「黒炎の隼」

蛙鮫

文字の大きさ
上 下
26 / 115

「松阪綾は憤る」

しおりを挟む
 「なんで誰もナンパしてこないのよ! 草食系か! どいつもこいつも! ベジタリアンめ!」
 松阪まつさかあやはナイトクラブ。ハンプティ・ダンプティに来ていた。
 友人達に誘われてきたが、一向に殿方からお声がかかる事がなく彼女の顔に僅かだが、青筋を立てていた。

 銀髪のボブヘアとキリッとした目つきと端正な顔立ち。端から声をかけずにいられないような容姿だ。誰からも声がかからないことに憤りを覚えて、クラブで提供されるアルコールドリンクを勢いに任せて飲んで行く。

 すると足元がふらつき、誰かにぶつかってしまった。
「すみません。ちょっと飲みすぎちゃって」

「いえ、こちらこそ」 
 綾は謝罪相手の顔を目にした時、息を飲んだ。シルクのように長く白髪と工芸品のように整った中性的な顔。

 相手の顔の美しさに固まってしまった。

「どうしましたか。もしかしてどこか強く打ちましたか?」

「ああ、全然へっちゃらです!」
 綾は目の前の美しい顔に魅せられて、口調が変になった。

「ここ。人が多いから歩きにくいですよね。気をつけてくださいね」
 男性がふんわりとした笑みを浮かべて、立ち去ろうとしていた。その時、綾の脳内にどこからか指令が下った。

 この男を逃していけない。そう言っているように聞こえた。

「あっ! あの! 暇ですか? 良かったら話でもしませんか? 少し退屈で」
 綾は駄目元で声をかけた。もはや声をかけられないというのはなら、自分から行動に出るしかない。彼女はそう確信したのだ。

「いいですよ」
 男性が軽く笑みを浮かべて承諾した。


「それでね。ぜーんぜん。声かけないんですよ! 最近の男は草食系ばっかり! あっ、光さんは別ですよ」

「あはは」
 綾は酒が周り、口調が少し乱暴になりながらも光と会話をしていた。

「男といったらうちの弟なんですけど。昔から一つのことに集中しちゃうとそればっかりになっちゃう奴なんですよ」
 綾の脳裏に弟の姿が映った。祖父の元で修行を始めた弟は何かに取り憑かれたように打ち込んでいた。

 雨の日も風の日も殺意を宿したような目で修行を行う彼を見てそれがとても恐ろしく感じたのだ。

「弟さんのこと、大事に思われているんですね」

「いえ、そういうのじゃ」
 綾は酒のせいか顔を紅潮させていた。それを隠すように一気に流し込んだ。

「光さんは兄弟いるんですか?」

「ええ、妹と兄が」
 すると光が携帯を見る素振りをした。

「すみません。急用ができてしまいここから出ないと行けなくなりました」

「ああ、いえ! こちらこそお時間取らせてすみませんでした。楽しかったです」

「喜んでいただけて何よりです。それでは」
 光が一礼すると踊り狂う人混みの中へと消えた。

「かっこいい人だったなあー」

「ちょっと綾どこ行っていたのよ!」

「本当! 探してんだから!」

「ああ、ごめんごめん。で? いい男は見つかった?」

「全然! 帰ろう!」
 友人二人が眉間にしわを寄せて、入口の方に向かっていく。綾も彼女達に後ろについて行った。

 途中、凄まじい物音が店の外から聞こえたが気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

【完結】私の嘘に気付かず勝ち誇る、可哀想な令嬢

横居花琉
恋愛
ブリトニーはナディアに張り合ってきた。 このままでは婚約者を作ろうとしても面倒なことになると考えたナディアは一つだけ誤解させるようなことをブリトニーに伝えた。 その結果、ブリトニーは勝ち誇るようにナディアの気になっていた人との婚約が決まったことを伝えた。 その相手はナディアが好きでもない、どうでもいい相手だった。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活

髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。 しかし神は彼を見捨てていなかった。 そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。 これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。 ◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

処理中です...