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第5章 シ・ア・ワ・セ・シ・ン・デ・レ・ラ・? ~独占欲と情欲とがっつり食欲~

君も私も、貴方と一緒に五里霧中(迷って見込みも方針も立たないこと) 前編

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「部屋の前まで送る」



そう言って、ソウはユキさんを残して車を降りた。



「良いよ。心配しすぎ」



「お前は修羅場慣れし過ぎだ。少し用心しろよ」




私は部屋の前まで送ってもらってソウと別れ、一人部屋に戻ったが、市丸君は部屋に居なかった。



心配になって冬野さんにメールしようと思ったが既にメールが届いていた。




(今日、マモルラストまで居て貰うから心配しないで)




冬野さんとこ、繁盛してるな。





何て感心しながら、お風呂に入って二人の帰りを待つことにした。





今日は、賄い食べたのかな?




そんな事を考えたら、何だかじっとしてられなくなったので、乾燥ひじきと椎茸を砂糖を加えたぬるま湯で戻し、粉末だしとお酒と醤油で炊いた。



途中で大豆の水煮に千切りした人参と油揚げも加えて具だくさんにした。




一緒に入れる筈だった豚肉は千切り玉ねぎをふんだんに使ったしょうが焼きにして、タッパーに詰めて、食べたい時にすぐ食べられる様に、粗熱をとって冷蔵庫にしまって、料理の匂いが残らない様、手早く片付けた。




ごはんも炊いて、大振りの梅干しを包丁で潰して解凍したえだまめと混ぜご飯にしておむすびにしてラップにくるんだ。



それを冷蔵庫にしまおうか悩んでいる所に、冬野さんと市丸君が帰って来て。





冬野さんは、おにぎりをひとつとインスタントのワカメスープ。




市丸君は、全品一人前分、食べてくれた。夜、ベッドで冬野さんは、私の背中を抱きながら、私に語りかけてきた。




「暫く、マモルに店に出て貰おうかなって思ってる。暫く様子を見て、もう一人必要かなって思ったら、新しい募集しようかなって。でも、マモルも仕事があるから、あんまり無理させられないし……正直迷ってる」



「週どれくらいを考えてます?」




背中から私の胸に回した冬野さんの手を取って、私は手の甲にキスをした。




何だか、愛おしくて。





「水曜と金曜と土曜……時間はラッシュの22時位までで」




冬野さんの手を取ったまま、それを頬に寄せて目を閉じる。



もう、眠かった。




「ここに居るうちは良いんじゃ無いですか?流石に翌日仕事の時は疲れますけど、1日位なら。前にダブルワークした時の経験上も兼ねて」





私の言葉に、冬野さんは「ありがとう。頼りなるよ」と誉めてくれた。



でも、来週には新居へ入居だし、通いはちょっときついのに、な。



と思った。




「竹中さんが工事の施工が遅れてて今月一杯入居できないだろうって言ってるんだ。セイには迷惑かけるね」




そう言うことか……。



もういっそ、市丸君が居ても、私別に良いや。



本気でそう思っていた。




「俺、ここ三年位、一人暮らしだったけど。何か誰かと生活空間を共にするのって、たぶん、マモルやセイだから良いと思うんだ。 ソウやマモルの兄貴も、そもそもよっぽど気が合って、二人ならお互い気の置けない仲だし大丈夫だと思って暮らしてたけど。 マモルもセイもそれとは全然違う感じだけど、一緒に居て苦にならないんだ」




何だそれ?




「それは、つまり?」



「恋人だから、友達だから、家族だからとかじゃなくて。自分の生活を共有するのに大事な事って、家族の絆とか、恋愛感情とか友情じゃないと思うって事。それを間違ったなら、きっと、苦痛だと思う」




変なの。



今、何で冬野さん。



そんな事言うの?



だったら、だ。



それは、誰へ向けた忠告だ。



その誰が、いつそれを間違えて、苦しんで……。




冬野さん。




それは、冬野さんの市丸君への個人的見解なの?




「じゃあ、大事なものって、何ですか?」




私の問いに冬野さんは、もう眠そうな声で答えた。




「言葉にするのは、難しいかな……でもセイもマモルも大好きだよ」




あれ、市丸君の人たらしめ。



冬野さんの好きなものに、私と一緒にちゃっかり侵入してきてしまうなんて。




もう、寝よう。




明日はずっと、一緒にいられる。




夜にはまた、お別れだけど。




もうすぐ一緒に暮らせるんだから。
あれ、何か変。



「セイ……」



冬野さんが私に囁く。



いつもと変わらない。




冬野さんのとこの気持ちの良いシーツ。



すべすべしてて、薬品っぽくもなく、香料っぽくもない、でも、無機質な清潔そうな良い香り。



ぼんやり明るくなる視界の先に冬野さんが居る。



もう、朝なのかな?




「やっとセイと……出来たね。好きだよ」




えっと、今、冬野さん。



私に何とおっしゃいましたか?




目の前で毛布から肩を出した冬野さんは裸で、自分の姿を見下ろすとこれまた裸で、

鎖骨の辺りに見慣れないキスマーク増えてる。




そして、毛布で隠れた私と冬野さんさんのカラダは抱き合っている。





「えっ? あの、ワタシ、もしかして、昨夜……」





私、シちゃったの?



具体的に何をしたか分からないまま。



私、冬野さんに抱かれたの?



裸で、抱き合って。



寝起きに冬野さんに笑顔で、やっと出来たねって、嘘でしょ?






「セイ、愛してるよ」




冬野さんはそう言って、上半身を起こして、私に覆い被さった。




「え、ユキさん?」



「もっと、一緒に居たい。ずっと、抱いてたい」



「えっ。ずっとですか?」



「そうだよ。オレ、セイのハジメテの男になれて良かった。でも、オレは君にとって良かったのかな?」




冬野さんはそう言うと、冬野さんは私の頬に手を添えた。




覚えてない。



えっ、昨夜、いつ、どんな風に、具体的にどんな夜を過ごしたのか、微塵も思い出せないよ。



どうしよう?



「教えてよ、セイ」



そう言って、私の顔を覗き込んで来る冬野さん。




唇が震える位、緊張していた。




それを悟るかの様に、冬野さんは指先で宥める様に私の唇を撫でる。




「……なぃ。…わっ…か…ん……なぃよ」




私は、振り絞る様に言葉をつむいだ。





「ご、ごめんなさい……」



「何で謝るの?」




覚えてないんだ。



だから、謝ったんだ。



首を傾げる冬野さんに私は滔々と説明した。



昨夜の事を覚えてない事。



だから、冬野さんの質問に答える事が出来ない事。



全部、狼狽えながら説明する私に冬野さんは、微笑んだ。



「てめぇ、そんなんだから、いつまでも処女してんだ。いい加減にしとけよ。山に埋めんぞっ!」



目の前が一瞬で切り替わり、メンチ切ったソウが立っていた。




わかったぁあああ。




これ!



夢やぁあああ!





瞬間、また、目の前が暗転して、目が覚める。



ベッド。



ここは冬野さんの寝室。



冬野さんがうるさいので、最近よく着ているスウェットのパジャマを着ていて。




冬野さんも、ちゃんと寝巻きを着ている。




「…夢、だった。 びっくりした」




冬野さんに抱かれる。



否、性格には抱かれた後の夢を見るなんて。



て言うか、感想求められるなんて。




そっと少しだけカラダを起こして、私は冬野さんの胸に近づき、顔を埋めた。



「僕に抱かれておきませんか?」



それは、ちなの声だった。



慌てて起き上がるとちなが目の前にいた。



えっ、何でちなが居るの?



ちなはいつも、泊まりに行った時に着ていた私服姿で私は、いつの間にか私はちなと抱き合っている。



慌ててちなから離れようとしたが、ちなはそんな私を抱き締める。




「僕が抱いてあげますよ」




甘く囁いて、私の首筋にキスする。




「ちな、やだ」



「嫌じゃないです。僕に抱かせて下さい。冬野さんと出来ないなら、僕、貴方を諦められない。貴方がずっと好きだったのに」




何言ってんの?



やだ、やだ、やだ。



両手を前に出して体を離す度、強く抱きしめてくるちなを振りほどこうとするが、全然力がかなわない。



抱き竦められて、キスされそうになるのを必死に避けた。




「いや、私、頑張るから。絶対、大丈夫だから」



「「本当ですか(かよ)?」」




ちなとソウの声が重なってそう聞こえた。



ちなから離れようと身体をよじって逃げ、そして、私はようやく、目が覚めた。





「いつまで経っても、処女で悪かったわね。大きなお世話よ」




ソウが変な事、言うから?



ちなまで、夢に出てくるなんて。



自分、何気にしてるんだ?



そう自問自答した。




「それ。どう言うこと?」




慌てて冬野さんを見上げると、冬野さんが不思議そうに私を見ていた。




「ワタシ、今何か言ってました?」



「うん」




うっそぉおん。






どうしよう。



まさか、冬野さんに抱かれた夢を見たなんて。



途中でソウとちなの夢に切り替わって、それぞれ、処女を咎められたり、処女を別件で終える事を勧められたり。



夢を見ました。



なんてぇえええ、言えない。




「ユキさん」



「何。セイ?」



「今、何時ですか? 朝、ですか?」




話をナチュラルに反らそう。



それしか、方法はない。



そう思った。



「今、5時だよ。 で、誰が君に『いつまでも処女だ』って嫌味を言ったの?」




私のつぶやき、きちんと冬野さんに届いている。




「え、何のことですか?」



「こっちのセリフだよ。いつまでも処女だって、君に嫌味を言うなんて……ソウ位しか思いつかないけど」



「そ、そんなはずないじゃないですか? カビリアンの幼馴染のリサとイクヤかも知れないじゃないですか!!」



「……そんなはずはないよ。 リサさん、君に『避妊しなきゃダメ』って忠告してただろ。 聞こえたよ」




うっそぉおおおおおおおん。



それは、更なるただの衝撃的事実じゃないぁあああああああああああ!!




呆然とする私に、冬野さんは眉間に皺を寄せつつ詰めよって来た。




「ねぇ。 正直に言って。何で、ソウがそんな事、セイに言って来る訳?」




そして。



もう、私は観念した。




「何か処女が滲み出てるって言われて。 何か普通の会話で、向こうが悟った的な。ソウはエスパーですか?」



「う~ん。だったら、もう、エスパーとかじゃなくて。もう、まぁ、見るからに言われて見ればだね」




冬野さんはそう言うと私の上に覆いかぶさって、私の額に額を付けて、囁いた。




「セイは、俺と早くシたい?」




これも夢じゃないか? 夢なら醒めてくれないか?



と固まる私に。



3分前後の無言で待って、私に言った。





「まさか、夢から醒めるの待ってる? だったら、セイ。 これは現実だよ」



「本当に?」



「マジだよ。 今はどんな気分?」



「ユキさんの記憶、5分間位消しちゃいたい気分」




冬野さんは、面白そうに笑って、もうちょっと眠ろうと諭して、私を抱いて眠りについた。



私はそんな冬野さんが大好きだった。






結局8時まで眠って、私と冬野さんはどちらともなく、起き上がって一緒に洗面所に向かった。



二人で洗面所に行っても、一つしか蛇口がないのだが、大抵、冬野さんはシャワーを浴びるので、私が洗面所で洗顔と歯磨きをする。



正確には二人で、歯を磨いて、冬野さんはバスルームへ、私はそのまま洗顔するんだ。




「セイも、シャワー浴びたかったら遠慮しないで」



「はい、遠慮せず、顔だけで結構です」




実は、朝は洗顔しないんだ。



歯を磨くだけだし、髪だって櫛を通すだけで、セット何てしない。



私はそんな女なんだけど、一応冬野さんちでは、毎朝顔も洗うし、なるべく髪は綺麗に結ぶ様にしている。



自分の見た目を気にするなんて、実は生まれてこのかた初めてだ。



着飾ろうとは思わないが、身なりには気を遣う様にしている。





だから、シャワーは遠慮したい。




冬野さんは、ちょっとつまらなそうに服を脱いでバスルームへ行ってしまった。




洗顔を済ませ、朝食の準備に取り掛かると遅れて市丸君が起きてきた。




「おはようございます」



「おはよう。よく眠れた?」



「えぇ、昨日楽しかったんで、ぐっすり眠れました。お腹すいた」



「昨日の梅と枝豆のおにぎりで良い?」



私の問いに、市丸君は目を輝かせた。



「食べます!! いつもすみません。 あっ、 でも、俺、自分で出来るんで。 作業続けて下さい」




市丸君はてきぱきと朝食の準備を始めた。



私は自分の作業を続けながら、市丸君の背中の端から見える冷蔵庫の中身を見つめて、更に声を掛けた。




「一番の上の棚に。 お味噌汁が、半端な分がタッパーに一杯分と……」



「俺、夜中喉乾いて冷蔵庫開けたんですけど、出し巻きとひじき食べて良いですか?」



「どうぞ。好きなだけ」




あんまり食べると太るよ……。



と思ったが、それを見越してハイカロリーなお惣菜は作ってない。




「おはよう。また、和食?」



「平日は時間ないんでバンですけど、本当は和食が好きなんです」



「逆だね。私は平日和食で、休日がパンとかなんだ」





時々、朝食ステーキとかお刺身食べたりするけどね。



今言って、見るからにダイエットが必要な市丸君のハートにハイカロリーの火を付けてはいけないからな。




お互い思い思いの朝食の支度をしながら、ほぼ同時に準備が整って。



三人で食卓を囲んだ。



「セイ、ちょっと俺の部屋に来れる?」




朝食の片づけをして、ひと段落したところで、冬野さんに呼ばれて私は冬野さんの寝室へ行った。



部屋に入ると冬野さんはそっとドアのカギを閉めて私を部屋の中に引き寄せ、ベッドのへりに座らせて隣に座った。




「私、何かしました?」



「いいや。俺がセイと二人で話がしたかっただけだから」



「えっ、何ですか?」



「今日、午後からジム行くのなんだけど、マモルも誘いたいんだ。最近、運動不足に悩んでるみたいだけど、多分、外出るの怖いみたいで。平日も休みも、仕事以外は家に居るみたいでさ」






冬野さん。




ちゃんと市丸君の事心配してたんだ。



私も本当は日曜のジムに誘いたかったけど、冬野さんに連れて行って貰ってる以上自分では言い出せなかった。






「賛成です。良い気晴らしになると思います」



「良かった。じゃあ、俺から誘うね」





そうして、その日は、朝食は冬野さんのリクエストで馴染みになったインドカレーのお店で三人で食事を摂ってからジムへ向かい、市丸君も入会した。




「石崎さん、何で背泳ぎ何ですか?」



「のんびり泳げるからだよ」





最初はプールで泳ぐので、市丸君もあらかじめ冬野さんに言われて持ってきた水着に着替え、冬野さんは上級者レーンに行き、市丸君は初心者レーンの私と来たのだが。




別に良いじゃないか、背泳ぎ。



市丸君は暫くクロールで泳いで居たが泳ぐ早さが合わなかったので、中級者レーンに移った。







「ユキさん、トータルどれくらい泳いだんですか?」



「俺は今日は二キロかな。マモルは?」



「自分は一キロです」





因みに私は、今日は750メートル。



市丸君、意外と運動神経良いんだ。



着替えを済ませた後、トレーニングルームに移動して、私はランニングマシーンに向かった。



市丸君は冬野さんに誘われて、スタッフと一緒に冬野さんのトレーニングメニューに参加していた。



市丸君が居ても、いつもと変わらず楽しい一日が、何だかちょっと変だけど、悪くなかった。



冬野さんが言ってた様に、私も市丸君の存在が苦にならないと言う事だろうか?



でも、友達でも、恋人でも、家族でもない、市丸君の存在ってちょっと変。



でも、何でこんなに普通なのか?



それがどこか心の中で引っかかっていた。

帰りは、一度家に戻って市丸君と別れ、冬野さんが私を家まで送ってくれた。




「セイ、引っ越しの準備はすすんでる?」



「はい。私あんまり荷物無いんで」




冬野さんは車に乗ったまま、私は車を降りて運転席側に行き、窓越しにお別れだった。




私は、帰って冷蔵庫の余り物で適当に夕食を作って食べていると、両親が珍しく21時前に帰って来た。



「みそ汁余ってる?」 



台所に入って来た母さんにそう声を掛けられて、片手鍋いっぱいに作った味噌汁を指さした。



「今、新しいの作った。明日の朝の分まではあるよ。おかず、ひじき持って帰ったけど。 チルドのサバ塩を半身焼いたけど、悪かった?」



「あんたの分も買ってたから、大丈夫よ。半身以上食べてたら、アウトだったけどね」



「食いしん坊じゃないから。フライパンまだ洗ってないから、クッキングペーパー敷いたまま。 二人分焼こうか?」



私の申し出に母さんは鼻で笑った。




「良いわよ。あんた、食べたの?」




冷蔵庫からクリームチーズを取り出して皿に盛って、高級生醬油をたらした。




「うん、今からこれで晩酌」



「ワイン?」




私はイエスと答えた。





ご飯と味噌汁。 サバ塩にひじきの煮物で夕食を取る両親の向かいで、クリーム―チーズの醤油漬け(4.5分)を肴にワインで晩酌。



「お前、引っ越しの用意は出来たのか?」



「うん。ほとんど。あっ、ここに置いときたい荷物は段ボールにまとめてて良い? リフォーム工事は来月から?」



「あぁ、今月の月末で、仮住まいのアパートと思ってたんだが、店の取り壊しを3か月伸ばして店に住むつもりだ。物騒だから、来るなよ」




物騒だから、来るなって。



そんな所に住まなくても。



まぁ仮住まい新しくするより、前は店の2階にテンと4人で住んでいたから、そりゃ住みやすいだろうけど。



建て壊しを前に懐かしいんだろうけど。



頻繁に空き巣入ったり、小火騒ぎあったり心配なんだけど。




「そんなに物騒な訳?」




私の切り返しにお母さんが言った。




「でも、周りはまだ、結構住んでいる人居るのよ。あんたの幼馴染だっているの。でも、あんたは、なんて言うの? 犬も歩けば棒に当たるって言うの?」



「母さん、意味わかんないよ」



「意味わからんのは、お前の行動だ。 良くも悪くも。 だから、店に六連街に入るな。 約束破ったら、同棲の許可考え直すからな。 まあ、冬野君と一緒に来るなら良いが。 絶対一人で来るんじゃないぞ。 あと、関わるな!」



「誰に?」



「全部に、だ。お前は知らなくて良いし、関わらなくて良い。もう無くなるんだから」




私は父親の『もう無くなるんだから』と言う言葉が、なぜか頭から離れなかった。







夜、私は家の向かいのハウス竹中の電灯が着いているのを見て思った。



あれ。



101号室は入居してんのに、何で市丸君の入居は延期になってんだ。



釈然としない。




そう思って、月曜の昼、竹中さんのお店に連絡を入れると、101号の入居が先に決まっていて、一緒に工事をしたが102号だけ竹中さんの設計上の問題でうまく工事が進まなくて延期になったんだと言う。



もう、いったいどんな問題設計だったんだ。




そう思った。




本当だったら今週末には、市丸君は入居できてたはずなのに。




そう思っていると営業一課の顔は分かるが名前が分からない女の子が声を掛けて来た。



営業一課は女子社員が多い。10人以上いる。



営業二課なんて、この前、育休の主任が辞めて、子持ちの既婚者の女性が2人と真鍋ちゃんだけなのに。





「すみません、石崎主任。 ちょっと、お話があるんですけど?」



「え、私に」



「そうです。ちょっと、市丸君の事で」




確か、この子。



今年の新入社員じゃないかな?




その子は私をリフレッシュルームに連れて来て、人目を憚って、とんでもない話を始めた。




「私の大学の1っこ上の先輩が、市丸君に浮気されて、捨てられたって訴えてて」



「え、訴えるって、裁判所に?」



「違います。共通の友人全員に訴えてるんです。 あの、だから、確認なんです。 市丸さんの弱みに付け込んで、常務の息子だからって。 冬野さんに負けないイケメンだからって、市丸さんを彼女から寝取って、夜逃げさせたの! 石崎主任じゃないですよね?」




市丸君が常務の息子だからって、までは分かる。



冬野さんに負けないイケメンだって?!




えっ、愛嬌のあるまん丸顔の肥満気味の市丸君が冬野さんに負けないイケメン。




「えっ、ちょっと待って。質問して良い?」



「何ですか?」



「あんのさ。 市丸君が冬野さんに負けないイケメンに見えるの?」



「ほとんどの人は冬野さんがタイプですけど、人によっては、千波さんだったり、市丸君だったり様々だと思うんですけど」




私は盛大に頭を抱えた。



否、人にはそれぞれ好みがあるのは私も分かっている。



でも、それに並べるにしても、だ。



ちなはともかく。



市丸君は申し訳ないが、私の心の中でそのレベルに至ってはいない。



マキさんがメタボリックマシーンって言うほど、まん丸で、イケメン要素が性格だけなんだ。



髪だって、天パでぼさぼさだし、顔はパンパンに張れているし、上半身はYシャツ姿だとムチムチだし、下半身はまぁ脚は長いかな。



でも、本当に市丸君がイケメンだなんて私は思えない。




「あのさ、前にも言ったけど。私は冬野さんの事が大好きなんだ。だから、市丸君に浮気させて、夜逃げはさせてないよ」



「そうですよね。でも、市丸君の優良物件だから、万が一って事もあるし……」



「市丸君ってそんなに優良物件?」



「そうですよ。すっごい性格良くて、色んなイベントを親切に手伝ってて、人気者だったんですけど……」



「良かったら、詳しく話を聞かせてくれる? 私、結構分からない事ばかりなんだよね、市丸君の事」




私はその子に頼み込んで、会社帰りに、その子と大学時代の共通の友人数人と会う約束を交わした。



月曜の就業時間の後、素知らぬ顔で会社を出て指定されたファミレスへ行き、先に着いていた営業一彼女女子社員のグループと合流した。



彼女以外はすべて社外の人間の様で初めて見る面々だった。



「初めまして、わたし市丸君と彼女の伊藤さんが通っていた大学時代の同級生で……」




一人ずつ丁寧に私に挨拶をして行き途中で、ファミレスの店員から注文を促された。




昨今のファミレスはドリンクが軒並みドリンクバーとなっていて、コーヒー一杯飲むのにも難儀だ。



それで、ただ話し合いの場としてファミレスをチョイスした面々は、難色を示している様だったが。




「すみませんエスカルゴのオーブン焼きと赤ワイン」



「え!! 石崎主任、何、頼んでるんですか?」



「あぁ、わたしさ、ここのファミレス来たら絶対、でんでんむしなんだ。 すみませんばけっども付けて」




営業一課の女の子も含め一同ドン引きだったが、みんな、取り合えずミニパフェを頼んだり、ポテトを頼んだりした。




たこ焼きを焼く鉄板の様な9つの穴が窪んだ皿に、エスカルゴを香草やにんにく。みじん切り野菜と一緒に揚げ焼きにしてあって、油の最後の一滴まで美味しい。




「本当に、市丸君とは無関係なんですよね?」



「私、恋人居るから、本当関係ない」




私の言葉に、私が冬野さんと付き合っている事を知っている営業一課の女の子以外は一斉に疑惑の目を向けて来た。



そして。




「でも、市丸君と二股とか」





いや、ないない。



そう思う以前に、非現実的過ぎて笑えてくる。






「う~ん。そもそも私は、何で市丸君がそんなにキャーキャー言うほど格好良いかわからないんだけど?」



「「「「ええ~!!!!」」」





一同、大ブーイングで私に顔しかめ。



あろうことは一人がスマホを取り出して、私にかざしていった。




「大学のプロフで表紙飾るほどのイケメンですよ?」




私は、とても市丸君とは思えない、目の前の写真の人物に目を細めた。



そして、首を傾げて営業一課の女の子に言った。




「ごめんけど、私の知っている市丸君じゃないんだけど」



「何言ってるんですか、その写真、2年前の市丸君ですよ」




でも、もしかすると。



私はある心当たりに思い当たった。




「市丸君、今かなり太っているから、その写真とはかなり印象違うのかも?」




そう言うと、営業一課の女の子は言った。




「そう言えば、わたしもう随分見てない。債権管理に配属って聞いたけど、入社してまだ一度も見てない。 私別に、市丸先輩とは直接交流ないし。大学で見たのが最後だ」






「とにかく、私達、ちょっと確認したい事があるんです。実は、市丸君の彼女の伊藤さんに、市丸君からお金を巻き上げられて、お金がないって、そのいくらかその子にお金を貸していて、まだ返して貰ってないんです」




女の子の話では、営業一課の女の子以外は、市丸君と伊藤さんの共通の友人で、伊藤さんにお金を貸していると言う事だった。



そのお金を全く彼女が返してくれないばかりか。



市丸君が浮気をして夜逃げしたとまた伊藤さんに相談されて。



その事で今日、市丸君の会社に入社した言っていた営業一課の女の子に相談したんだと言う。





「市丸君と付き合っていた伊藤さんは、冴えない年上の女にたぶらかされて捨てられたって言っていて」



「私達、二人とは友達だったけど、彼女の話聞いてるうちに市丸君の事嫌になっちゃって、連絡先もブロックしてるんです」



「そうそう、伊藤さんの事、家政婦みたいに扱って、全部の生活費彼女に払わせたり、ねえ」



「伊藤さんの名義でお金を借りたり、貯金を勝手に下ろして使い込んだって」




あの人、そんな事触れ回って、市丸君を孤立させたんだ。



私は顔をしかめた。




て言うか冴えない歳上のオンナ=私って事じゃないよね?



取り敢えず、私がここで市丸君を弁明したとして、何の根拠もない、私の話を聞き入れたりしないだろうなと思った。




でも、浅はかな嘘は、いつか必ず、破綻する。



それは、今までの人生経験上、何度も経験してきた。





「ねぇ、明日さ。うちの部署においでよ」




私は営業一課の女の子に提案した。




「え、営業二課にですか?」



「営業一課の徳島課長には話を通しておくから、明日、うちの部署に来て。市丸君を見て。多分、それが一番早いよ」



私の言葉に、その場にいたみんなが首を傾げた。



私は、その場にいるみんなの質問に耳を傾けながら。





提供されたエスカルゴのオーブン焼きが覚めてしまわないうちに。



バケッドとワインでそれを堪能して、みんなの話がひとしきり終わった後、店を後にした。







飛んだ厄介事に、首を突っ込まされたもんだ。



金銭問題の厄介事なんて、あぁ、高校時代に経験したっけ。




バイト先は違うけど、バイトしながら学校に通っていた友達が、親がバイト先に自分のバイト代を取りに来たって話があった。




彼女は、その時、バイト先の店長が本人以外にバイト代は渡せないと言って追い返したんだ。




卒業までそのバイト先に勤め、卒業を期に街を出たんだ。






今は、ローカルタレントでたまにラジオで声を聞く。



弱い立場は誰にでもある。



何かにハマって、人生の闇に引きずられて、ダメになりそうなとき。





全く無関係の赤の他人・第三者の決断や良心で。




人は救われる事がある。




闇に落ちそうになった人生から抜け出すきっかけを与える事が出来る。




私はそう思ったんだ。




親でも、兄弟でも、友達でもない。



ただの赤の他人でも。



時には誰かを助けたって良いと思うし、助けられたって良いと思う。



でも、それは但し、相手に甘えようとしてはいけない。



そしてまた、相手を甘やかしてはいけないんだ。



それを教えたのは、私が大人になるまでの人生だった。



大事なのは分別だ。




それが、私のポリシー(信条)だ。




それに則って、助けてあげたいと思っている。



今、私は、市丸君を。

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