「黒炎の隼」

蛙鮫

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「水面下」

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 荘厳とした雰囲気が漂う正義の象徴。忌獣対策本部の最上階にある会議室で松阪隼人は腰掛けていた。隣には同じく特待生の聖堂寺結巳。

 昨日の彼女からの言伝により、今の状況に至っている。そして、その奥の席に聖堂寺結巳の母であり首長代理の聖堂寺美香と対策本部幹部、出資者達が席に座っていた。

「首長。ソラシノは?」
 鶏の被り物がトレードマークの庭島玉男が美香に訪ねた。

「彼なら別件があり会議は欠席するらしいです」

「あの馬鹿」

「まあいいじゃないの。それでは会議を始めます」

 会議の内容は以前、遂行されたアジト壊滅作戦に際の出来事である。

「前回の鳥籠のアジト壊滅の件ですが、拘束した信徒を尋問したところ、自分達は上に命令された事を行なっただけの一点張りです」
 現場で指示を取っていた庭島玉男が出席している人間に取り調べの内容を話して行く。

 進展のなさに周囲の人間の反応は様々であった。顎に手を添えて考える素ぶりや露骨にため息をついて憤りを表している者だった。

「しかし、そのうちの信徒の一人からこれを押収しました」
 庭島がリモコンを押すと、ビニール袋に入った黒い粉と葉のようなものが映し出されていた。

「薬物の名前はALICE。数年前から流通されている違法薬物でその成分は主にアッパー系の薬物と微量のV因子」
 隼人は耳を疑った。それは他の面々も同じらしく、周囲の空気が騒然とし始めた。

 これが忌獣の増加を一因だというのなら今すぐにでも止めなければならない。

「卑劣な」
 結巳が隣で怒気を孕んだような声で呟いた。無論、隼人自身も同じような心境だ。

「そして、今回この薬物を売買している店を聞き出すことに成功しました」
 庭島がさらにもう一枚の写真をモニターに表示した。見た感じどこかの店のようだ。外観からとても派手な印象だ。

「ナイトクラブ、ハンプティ・ダンプティ。夜になると多くの若者が集まる人気の場所です」 

「ならやることは明白ですね」

「はい。今回の任務は密売の瞬間を捉えて、その場で制圧。及び、Aliceの押収でです」

「誰にやらせるんだ? 幹部か?」
 出資者の一人である小太りの男が訪ねてきた。

「今回の作戦は私と特待生の二人。松阪隼人と聖堂寺結巳に向かわせます」
 庭島の発言で再び、どよめきが生まれる。

「引き受けてくれるか?」

「はい!」

「承知いたしました」
 隼人は勢いよく言葉を返した。結巳も同じだった。

「今回の現場は若者がよく集まる場所。ならここは大人が行くよりも若者が行くほうが得策でしょう」

「聖滅具はどうしましょう。こういう場所ってセキュリティと年齢確認ありますよね」
 麻薬売買を行なっているとはいえ、表向きは普通の店だ。トラブル対策のためにガードマンに持ち物検査をされるのが当たり前だ。

「身分証明書はこちらで用意しておく。聖滅具に関しては俺が預かっておこう。何かあった時にすぐに駆けつけられるように外の建物で待機している」

「了解しました」

「あー。そういえばこの前の任務で活躍したっていう二人か」
 出資者の一人である丸眼鏡の男が隼人を睨めつくような目で見てきた。

「なんでもそこの松阪隼人。単独行動が過ぎているという意見を聞いているぞ。大丈夫かね?」

「問題ありません。早急に任務を完遂します」
 隼人は語気を強くして、言葉を返した。丸眼鏡がバツが悪そうな顔を浮かべて黙り込んだ。

「松阪君と結巳を」

「おや首長代理。ご自身の娘が前線に立たれるのは不安ですかな?」
 ハゲ頭の出資者の男が卑しい笑みを浮かべて、美香に訪ねてきた。彼女自身、首長代理という立場以前に一人の母。

 娘が前線に立つのは多少、心にくるのだろう。

「しかし、五年前に比べて忌獣や鳥籠の被害が増加するなんて聖堂寺も凋落しましたな。やはり先代の奥方では荷が重いのでは?」

「全くですな。それに御子息も消息不明ときた」
 出資者達が美香を諫言と言っても可笑しくないような言葉をかけた。娘の目の前で母を貶す男の姿に隼人は内心、沸々と怒りが湧いていた。

「親が子を想うのは当然だろう」
 ふと近くから低く威圧感のある声が聞こえた。黒いハットとメキシカンポンチョ。西部劇のガンマンのような格好をした着た男が出資者二人を一睨みしていた。

「ザクロさん。良いんですよ」

「いや。首長。言わせてください。現場にもろくに出たことがない連中が何を抜かしておられるんですか? それに何か問題があれば、現場の人間である俺達が対処する。その約束したはずでは?」
 柘榴が咎めると出資者達は言葉を詰まらせた。

「では作戦当日までにハンプティ・ダンプティに関する情報もさらに集めていきましょう。庭島さんお願いできますか?」

「かしこまりました」
 庭島が慇懃な態度で美香に一礼した。美香が会議の終了を告げて続々と退室をしていく。

「全く。野蛮な奴らめ」

「これだから戦うしか能がない奴は」
 会議に出席していた出資者の面々は退室する際にも何やら小言を言っていた。

「首長。先ほどの発言。厳しく咎めてよかったのでは?」

「いいのです。事実ですから」
 美香の端正な顔に曇りがかかった。そこにいたのは威厳に満ちた首長ではなく、悩み、不安に苦しむ一人の女性であった。


 対策本部を出た後、隼人は結巳とともに宿舎に戻っていた。辺りは既に夕焼けに染められていた。

「人を忌獣に変異させる薬物ね。そんなものがあったなんてね」

「自分達の繁栄のためなら他者を犠牲にする。それが奴らの思考だろう」
 隼人は憤りを言葉に込めて、吐いていく。隣にいる結巳も同じく不快感をにじませたような表情を浮かべていた。

「あの出資者ども」
 結巳が低い声で静かに先ほどの男達に憤っていた。目の前で母親を冒涜されて怒りを覚えるのは当たり前だ。

「あいつら、前々からあんな態度だったのか?」

「以前からだったけど父の時はあそこまで露骨ではなかったわ」
 おそらく聖堂寺の血を引いていない人間が首長の座にいるのが気に入らないのだろう。それか単純に女を下に見ているか。

「必ず、倒すわよ」

「ああ」
 茜色の空の下、作戦完遂を固く誓った。
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