神色の魔法使い

門永直樹

文字の大きさ
上 下
19 / 38

表と裏 6

しおりを挟む
ホリー達はユリを先頭にして、部屋奥の階段を音を立てないように慎重に上がっていく。
他の皆は少し距離を置いてから付いて来てもらう事にした。

階段を上がった所は小さな小部屋になっており、何か賭け事でもしていたのか、テーブルの上に金貨が数枚と絵の描かれたカードが無造作に散らばっている。

この部屋に誰かいる気配は無いが、通路を挟んだ隣の部屋からは灯りが漏れ、盗賊達のくだらない自慢話のような笑い声と会話が聞こえてくる。

その大きな笑い声に階段下で待つ皆に一斉に緊張が走る。もちろんホリーもその例外ではなかった。

ユリが指を立てて、皆に静かにするよう合図をすると小声でホリーに話しだした。


「あの部屋の中には4人程いるようだな」

「何人かの声が聞こえますね……。どうしますか、ユリさん。剣は私が持っていますので私が一気に──」

「まぁそう慌てるなホリー。そうだ、ちょうどいい。剣を持たずとも手刀てがたなは、剣と同様の型で充分に戦えるという事を見せてやろう」


そう言ってユリはニカッと笑って、ホリーに向かって手をニギニギさせると、盗賊達の居る部屋に一人で素早く突っ込んで行った。


「えっ……!ユリさん──」


ホリーは慌ててドア枠から顔を覗かせて、ユリを目で追いかける。
盗賊は不意を突かれて大騒ぎするかと思いきや──


「なんだてめぇ──グゥッ」

「グエッ」

「ウグッ」

「オェッ」


それはまさに一瞬だった。


ユリの動きはホリーが目で追いかける間もなく、盗賊4人をあっという間に気絶させた。


「見たか?ホリー。基本の型でも手刀はこのように使うと──」

「ぜ、全然見えませんでしたユリさん。動きが速すぎて……」

「なぬっ」


驚くユリの顔は幼い子供のようにホリーには見えた。
こんな少女のような人が、大の大人4人を一瞬で気絶させたのだから凄いとホリーは心底感心した。


「ま、まぁしょうがない。ちと張り切り過ぎたかもしれんな……」

「す、凄いですよ! ユリさん! あなたの体術は私の剣術など足元にも及びません!」

「違うのだ、ホリー。お前が習ったであろう近衛騎士団の型しか使っておらんぞ。手刀の延長が剣。剣術と体術は同じなんだ。足さばきから相手の力を使って──」

「……? では、ホリーさんも王都の近衛騎士団の型を習った事があるんですか?」


うーんとユリはしばらく悩んでから、はぐらかすように階段下の皆に指示を出した。

「ま、先を急ぐか。皆、盗賊達に手枷てかせ足枷あしかせを掛けておいてくれ。おまけにこいつらの口に、ネズミのフンをたっぷり塗った縄でも掛けておいてやろう。さぞマズイだろうな。ヒヒヒ。お!そこの棚にパンがたっぷり入っている。皆で分けて腹に入れるとしよう。それと、葡萄酒があれば大人は少し飲んでおくと良い。気持ちが落ち着くからな。水があれば子供達にまず飲ませてやってくれ。もしも体調の悪い者がいたら──」


このユリという少女は一体何者なのだろうとホリーは思った。


見つかれば確実に殺されてしまうような状況だというのに、まるでピクニックにでも来たかのように笑顔で皆にパンや葡萄酒を配っている。

怯えていた者達もユリからパンや飲み物を受け取ると、自然と皆の顔に安堵の笑みがこぼれ出した。

この人がいれば本当に私達は出られるかもしれない。そう思わせるだけの実力がこの少女にはある。
ホリーはそう思った。


「ホリー、お前も葡萄酒飲むか?悪くない酒だぞ。いらんならホリーの分ももらうからな」

「え、えぇ、どうぞ。あの、ユリさん、みんな本当に出られるんでしょうか?」


ゴクゴクとパンを葡萄酒で美味しそうに流し込むとユリは笑って答えた。


「当たり前だろ、ホリー。まぁ心配しなくても大丈夫。もうそろそろあいつも来るだろうからな」

「あいつ?ユリさんのお仲間の方ですか?」


ぷはぁと吐く息は葡萄酒の甘い香りがした。


「クレイグだよ。会ったんだろ?あいつの事だからどうせ「おれに任せとけ~」とか言ってたんじゃないのか?」

「え!!クレイグ……って、あのクレイグさんをご存知なんですか?!」


クレイグの真似をするユリの、とびっきり変な顔を見ながら、ホリーは思わず吹き出しながらも驚いて聞き返した。


「クレイグに頼まれて盗賊にわざと捕まったんだ。こんなに飯がマズイって知ってたら絶対断ってたけどな」

「そ、そうだったんですか……」

「囚われた皆を守ってやってくれってな。ホリーの事はな、とびきり美人な可愛いお嬢さんに会ったって言ってたぞ」

「えぇぇぇっ……! び、美人で可愛い……っ!」


ユリにそう言われた途端、顔から湯気が出るくらい耳まで熱くなったのがホリーは自分でもわかった。


「う、嘘だぞ……。じょ、冗談だが……。おーい、ホリー。戻ってこーい、まずいなこりゃ」

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

アタエバネ ~恵力学園一年五組の異能者達~

弧川ふき
ファンタジー
優秀な者が多い「恵力学園」に入学するため猛勉強した「形快晴己(かたがいはるき)」の手首の外側に、突如として、数字のように見える字が刻まれた羽根のマークが現れた。 それを隠して過ごす中、学内掲示板に『一年五組の全員は、4月27日の放課後、化学室へ』という張り紙を発見。 そこに行くと、五組の全員と、その担任の姿が。 「あなた達は天の使いによってたまたま選ばれた。強引だとは思うが協力してほしい」 そして差し出されたのは、一枚の紙。その名も、『を』の紙。 彼らの生活は一変する。 ※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・出来事などとは、一切関係ありません。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【完結】内緒で死ぬことにした  〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜

たろ
恋愛
手術をしなければ助からないと言われました。 でもわたしは利用価値のない人間。 手術代など出してもらえるわけもなく……死ぬまで努力し続ければ、いつかわたしのことを、わたしの存在を思い出してくれるでしょうか? 少しでいいから誰かに愛されてみたい、死ぬまでに一度でいいから必要とされてみたい。 生きることを諦めた女の子の話です ★異世界のゆるい設定です

両性具有の亡国王子は両方の性を満喫する

モモん
ファンタジー
その世界には両性具有という第三の性が存在した。 男にも女にもなれる王子は、両方の性を駆使して王国を再建する。

【完結】逃がすわけがないよね?

春風由実
恋愛
寝室の窓から逃げようとして捕まったシャーロット。 それは二人の結婚式の夜のことだった。 何故新妻であるシャーロットは窓から逃げようとしたのか。 理由を聞いたルーカスは決断する。 「もうあの家、いらないよね?」 ※完結まで作成済み。短いです。 ※ちょこっとホラー?いいえ恋愛話です。 ※カクヨムにも掲載。

処理中です...