神色の魔法使い

門永直樹

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ロックゴーレム召し上がれ 2

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ここはとある坑道。


その坑道には、ダン、イーストン、サミュエルの3人の鉱夫の姿があった。

鉱夫達の身体は砂や粉塵ふんじんのような物で汚れ、唯一の衣服である腰に巻いた布などは元の色がわからないほど変色してしまっている。
3人の眼からは生気が抜けて頬はやつれ、満足な睡眠や栄養が不足している事は明らかだった。
更に足首には大きな鉄球を引きった足枷あしかせの金具が付けてあり、こすれた部分は化膿して血をにじませている。


「ゴホッ……ゴホッゴボッ……!」

「ダン、……まだ生きてるか?」

「へっ、当たり前だろ……」

「ダン、俺と代わるか?運ぶ方が少しはマシな空気が吸えるぞ」

「あぁ……まだ大丈夫……ありがとうイーストン、サミュエル」




狭い坑道で3人が肩で息をしながら作業を続ける。
ハンドピッケルで岩を掘り進める者、掘った岩を仕分ける者、仕分けされた岩を運ぶ者と交代で回していた。
ダン達がこの坑道に連れてこられて1年と6ヶ月が経とうとしていたが正確な日数はわからない。

ダン一家は盗賊バイス達に誘拐され、鉱山奴隷として売られた。買ったのは鉱業商人のガムランという男だった。
ダン一家が奴隷としてこの屋敷に来た時、娘のイリアは邪魔だからと娼館しょうかんに売られそうになった。
しかし、ダンと妻であるサシャが必死にガムランに懇願こんがんし、娼館に売るのだけは止めてもらえた。娘を側に置く代わりの条件として提示されたのは、ダンが鉱夫として働く事、妻は手先の仕事をする事。娘は母を手伝う事という条件だった。

子の未来を想わない親はいない。

ガムランは最初から子供を生け贄として、夫婦を働かせる予定で買い取っていた。
鉱夫である男が過労で亡くなれば、新しい奴隷家族が買われてくる。買われて来たどの家族も一人娘を守るために働かされた。
ダン達はだまされたのだと気付いた時には何もかもが手遅れだった。


「はぁぁ……はぁっ……」


坑道にはカンカンというハンドピッケルの高い音と3人の鉱夫が咳込せきこむ音だけが響く。
坑道の空気は悪く、粉塵ふんじんを含んだ空気を吸い込んでいるため3ヶ月も作業をすれば皆が肺をやられた。
それでもダンはひたすらピッケルを振った。
自分が死ななければ、家族達は最低限生かされるからだ。ダンがここに来てから何組の家族がいなくなっただろうか。そんな事をダンはぼんやりと考えていた。


「おーい!お前たち、飯の時間だ。広場まで戻るんだ」


見張り役であるローガンの声が坑道に響く。
鉱夫達が一日に一度食事が貰え、生きる気力を取り戻せる時間。
そう、家族に会える時間だった。
ダン達が足枷の付いた痛む脚を引きずって、坑道の少し広くなった所まで戻ってくると、そこには丸い大きなテーブルに食べる物を並べるそれぞれの妻や娘達の姿があった。


「サシャ……!」

「あなた……大丈夫?さぁ、食べましょう」

「……お父さん、大丈夫?」


ダンは妻と娘に身体を支えられテーブルに着いた。妻と娘の顔を見るだけで、今日もう一日、明日をもう一日、生きていこうという力が身体の奥から湧いてくる気がした。
食事は何かわからないスープの中に少し具が入った程度の物だったが、家族と食べる食事ほど心を暖める物は無いのだ。


「サシャ、イリア、ありがとう……愛しているよ」

「私もよ……あなた」

「お父さん、私もよ」


涙をぬぐうサシャの腕に、何度も叩かれたような痛々しい紫のアザが数カ所できていた。


「サシャ……ど、どうしたんだ? その腕は……」


サシャは慌てて袖を伸ばすと、そのアザを隠した。


「あ、これ……なんでもないの。私がちょっとドジをしたから……」

「……リッテ奥様にやられたんだな」


ガムランの妻であるリッテは人を物としか思っていないような冷酷な女だった。臭いからという理由で坑道に来る事は無いのでダンが会う事はあまりないが、屋敷の離れに住む妻と娘達に教育という名の折檻せっかんを行っていた。サシャは器用なほうなのでまだ良い方で、同じ鉱夫のイーストンの奥さんは顔を紫色に腫らしていた事もあった。


「……無理しないでくれ、サシャ、イリア。二人がいてくれるから、父さんは生きていられるんだ」

「あなた。私もイリアも同じ気持ちだから……」

「そうだよ、お父さん……」


ダンは二人の肩を両手に抱き寄せた。3人の鳴き声が響く。


(はぁ、なんでこんな仕事請け負っちまったんだろうなぁ)


3組の夫婦が肩を寄せ合って息を殺して泣いているのを、見張り役のローガンは胸を痛めて眺めていた。


(俺だってこんな仕事するために、剣の腕を磨いてきた訳じゃない。だけど……いつの間にか俺は誰にも誇れないような仕事をするようになっちまった。死んだ母さんが見たらなんて言うかな……)


この3組の家族の見張り役のローガンは元は冒険者で、剣の腕を買われてガムランに雇われた男だ。冒険者ではその日暮らしの収入しか稼げなかったが、ガムランの家に雇われてからは好きな酒も思う存分飲めるほど賃金を貰えている。

だが、ここで死んでいく鉱夫や非人道的な扱いを受けている家族を見る度にローガンの良心が傷んだ。


「なぁ……お前らそろそろ、飯を食った方がいいぞ。女子供はまた離れに戻さないとリッテ奥様に叱られるからな」

「はい、ありがとうございます……おい?サミュエル、どうしたんだ……?」


家族で静かに食事をとっていたサミュエルが急に立ち上がり、その体をブルブルと震わせていた。


「お父さん……?」

「……あなた、何を?!」


サミュエルの眼は充血し、食いしばった歯はギリギリと音を鳴らす。家族の手を振りほどき、足枷をガシャリと引きずりながらローガンの前にサミュエルがゆっくりと近づいていく。


「もう……限界なんだ……ローガンさん、あんたを殺して俺たちは国に……国に帰るんだ」

「あなたっ!馬鹿な考えはやめてっ!」

「やめろっサミュエル!」


ダンやサミュエルの妻の声は耳に入らないのか、サミュエルがローガンににじり寄っていく。
限界。そう全員が我慢の限界だった。いつ誰がサミュエルのような行動を起こしても不思議ではなかった。
だが、抵抗したとしても逃げ切れる訳が無いという結果が想像出来てしまうだけ、その気力は皆の心からがれていたのだ。
ローガンはゆっくり剣帯に手をかけて、腰を低く構える。そしてサミュエルに声を荒げて告げる。


「サミュエル……考えなおせ! 俺はお前を殺せる立場にあるんだぞ! 俺がガムラン様やリッテ奥様に報告してみろ。男は殺され、家族は全員売られるかもしれないんだぞ! 本当にそれでも良いのか! よく考えろ……!考えるんだっ!」


ローガンの言葉にサミュエルの目から怒りの光が消える。サミュエルは膝からドサリと崩れ落ち頭を抱えて泣き出した。


「ぅああぁぁぁっ!!」

「あなたっ!」

「お父さん……!」


ローガンは剣の柄から手を離すと、やるせないような苦々しい顔をして後ろを振り返った。


「あんたらが苦労してるのは、俺だってわかってるんだ……。だから……俺にあんたらを、この剣で殺させないでくれよ」


ダンとイーストンも地面に崩れたサミュエルに駆け寄ると声を上げて泣き崩れた。娘たちも声を殺すようにして泣き出した。サミュエルが涙でボロボロになった顔でローガンに語りかける。


「うぅぅっ……!ローガンさん……!この苦しみを……もう終わらせてくれ!あんたの剣で、全員……殺してくれ……頼む、殺してくれ……!」

「くっ……!」


ローガンがここで剣を振るい、全員を殺したなら。
奴隷夫婦達は生きる苦しみから開放されるだろう。
しかし、恐らくは自分も只では済まないだろう。ガムラン直属の護衛剣士、隻眼ジェイスによって闇から闇だ。

人間が生きるには希望が必要だ。
それはほんのささやかな物でも良い。

だがここにはそれさえ無いのだ。

自分なんかがこんな懸命に生きている者達に手をくだせる訳が無い。ローガンはそう考えた。

ローガンは拳を強く握り締めて岩肌を殴った。手には血がにじみ、頬には涙が流れていた。


「悪いな……、俺は自分がかわいい臆病者なんだ。ほら、女子供は離れに戻るぞ。……悪いがもう時間だ」









鉱山国家エスラド。
鉱業を中心として栄えた国家で、多くの鉱山資源を有している。
城を中心として北と東には山岳が連なり、西には大きな河が崖下に流れ海へと繋がり、南側に建物が連なり町並みが拡がっている。

昼、夜と言わず沢山の鉱夫達が働くこの街は活気に溢れ、飲食はもちろん様々な産業が活発だった。

商人にも色々あるが、この街特有の鉱業商人と呼ばれる商人達は、国が管理する鉱山を採掘する権利を借り受けて、鉱夫を雇い、加工、精錬までを行う商人を言う。
しかし中には国の管理されていない鉱山で登録されていない奴隷鉱夫を使い利益を上げている商人もいる。

鉱業商人ガムラン夫妻もその一人。
表向きは登録された一般鉱夫を鉱山に派遣し、鉱石の加工、流通まで行っているが、自分の屋敷の裏の崖から希少な宝石の類が見つかった事から、密かに奴隷を買い付け、国に鉱石の税金を納めず独自のルートで宝石を売りさばいて私腹を肥やしていた。


──ガムラン屋敷


「リッテ奥様。……なんてお美しい!とても良くお似合いです」

「そうねぇ。随分と派手な宝石ばかりですけど、今度の茶話会さわかいは貴族の方も多い事だし。良いわ、全部貰いましょう。お下がりなさい」

「はっ!ありがとうございます奥様。では失礼致します」


ガムランの屋敷では、妻のリッテが専属の宝石商人から貴金属を購入していた。宝石業者にとっては他では売れないような、大振りで無加工の宝石まで一手に買い取ってくれる客であるため隅におけなかった。
ここ何年かで急に羽振りが良くなって来たガムラン商会には黒い噂がチラチラと立っていた。
だがガムランの館には直属の護衛で、剣豪と言われた隻眼ジェイスが目を光らせていたため、噂を広めたとわかった者は墓で暮らす事になると囁かれた。そのため、だれも首を突っ込む者はいなかった。

ガムランの執務室では通常の売り上げの計算、奴隷の働きの成果、宝石の鑑定をガムラン自身がやっていた。


「ふぅん。あの3人も随分と採掘料が落ちてきたな。3人共、肺も身体も駄目になってきただろうし交換時期か。そろそろ嫁や娘たちもみんな娼館に売って、新しい奴隷に入れ替えるか」

「その事で一つ報告がある」


執務室の椅子に座るもう一人の屈強な男。その者の名はジェイス。隻眼ジェイスとも呼ばれたガムラン直属の護衛。つまり用心棒だ。その眼光は鋭く、にらまれた者は心の内まで覗かれたようだと怯えるという。
若い頃から悪名高く、恨んでいる者は数多い。幅の広い両手剣を好み、その剣を抜かれた者で生きていた者は居ないと言われる。
椅子にどっかりと座って、煙草の煙をふぅと吐いた。


「ん?なんだジェイス」

「うちに奴隷を卸していたバイス。手の者によると連絡が取れなくなったそうだ」

「バイスというとあの奴隷商人か。抜け目無い奴だと思っていたが……」

「まぁ恐らく一味全員が引き払ったか、もしくは……捕まったか。捕まれば死罪は免れん。もしも余計な事でも喋ればこっちの奴隷も足が着くぞ」

「ちっ!まぁ良い。新しい奴隷商を探してくれ。役人が何か言ってきたとしても少し金でも握らせれば黙っているだろう。とにかく活きのいい奴隷に交換だ。まったくタダ飯喰らいが」

「わかった、伝手つてはいくらでも……、誰だ」


執務室のドアの向こうの気配にジェイスが気付く。
ガチャリとドアが開くと敬礼したローガンが立っていた。


「し、失礼します。今日の業務が終わりましたので自分はこれで失礼します」

「ローガンか。ご苦労。何か奴隷達に変わりないか?」


ジェイスのローガンを睨む目は、まるで鷹が獲物を捉えるような目だ。ジェイスの眼光にローガンの心はひどく動揺するが、なんとか平静を保つ。


「は、はい、変わりありません……」

「うむ。では今日はもう下がって良い。明日も早いからな」

「失礼します」


ドアを締めたローガンは陰鬱な気持ちで屋敷の階段を降りる。


(あの娘さんや嫁さん達、売られちまうのか……。鉱夫奴隷のあいつ等は表には出せないから……次が来れば殺されるのか。あぁ、俺が考えてもどうしようもねぇが。ちくしょう……ここの奴らは人の命をなんだと思ってやがるんだ……くそっ)


ローガンがガムランの屋敷を出る頃には辺りはすっかり暗くなっていた。ローガンはいつもの酒場に向けてトボトボと歩いた。





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