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表と裏 6
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ホリー達はユリを先頭にして、部屋奥の階段を音を立てないように慎重に上がっていく。
他の皆は少し距離を置いてから付いて来てもらう事にした。
階段を上がった所は小さな小部屋になっており、何か賭け事でもしていたのか、テーブルの上に金貨が数枚と絵の描かれたカードが無造作に散らばっている。
この部屋に誰かいる気配は無いが、通路を挟んだ隣の部屋からは灯りが漏れ、盗賊達のくだらない自慢話のような笑い声と会話が聞こえてくる。
その大きな笑い声に階段下で待つ皆に一斉に緊張が走る。もちろんホリーもその例外ではなかった。
ユリが指を立てて、皆に静かにするよう合図をすると小声でホリーに話しだした。
「あの部屋の中には4人程いるようだな」
「何人かの声が聞こえますね……。どうしますか、ユリさん。剣は私が持っていますので私が一気に──」
「まぁそう慌てるなホリー。そうだ、ちょうどいい。剣を持たずとも手刀は、剣と同様の型で充分に戦えるという事を見せてやろう」
そう言ってユリはニカッと笑って、ホリーに向かって手をニギニギさせると、盗賊達の居る部屋に一人で素早く突っ込んで行った。
「えっ……!ユリさん──」
ホリーは慌ててドア枠から顔を覗かせて、ユリを目で追いかける。
盗賊は不意を突かれて大騒ぎするかと思いきや──
「なんだてめぇ──グゥッ」
「グエッ」
「ウグッ」
「オェッ」
それはまさに一瞬だった。
ユリの動きはホリーが目で追いかける間もなく、盗賊4人をあっという間に気絶させた。
「見たか?ホリー。基本の型でも手刀はこのように使うと──」
「ぜ、全然見えませんでしたユリさん。動きが速すぎて……」
「なぬっ」
驚くユリの顔は幼い子供のようにホリーには見えた。
こんな少女のような人が、大の大人4人を一瞬で気絶させたのだから凄いとホリーは心底感心した。
「ま、まぁしょうがない。ちと張り切り過ぎたかもしれんな……」
「す、凄いですよ! ユリさん! あなたの体術は私の剣術など足元にも及びません!」
「違うのだ、ホリー。お前が習ったであろう近衛騎士団の型しか使っておらんぞ。手刀の延長が剣。剣術と体術は同じなんだ。足さばきから相手の力を使って──」
「……? では、ホリーさんも王都の近衛騎士団の型を習った事があるんですか?」
うーんとユリはしばらく悩んでから、はぐらかすように階段下の皆に指示を出した。
「ま、先を急ぐか。皆、盗賊達に手枷と足枷を掛けておいてくれ。おまけにこいつらの口に、ネズミのフンをたっぷり塗った縄でも掛けておいてやろう。さぞマズイだろうな。ヒヒヒ。お!そこの棚にパンがたっぷり入っている。皆で分けて腹に入れるとしよう。それと、葡萄酒があれば大人は少し飲んでおくと良い。気持ちが落ち着くからな。水があれば子供達にまず飲ませてやってくれ。もしも体調の悪い者がいたら──」
このユリという少女は一体何者なのだろうとホリーは思った。
見つかれば確実に殺されてしまうような状況だというのに、まるでピクニックにでも来たかのように笑顔で皆にパンや葡萄酒を配っている。
怯えていた者達もユリからパンや飲み物を受け取ると、自然と皆の顔に安堵の笑みがこぼれ出した。
この人がいれば本当に私達は出られるかもしれない。そう思わせるだけの実力がこの少女にはある。
ホリーはそう思った。
「ホリー、お前も葡萄酒飲むか?悪くない酒だぞ。いらんならホリーの分ももらうからな」
「え、えぇ、どうぞ。あの、ユリさん、みんな本当に出られるんでしょうか?」
ゴクゴクとパンを葡萄酒で美味しそうに流し込むとユリは笑って答えた。
「当たり前だろ、ホリー。まぁ心配しなくても大丈夫。もうそろそろあいつも来るだろうからな」
「あいつ?ユリさんのお仲間の方ですか?」
ぷはぁと吐く息は葡萄酒の甘い香りがした。
「クレイグだよ。会ったんだろ?あいつの事だからどうせ「おれに任せとけ~」とか言ってたんじゃないのか?」
「え!!クレイグ……って、あのクレイグさんをご存知なんですか?!」
クレイグの真似をするユリの、とびっきり変な顔を見ながら、ホリーは思わず吹き出しながらも驚いて聞き返した。
「クレイグに頼まれて盗賊にわざと捕まったんだ。こんなに飯がマズイって知ってたら絶対断ってたけどな」
「そ、そうだったんですか……」
「囚われた皆を守ってやってくれってな。ホリーの事はな、とびきり美人な可愛いお嬢さんに会ったって言ってたぞ」
「えぇぇぇっ……! び、美人で可愛い……っ!」
ユリにそう言われた途端、顔から湯気が出るくらい耳まで熱くなったのがホリーは自分でもわかった。
「う、嘘だぞ……。じょ、冗談だが……。おーい、ホリー。戻ってこーい、まずいなこりゃ」
他の皆は少し距離を置いてから付いて来てもらう事にした。
階段を上がった所は小さな小部屋になっており、何か賭け事でもしていたのか、テーブルの上に金貨が数枚と絵の描かれたカードが無造作に散らばっている。
この部屋に誰かいる気配は無いが、通路を挟んだ隣の部屋からは灯りが漏れ、盗賊達のくだらない自慢話のような笑い声と会話が聞こえてくる。
その大きな笑い声に階段下で待つ皆に一斉に緊張が走る。もちろんホリーもその例外ではなかった。
ユリが指を立てて、皆に静かにするよう合図をすると小声でホリーに話しだした。
「あの部屋の中には4人程いるようだな」
「何人かの声が聞こえますね……。どうしますか、ユリさん。剣は私が持っていますので私が一気に──」
「まぁそう慌てるなホリー。そうだ、ちょうどいい。剣を持たずとも手刀は、剣と同様の型で充分に戦えるという事を見せてやろう」
そう言ってユリはニカッと笑って、ホリーに向かって手をニギニギさせると、盗賊達の居る部屋に一人で素早く突っ込んで行った。
「えっ……!ユリさん──」
ホリーは慌ててドア枠から顔を覗かせて、ユリを目で追いかける。
盗賊は不意を突かれて大騒ぎするかと思いきや──
「なんだてめぇ──グゥッ」
「グエッ」
「ウグッ」
「オェッ」
それはまさに一瞬だった。
ユリの動きはホリーが目で追いかける間もなく、盗賊4人をあっという間に気絶させた。
「見たか?ホリー。基本の型でも手刀はこのように使うと──」
「ぜ、全然見えませんでしたユリさん。動きが速すぎて……」
「なぬっ」
驚くユリの顔は幼い子供のようにホリーには見えた。
こんな少女のような人が、大の大人4人を一瞬で気絶させたのだから凄いとホリーは心底感心した。
「ま、まぁしょうがない。ちと張り切り過ぎたかもしれんな……」
「す、凄いですよ! ユリさん! あなたの体術は私の剣術など足元にも及びません!」
「違うのだ、ホリー。お前が習ったであろう近衛騎士団の型しか使っておらんぞ。手刀の延長が剣。剣術と体術は同じなんだ。足さばきから相手の力を使って──」
「……? では、ホリーさんも王都の近衛騎士団の型を習った事があるんですか?」
うーんとユリはしばらく悩んでから、はぐらかすように階段下の皆に指示を出した。
「ま、先を急ぐか。皆、盗賊達に手枷と足枷を掛けておいてくれ。おまけにこいつらの口に、ネズミのフンをたっぷり塗った縄でも掛けておいてやろう。さぞマズイだろうな。ヒヒヒ。お!そこの棚にパンがたっぷり入っている。皆で分けて腹に入れるとしよう。それと、葡萄酒があれば大人は少し飲んでおくと良い。気持ちが落ち着くからな。水があれば子供達にまず飲ませてやってくれ。もしも体調の悪い者がいたら──」
このユリという少女は一体何者なのだろうとホリーは思った。
見つかれば確実に殺されてしまうような状況だというのに、まるでピクニックにでも来たかのように笑顔で皆にパンや葡萄酒を配っている。
怯えていた者達もユリからパンや飲み物を受け取ると、自然と皆の顔に安堵の笑みがこぼれ出した。
この人がいれば本当に私達は出られるかもしれない。そう思わせるだけの実力がこの少女にはある。
ホリーはそう思った。
「ホリー、お前も葡萄酒飲むか?悪くない酒だぞ。いらんならホリーの分ももらうからな」
「え、えぇ、どうぞ。あの、ユリさん、みんな本当に出られるんでしょうか?」
ゴクゴクとパンを葡萄酒で美味しそうに流し込むとユリは笑って答えた。
「当たり前だろ、ホリー。まぁ心配しなくても大丈夫。もうそろそろあいつも来るだろうからな」
「あいつ?ユリさんのお仲間の方ですか?」
ぷはぁと吐く息は葡萄酒の甘い香りがした。
「クレイグだよ。会ったんだろ?あいつの事だからどうせ「おれに任せとけ~」とか言ってたんじゃないのか?」
「え!!クレイグ……って、あのクレイグさんをご存知なんですか?!」
クレイグの真似をするユリの、とびっきり変な顔を見ながら、ホリーは思わず吹き出しながらも驚いて聞き返した。
「クレイグに頼まれて盗賊にわざと捕まったんだ。こんなに飯がマズイって知ってたら絶対断ってたけどな」
「そ、そうだったんですか……」
「囚われた皆を守ってやってくれってな。ホリーの事はな、とびきり美人な可愛いお嬢さんに会ったって言ってたぞ」
「えぇぇぇっ……! び、美人で可愛い……っ!」
ユリにそう言われた途端、顔から湯気が出るくらい耳まで熱くなったのがホリーは自分でもわかった。
「う、嘘だぞ……。じょ、冗談だが……。おーい、ホリー。戻ってこーい、まずいなこりゃ」
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