「黒炎の隼」

蛙鮫

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「サマーバケーション」

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 照りつく太陽の下、松阪隼人はとある理由で駅に向かっていた。修行ではない。

 むしろそれとは真逆のような状況だ。

「おーい。松阪君!」
 駅が見えると同時に誰かがこちらに手を振っていた。クラスメイトの白峰揚羽だ。その横には聖堂寺結巳とその他の男子生徒達もいた。

「おはよう!」

「ああ、すまん。待たせた」

「これで人数揃ったね。それじゃあ行こう! 海へ!」
 海水浴。隼人が今回、ここにいる理由だ。昨日の夜。揚羽から連絡が来て、早急に決まったのだ。

「ちゃんと持って来た?」

「もちろん」
 隼人は結巳に言われて、リュックサックを指差した。遊びに行くとはいえ、隼人と結巳は対策本部の戦闘員。

 いつどこで忌獣が現れるか、分からないので聖滅具を備えておかなければならない。

 電車に揺られながら、隼人は変わりゆく景色を眺めていた。そして、目的地である海を目にした時、目を輝かせた。

「海。楽しみね」

「ああ、こうしてクラスの連中と行くとは思ってもいなかったしな」
 隼人は友人達とこうして夏休みに海へと遊びに行くというのは初めてだ。彼の胸の高鳴りに反応するように電車は最寄りの駅へと進んでいった。

 駅に着き、早速海へと向かった。待ち遠しくて仕方がなかったのだ。

 砂浜に着くと隼人は愕然とした。白い砂浜。境界線が把握できないほど青い空と海。

 その全てが隼人を魅了するには十分なものだ。

「すげえ」

「ああ」

「そんじゃあ遊ぶぞー!」
 揚羽の声とともに他の同級生達が声をあげた。ビーチバレー。飛び込み。素潜り。

 あちらこちらで皆がここの遊びを楽しんでいる。隼人は男子学生達に混ざり、飛び込みを行のうとしていた。

 海から外れた少し高い崖。隼人は海を見下ろした。

「松阪高いところ怖くないのか?」

「少し怖いかもな」
 隼人は軽く笑みを浮かべた後、勢いをつけて海の底に向かった飛んだ。いつまでも続きそうな浮遊感を覚えながら、一瞬で海水に浸かった。

 僅かの間全身を泡に包まれた後、ゆっくりと海面に顔を出した。

「やるねええ!」

「いいじゃねえか!」
 遥か頭上から同級生達が手を振っている。隼人は手を振り返した後、仰向けになり、海に浮かんだ。

「あー。気持ちいい」
 見上げた空はまさしく青天井。あまりに心地よく幸福感すら覚える。

 するとすぐそばに同級生達が落ちて来て、水しぶきが顔にかかった。

「なーにぼけっとしてんだ! 松阪!」
 
「おっ、おい!」
 一番体格の大きな同級生に担ぎ上げられ、凄まじい音とともに再び海中の中に落ちた。彼の視界は澄み渡る青から暗さが混じった青に転じた。


 しばらく海で過ごした隼人は陸へと上がって、大の字で日光浴をしていた。水の中で遊ぶと陸より体力の消費が早い。

「結構遊んでいたみたいね」
 黒い水着姿の結巳が隼人の顔を覗き込んで来た。

「ああ、海って楽しいけど疲れるな。聖堂寺は泳がないのか?」

「私はさっきまで白峰さん達とビーチバレーをしていたからあとで」
 結巳が隼人の横に尻餅をついて、彼と同じように大の字になっていた。

「おーい! 二人とも焼きそばあるよー! こっちおいで!」
 揚羽が両手に焼きそばやたこ焼きを持ちながら、飛び跳ねている。

「分かった」
 隼人はゆっくりと重い腰を上げて、立ち上がった。揚羽のもとに踏み出そうとした時、背筋に悪寒が走った。振り向くとそこには何もない。

「どうしたの?」

「ああ、いや何でもない」
 隼人ははぐらかしながら、揚羽の元に向かった。しかし、隼人は確かに感じ取ったのだ。殺気を。

 パラソルの下、隼人は焼きそばをすすりながらきらめく海を眺めていた。その横にはたこ焼きをこれでもかと頬張る結巳。

 そして、その横には隼人と結巳を撮影する揚羽という謎の三人組が出来上がっていた。

「何撮っているのよ」

「夏の思い出ってやつ」

「何よ。それ」
 戯ける揚羽を嗜める結巳。それを横目で見ながら、隼人は微笑んだ。

「キャアア!」
 海の方から悲鳴が聞こえた。それとともに多くの人達が叫び声をあげながら砂浜に押し寄せてくる。

 その悲鳴の原因が分かった。忌獣だ。イカのような姿をした忌獣だった。長い触手を振り回して、海面で暴れている。

「誰か助けてー!」
 誰かの助けを求めル声が聞こえた。よく見ると小さな女の子だ。女の子が忌獣に捕まっていたのだ。

「女の子が」

「捕まっているのか! まずい!」
 隼人は助け行こうとしたが、砂浜から女の子までの距離がかなり離れている。
 普通の状態ではたどり着くのにかなり時間が経ってしまう。

「聖堂寺! 監視員の人達とともに来客の安全確保を頼んだ。俺はあの子を助けに行く!」
 すぐさま聖滅具を取りに行き、そのまま少女の元へと向かった。

「影焔!」
 異能の影響で身体能力を引き上げて、少女のところまで全速力で泳いだ。
 
「グオオオオオオ!」
 忌獣が隼人に気づいたのか、触手の一つをこちらに向けて来た。隼人はすぐさま攻撃をかわして、触手に刃先を突き刺した。

 勢いで触手の上に登り、少女の元まで走って行く。

「おい。イカ野郎。その子を解放しろ」
 隼人は怒気を孕んだ目つきで聖滅具を構えた。怒りを抱いているのは幼い少女を攫われただけではない。

 友人と楽しい時間を過ごしていた時に横槍を入れられたことに対しても憤りを覚えていたのだ。

「グギャアアアアア!」
 忌獣が叫び声をあげながら、海中から無数の触手を出現させた。触手の数々が隼人に向かって飛んで来たが、それを綺麗にかわして行く。

 身体能力が底上げされている今の隼人にとって並の忌獣の攻撃を避ける事など造作もない事だ。

「はあああ!」
 隼人は目を見張るような素早い速さで触手を切り刻んで行く。そして、少女を掴んだ触手を切って、少女を救出した。

「大丈夫か?」

「うっ、うん」

「なら。俺の背中に掴まって」
 少女を背中に乗せると、隼人は忌獣の脳天に狙いを定めた。

「グオアアア!」
 再生した触手が隼人を捉えようと襲いかかってくる。人質を取り返した以上、彼には余裕ができていた。

「たこ焼きにしてやるよ。影焔!」
 隼人は黒炎を纏った刀身で忌獣の脳天から真下まで一刀両断した。忌獣は焼き焦げた匂いを発しながら、白目をむいた。

 砂浜の方から一斉に歓声と拍手が湧き上がった。

「ありがとう!」

「助かった!」
 隼人は手を振り、少女の無事を知らせた。砂浜の方では結巳や揚羽が胸を撫で下ろしていた。



「本当にありがとうございました!」

「いえいえ。お子さんも無事だったみたいで良かったです」
 砂浜に戻った後、隼人は少女の母から感謝の言葉を受けた。

「大活躍だったわね」

「仕事だからな」
 隼人は両肩を回して、安堵したようにため息をついた。海の方に目を向けると夕焼けで青い海が赤く染まっていた。

「綺麗だな」

「ええ」
 結巳が微笑みながら、沈んで行く夕日に目を向ける。山吹色に染まった白く長い髪に目を奪われた。

「綺麗だ」

「えっ?」

「いや。なんでも」

「そう」

「ああ」
 言葉にしている自覚はなかった。しかし、彼女の反応を見るに違ったらしい。

 現に彼女の頰は夕日では隠しけれないほど、赤くなっていた。

「おーい! お二方。一発やりましょう!」
 揚羽と同級生達が白い歯を見せて、両手に花火を持っていた。

「行こうか」

「ええ」
 隼人は結巳とともに揚羽達の元に向かった。花火を咲かせようとする彼らの気を使ったのか、夕焼けが一気に沈んだ。
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