神色の魔法使い

門永直樹

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ヒッグスとリタ2話

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商業区の中央広場に冷たい風が吹き付ける。
穏やかな季節とはいえ、朝はやはり冷え込む。
昼間の通りの喧騒は嘘のように、どの店も開店の準備に慌ただしい。

ヒッグスが藁にくるまって商会を見張るようになってから、10日程が経っていた。
そしてここ数日で掴んだ事があった。

それはサザンという若い男が車を引いて帰ってくると、薬師らしき者達がやって来る。
そして店頭にポーションが補充され、あのカタビラ草が並ぶのだ。

どうやらこのサザンという者が何らかのルートでカタビラ草を仕入れて来ているという事がわかった。

それがわかれば自ずと計画は立つ。サザンを尾行し、仕入先を特定する。そして、特別に調合した劇薬をカタビラ草の群生地に撒いて根絶やしにするのだ。









 

ある日の朝早く、荷馬車を引いたサザンが店を出ていく。


(よし……仕入れだな)


ヒッグスは飛び起きると、前日に用意していた水と、木の実を数個、口に放り込んだ。
足腰に自信のあるヒッグスは、馬車の後をバレないように走って尾行するつもりだった。


サザンの乗る馬車は王都から西の街道をゆっくりと走っていく。
スピードを出して仕入先に向かうと思っていたヒッグスは拍子抜けしたが、年老いた自分の体には正直有り難かった。

何度か休憩をしながらサザンは馬車を走らせ、その日は街道沿いで野宿をした。
サザンは火を焚いて適当に酒を飲んで肉をかじると、いびきをかいて寝てしまっていた。
護衛も居ないのに大した度胸だとヒッグスは呆れていた。

それだけ安全な街道で、旅に慣れているのだろう。

山から降りてくる冷たい風に、吐く息がいつの間にか白くなっていた。
何気無く空を見上げると、沢山の小さな星が空を覆うように輝いていた。


「おぉ……」


そして視界の端に見つけた、亡くなった妻が好きだったという星座。
名前はわからないが、あの星が好きだと妻は言っていた事を思い出した。


「ふふ……」


夜空をこうしてゆっくり見上げるなんて何年振りだろう。
この大きな夜空を見ていると、自分が行おうとしているこの悪行が酷く小さく、また醜く思えた。


(これが最後の仕事だ……。このサザンという男や育っているカタビラ草には申し訳ないが……最後に一つだけ、私の仁義を通させてくれ)


ヒッグスはサザンを遠目で見守りながら、夜空に祈っていた。


翌朝、荷馬車はまた何度か休憩を挟みながら、昼前に小さな村に入っていく。
ヒッグスはサザンや村人にバレないように、近くの大木に登って監視していた。


(小さな村だが、飯屋なんてあるのか?)


サザンが昼食を取るために、村に立ち寄ったと思っていたがそれは違うようだった。
サザンの荷馬車が老朽化の進んだ白い建物の前に停まると、建物の中から沢山の子供達が一斉に出てきた。
サザンの事を子供達は知っている様子で、周りを囲んではしゃいでいる。


(孤児院か……)


サザンが荷馬車の荷台を指差すと、子供達は我先にと荷台に群がり、その手には沢山の本や袋等を手にして、次々と孤児院の中に運んでいく。


(なんだ、配達か)


ヒッグスがそう思った時、孤児院の中からシスターが歩いて出てきた。そしてシスターが持つカゴの中を見て驚いた。


(……カタビラ草だっ!)


カタビラ草はシスターが抱えるカゴの中一杯に並べられ、その葉は遠くからでも青々として見えた。


(この近くで自生しているのを運良く見つけたのか……。孤児院か……)


ヒッグスの目的はカタビラ草の根絶。しかしカタビラ草が孤児院の大きな収入源となっているのは想像に容易い。


(どうしたものか……)


ヒッグスが良心の呵責に悩みながらも二人の会話に聞き耳を立てていた。
サザンと孤児院のシスターはすっかり慣れた様子で会話を交わしていた。


「サザンさん、いつも来てくださってありがとうございます」

「なに言ってるんだよシスター、御礼はこちらが言うほうさ! またうちの旦那様からお土産を預かってるんだ。子供達の衣類に食料品だね。皆に運んでもらうよ」

「いつもすみません」

「旦那様のほんの気持ちだってさ。そうだ、コレ。子供達に俺からのお土産だ」


そう言うとサザンは、袋に入ったカラフルな色が付けられた丸い飴玉を皆に見えるようにして拡げた。


「「わああァァっ!」」


子供達には宝石でも見せたかのような歓声が上がる。


「ほらほら、一人一個だぞ、落とすなよっ」


子供達が飴玉をサザンから貰うと、そっと落とさないように小さい子供達が丁重に孤児院に運んでいく。
サザンは本当に宝石でもあげたような気持ちになって、一人2個にすれば良かったと思った。


「シスターのカタビラ草、凄く評判が良いんだ。店に並べたらあっという間に売れちまうんだから」

「まぁ……そうですか」

「あぁ、そりゃ凄い勢いだよ。旦那様も、うちに来る薬師もみんな驚いてたぜ。こんな立派なカタビラ草は見たことが無いってね。だけど不思議なのはここじゃないと育たないって事だよなぁ。シスターには悪いんだけど、試しにちょっと植えてみたんだ。増やせないかってね」

「どうでした?」

「全然ダメ。すぐに葉っぱがしおれてどうだかすると枯れちまうから。ここの土が付いてると長持ちするんだけど、植えたら駄目だね。シスターの言うとおり、本当に精霊様の加護が付いてるかもしれない」


それを聞いた利発な青年が得意気な顔で応える。


「当たり前だよサザンさん! うちのカタビラ草はめちゃめちゃ美人な精霊様の加護が付いてるんだから!」

「えっ?! バートお前、精霊様を見た事あるのか? そんなに美人なら俺も会ってみたいなぁ」

「バートっ!よしなさいっ!」

「いてっ!」


シスターは調子に乗ったバートの背中をバンと叩いた。


「はははっ!じゃあ、、また2週間後に取りに来るから」


そしてサザンは子供達と挨拶を交わすと、村人と少し話をして、元来た街道を帰っていった。

サザンが孤児院から立ち去ると、小さな子供達は駆け回って遊び、大きな子供達はシスターと庭の手入れに戻る。

時刻は昼をまわっていた。
シスターか村の者なのかわからないが、今から森に入って自生しているカタビラ草を収穫しに行くとは考えにくい。
それならばこのままここに隠れて一晩過ごそうかとヒッグスは考えを巡らせていた。


「よし、バート、エマ。お花にあげるお水を持ってきてくれる?」

「はい、シスター。用意してあります」

「ありがとう。さぁ、お水をあげるわよ。しっかり大きくなって、みんなの役に立ってね」


大きな木の下に育つ小さな白い花に、シスターは丁寧に水をかけていく。

葉をくすぐっていくように、風が吹き抜ける。

ヒッグスはその時、やっと気が付いた。


「……馬鹿なっ! 栽培しているというのか?! 有り得ない……っ!」


風に揺れる、白い花を咲かせた植物は紛れも無くカタビラ草だった。だがこのような村の中で育つような草ではない。例外中の例外だ。

少なくとも、何らかの条件が重なって結晶化が起こったまれな地質と、強い魔素を含んだ水分が合わさる事が発育条件だと薬師会では考えられている。

一般の素人が趣味や利益を目的に栽培出来るような代物ではない。だから今まで薬師会が繁殖地を独占出来たのだ。


「……一体どうやって?!」


薬師会に籍を置く者として、根絶やしにする事よりも、どうやって栽培に成功したのかが知りたかった。

ヒッグスは隠れていた大木からゆっくり降りると、街道へ向かい普通の旅人を装って村の中へ入る機会を待った。




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