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第5章 シ・ア・ワ・セ・シ・ン・デ・レ・ラ・? ~独占欲と情欲とがっつり食欲~
シンデレラ、お城に到着(笑)
しおりを挟む「セイ、本当にソウのベッドで良いの?」
冬野さんは、私の部屋を見渡すと、綺麗に片付けてあったソウのベッドにシーツと毛布を敷いて整えたベッドを見つめてそう言った。
「はい。私の部屋のベッド、爆風で硝子刺さってるから、捨てて貰う事になってて。買い直しても良いと思ったんですけど、ソウか欲しいならくれるって言うし。でも。もう、ウケる位スプリング良くて。キングサイズだし、持っていきなよって言ったのに」
「新居で新しいの買うって言ってたもんね」
私はベッドのへりに座ると、何故か冬野さんが隣に座った。
「ずっと使ってなかったから、大丈夫? 定期的に手入れはしてたけど。匂いとか?」
「冬野さんの家の匂い、好きですよ」
「えっ、俺の家の匂いって?」
「白いバラの匂いが時々する。無菌の空間の。洒落にならない位、綺麗好きの空間の香り?」
「ディスってるの?」
冬野さんは目を細めた。
「違います。でも、センスが似てるからですかね? ソウの実家も、今日、ユキさんが連れて行ってくれたご実家も、おんなじ匂いがしました。ユキさんの実家のバスルームはまだ見てませんけど。ソウの実家の洗濯機とシャワーノズル。この家のと全く一緒だった」
「よく見てるね」
私が冬野さんの腕に手を伸ばすと冬野さんは驚いた顔で私を見た。
「ユキさん。今日から、お世話になります」
「うん。宜しく。 お互い、気の置けない仲でやれると良いと思うけど。俺達、生活リズム合わないから、最初大変かもね。やって見ないと分からないけど」
「いつも、何時に起きてます?」
「大体夜中の2、3時かな。起きるのは8時で。 昼寝を大体してるかな。 2時から4時位まで。 月曜と木曜は、午前ジムに行って日曜のルーティンで運動してるんだ」
「本当ストイックですね」
「セイは?」
「私は就寝は11時、起床は7時です。お弁当と朝食やらで、明日は8時15分に出ようかと」
電車で二駅だから、歩いても行ける。
多分無心で30分歩けば、余裕だ。
「よく一時間で準備出来るね?」
「それもそうですね。初日何で5分早く起きますね」
冬野さんは、そうじゃなくて、と突っ込みを入れた。
女の子が朝身支度にそんなに時間がかからないはずない。
男の自分だって、もう30分早く起きてたよ。
と言われた。
「家賃と光熱費の話し、しても良いですか?」
「良いよ。 君の事だから絶対、言うと思ってたから。でも、ちゃんとセイが財布から出してる食費もちゃんと差し引くからね」
「分かりました」
「詳しいことは明後日考えよう? 明後日、祝日で時間とれるから」
「でも、家賃とか…」
「君の給料日の20日で良いだろ? 今日はもう寝よう。話は明後日までお預け」
そう言うと冬野さんは私にキスをしてベッドに倒した。
「ユキさん?」
「ソウのベッドでセイが寝るの嫌だから、これで上書きさせて」
冬野さんは、私に濃厚に口づけながら、私上着の中に下から手を入れて私の胸を持ち上げる様に触って、上着をたくしあげで顔を埋めた。
「やっ、ぁっ、ユキさん……」
「セイのカラダ全部に、俺の事、マーキングさせて」
その言葉の断言通り、カラダの至るところに、色んな事をされて、終わったときにはカラダ中気持ちよくて、冬野さんに触れられるだけでカラダか痺れてしまう。
服、全部脱がされて、カラダ中汗だくだし、冬野さんに触られて気持ち良くなって私の下が今にも溢れそうな位濡れている。
冬野さんが指でしながら、私のカラダ中キスしまくって。
なのに冬野さんは上着も脱がずにただ私だけをこんなにして。
「ど……して、ユキさんは、何もしないんですか?」
「えっ、俺、ずっとセイに色々してるよね」
そうだ。
されてた。
違う。そうじゃなくて。
「何で私ばっか、こんなにしちゃって。私ばっかり」
「ごめん。本当はセイと昨日の続きしたかったんだけど、俺、もう君とする為のアレ、買って無かったから、今日は出来ないんだ」
アレって、何だ?
避妊具?
あぁあああ、嘘。
どこに売ってるんだ?
ネットで頼むのだろうか?
何屋に置いてるんだ。
買い忘れたって、今日、ショッピングモール行ったのに、買ってなかったって言う事は滅多な店には置いてないものなのか?
それとも、ストックがないのを失念していたからか?
どっちだ?
取り合えず、明日、眞鍋ちゃんにそれとなく聞いてみようかな?
と言うか、それ以前にだ。
最初から出来ない、しないって決めてるなら。
じゃあ、何で、私を今。
こんなにまでしたんですかぁああ。
「えっ、ユキさん。今夜はデキないのに。私をこんなにしたんですか?」
「つい。一応、我慢はしたんだ。だから、俺は服を着てたんだ。俺が我慢できなくならない様に」
いやいや。
ちょっと待って欲しい。
「私、こんなカラダじゃ、眠れません」
「えっ、こんなって、どんな?」
全裸で、冬野さんにカラダの至るところを、言葉に出来ないって言うか、理解の範疇を越える行為の数々で、弛緩してカラダに力が入らないし。
痺れる様な快感の連続で、どこかまた触れられようなものなら、弓なりに背中を仰け反らせながら、お腹の下がきゅっと締まる感覚に悶えてしまう。
これが抱かれたいとカラダが求める衝動だとすれば、初めての感覚だった。
今までは抱かれても良いと言う感情で、今私が抱えている感情とは全く違うのだ。
「ユキさんに抱かれ…たい。なのに、ひどい……」
「セイが望むなら、気の済む様にして良いよ」
「でも、ユキさん、私の事抱けないんでしょう?」
「うん。でも、だから、俺の事好きにして良いよ。俺は今夜、セイを抱けないけど」
うわっ、何か嵌められた気がする。
『ユキは意外と根に持つタイプだ』
『ユキはお前で遊ぶなぁ…』
亡霊の声の様に、ソウの言葉が脳裏に響いた。
これは、今まで冬野さんにしてきた事の、冬野さんから反撃又は復讐なのかも知れない。
今まで、何度となくその行為を拒絶して来た事、実は、やっぱり根に持っていたとでも言うなら、自業自得過ぎる。
「私、こんなカラダにされたまま、眠れません」
「いや、もう11時過ぎてるし、早く寝た方が良いよ」
私は、カラダを起こして冬野さんの唇に触れるだけのキスをした。
「キスなら、たくさんしても良いけど」
「キスだけじゃ、嫌。この前も、自分だけ服着たままだったじゃないですか? そう言うのズルいと思います」
「じゃぁ、つまり?」
「ユキさんも脱ぐべきでは?」
「先に言った理由により、拒否かな?」
だったら、力では冬野さんに敵わない。
「セイ。あのね……」
「何ですか?」
冬野さんは、私に上着をかぶせて言った。
「本当にごめん。シャワー浴びて来ると良いよ」
何かそれに似た言葉、昔逆に冬野さんに言った気がするぅううう。
私は上着を着て、下着とズボンを履きながら恨めし気に冬野さんを見つめた。
冬野さんは、見守る様な目で私を見つめ返して言った。
「本当、ずっと見てられるね。セイは」
「ユキさん、私に何か恨みがあるんですか?」
「ないよ。徹頭徹尾、好きだって。愛が止まらないよ」
「え? 今ブレーキ踏みましたよね。服脱ぐの拒否したましたよね?」
「いや、これも愛だから」
冬野さんはそう言ってベッドを立った。
「ユキさん、ベッドに戻るんですか?」
「だって、明日仕事だろ?」
「そうですけど……」
「まぁ、どうしてもって言うなら、今夜は良いよ」
私は、ガッツポーズで冬野さんと今夜一緒に寝たいと言った。
取り合えず、シャワーを浴びて、私は結局冬野さんの寝室で朝までぐっすり寝坊をした。
――― トントントン ――――
ドアをノックする音に目を覚ましたが、私はすぐに起き上がれなかった。
――― トントントン ――――
二度目のノック。
私は何とか時計を探して見上げ、真っ白になった。
7時25分。
「うっそ、セイ!!」
冬野さんの方が先に反応して声を上げた。
うっわぁ、最悪。
「はい、今、起きました。 ごめんなさい」
冬野さんの胸の上から飛び起きて、いまだかつてないスピードで冬野さんのベッドを降りた。
「5分早く起きるって言ってたよね? 30分も寝過ごしているじゃん?」
背後でそう声を上げる冬野さんを振り返る余裕も今はさすがにない。
取り合えず謝罪を述べた。
「いや、本当お騒がしてしてすません」
ドアを開けると、市丸君が飛び出して来る私に盛大に驚く。
「起きてました? ご迷惑でしたら、謝りますけど」
「命の恩人レベルで感謝します。ありがとう、市丸君」
「2回。先に、石崎さんの部屋ノックして、反応ないけど、玄関に靴あったからもしかしてって」
「そのもしかだよ、本当にありがと」
そう言いながら、洗面所で顔を洗って、歯を磨いて、炊飯器から昨夜セットした炊き立てのご飯をお弁当によそう。
冷蔵庫からお弁当のおかずの作り置きを出して盛り付け、蓋を開けたまま放置。
お味噌汁一食分のタッパーを出してチンして、目玉焼きを焼いて、炊飯器のご飯をよそって。
ちょっと目玉焼き、火からおろすの早かった性で、白身にコシがない。
なんて余裕ぶっこきながら、ただいま7時45分。
目の前で市丸君がパンをかじりながら、カフェオレを飲んでいる。
「朝食和食だと時間かかりません?」
「いや、あんまり気にしないけど、今日はパンにしとけばよかった」
「遅刻しますよ」
「大丈夫よ」
「その格好で会社行くつもりですか?」
「着替えるもん」
私の断言を、市丸君は鼻で笑い飛ばして言った。
「いや、絶対間に合いませんから。俺、洗い物はしましょうか?」
「いや、余裕よ」
食べ終わった7時59分。
粗熱をさましたお弁当をしまって、洗い物をして8時10分。
服を着替えて、バックを持って、髪をかき上げて8時15分。
「ねぇ、市丸君、ここから何時に家出てる?」
「8時20分です。8時32分の電車で38分について。会社に45分に着きますから」
「じゃぁ、セーフ……」
「いや、セイ。女の子のする事じゃないよ」
冬野さんが、用意を終えた私の背後でわなわなしていて、私は盛大に首を傾げた。
「じゃぁ、いってらっしゃい」
冬野さんに見送られて、私は市丸君と一緒に家を出た。
「ねぇ、質問して良い?」
「何ですか?」
市丸君が私の言葉にきょとんとした目で私を見る。
「私、何か女の子らしからぬ事してた?」
「準備が異常に早いです。化粧しない、髪セットしない……からじゃないですか?」
「私はしないんだ。しなきゃダメかな?」
私の言葉に、市丸君は笑って「ダメじゃあないと思いますけど。でも、今のそれが『石崎さん』じゃないですか? 別人になるつもりですか?」と答えた。
会社には8時42分に到着した。
おおむね実家から通っている頃と同じ出社時間で、営業室に入って普通に準備して余裕だった。
お昼の昼食前、市丸君が新規の案件で外出したので、昼食は真鍋ちゃんと二人で摂っていた。
私はチャンスと思った。
「眞鍋ちゃん、聞いても良い」
「何ですか?」
「避妊具ってどこに売ってある?」
眞鍋ちゃんは、お弁当におかずを吹き出して、咳き込んだ。
「どうしたの? 眞鍋ちゃん、喉に魚の骨でも刺さった?」
「ゲホッ、ゴホッ、ゲホ! 石崎さんっ!!」
眞鍋ちゃんは私の名前を呼ぶのがやっとの様子で、ずっと咳き込んで、お茶を飲んで落ち着くのを待った。
「そんなのどこにでも売ってありますよ」
「スーパーとか?」
「いや、スーパーは売ってないですよ、多分」
「じゃぁ、どこにでもじゃないじゃん!!」
「コンビニ、ドラッグストア!! ドン・キ〇ーテ!!」
「あぁ、そっか、じゃぁショッピングモールには売ってないのかな? あっ、でもドラッグストアは通り過ぎたのに」
「え、すいません。もしかして、真面目に聞いてます?」
「そうだけど」
眞鍋ちゃんは、絶妙に唇をゆがめて、しばらくその場で固まってしまった。
眞鍋ちゃんはお弁当を食べるのを中断して、まっすぐ私に向き合う。
理由は分からないが、すごく真剣に怒っている風に見えるのは、私の気の性だろうか?
私、何か眞鍋ちゃんが怒る様な事をしただろうか?
確かに、へんな事を聞いてしまって悪いとは思うが、怒る事はないと思っている。
「いや、まず、石崎さん。状況整理したいんで、いくつか質問に答えて貰えます?」
「はい」
険しい表情で今にも、胸ぐらを掴みそうな厄介な顔しちゃ駄目だよ。
あと、口元にご飯粒ついてるし。
「まずですよ。私をからかうつもりですか?」
「何で?」
「普通、人に聞く前に、パソコンかスマホで調べたら良いじゃないですか?」
「え、だって、履歴が残るでしょ。予測変換に出てくるの嫌だし。昨今、一回でも親しみのないワードを入れると、検索に基づいた宣伝ページが表示されるでしょ? 自分が見ているWEBページの片隅におすすめのそれが垣間見えるの怖くないかな……私だけ?」
「全く考えもしませんでしたが、それは一理ありますね。……分かりました。悪意もないし。ちゃんと、合理的思考に基づく質問だったのであれば、良いです。いや、本当は良くないですけど」
「何か、混乱させてごめん」
取り合えず、時間がある時に自分でも買ってみる事にした。
「大体、何で石崎さんが買い方も分からないものを買いたいんですか? もしかして、冬野さんのお使いですか?」
「いや、そんな大人向けの初めてのお使いは仰せつかってないよ。 昨日、今、買い置きがないから出来ないって言われちゃって。じゃぁ買っておこうかな? って、でもどこで買ったら良いかわからなくて」
「はあ!!! 買い置きがなくなる位冬野さんとシたんですか?」
「いや、まだした事ないよ。しようと思ったら、実家の前が火事になって、家に呼び出されて出来なかったの。私の部屋の窓割れて、ベッドが消火の水とガラスの破片で酷い目にあったんだよ」
瞬間、眞鍋ちゃんが椅子から転げ落ちて、毒を飲んで悶えて死ぬかと思うぐらいのたうち回って爆笑した。
そして、丁度外出から帰って来た市丸君がその場に出くわして、救急車を呼ぼうとするのを止めるのが大変だった。
「急病か事件かと思いましたよ」
呆れた顔で市丸君は、私と真鍋ちゃんにそう言った。
「いや、急病はともかく、事件って何の?」
変な事言わないで欲しい。
「マキさんに毒を盛られたのかと思って」
市丸君の言葉に、眞鍋ちゃんが狼狽えた。
「私はマキさんに暗殺対象にされてるんですか?」
「石崎さんと真鍋ちゃんはされてても、不思議じゃない気がしてすみません。で、どうしたんですか?」
説明なんて出来ない。
おそらく、眞鍋ちゃんも同感だったらしく。
「「ノーコメントです」」
二人で声を合わせて説明を拒否し、市丸くんのその質問に決して答える事はなかった。
「早くご飯食べよう」
「こっちのセリフですよ。お昼終っちゃうじゃないですか!!」
「俺は、30分遅れで昼何で、ゆっくりいただきますけど。本当、何やってたんですか? 全然、お弁当ほとんどまだ箸付けてないなんて?」
私はとっととお弁当を食べ進め、眞鍋ちゃんと食後はコンビニ買い物に行って、お昼休みを終えた。
終業時間間際、仕事の片づけをしていると市丸君が声を掛けて来た。
「石崎さん、今日はまっすぐ帰られますか?」
「あぁ、夕食の買い物して帰るつもり。市丸君は?」
「俺も一緒に行って良いですか?」
「良いよ」
会社の帰り道。
市丸君と肩を並べて帰途に着く自分に、何か思ってたのと違う。
この具体的かつ致命的な違和感がしばらく続くのか、と息を飲んだ。
「今月も後、2週間ちょいですね」
「そうそう、明日祝日だ。寝るぞ―――って感じ。9月の連休突入」
「テンション高いですね」
「市丸君は嬉しくないの?」
「……そうですね。まぁ、嬉しいですよ。今の家、居心地が良くて」
もう半月冬野さんの家に先に住んでいるしみじみとした意見に私は苦笑いがこぼれた。
「すっかり、先住民だね」
「ですね」
「今日、私しらす丼と豚汁を作るけど、市丸君も食べる」
「負担じゃなければ、いただきます」
負担か?
どうだろう?
一緒に住んでいるから一応聞いてみたけど、逆に市丸君が気を遣って私に合わせて食べてくれているのかも?
そう思ったら、逆に市丸君に負担じゃないだろうか?
「無理しないでね?」
「何がです?」
「逆に、無理に付き合って食べてくれてるかも?って思ったりもする訳だよ」
そう言うと、市丸君は笑い飛ばすように私に言った。
「石崎さんはそもそも人に気を遣ったり、遣わせたりしないし出来ないんじゃないですか?」
「時々、市丸君、私に辛らつだよね」
「お互い様ですよ。 あんまり、ユキさんを困らせない様に気を付けるんで、後数か月、仲良くしましょう」
「そうだね。私、妹しかいないけど、弟が居るってこう言うものなのかって、思うと新鮮だよ」
「そうですね。俺も、兄貴と二人兄弟なんで、お姉ちゃんと思えば、本当新鮮な感覚です」
私は、赦されるだろうか?
そんな事を、考えていた。
市丸君。
人間関係は修復出来て、生活の見通しも立って、もう平気そう。
もう、大丈夫みたい。
テン。
私は、少しはあれからマシな人間になれただろうか?
冬野さんとあって、私は随分マシな人間になれたと、君は言ったけど。
私は結局、何を目指している。
何を、市丸君に目指していた?
うすうす気が付いていた事だった。
自分が柄にもなく。
正常とか、普通とかに、自分をそのカタに嵌めたかったんだ。
『人の心がない』
と言われて来た。
私は、人の悪意に鈍感で、無関心で、無頓着で。
目の前の障害物を片っ端から、ぶつかってこけて、ケガして、死なない程度に生きて来た。
私は、ずっと周囲の人間もそうやって死なない程度に生きている。
そう思ってきた考えに、竿さしたのがテンだった。
テンが病気になった事だった。
私の過ちだと思った。
『人の心があれば良かった』
そう、思ったけど。
今更だけど。
人の心って、誰の心だろう。
模範を出して欲しい。
今更だけど。
市丸君と買い物を済ませて、すぐ使わない食材を冷蔵庫にしまって、ご飯を炊いた。
部屋で着替えていた市丸君が、私服姿でキッチンに来て声をかけてきた。
「手伝いましょうか?」
「いや、良いよ。 出来たら呼ぶし」
「じゃぁ、お言葉に甘えて」
市丸君はそう言って、リビングにノートPCを持ち出して、何やら作業を始めた。
「何やってるの?」
「クラウンのメニュー表のアレンジです。今、プレートメニューを置いてるじゃないですか? ここに居る間は、少しでもお手伝い出来ればって」
「良いな。後で、私も見せて」
今日は、丼ぶりものだ。
ぶた汁は、水から大根を煮てふっとうしたところに人参とちぎりこんにゃくを入れて、お湯を一回捨てて、豚肉を炒めたところにだし汁を入れてもやしと湯切りした具を合わせて、油揚げを入れて、味噌を入れてかなり色々時短でずぼらに作った逸品だ。いつも入れる里芋さえ、時間と手間がかかるので省いた程の手抜きだ。
ゆでた小松菜にサクラエビを入れて沸騰させた煮汁と合わせた煮び出しの小鉢。
メインのかまあげシラス丼は、熱々のご飯の上に刻みのりの上にシラスを乗せて中央をくぼませそこにウズラの卵を割ってのっけた手抜き料理だ。
「本当、夕飯づくりに時間かけませんね」
「平日はそれがモットーなの」
「俺も一人暮らしに戻ったら見習います」
「そのときは頑張って」
食卓の用意だけは、市丸君は何も言わずに手伝ってくれた。
食器を並べたり、ご飯をよそったり、お茶を用意したり。
なんだかんだ言って、言わなくてもして欲しい事を自然としてくれるところは、冬野さんと共通している。
そんな事を思った。
「ユキさんは仕事かも知れませんけど、石崎さんは明日は休みだから、お店終るまで起きて待つんですか?」
「うん。待つよ」
「一昨日あんまり寝てないから、あんまり無理すると倒れますよ。俺、昨日は午前中少し寝かせて貰いましたもん」
「そうなんだ。正直、今日、かなり眠かった」
「やっぱりですか? 3時頃、電話の保留中に寝てませんでした?」
「バレた?」
「何も、そのタイミングで眠らなくてもって言うか、普通寝れませんから」
「もう、みんなに内緒よ」
「無駄ですよ。眞鍋ちゃん、隠れて笑ってましたから」
夕食の後、ご飯を食べて、市丸君の後、お風呂に入って。
リビングで、市丸君のしているノートPCの作業を見せて貰って11時くらいに市丸君は部屋に帰って。
私はリビングのソファーで冬野さんの帰りを待っていた。
はずだった。
起きているつもりだった。
「石崎さん、寝てます!!」
そう声をかけられハッと目を覚ますと、明るいリビングの部屋。
目の前で市丸君が私を覗き込んでいた。
「本当だ! 今、何時?」
「0時45分です」
後、30分は帰って来ないだろう。
祝日前の夜だから、もっと遅いかもしれない。
そんな事を考えた。
「言わんこっちゃない」
「ごめん。ありがと」
「コーヒー淹れましょうか? 丁度、俺も飲もうかと思ったんで」
「眠れなくなるよ」
「俺は気にしません。飲みたい時に飲むんで」
「じゃぁ、お言葉に甘え……ごめんやっぱ眠いから、私淹れて良い? 待っている間に寝ちゃいそう」
市丸君は、笑い出した。
「じゃぁ、せっかく何で見学させて下さい」
「フレーバー淹れて良い? キャラメルかマカダミアで」
「俺、マカダミアが良いです」
「OK」
冬野さんが、帰るまで眠らないつもりだったのに。
眠気に完敗してたなんて。
二人でリビングでコーヒーを飲んでいると、冬野さんが帰って来た。
「「お帰りなさい」」
二人で出迎える様子に、一瞬きょとんとしつつ「ただいま」と冬野さんは答えて洗面所に向かい、手洗いを済ませて戻って来た。
「夕食は大丈夫ですか?」
「今日は、何があるの?」
「豚汁としらす丼。小松菜と桜えびの煮びたしがあります」
「ご飯小盛でしらす丼と煮びたしだけ貰って良いかな?」
「すぐ用意しますね」
「俺やる……って言いたいところだけど、しらす丼をどうして良いかわからないから、サポートお願いしても良い」
「もちろんです」
私は、小盛にご飯でシラス丼を作って、冷蔵庫の煮びたしをお茶を用意している冬野さんのところに持っていき、食事の準備を整えた。
「マモルも起きてたの?」
「はい。さっき、リビングに起きて来たら、石崎さん、ユキさんが帰るまで起きて待ってるって言ってたのに寝ちゃってて、で、一緒にコーヒー飲んでました」
「あっ、俺はもう歯を磨いて寝るんでおやすみなさい」
そう言って、市丸君は席を立って洗面所に行ってしまった。
市丸君を見送ると、冬野さんが私を見つめて言った。
「セイ、リビングで寝たら風邪引くよ」
「すみません。つい。今日、祝日前でお仕事忙しくなかったですか?」
「うん、かなり忙しくて。センちゃん、早く帰せなかったから、お父さんが珍しくお店まで来たよ。 と言うか、多分1杯飲みたかったのかも。21時頃来て、2杯飲んで帰ったね」
「良い事じゃないですか? 冬野さんのお店気に入ってるんですよ」
「そうかな? だと良いんだけど。眠かった?」
「ちょっとだけ。 明日祝日だし、起きてたら、一緒に寝ても良いよって……言って貰える気がして。ダメですか?」
「この後、お風呂に入るから、それまで待っててくれたら良いよ。俺の部屋で寝よう」
私は笑顔で頷いた。
その後、冬野さんのお風呂を待って、冬野さんの部屋のベッドで、眠りに付いた。
もう眠たくて、キスだけした後、私は起きていられなくて眠ったしまった。
私の事を抱きしめてくれる冬野さんの腕が体温が幸せだった。
シンデレラの物語のその後を私は知らない。
でも
地味で根暗で残念な。
福沢諭吉をガラスの靴に、リクルートスーツをドレスに。
冬野さんと言う王子様のハートを射止めた私は。
これから、お城の様に素敵な冬野さんのクラウンで、シンデレラの様にではないにしても、とても幸せに暮らしていけると思います。
なんて、ほざいて。
平穏無事な生活が送れるような人間ではなかった事を。
どうして、長く忘れていたのか?
もう、周囲のすべてを巻き込まん勢いで、命の危険を感じるほどの災いに自分が首を突っ込んでいる事も忘れている事に。
私はまだ気が付いていなかった。
第5章 シ・ア・ワ・セ・シ・ン・デ・レ・ラ・? ~独占欲と情欲とがっつり食欲~ 了
引き続き 第6章もお楽しみください
――――――――――― 後書き ――――――――――――――
当初の話では、ラスト、冬野さんと市丸君とヒロインが同棲する話しではなかったし。
ちょっと色々予定と違ったけど、書いてて自分は楽しかったです。
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