「黒炎の隼」

蛙鮫

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「埋め合わせ」

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 合宿二日目。地上を焼き尽くさんばかりに照りつく太陽の下。隼人はどこまでも続く坂道を勢いよく駆け上がっていた。

 周囲には隼人と同じく額から汗を引き出しながら、走る生徒達がいる。

 訓練の内容は島の頂上まで走り込みに行くという実にシンプルなものだ。

 他の生徒からすれば苦行そのものだが、隼人は違った。

「こんなもん。何度も経験している」
 隼人は涼しい表情を作りながら、ぐんぐんと上に登って行く。昔、祖父の修行の一環で山道を何度も往復したことがある。

 その経験に比べれば生ぬるいものだ。

 隼人は一着でゴールを果たした。彼に続いて結巳。終えてその他の生徒達が大勢、なだれ込んで来た。

「さすがだな。松阪。特待生と言われるだけあって一着とはな」

「いえ。これくらいは」
 隼人は教官から言葉を受け止めながら、辺りに目を向けた。調理器具や野菜。明らかに料理の準備がなされていたのだ。など置いてある事に気がついた。

 他の生徒達が全員、やってくると教官が前に立った。

「ただいまより各面々、昼食のカレーを作ってもらう。戦闘員たる者。厳しい訓練の後でも野営で自炊する時が出てくる。それは今の諸君らのように疲労していても起きることだ。これも訓練の一環として理解すること。以上!」
 教官の声が周囲に響くと、生徒達が一斉に各自の指定場所に散って行った。

「俺は、ここか」

「松阪君。あなたもここなのね」

「わーい! 松阪くんと一緒だ!」
 隼人は班の場所に行き着くとそこには結巳、揚羽がいた。

「そんじゃあ、やって行くか」
 エプロンを結んで包丁を握った。そして、手際のいい動きで野菜を切っていく。

「包丁捌きがしっかりしているわね」

「中三の時にじいちゃんの修行の一環で、一ヶ月間山籠りしていた時に身につけた」

「一ヶ月って丸々じゃない」
「気づいたら夏休みが終わっていたな」
 隼人はふと一年前の事を思い出して、虚しさを覚えた。

 その横では揚羽が釜で白ご飯を炊いている。

 三人が互いを支え、見事カレーライスを作ることができた。

「美味いな」

「なかなか、いけるわね」

「美味しいね!」
 疲労のせいか、隼人はいつもよりカレーの味が美味しく感じた。

「あっ! そうだ! 写真撮ろうよ。美男美女のお二人さんもいることだし!」
 揚羽が懐から携帯端末を取り出した。

「ハイチーズ!」
 機械音とともにシャッターが切られた。写真の中には笑顔の揚羽。少し困ったような結巳。そして、ぶっきらぼうな表情を作る隼人。

 それぞれ、性格が表れたような写真だった。


 昼食を終えて、自由時間を設けられた中、隼人は一人、森の中を散策していた。
 
 自然というのは不規則だ。緑で心を癒してくれるときもあれば、時に雷雨で牙を剥いてくる時がある。

 山籠りの際、幾度なく経験した苦い体験だ。そんな事を思いながらも、隼人はゆっくりと辺りを見渡しながら、進んでいく。


 近くでは小鳥が可愛らしい声で鳴いており、その穏やかさに思わず、口角が上がる。

 しばらく進んでいると開けた場所に出た。青々しい平原とその奥にあるものが見えた。


 すると近くから誰かの話し声が聞こえた。声のする方に目を向けるとそこには揚羽がいた。

 普段の陽気な様子とは違い、どこか真剣さが滲み出ている表情を浮かべている。

「ええ、分かっています。お父様のご期待に添えるよう尽力いたします。はい。はい。失礼します」

「何してんだ?」

「あひゃあ!」
 揚羽が目を見開きながら、こちらに首を向けた。そこには普段の揚羽がいた。

「もー。松阪くん! 驚かさないでよね! 何やっているの? 散歩?」

「そんなところ。お前こそなんで、こんな森の奥で」

「いやー女の子には秘密の会話というものがございましてねー」

「あー。そうかい」

「聞いといてその反応! 適当な反応傷つくんだけど!」
 隼人の雑な返答が癪に障ったのか、揚羽が頰を膨らませた。

「今日でお泊まりって最後だっけ? なんか寂しいなー」

「なんで?」
 隼人は尋ねると、揚羽が少し黙った後に遠い目を作った。

「私、中学校とかまとも行っていたなかったからこういう経験なかったの。友達もいなかったしね。だから今、すごく楽しいんだ」
 そういうと彼女が笑みを浮かべた。己の過去の埋め合わせのため、今を謳歌しようとしているのだ。

 彼女という人間が少し分かったと同時にどこか、自分と重なる感覚を抱いた。

「夜ってみんなとバーベキューだっけ?」

「ああ」

「そっか。じゃあ楽しまないとね!」

「そうだな」
 今を精一杯楽しむ。彼女の前向きな姿勢に隼人は憧れとともに好感を抱いた。





 夕焼けに照らされたとある港。癖のついた茶髪が目立つ青年が一人、欠伸をしながら歩いている。

 男は近くにいる中年男性を見つけると彼のそばまで駆け寄って行った。

「ねえ、あの島に行く船ってある?」

「悪いねえ。兄ちゃん。あの島は行けないんだよ。私有地だからね」

「あっそう」
 男は中年男性の眉間を指で弾いた。その瞬間、中年男性の頭が破裂して、血と脳髄が飛び散った。

「それじゃあ船だけ借りるね」
 青年は口角を上げて、遠くに浮かんだ島に目を向けた。
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