神色の魔法使い

門永直樹

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夜も随分と深くなった頃、ホリーが警備隊詰所に戻ると建物内はしんと静まり返っていた。


持ち出した帳簿をロイドの部屋に戻しておこうと、足早に階段を上がりポケットからキーチェーンを取り出した。


「朝までにこれを戻しておかないと……」


隊長室のロビーをそっと開けると、窓から射し込む月の灯りと静けさが床を照らしている。

部屋を横切り、ホリーが奥の部屋のドアを開けようとした時、背後で「ホゥ」と声がした。

ホリーはフクロウだと思いつつも後ろを振り返った。

そこにはロイドの椅子の背に爪を掛けて立ち、大きな目を見開くフクロウがいた。しかし、特異だったのはフクロウの目だけが暗闇の中で赤黒く輝いてホリーを睨んでいた。


「え………?赤い……目……?」


ホリーはその異様さから視線を外す事が出来ず、見つめていると次第に不思議な気持ちになっていった。
考える力が徐々に低下していき、ホリーの意識はゆっくりと混濁していく。

次第に、その目の輝きは少しずつ光を失っていった。

立ち尽くしたホリーの手から、ロイドの帳簿がバサリと音を立てて落ちた。


「残念だよ、ホリー。非常に残念だねぇ……」


床に落ちた帳簿を拾い上げたのはロイドだった。
ホリーの両目は色を失い、ロイドの声はすでに届いていなかった。
ロイドは立ち尽くすホリーの華奢な両肩にその手を置いた。


「俺をたばかろうなんて馬鹿な事をしたもんだ……。これをどこに持ち出してたかは知らないが、こうして返してくれたんだからその点は褒めてやろうホリー。新しいご主人様に今度は……噛みつく事なく仕えるんだな」





***





「……ちゃん……お姉ちゃんっ……」


幼い子供や大勢の人が呼ぶ声に、私は重いまぶたを苦労して目を開けた。


「こ……ここは……?!」

「おい、あんた大丈夫か?ここはどこかの地下なんだが……みんな捕まってるんだよ」


身体を起こそうとすると、手に錠が付けられていてなかなか起き上がれない。


「わたし……?どうして………?」


隊長室まで行ったのは憶えている。しかし、そこからの記憶は無い。


「あんた……その服は警備隊の人だよな?!」

「はい……、私は警備隊主任のホリーといいます……。皆さん方は……」

「俺たちは『バイス』に捕まって……、ここに監禁されているんだ。そうか……。なぁ、他の警備隊の仲間が助けに来たりしないのか?」


皆の視線が期待という形で、自分に集まっているのが分かる。

私は話し掛けてきた男に対して、ゆっくりと身体を起こしながら首を横に振った。


「残念ながら……ロイド、いやバイスの正体に気付いているのは……警備隊の中では私だけです……。それにバイスは……皆さんを他国へ奴隷にして売り飛ばそうとしているんです……」

「なんてこった……くそっ!!」


皆の顔色から落胆した様子が見てとれた。

辺りを見渡すと、大勢の男女が憔悴した様子で身を寄せ合って座っている。

その中には幼い子供達も多く含まれていた。


「こんな幼い子供まで……。皆さん、なんとかここから脱出する方法を考えましょう」

「いや……無理だよホリーさん……。この部屋はあの上に続く階段と、そこに流れてる下水しか出口が無いんだ。見張りもしょっちゅう交代で降りてくるし……。こないだなんとか下水から逃げ出した夫婦が居たんだが、流れが早いしあの狭さだろ……。恐らくもう生きてはいないと思うんだ……」


確かにこの流れの強さならば生きて出るのは難しいだろう。仮に生きて出られたとしても衰弱して死んでしまう。


(いったいどうすれば………。このままだと全員……)


思案していると一人の少女が、大人達をすり抜けて背中を合わせて来た。

耳元で小声で囁く。


「ホリー。剣は使えるか?」

「はい、一応は……。港街の警備隊は皆、王都にある近衛騎士団の元で訓練していましたので……」

「そうか、それは頼もしいな。ならば私が盗賊の目を引いている隙に見張りの剣帯から剣を盗むんだ。出来るか?」


私よりも若く見えるこの少女の落ち着いた素振りと提案に驚いた。それと同時にどこかで会った事のあるような親しみも憶えた。


「しかし……、それではあなたにも危険が及ぶのでは……?」

「どの道、売られるか死ぬかだろ?他の選択肢はなかろう。どうだホリー、やれるか?」

「わ、わかりました……! やってみます!」

他の囚われた者達も、その提案に心配そうに少女に声をかける。


「あんた、そんな役を……。だ、大丈夫なのかい?もしもバレたら……」

「なぁに、心配するな。こんな飯の不味い所はみんなも早くおさらばしたいだろ?いいか、作戦はこうだ……」











「た、大変だぁー! おーい! 監視の人、一人逃げたぞっ!!」


少女が大声で叫ぶと上の階から慌てた様子でドカドカと盗賊が足音を立てて降りて来た。


「なぁにぃぃっ!!!どこだどこだっ!!」

「ここだよ! ここ! この下水に一人潜っていったんだよ……! ほら……あそこ、まだ足が見える……」


少女が奥へと続く下水を覗きこむように身体を低くすると、盗賊も同じ様に身体を低くした。


「まったく……なんだって俺の監視の番の時に……! バイス様に知れたら俺の首が飛んじまうわ! どこだ小娘!? どこに足が見えるって??」

「ほら……! あそこ……もっと奥の所……」


少女の目配せを合図に私は盗賊の腰に差してある剣を、縛られている腕を使って身体ごと思いっきり引き抜いた。気付いた盗賊はすぐさま振り向こうとした。


「てめぇっ! 何しやがっ…ぐふっっ!!!」


──ドゴォッ!!


「今だホリーッ!」


屈んでいた少女は身体を横に捻りながら、盗賊に向かって脚を高く蹴り上げる。その鋭い蹴りは盗賊のみぞおちに深くめり込み、身体をくの字に曲げさせた。

少女の掛け声と共に私は、サーベルの金属の柄の部分を使って、盗賊の側頭部目掛けて打ち下ろした。


「くらえっ……! やぁぁッッ!!」

「ぐぅっ……! て……てめぇ………」


盗賊がその無駄に肥えた身体を地面にドサリと沈めた。同時に私も地面にゴロゴロと転がり砂まみれになった。


「やったっ………、はぁ……はぁっ……!」


少女の方に身体を起こしながら顔を向けると、その少女は屈託のない笑顔で笑っていた。


「さすが警備隊だホリー。よくやった。ははは、泥だらけじゃないか。馬鹿、泣いてる場合じゃないぞ。勝負はこれからだ。皆の縄を切って行こう。こいつの腰の鍵が……恐らく足枷や手錠の鍵だ。さぁ、足枷や手錠のある者は外してやろう。私とホリーが先頭を行く。他の皆は後から付いて来てくれ。さぁ、ホリー。立てるか?」


差し出された手をしっかりと握り締めて、私はこの頼もしい少女に向かって最大の勇気を持って答えた。


「もちろんですっ!あの……、あなたのお名前をお聞きしても?」

少女は倒した盗賊の後ろ手に手際良く手錠を掛けながら私の目を見て微笑んだ。その笑顔の美しさにしばらく私は見惚れていた。


「私はユリ。よろしくな、ホリー」



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