「黒炎の隼」

蛙鮫

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「前日」

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 文化祭前日。学園内は活気に満ちていた。中等部高等部がひっきりなしに

 校内では生徒達が学園祭の用意に取り掛かっていた。皆、世話なくやりつつも充実した様子である。

 隼人も例に漏れず、学園祭の準備に取り掛かっていた。

「松阪君そっちはどうだ?」

「こっちは出来た」

「了解! なら今のうちに休憩行っておいでー」

「そうさせてもらう」
 揚羽に言われて隼人は休憩がてら教室から出ることにした。グラウンド脇に置いてある自販機でコーヒーを買って近くで飲んだ。

 とうとう明日が文化祭だ。クラスメイト達と力を合わせて、成し遂げる。隼人の脳裏にあるのはこれだけだった。

「おや、お疲れだね」

「早見先輩。大した事ないですよ。先輩こそ忙しいんじゃないですか?」

「はは。どうだろうね」
 早見が茶化しながら隼人の横でオレンジシューズを飲み始めた。心なしかどこか疲れているように見える。

 生徒会長として多忙な日々を送っている彼女。そこに文化祭の準備となると猫の手も借りたい程、忙しいだろう。

「先輩達は何を出店するんですか?」

「私達はカフェだよ」

「ほお、なかなか洒落た事を」

「みんな張り切って準備している。まあ今年で最後だからね」
 早見が少し憂いを帯びたような表情を見せる。学園で過ごす最後の文化祭。彼女にとって最高のものにしたい。そんな心境が顔色から見て取れた。

「文化祭の準備に取り掛かっていると言うことは君の苦手な団体行動な訳だけど、そこのところはどうなの?」

「まあ、なんとかやれていますよ。こう言うのも悪くないなって思い始めたんです。みんなのおかげですよ」
「みんなね」
 早見が口元に手を当てて、笑い始めた。突然の出来事に隼人は少し戸惑った。

「どうかしたんですか?」

「いや、以前の君とは別人にように思考が変わっているなと思ってね」

「俺も自分がこんな事言うと思いませんでしたよ」

「彼女との日々が君を変えたんだね」

「まあ、そうですね」
 隼人は自分の頰が熱くなっているのを感じた。少しずつ自分が変わっている。

 自分でも分かっていたが、他者から言われると照れくささが増して、なんとも言えない気分になる。

「さて。私はもうそろそろ行くよ」

「俺も戻らないとな」
 隼人はコーヒーを飲みきり、早見とともに校舎内に足を向けた。


 廊下を渡っていると道の壁や窓の付近に催し物の張り紙が貼られていた。蛍光色のペンで書かれた催しの名前がクラスの賑やかさを表している。

 すると明かりが漏れた一室があった。教室や移動教室としても使われていないため、隼人は不思議に思った。

 ふと部屋に目を向けるとそこには誰もいない。しかし、とある物が隼人の目を引いた。

 無数の少年少女達の写真が部屋の壁に均等に貼られていたのだ。少し古びた写真からかなり最近の物まで揃っている。

「おや、期待の新星君じゃない」
 後ろから声が聞こえて振り返ると、担任の星野奏が立っていた。

「すみません。少し気になって。この人たちは?」

「歴代の首席卒業者達よ」
 首席。学園で華々しい成績を残して、この学園を卒業していった者達。前線でも素晴らしい活躍見せている。
 
「北原さんと庭島さんはいないんですね」

「庭島隊長は学園の卒業生じゃなくて、職員にスカウトされて入ったからね。北原隊長は少し特殊な境遇でね」
 
「特殊?」

「私も深くは分からないんだけど、十四歳から戦場に出ているし、学園の生徒名簿にも載っていないのよ」
 対策本部最強の戦闘員は学園を出る事なく最強の地位に登った。元々の才能があるにしても、過去が謎だ。

 疑問に思いつつも隼人は興味深く、他の先人達の御尊顔を目にしていると、足が止まった。

 視線の先には茶色の髪をした穏やかな表情を浮かべている女性が写っている。

「どうしたんですか?」

「すいません。少し気になって」

「ああ、綾川春華《あやかわはるか》か。懐かしいな。非常に優秀な生徒だったよ。料理が好きなのに下手でね。彼女のクッキーを食べた北原くんが1時間トイレから出てこなかったよ」

「マジすか」
 最強をノックダウンに追い込んだクッキー。考えただけでも恐ろしい。

「彼女は今、どうしているんですか?」

「殉職したよ。六年前の作戦でね」

「そうでしたか。失礼しました」

「まあ、そんなに珍しい話ではないからね」
 奏が眉を八の字にして少し、悲しげな表情を浮かべた。

「それより教室行かなくていいの?」

「あっ! やべ。すみません。失礼します」


 学園祭の準備を終えて、隼人は結巳とともに寮にも向かっていた。

「等々、明日だな」

「楽しみね」
 結巳が朗らかな笑みを浮かべている。互いに違いはあれど、人と距離を置いていたもの同士。

 それが他者と協力し、何かを成し遂げようとしている。今の二人にとって成長が顕著に出ている証拠だ。

「松阪君はご両親には声をかけたの?」

「いいや。別に声かけなくてもーいいかなって思ってさ。聖堂寺は?」

「母は文化祭当日に会議があるから出れないって。でも時間ができたら行くとはいっていたわ」

「来るといいな」
 隼人は結巳の境遇を気の毒に思った。彼女自身、家族との交流はほとんどないと聞く。

 父は兄に殺されて、その兄は現在、行方不明。彼女にとって身寄りは母しかいないが、母も対策本部の代表として多忙の日々を送っている。

「明日は必ず、成功させよう」

「ええ」
 結巳が静かに口角をあげた。月光に照らされた彼女の白い髪は絹のように白く、美しかった。


 隼人達が下校している中、一人の存在が月を見上げて、携帯で何かと連絡していた。

「ええ。明日は学園祭です。御目当ての彼ももちろんいますよ」
 その存在は一際落ち着いた声音で淡々と連絡を取っている。

「ええ。お待ちしています」
 電話を切ると、静かに笑みを浮かべた。

「さーて。明日の準備も出来たしたのしもーっと」
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