神色の魔法使い

門永直樹

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表と裏 7

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「おい!誰のお陰でこの街で商売出来てると思ってるんだぁぁっ!ぁぁっ?言ってみろよ……」

「も、もちろんロイド隊長のお陰でございま──ひぃぃっ!!」


ドーラの港街の酒場に店主の男の悲鳴が響いた。

カウンター越しに胸ぐらを捕んでいる屈強な男は、警備隊総隊長ロイド─盗賊頭バイス─である。

店主の脚は地面を離れ、その顔には苦痛の表情が浮かぶ。
酒場の中は一瞬しんと静まり返り、飲んでいた客達も目を合わせないように下を向く者がほとんどだった。


「おいっ!マスター!ロイド様から金を取ろうなんてどういうつもりだよ!」

「ふざけてんじゃねぇよ!おいっ!」


ロイドの横に座っている部下のような男達が、店主に向かって高圧的に口を開いた。
ロイドの周りを取り巻くように、三人の男達が店主に向かってヘラヘラと笑っていた。
その身なりは警備隊の小綺麗な物ではなく、それぞれ背中や腰に武器を携えたゴロツキのような風体の男達だった。


「も……申し訳、ございまぜんでじだ、がはっ!」


ロイドはつかんだ胸倉をパッと離すと、店主はカウンターの中で苦しそうにゴホゴホと咳込んだ。


「わかりゃ良いんだ、わかりゃな。ちっ!お前のせいで酒が不味くなっちまった!おい、お前ら。他の店で飲み直すぞ」

「「「はい!ロイド様っ!」」」


ロイドを含む四人の屈強な男達が店の中を我が物顔で歩く。

この街の中でロイドに逆らうような者はいなかった。
警備隊のトップということもあるが、それ以前に黒い噂も絶えなかったからだ。
逆らった者はその家族まで命を落としたという話は、市民の間でまことしやかに囁かれていた。


「おい店主。お前が夜道を一人で歩く時は気をつけるんだな……。この街は物騒だからな、ふははっ!」


店主をギロリとにらんで捨て台詞を吐くと、ロイド達四人は酒場を後にした。


「おい、お前ら。何か食いたい物はねぇのか?」


先頭を肩で風を切って歩くロイドが、部下達に振り向く事なく話しかける。


「そうですねぇ……。お頭、やっぱり俺は肉が食いたいですよ。ちょっと前ですがね、新しく開店した飯屋なんですが、そこの鶏肉が大層美味いって評判なんすよ。酒はまぁ…そこそこの者が置いてあると思うんですけどねぇ。あ、それとそこの女将。えらい美人だっていうんでお頭もきっと気に入るんじゃねぇかと──」
「ほぅ、そうかそうか。ん? おい、後の二人はどうしたんだ?


ロイドが振り向くと一人ベラベラとしゃべリ続けるお調子者の部下しかいなかった。


「ん? あれ? ホントだ。なぁにお頭、どっかその辺で──」

「ゥオェェ………」

歩いて来た路地の奥、暗がりの中で男が嘔吐するような声が聞こえてくる。


「ほらね、お頭。俺はどうせその辺で吐いてるか小便でもしてるかどっちかだと思ったんすよ。ちょっと行って来ますんで少し待っててください。ったく……しょうがねぇなアイツら」
「ふん。早くしろよ!」


ロイドは部下達を待つ間、道端の材木にどっかりと腰を降ろした。

明日の夜に出港する『商品』の事を考えると、込み上げる笑いを抑えきれなかった。


(今回の『商品』は今までで一番数の多い取引だ。特に今回は女とガキが多い。せっかくの高値なんだ。前みたいに死なせないように気をつけないとな……。アール子爵だけに儲けさせてやるなんて気にいらねぇ。この商売、世界にゲスな貴族達が沢山居てくれるお陰でまだまだ膨らむぞ……)


「ククククッ………」

「何がそんなに可笑しいんだ、警備隊長さん。いや、汚れたこそ泥バイス」


ロイドの部下達がいるはずの路地から、ゆっくりと男がその姿を現した。
銀の髪を一つに束ねて身体には深い漆黒のマントを羽織っている。


そしてロイドの隠し名を呼んだ。


「………誰だ、てめぇっ……!」

「お前に名乗るような名など持っていない。強いて名乗るならホリーの友人ってところか」


ロイドは路地奥を横目でちらりとのぞいた。

戦いにおいては、かなりの経験値を積んでいるはずの部下達の気配が一切消えていた。
ロイドは相対する男に最大限警戒しながら、その間合いを詰めて問いかけた。


「俺の部下はどうした?」

「彼らか。今頃は自分達がしてきた罪を心から嘆いているだろうな」

「ほぅ。わかったぞ、お前か。うちのホリーに余計な事を吹き込んだのは。ホリーは従順な俺の飼い犬だったんだ。てめぇのせいで今頃は牢の中だ。もしかしたらもう死んじまってるかも、なぁぁぁっ!」


ロイドは背中のハンドアックスに手を掛けると男に目掛けて一気に投げつけた。

殺す気で投げたハンドアックスはビュンと風を切り裂いて目の前の男を額から真っ二つに割った。



──かのように見えた。



「なっ──!?」


男の裂けた額から血が溢れるのではなく、黒いスライム状の液体が血の代わりに裂けた箇所から溢れ出る。

肩口までドロリとスライムは黒く流れた。
男は刺さったままのハンドアックスをゆっくりと手に取ると、ガランと地面に落とした。
見る見る間に男の顔は何事も無かったようにスライムによって再生された。


「ばっ、化物っ……?!」


男の瞳は冷たく輝き、悪魔的にも見える強い光を放っていた。


「お前にとって、他人の命とはなんだ? お前の手によって死んでいった者達の事を少しでも考えた事があるのか?」


男の右手に突如現れたのは黒く光る魔法陣。

左手には白い魔法陣が浮かび上がる。胸の前で手の平を合わせるように近づけると魔法陣は重なり、互いに逆回転しながら灰色の魔法陣へと変わっていく。


「聞こえるか──。お前があの世へ送った者達の声が──」


男の問いかけに狼狽した様子でロイドは答えた。


「ふん──! くだらんっ……! そ、そんな物が聞こえるか!」

「ならば聞くがいい──冥府の者達の声にならなかった無念の叫びを──」



ロイドと男の間に、不穏に輝いた灰色の魔法陣が浮かび上がる。



魔法陣の出現と共に辺りは闇が濃くなると、男の姿はどこかへとかき消えた。
そしてその声だけが闇の中へと共鳴していく。


「【グレイサモンズ】」


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