上 下
4 / 9

赤のスポーツカー

しおりを挟む
「あ、あの……」



「ちゃんと病院に向かってる。安心しろ」




えっ、あのそうじゃなくて。



警官達をやり込めた一条と言う男に車の助手席に乗せられ、車は男の運転で発進した。




このまま道なりに10分も行けば、街に一つの救急センターだ。




でも、病院に行って手当を受けている暇なんてない。




「早く帰りたいの」



「こんな時間まで出歩いておいて、今更門限が気になるのか?」



「門限なんてない。私、バイトの帰り。いつもはもっと早く帰れるけど、今日はたまたま遅くなっただけで」



「門限じゃないなら、急いで家に帰る必要なんてないだろ?」



「あるの! 家で弟と妹が待ってるの。もう多分寝てると思うけど、早く帰ってあげたいの」



「お前んち、湿布とかあんのかよ。そのまましてっと、明日腫れるぞ」



「……氷水で冷やすから良いの」



「そうかよ。お前の家どこだ?」




「今の進行方向と逆! さっき居た所から5分位道なりに言った所にある2階建てのアパート。日の丸興産の看板があるところ」




私の言葉に男は少し考え込むと『あぁ、そこか』と呟いて交差点でUターンした。




「きゃぁ!!」




私が驚いて肩を竦めると男は口元だけ笑みを零した。




「掴まってろ」




ハンドルを巧みに操作した、切替し無しの綺麗なターンだった。

「あっ……んっ……」




挫いた左足の踝に氷水が染みる。



今、私は一条という男の家で、黒革のソファーに腰かけ、氷漬けの洗面器に挫いた左の踝を突っ込んでいる。




「漫画みたいに腫れてるな」



「……他人事だと思って」



「あぁ、あやうく人身だったら、他人事じゃなくなるところ命拾いした」




男は、バリスタで淹れたコーヒーを片手に、隣の一人がけソファーで愉しそうに私を観察している。




「お前、今いくつだ?」



「17歳」



「2年か?」



「そうよ」



「ふ~ん」




スーツの上着を脱いで、ワインレッドのシャツ姿の男は、顔もスタイルも抜群だった。



年齢は20代半ばに見える。




カラスの羽根みたいに艶のある黒い髪、ツンツンした長めの前髪、襟足の長いウルフカット。



まるで、狼みたい。

「お前、名前は?」



「……津屋崎 息吹(つやざき いぶき)」



「学校じゃなんて呼ばれてんだ?」




ころころ笑いながら、じゃれついて来る子犬みたいに私を見ている大男が、何だかちょっと可愛いと思った。




「イブ」



私、あんまり簡単に自分の呼び名を人に教えたりしないんだけど、何かそういう嫌いなく答えていた。




「カッコ良いじゃん」



「ありがとう」




何だか、良い匂いがする。



この男の人。



シャツはワインレッドなのに、海の様に爽やかな香りの香水が香る。





「貴方は?」



「俺? 一条 恭弥(いちじょう きょうや) 。……呼び名は、キョウ」




キョウ。



ふ~ん。



口には出さず心で思う。




切れ長の目、通った鼻筋、悪戯っぽく笑う唇。



底の見えない深い眼差し、綺麗な容姿と凛々しい表情。



見ていると吸い込まれそうだった。




不意に私に身を乗り出して、キョウが手を伸ばし、私の髪を掻き分ける。



左耳に、指が触れる。



そして髪で隠していた、私の左の石を見つけた。

「何で、羅刹の龍をしてる?」




それは私の素性を現す、羅刹の支配者の証のアクセ。



ワインレッドのルビーのピアス。



3カラットと言うが、真意のほどは定かではない。



確か何かの褒章に、初代龍が得たというその意志はピジョンブラッドと言うルビーの中でも最高品質の高級仕様だと聞いている。




私は、京極街を追放された鬼の子。



今はこの街を統べる羅刹の支配者。




「羅刹の龍のピアス。何でお前がしてんだ?」




コロコロ笑う犬みたいな目が、獲物を狙う狼の眼光に変わった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

鬼上官と、深夜のオフィス

99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」 間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。 けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……? 「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」 鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。 ※性的な事柄をモチーフとしていますが その描写は薄いです。

一夜限りのお相手は

栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

【R18】愛され総受け女王は、20歳の誕生日に夫である美麗な年下国王に甘く淫らにお祝いされる

奏音 美都
恋愛
シャルール公国のプリンセス、アンジェリーナの公務の際に出会い、恋に落ちたソノワール公爵であったルノー。 両親を船の沈没事故で失い、突如女王として戴冠することになった間も、彼女を支え続けた。 それから幾つもの困難を乗り越え、ルノーはアンジェリーナと婚姻を結び、単なる女王の夫、王配ではなく、自らも執政に取り組む国王として戴冠した。 夫婦となって初めて迎えるアンジェリーナの誕生日。ルノーは彼女を喜ばせようと、画策する。

処理中です...