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「山の中で」
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虫の音が漂う森の中。松阪隼人は一人用のキャンプ道具を背負っていた。毎年の恒例行事。夏の一人合宿を行うためだ。
夏休みこそ彼にとって有意義に修行に打ち込める時期だ。
「ぱっぱと立てますか」
隼人は慣れた手つきでテントを組み立てていく。テントの設置を終えた後、早速修行に入った。
木刀の素振りから腕立てやパーピージャンプなどの筋肉トレーニングをこなしていく。
こうして修行していると彼の脳裏によぎるのは幼い頃の祖父から受けた厳しい修行の日々だ。
「どうした! そのような動きでは忌獣に腹を裂かれて終いだぞ!」
シライが何度も隼人に厳しい言葉を吐いたが、その度に立ち上がってきた。
「くそっ! もう一度!」
隼人は歯を食いしばり、シライに食らいついた。全ては忌獣を殲滅するため、親友の仇を討つためだ。
一通り修行を終えた後、汗をかいた隼人は近くを流れる川に向かった。ひんやりとした川の水を浴びて、じっとりとした汗を流していく。
「ああ、気分がいいな」
冷たい川の水に身を委ねていた。普段は授業やら放課後の任務に追われていたので、ここまで一日誰もいない環境で特訓をするのは久しぶりだ。
軽く昼食を済ませた後、再び、特訓を再開した。川の中で木刀を振る。山の急な斜面を駆け上がるなど山の中ならではの鍛錬に時間を使った。
気がつくと辺りを茜色の夕日が照らしていた。体に染み渡る夕焼けの温かさに心地よさを浴びながら、テントの近くに戻る事にした。
テントの近くに来た時、黒くて大きな何かがいた。熊だ。黒い体毛と鋭い爪。聴き慣れない唸り声。
隼人は警戒心を固めた。熊が隼人の方をじっと見つめる。彼も負けじと睨み返した。少しでも怯んでいると思われたら、負けだ。
相手は一気に襲いかかり、獲物の喉を引き裂いてくる。
「グルウ」
低く呻いた後、熊が踵を返して去った。どうやら上手く切り抜けたようだ。
静まり返った夜の山。虫の音と時折吹く風に耳を狭しながらテントの中、隼人は今日の事を振り返っていた。山の中、一人で鍛錬に精を出す。
充実感はかなり覚える事が出来たが同時に胸の奥に違和感を抱いた。
「虚しい」
我に返った。自分からそんな言葉が出ると思わなかったからだ。しかし、間違いない。
隼人は確かに虚しさを覚えた。特訓に対してではない。一人で鍛錬していた事に虚しさを覚えたのだ。
「俺がこんな事を思う日が来るなんてな」
隼人は一人でクスクスを笑いながら、脳裏にある存在を浮かべた。学園に来てから何かと自分に絡んで来る存在。
隼人は彼女の顔を思い浮かべて、眠りについた。
朝。一人、下山していると携帯電話が鳴った。隼人は手に取り、耳にとった。
「はい」
「こっ、こんにちは」
電話の相手は聖堂寺だった。心なしか声が上ずっているように聞こえた。
「おお。聖堂寺か。どうした?」
「いや、今何しているのかなって」
「ああ、今は下山」
「下山?」
「山に籠って特訓していたんだよ」
「フフフ。相変わらずね」
電話越しから小さな笑い声が聞こえた。何故だろう。彼女の声を聞いているとどこか安心感を覚える。満たされなかった心の隙間が埋まるようなそんな感覚だ。
胸の高鳴りと連動するように駆け下りていく足が自然と早くなった。
夏休みこそ彼にとって有意義に修行に打ち込める時期だ。
「ぱっぱと立てますか」
隼人は慣れた手つきでテントを組み立てていく。テントの設置を終えた後、早速修行に入った。
木刀の素振りから腕立てやパーピージャンプなどの筋肉トレーニングをこなしていく。
こうして修行していると彼の脳裏によぎるのは幼い頃の祖父から受けた厳しい修行の日々だ。
「どうした! そのような動きでは忌獣に腹を裂かれて終いだぞ!」
シライが何度も隼人に厳しい言葉を吐いたが、その度に立ち上がってきた。
「くそっ! もう一度!」
隼人は歯を食いしばり、シライに食らいついた。全ては忌獣を殲滅するため、親友の仇を討つためだ。
一通り修行を終えた後、汗をかいた隼人は近くを流れる川に向かった。ひんやりとした川の水を浴びて、じっとりとした汗を流していく。
「ああ、気分がいいな」
冷たい川の水に身を委ねていた。普段は授業やら放課後の任務に追われていたので、ここまで一日誰もいない環境で特訓をするのは久しぶりだ。
軽く昼食を済ませた後、再び、特訓を再開した。川の中で木刀を振る。山の急な斜面を駆け上がるなど山の中ならではの鍛錬に時間を使った。
気がつくと辺りを茜色の夕日が照らしていた。体に染み渡る夕焼けの温かさに心地よさを浴びながら、テントの近くに戻る事にした。
テントの近くに来た時、黒くて大きな何かがいた。熊だ。黒い体毛と鋭い爪。聴き慣れない唸り声。
隼人は警戒心を固めた。熊が隼人の方をじっと見つめる。彼も負けじと睨み返した。少しでも怯んでいると思われたら、負けだ。
相手は一気に襲いかかり、獲物の喉を引き裂いてくる。
「グルウ」
低く呻いた後、熊が踵を返して去った。どうやら上手く切り抜けたようだ。
静まり返った夜の山。虫の音と時折吹く風に耳を狭しながらテントの中、隼人は今日の事を振り返っていた。山の中、一人で鍛錬に精を出す。
充実感はかなり覚える事が出来たが同時に胸の奥に違和感を抱いた。
「虚しい」
我に返った。自分からそんな言葉が出ると思わなかったからだ。しかし、間違いない。
隼人は確かに虚しさを覚えた。特訓に対してではない。一人で鍛錬していた事に虚しさを覚えたのだ。
「俺がこんな事を思う日が来るなんてな」
隼人は一人でクスクスを笑いながら、脳裏にある存在を浮かべた。学園に来てから何かと自分に絡んで来る存在。
隼人は彼女の顔を思い浮かべて、眠りについた。
朝。一人、下山していると携帯電話が鳴った。隼人は手に取り、耳にとった。
「はい」
「こっ、こんにちは」
電話の相手は聖堂寺だった。心なしか声が上ずっているように聞こえた。
「おお。聖堂寺か。どうした?」
「いや、今何しているのかなって」
「ああ、今は下山」
「下山?」
「山に籠って特訓していたんだよ」
「フフフ。相変わらずね」
電話越しから小さな笑い声が聞こえた。何故だろう。彼女の声を聞いているとどこか安心感を覚える。満たされなかった心の隙間が埋まるようなそんな感覚だ。
胸の高鳴りと連動するように駆け下りていく足が自然と早くなった。
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