹変した。
「一般市民だけでなく、私達の肉親にすら手を出す始末! これ以上の蛮行を許してはならない! 立ち上がれ! 同志達よ!」
光の声が会場の隅まで響いていく。鳥籠に対する怒りがマイクを通して、伝わって来る。
それとともに隼人の周りにいた職員達が次々と吸い寄せられるように首を前へと傾け始めた。
「これより忌獣対策本部は全戦力を持って、奴らの残党の殲滅を実行する! 汚された誇りを取り戻すために! 同じ悲劇を繰り返さないために! この百年間の争いに終止符を!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」
光が宣言した瞬間、会場から一斉に狂ったような叫び声が上がり始めた。
家族を、友人を、恋人を傷つけられた戦士達の悲鳴にも似た叫び声が鳴り響いた。
夜明けを待ち望んだ者達が陽の光に手を伸ばすように彼らもまた聖堂寺光という名の希望に手を仰ぐのだ。
狂気の伝染とも言えるその異様な光景に隼人は堪え難いほどの凄まじい嫌悪感を抱きながら、静観していた。
夕日に照らされた対策本部の一室。結巳は実の兄である聖堂寺光を問い詰めていた。
「何のようですか? 結巳。今は少し忙しいのですが」
「兄さん。今までどこで何をやっていたんですか!」
「言ったでしょう。終止符を打つと。その準備ですよ」
結巳の言葉に光の貼り付けていた笑みで返した。
「お母様はどこに?」
「母上なら実家である睡蓮家の方に送り届けました。重職で心身が疲弊しておられたのでしばしの休息の堪能していただく事にしました」
母の身はどうやら無事のようだ。ひとまず安堵感を覚えたが、完全には抱けない。
六年間、行方知れずだった兄。何かが腹にあるに違いないと疑っているのだ。
「本当に鳥籠殲滅を成し遂げるおつもりですか?」
「ええ。全て終わりにします。今回の一件で鳥籠への憎悪は一層高まった。より万全の状態で殲滅に臨める事でしょう」
光の鋭い目が結巳を捉えた。背筋が冷たいなるような虚無の瞳。
返す言葉がなかった。一般市民も対策本部の職員も皆、大切な人を理不尽に傷つけられた。その中で反撃する機会があれば、誰でも賛同するだろう。
「それほど正義感に満ちているのに何故、お父様を殺したんですか?」
結巳は語気を強くした。六年前の事件。光が実の父である聖堂寺輝《せいどうじあきら》を殺害した。
父も正義感に溢れ、争いを終結させようと尽力していた人間だ。
どんな返答が来るかと構えていたが、返ってきた不敵な笑みだった。
「何がおかしいんですか?」
「違いますよ。正義感を持っていたからこそ父上を殺したんですよ」
兄から突きつけられたのは耳を疑う事実だった。正義感があったからこそ父を殺した。
意味がわからない。頭の中で点が全く結びつかないのだ。
「貴女もいずれ分かりますよ。私の行動の意味が」
光が貼り付けたような笑みを浮かべる。解けない謎に困惑していると後ろの扉が開いて、職員が一人入ってきた。
「首長。少しお話が」
「ああ。分かりました。さあ、結巳。もう行きなさい」
結巳は光にせかされるがまま、部屋を出た。正義の為に兄は父を殺めた。少なくとも過去の兄は父を敬愛していた。
よほどの理由がないと説明がつかないが、それが分からない。そして、何よりこの六年間で別人のように変わってしまった兄。
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