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第5章 シ・ア・ワ・セ・シ・ン・デ・レ・ラ・? ~独占欲と情欲とがっつり食欲~

トラブル×トリプル×ドラッグ NIGHT(中編)

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「え、市丸君。質問しても良い?」



「何ですか?」



「市丸君、運転免許持ってたんだね」




私達は、営業車の申請をして守衛室で鍵を受け取り車庫に向かっていた。



うちの会社、営業車あるし、私は免許持っているけど運転好きじゃないし、強要されなかったので、今まで使った事も乗った事なかったけど。




「あぁ、高校卒業してすぐ取りましたよ。去年まで車も持ってました。彼女が勝手に売っちゃって、それきりだったんで」



「……ねぇ、市丸君。本当は、まだ私に言ってない事ある?」



「無いですよ」




今、車を売り払われたって、初耳なのに説得力無いよ。




「何で、そんなにお金が必要なのかな。市丸君の彼女」



「さあ、でも、もう忘れたいんです」




市丸君は、スマホを取り出してロックを外した。




「どうしたの?」



「何となく」




市丸君のスマホの画面には、市丸君と女の子のツーショットが待ち受けになっていた。



市丸君は、その待ち受け画面を削除して、アルバムの写真を消していた。




私はその写真に写っていた女の子をどこかで見た気がしたが、思い出せなかった。




「本当、未練ないんで」



「そう。あっ、アドレス交換して良い? まだしてなかった」




私の申し出に市丸君は快く応じてくれた。




新規取引先を訪問し、契約内容の説明と契約締結まで、まるで初めての仕事とは思えない程、円滑に進んだ。



どうしてこんなに、うまく勧められたのか、帰りに尋ねると。



債権管理に居た頃から、新規契約時の必要事項や手順を汲み取れば、簡単だったと言って来た。



それは私も、本店勤務になる前に、債権管理所属だった経験上頷ける理由だった。




どうやら、入社二年目で副主任抜擢は、常務の息子と言う色目抜きだった様だと感心した。



今日、市丸君が取った案件は、私が回した新規案件の中で、一番大口の案件で難易度も高かったのに。



一番にこの取引先をピックアップして成約してしまうなら、今月の営業成績、二課ではトップ間違いないだろう。







月曜の会社帰り、私は市丸君と駅まで一緒に帰る事になった。




「石崎さん、今日はお世話になりました」



「こちらこそ。 半端なく仕事出来るんだね。感心したよ」




会社を出た所で、ちなが声を掛けて来た。




「石崎さん!!」




振り返ると小走りにこちらにやって来て、私を市丸君を交互に見つめた。




「その人が、新しい副主任ですか?」



「あ、初めまして。もしかして、営業一課の副主任の千波さんですか?」



「そうだよ。君が市丸君?」



「そうです。先週は、俺の性で二課の仕事を手伝っていただいてありがとうございました」




3人で話していると、今度は、眞鍋ちゃんがやって来て、4人になって。



せっかくだからと、みんなでクラウンに行く事になってしまった。



「ええ! 市丸さんって、私と同い年なんですね」




眞鍋ちゃんが以外そうにそう言うと、市丸君は笑った。




「そうですよ。でも、後輩ですから」



「そうそう、僕もなんだかんだ言って、後輩だったなんてね」




ちなは眞鍋ちゃんより先輩面だったけど、短大卒の新卒で今年4年目の彼女より年上でも実際1年長く会社に居るんだから。



いつ突っ込もうかと思っていたけどやっと気づいた様だった。



わざとかと思っていた。




「眞鍋さんもすごいですよね。普通、新入社員で本店の営業部なんて異例じゃないですか?」



「私の時は、営業部に配属予定の人が、入社後の研修期間にマキさんに目を付けられて辞めちゃって、その穴埋めだったんです。何で、私がって?! 絶対辞めてやるって思ったんですけど、まだ冬野さんが居て、必死に止められて、石崎さんが面倒見てくれたんで、それで異動になってなかったら、冬野さんも辞めちゃうのに絶対続けられませんでしたから」




懐かしいな。



冬野さんが辞める直前。



最後の一騒動が眞鍋ちゃん問題だったっけ。





冬野さんが5月末で辞めるって時。



4月に急きょ、営業一課の配属に欠員が出て配属された眞鍋ちゃんがマキさんとうまく行かなくて。



冬野さんも手を焼いていて。



相談されて、はいはいって話を聞いてたら、最後のお願いって。



営業二課に眞鍋ちゃん転属して来て、あれ、何で冬野さん、眞鍋ちゃんを私に頼んだんだっけ。





「冬野さんが、石崎さんなら、私も仕事好きになれるって言ったんですよ」




何で冬野さん、眞鍋ちゃんにそんな事言ったんだろ。




「石崎さん、意外とビジネスライクですよね」




市丸君が意外な事を言って来る。



私にビジネスライクな所なんてない。



フリーダムが好きだ。




「そう?」



「服装とか、愛想とかこそ無いですけど」



「何それ」




私の抗議に真鍋ちゃんは言った。



「市丸君も、石崎さんの良さが分かるんだ」



真鍋ちゃん何を得意気に!



「分かりますよ。会社きっての変わり者って言われるだけありますけど、本当、良い仕事してますもん」



「ええ、だから何それ」



「冬野さんに負けない位、仕事が完璧って事ですよ。 地味ですけど、石崎さんの監督で営業部はその均衡を保ってるんですから。本当だったら、取り潰されているんですよ。上の思い付きで、営業部を二つに分けて競わせる為に二つに分けた部署ですけど、石崎さんが来る前は取り潰し寸前だったんですから」



「……そんなの知らないよ」



「いや、結構有名な話ですから」




でも、私は初耳だもん。



私は釈然としない気持ちだった。



4人で仲良くクラウンに行くと、既にお客さんでお店は賑わっていた。








「ご注文はお決まりですか?」




センちゃんがオーダーを取りに来てくれた。



冬野さんはカウンターでシェーカーを振っている。




ドリンクの注文で大忙しみたい。



テーブル席は、ディタスプモーニ、ブラッディメアリ、マンゴーマンゴー、ファジーネーブル飲んでる。



カウンター席は、マティーニとか、ギムレットとか、頼んでいる。



手間のかかるカクテルオンパレード。




でも、今日は私。




「テキーラサンライズ」



「何ですか、それ?」




私のオーダーに市丸君が突っ込んだ。



「テキーラとオレンジジュースを同量で割って、ザクロシロップを底に沈めたロングカクテルだよ」



「詳しいですね」



「高校の時、ジャズの流れるカフェバーでバイトしてたからね」



私がそう答えるとちなが何か思いだした用に呟いた。



「それって、この前、冬野さんの従兄さんに連れて行って貰ったカビリアンですか?」



「そうだよ」




次の瞬間、眞鍋ちゃんとセンちゃんが猛抗議に出た。




「千波さんズルい」



「お兄ちゃん、ズルイ」




今度、カビリアンに連れて行って欲しいと二人に言われたが、幼馴染の二人がいるので絶対嫌だと思ったが、とてもそんな事言える雰囲気ではなかった。




「何で誘ってくれなかったんですか、石崎さん!!」



「私も今度連れて行って下さい。 行きたいです」




眞鍋ちゃんとセンちゃんの話を尻目に、私は冬野さんを見つめた。



金曜日まで、二人っきりになれないのに、同じ空間に居るのはもどがしい。



そんな事を考えていた。



「市丸君、お酒飲んで大丈夫?」




毎食後に、薬を飲んでいるはず。



何の薬を飲んでいるかは知らないけど。



大丈夫なんだろうか?



眞鍋ちゃんが手洗いに立って、ちながセンちゃんと追加ドリンクのオーダーをしているタイミングでそっと尋ねた。



ちなみに、一杯目はカシスソーダ頼んで半分位グラスを開けていた。




「大丈夫ですよ。 寝がけの薬だけやめて置けば」



「なら良いけど」





「みなさんに店長からのサービスです」




そう言ってセンちゃんは、カナッペ(薄く来ったバケッドやクラッカーに具を乗せた軽食)を持って来た。



それぞれクラッカーにはクリームチーズを塗っていて、ランプフィッシュ(キャビアもどきの卵)、スライスしたプチトマトとアボカド、スモークサーモン。



3種類のカナッペをそれぞれ人数分盛ったものだった。





「ワイン飲みたい」



「ボトルで入れましょうか?」



私のつぶやきにちながそう提案した。




「良いね。でも、飲み切れるかな?」



「私、ワイン好きですよ」



「僕も、飲みたいです」




月曜から、みんなそんなに張り切って大丈夫だろうか?




「アルカパ何かお手頃だけど、せっかくみんなで飲むならサンタ・リカが良いと思う」



「そうですね、価格的にも安過ぎず高過ぎずですね。良い?」



「「はい」」




すっかり、眞鍋ちゃんも市丸君も飲む気だし。




「ごめん、デキャンタでオレンジジュースとジンジャーエールも頼んで良い?」



「はい。店長のお勧めですから」





そうなんだ? 



そう言えばオーダー表の隅に、赤ワインはオレンジジュースとジンジャーエールを割って愉しめると書いてある。



いつ追記したのだろうか?




赤ワインと同量のオレンジジュースで出来上がるワインカクテルは、赤ワインのミモザ。



赤ワインと同量のジンジャーエールで出来上がるのは、キール。





明日、皆が二日酔いで会社来れなかったら、課長に責任取らせるんじゃないだろうか?



私、何気に皆の中で一番職位が上になってしまった。




ヤバい。





「石崎さんぅうう」




眞鍋ちゃんがブーブー言っている。




「どうした?」



「最後の一杯ずるいですぅよぉお。私ももっと飲むんですから……」



「……手元のグラスを空けてから言いなよ。まだ、3分の2入っているじゃない?」



「だって、みんな2杯ずつ、ジュースを割って飲んでいるのに。何で石崎さんと千波さんだけ、そのまま飲んでるですか?」



「だって、私は割らずに飲みたいからだよ。ねぇ?」




私が一緒にワインをそのまま飲んでいたちなに話を振った。




「ええ。でも、僕はもうこれジンジャーエールで割りますよ。石崎さんもそれ位にしておかないと」




ちはなそう言うと、デキャンタグラスに残っているジンジャーエールを自分のグラスに注いだ。



私は別にチェイサー(お酒の酔いを和らげる飲み物)要らない。



お酒もこのグラスに残るワインで終わりのつもりだ。





「分かっているって。市丸君は?」




市丸君は、満足げにワイングラス片手に、生ハムを頬張っていた。



「僕はオレンジジュースで割ったこの分で十分です。眞鍋さん、明日も仕事ですから、そんなに張り切って飲んだら明日会社に出られませんよ」




いや、もう既に、彼女結構ヤバそうだけど。



私は手元のグラスの赤ワインを飲み干して、お手洗いに立つ振りをしてセンちゃんにお会計を申し出て1万円を2枚出した。



多分、おつりも来ると思った。




行く振りだけでも、一応トイレに入って出て、テーブルに戻るとちなが市丸君と顔をしかめて待っていた。




「奢るつもりですか?」



「酷いですよ」



「いや、私一応、主任になったから」



「今日は、石崎さんと市丸君の昇進祝いですから。石崎さんの奢りなんて受け付けませんよ」



「いや、何気に一番私お酒飲んだし」





結局、今日の飲み代は、千波と私の折半で終着した。



って言うか、飲み代事体、冬野さんたら何をどうサービスしてこの価格になったんで抗議モノの金額だった。




「センちゃん、お会計間違ってない?」



「いいえ、マスターは明朗会計ですから、ちゃんと計算していると思います。……主任昇進おめでとうございます」



「ありがとう」




今日のお会計が明朗会計かについては全く説得力ないけどね。











「タクシーなんて、大丈夫ですから。歩いて帰ったりしませんって」



「じゃあ、何で帰るつもりなの? そんな千鳥足で電車乗れないでしょ!」




取敢えず、泥酔している眞鍋ちゃんだけは、タクシーで帰そうとしたのだが、何を思ったか断固拒否されてしまっている。



私はここから歩いて帰れる距離だけど、眞鍋ちゃんは遠方だ。



歩いて帰るなんて持っての他だ。




「石崎さんみたいな事言わないで」





ちなの言葉に私は顔をしかめた。



物の例えに使わないで欲しい。




「石崎さんは、ネカフェ……」



「眞鍋ちゃん!!




もう、余計な事を言わないで。



結局、ちなが眞鍋ちゃんと一緒にタクシーに乗ってくれて、私は市丸君に駅まで送って貰う事になった。




「今日、本当にありがとうございました。 2度も助けて貰うなんて」




市丸君は、ほとんど酔ってない様でホッとしていた。




「良いよ。市丸君のお父さん、優しそうな人だね」



「はい。あんまり甘えちゃいけないと思って、頑張ってるんですけど。 今日はとうとう会社にまで来られて、父の顔に泥を塗って恥ずかしい限りです」




市丸君はそう言って俯いた。



駅が近づいて、私はスマホの交通系カードを準備しようとして、驚いた。




「何これ?!」




私がスマホと思って手にしていたのは、冬野さんのお店のお会計のプレートだったのだ。




「石崎さん?」




私は咄嗟に、冬野さんのお店のお会計をプレートを後ろに隠して後ずさった。




「ん~ん。何でもない。市丸君も今日はお疲れ」



「はい。電車大丈夫ですか?」




市丸君は訝し気に私を見つめて首を傾げたが、私は何とか駅で市丸君と別れ、券売機に向かい財布から小銭を取り出していると背後から手を掴まれた。




「ストップ。そのまま帰ってどうするつもりなの? 俺に、郵便で送らせるつもりだった訳?」



「ユキさん!!」




冬野さんは、冷たく私の手を掴んで、駅の前で手を上げてタクシーを呼び、私を後部座席に突っ込んで自宅の位置を教えて閉めた。



私は呆然とタクシーに自宅まで運ばれて、降り際、お金を払おうとしたらタクシーチケット貰っているのでお会計は要らないとそのまま出された。

(今日、飲み過ぎだったよ。気を付けなよ。)





お風呂上がり、冬野さんからのメッセージに私は酷く落ち込んでしまった。




(ごめんなさい。自重します)




自分は全然大丈夫だと思ったのに。



まさか携帯と会計プレート、取り違えて帰るなんて。



(テキーラサンライズ、モヒート、ギムレット。ワインをグラスて3杯飲んでたんだよ? 分かってる?)





今日の私のアルコールレコード完ぺきに把握してるなんて。



今日はお店忙しくて、接客はセンちゃんに任せきりだったのに、ちゃんと見てたんだ。



うわぁ。



(もう、寝なよ。俺、まだ仕事中だから。)




(すみません。おやすみなさい)




(おやすみ。 好きだよ、セイ)




……どうしよう。




凄く今、冬野さんに会いたい。



傍に居たい。



触れられたい。



キスしたい。





悶々とした夜を過ごして、翌日会社に出社すると、みんないつも通りに出勤している様に見えた。



市丸君もすっきりした顔で、満面の笑みで挨拶してくるし。



眞鍋ちゃんも上機嫌だった。





一週間仕事は順調に行き、新しい人間関係にもすっかり慣れてしまって。



月曜日に市丸君の元カノの兄が押しかけて来て以降、何事もなく平和な毎日が続いて。



週末の金曜日、私は市丸君と一緒に冬野さんの家に帰宅する事になった。



笑ってしまうが、別々に帰るのもなんか変な感じだからと、一緒に帰る事にしたのだ。



夕食の買い物に、最寄りのスーパーで食材を買い込んで、荷物は市丸君が持ってくれた。




「毎日、自炊してる?」



「はい。一昨日、カレーを作って、二日続けて食べたんで、石崎さんが作ってくれるの嬉しいです」



「大したものは作れないよ。冬野さんは、夜遅くなるからあんまり脂っこいの作りたくないから」



「俺もその方が良いですよ。さすがにダイエットしないと、体脂肪率かなりヤバいですって」




そんな本日の夕食メメニューは、冷しゃぶ梅サラダだ。



レタスと玉ねぎとキュウリの細切りに、プチトマトを散らばせたサラダの上に、脂身の少ない豚の薄切り肉を湯通しして盛り付ける。



その上に大振りの梅干を叩いて潰したピューレ状にして、適量盛って、オリーブオイル・醤油・酢を混ぜて作ったドレッシングを振るだけのシンプルな手抜き料理だ。





「俺、石崎さんの作るみそ汁好きです」



「ありがと」



「作り方教えて下さい。何かすっごくこってりしてて」




出汁殻入りだから、そりゃ食べ応えあるだろう。



貧乏っちぃ事教えちゃって、市丸君の親御さんからクレーム入れられたりしたら嫌だな。






クラウンのお店の外階段を上がっている時だった。




「マモル!!」




不意に後ろから声を掛けられた。



市丸君の名前。



声は女性の人だった。




「カナ?」




市丸君と一緒に振り返り、階下を見下すとそこには先週の土曜にお店に入って来てすぐ出て行った女の子が立っていた。



そして気が付いた。この前、市丸君が消去していた女の子が、その子である事に。




「その人誰? 何で、急に引っ越しちゃったの?」



「……カナが俺の事ブロックしたんだろ? 今更……。って言うか、何で? どうして、ここ、分かったの」



「そんな事どうでも良いでしょ!! マモル、その女の人誰? ここで一緒に住んでるの? 酷いよ。 私達、まだ別れてないじゃん。同棲は止めたけど、別れたくないって言ったの、マモルでしょ!! こんなの浮気じゃない!!」




いや、そもそもさ。



私が市丸君と付き合ってないんだから。




「勘違いするなよ。この人は会社の同僚だよ」



「そんな言い訳通用しないよ。その女の人と付き合ってるんでしょ? だから、引っ越したんでしょ!!」



「違うよ。カナ。もう、お金の事は良いから」



「だから、お金はお兄ちゃんがどうしても必要って言うから、仕方なかったの。もうしないから」




え、もうしないから、許してって言ってるの?



それはちょっと……。




って言うか、冬野さんのお店の裏口で痴話げんかはやめようよ。




どうしよう。



この状況。





結局、市丸君が彼女を駅まで送るからと言うので、手荷物を引き受けて私は一人部屋に入り、夕食の準備に取り掛かった。



夕食の準備が済んだ頃、市丸君は死んだ魚の様な目をして帰って来た。



顔から肩まで、水浸しになって。




「どうしたの?」



「喫茶店で話をしたんですけど、彼女に水をかけられて」




私は大急ぎでバスルームにフェイスタオルを取りに行き、市丸君に手渡した。




「ありがとうございます」



「シャワー浴びて来たら」



「そうします」




シャワーを終えて出て来た市丸君に、夕食を勧めたが、そんな気分になれないと言われた。




「俺、もう今日は休みます」



「分かった。ちゃんと薬飲んで寝なよ」



「すみません」




私は浄水器の水をコップに汲んで、部屋から薬を持って来た市丸君にソファーに座る様促した。




「何か、自分が情けないです」



「どうしたの?」



「俺、さっき、カナが言った通り。彼女が同棲をやめて出て行く時、別れたくない。別れられないって、彼女に縋ったんです」



「そうだったんだ?」




私にもう内緒は無いと言っていたが。



それは内緒に入るじゃないか?




「もう、今はそんな気持ち無いんですけど。その話を出されると弱くて」



「まだ、カナさんの事、好き?」



「いいえ。 あの時は、カナが居ない生活なんて、考えられないそう思ってたんですけど。今は、カナが居ない生活が嫌なんじゃなくて、一人になるのがただ嫌だったんだって。でも、そんな自分が今は嫌で」




一人が嫌で、誰でも良かった?



一人が嫌で失うのが嫌だったって?



私はその感覚が全く分からなかった。




「一人は嫌?」



「友達も居ないし。家にはもう、居場所がない。今更帰れない。 俺、一人は無理だって。 寂しかったんです」




一人が寂しい。



心細い。



そんなの仕方のない事じゃないか?



寂しいからって一人が嫌だからって、好きでもない人と一緒に居て、その寂しさを埋めて、お金や自由を失うのは嫌だけどな。




「一人だって慣れたら……」




結構、愉しいよ。




(お姉ちゃんは、平気でも、私は死にたい位、辛かった。苦しかったの。 お姉ちゃんみたいに心が死んでも生きてるなんて無理だよ)




テンの言葉が蘇って、ハッとして言葉を止めた。



私は、テンが入院した病院の病室で、テンにあの時、言われたんだ。




(寂しいし、苦しいし。恨めしいし、悔しいよ。なんで、私はこんなに弱いんだって。仕事が辛いのも。 やりたい事が出来なくて遠慮しなきゃいけないのも。 人より貧乏だった事も。 お姉ちゃんみたいに乗り越えられないんだよ! お姉ちゃんみたいに)




「石崎さん、あの……やっぱり。すみません。わがまま言って良いですか?」




市丸君は、そう言って申し訳なさそうに私を見つめる。




わがままって何だろう?

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