神色の魔法使い

門永直樹

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表と裏 2

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クレイグ達の居る森の北側、そう遠くない港街ドーラの一角。

その建物の一室から怒号が響く。

建物の玄関口には『警備隊詰所』と看板が掛かっている。


「おいっ! ホリー! この資料はもう目障りだ! さっさと片付けて判子を押しとけっ!」

「は、はいっ! ロイド総隊長!」


この街の警備主任であるホリーは、自分の上司である警備総隊長ロイドの声に、慌てて机から資料を片付けた。

ホリーのように若い女性が警備隊に入る事も珍しい。

ブロンドの美しい髪を束ねたホリーは、その淡麗な容姿同様に、主任という役職を与えられるだけあって仕事の面でも秀でていた。


「そこに書いてある行方不明者ってのはもう死んじまってるに決まってんだよ。そんな奴等に俺達、警備隊は用はねえだろ!」

「お、お言葉ですが総隊長。行方不明者の捜索も自分たちに課せられた任務だとわたくしは──」


ドンっと総隊長ロイドが組んだままの足を乱暴に机の上にかける。
身体に刻まれた傷と大きな体躯からロイドの豪腕さが伺える。肩に乗ったロイドのペットであるフクロウが一瞬目を開いた。


「ホリー、生ぬるい事言ってんじゃねぇ! いいか、俺が死亡といったらお前は黙って死亡手続きしときゃいいんだ。わかったな。わかったらさっさと片付けるんだ!」

「は、はい。わ、わかりました」

「よし、それで良い。俺はこの後、アール子爵様の所で会議があるから後はお前に任せたぞ。街の夜間の警備体制は問題ないな?」

「……はい。問題ありません」

「お前を警備主任にして俺は随分と助かってるよホリー。今の主任のままで居たかったら、俺の言うことはちゃんと聞いておくんだな」

「はい、総隊長。ではこれで失礼します」


ロイドの就務室のドアを静かに閉じると、ホリーは大きくため息をついた。ロイドが陰でなにか良からぬ事をしている気配はあった。

だが直近の部下であるホリーには追求する事が出来なかった。

決して警備主任などという役職にしがみついている訳ではないと思ってはいたが、他の隊員に比べてもホリーはロイドから破格の賃金を貰っていた。

そこに「詮索をしない」という意味合いも含まれていると思うと、それを許している自分が悔しく、またひどく醜く感じてしまった。


「こんな自分に私はなりたかったのだろうか? お父さん、私は……」


自室に戻り、引き上げた行方不明者名簿に目をやった。
半年前の行方不明者の欄に『ドグ 男性25歳 妻アン24歳』と書いてある。

ホリーは『死亡』と書いてある判を、一瞬ちゅうちょしながらも名簿にドンと押すと、自分の机に見えないようにしまい込んだ。











「アール子爵様。わたくしです、ロイドです」

「うむ、早かったな。入れ」


街の郊外にある少し小高くなった土地に、アールの屋敷はあった。

この街唯一の上流貴族である子爵の屋敷を警備総隊長のロイドが訪ねて来ていた。


「ロイド、商売の調子はどうだ……?」

「はい。アール様のお陰を持ちまして順調でございます。今月もまた何人か……あちらに船で送ることを予定しております」

「うむそうか。上手くやっておるようだな。全てはわしの力添えという事だな。ふぅむ」

「勿論ですよ、アール様」


下卑た笑いでロイドはアールの機嫌を取るように笑った。

よく肥えたその身体に宝飾を着飾ったアールは、葉巻きを片手に深い椅子にどっしりと腰掛けた。


「ふぅむ。お尋ね者であるお前を警備総隊長にしてやってるんだ。この恩に報いてしっかりわしを儲けさせてくれよ、『バイス』」

「アール様、こちらではロイドとお呼び下さい。どこに耳があるかわかりませんので」

「ふん。まぁ上手くやってくれ。ところでな、お前の部下のなんといったかな……。切れ長の目でブロンドの──」

「うちの主任のホリーでございますか?」


アールがにやりといやらしい笑いを浮かべた。
たっぷりとした顎をゆびでまさぐる仕草はロイドから見ても醜く思えた。


「そう、ホリーだ……。随分と仕事が出来るそうじゃないか。そのホリーに行方不明者の件に関して詮索はされておらんだろうなバイス」

「大丈夫でございます、アール様。ホリーはわたしの言いつけをよく守る忠実な犬ですから」

「ふぅむ。飼い犬が腕を噛むというのは昔からよくある事。せいぜい気をつけるんだな。下がってよいぞ」

「わかりました、アール様。では本日はこれにて」


アールの屋敷を出ると、ロイドは待たせていた馬車に乗り込み、どっかりと椅子に腰を降ろした。


「ふん!まったくあの強欲じじいめ!おい、アジトまで行け」


部下の御者にそう告げるとロイドは腕を組んで目を閉じた。


「あの……ロイド様。ご報告が」

「なんだっ!」


御者の言葉にロイドは苛立つように答える。


「『商品』が……二人程逃走したと報告があがっております。いかが致しましょうか?」

「ふん。捨ておけ! たかが二人だ。今回の商談に大きな影響はないわ。それにまともに歩ける訳もないんだ。野犬にでも喰われてしまえばいい」

「かしこまりました」


馬車は森の道を抜けて町外れの岩山地帯へと向かっていく。


「ホリーか……。これ以上勘繰ればあいつも『商品』にでもなってもらうかな。ふんっ」



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