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表と裏 1
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「ユリ。それは私のパンだが」
「なに?クレイグが残してたから食べてやったのだが?うんうん、美味い」
「残してた訳ではないのだが……。まぁ、よく噛んで食べてくれ」
ユリが頬一杯に、クリームチーズと干し肉を挟んだベーグルを頬張ると、美味しそうな笑顔でモシャモシャと口を動かしている。
その満足気な様子にパンを取られたクレイグは責めるのをあきらめた。
鬱蒼とした森深く、すっかり陽も落ちて森の中はひんやりとしている。
クレイグとユリは焚き火を囲み身体を暖めながら、この日の夕食を摂っていた。
「クレイグ。葡萄酒とパンおかわり」
「はいはい。まぁユリさんは沢山食べますこと」
「成長期だからかな?」
「まだ成長するのか? 成長期のお子様にはお酒は控えてもらわないとな」
「むむ……。言ったな、クレイグ! こいつめ!」
「や! やめろっユリ! くすぐるなっ!」
ユリがいたずらっ子のような無邪気な顔で、クレイグに覆いかぶさるようにして脇腹を指でくすぐる。
「はははっ! やめろって、ユリ! もうほんとっ……ん? ユリ、誰か森にいるな」
「いひひ! ん?誰じゃ? ……敵意はないようだが。随分と怯えておるな」
*
「はぁっ……はぁっ……! もう少し……もう少しだからなっ! アン! しっかりするんだ……!」
「………あっ………うぅ………」
暗闇のような森の中を、わずかに照らす月の灯りを頼りに息を切らし裸足で走る男がいた。
背中にはうなだれる女性をおぶさっているが意識はもうろうとしている。
「え………?! 明るい……! もしかしてバイスの手下共か? くそっ! 逃げないとっ………!」
森の中に現れたぼんやりとした焚き火の明るさに、裸足の男は警戒を強めた。
足音を極力立てないようにして、焚き火に近付かないようそっと迂回しようとする。
男の鼓動が早くなり、その音が周りにも響いているのではと思う程緊張が高まっていく。
「はぁっ……! はぁっ……!」
静寂を破ったのは突如として男の横に現れたユリの声だった。
「おぬし何をしておるのだ?」
「ぅわぁっっ!」
その声に張り詰めていた男の意識が途切れた。ドサリと倒れた男の視界は暗闇に落ちた。
「あらま」
*
俺は夢を見ていた。
夢の中の妻、アンは明るく笑っていた。
笑顔のアンを見たのは久しぶりだった。
懐かしい我が家に懐かしい台所。
何も代わり映えのない毎日が輝いて見えた。
──幸せな日々だった。
パチパチという焚き火の音で夢が終わると、俺はゆっくり目を開けた。
目の前に焚き火に火をくべる、銀の髪を結んだ落ち着いた冒険者風の男と美しい少女が座っている。
俺は慌てて妻のアンを探すと、すぐ横にすやすやと寝息を立てて寝ていた。
一瞬はぐれたのかと思ったので安心した。俺は焚き火を囲む彼らに恐る恐る語りかけた。
「あの……ここは……? それと……あなた方は……?」
「おや。目が覚めたかい? ここは森の中だね。あなたが倒れたのでとりあえずここまで運んできたんだ。さぁ、これでもゆっくり飲んで落ち着きなさい」
木の器に煮込んだ野菜スープを冒険者の男が差し出してくれた。
まともな野菜スープを見たのは何ヶ月ぶりだろう。
否が応にもゴクリとつばを飲み込んだ。
「よ……よろしいんですか……?」
両の手でゆっくりと大切に器を受け取った。
スープの暖かさが手のひらから伝わってくると同時に美味しそうな香りが鼻孔をくすぐった。
「えぇ、身体が暖まりますから」
「は……はい………」
器に口を付けてゆっくりと口の中に流し込んだ。
口の中を何度も殴られた傷で血だらけだったので、染みて痛いだろうと思っていたのだがまったく痛みは感じなかった。
そして野菜スープをこんなに美味しく思えたのは人生で初めてだった。
温かいスープが食道を通るとなぜか涙がこみ上げて来る。
必死になってスープを掻きこむ俺に男は「落ち着いて」と言った。
「私の名前はクレイグ。こっちはユリ。あなたの名前は?」
聞かれて慌てて飲み込み、口の周りを腕でぐいと拭って答えた。
「俺はドグ……。彼女は妻のアンだ。ありがとう……お陰で少し落ち着いたよ」
俺は妻の寝顔をそっと撫でた。
──おや?
あんなに熱があってうなされていたのに不思議と熱も下がり、血色も良く穏やかに眠っている。
そういえば俺自身、身体の痛みが無くなっている事に気付いておかしいと思った。
バイスの手下達に殴られたり、ムチを当てられた身体の傷がどこを見ても綺麗に消えていた。
「一体これは……? 俺はもしかして……とうとう死んじまったのか、それともまだ夢を見てるのか………?」
俺の様子を見て黒髪の少女が笑顔で話しだす。
「安心しろ。傷は全てクレイグが治してくれた。もちろんあんたの奥さんのもな。さぁもう一杯スープを飲まないか? 今度はちょっと肉多めにしてやるぞ。飲んだら何があったのか私達に話してくれないか? きっと力になれるはずだから」
黒髪の美しい少女のその言葉に、俺は涙をこらえる事が出来なかった。
「なに?クレイグが残してたから食べてやったのだが?うんうん、美味い」
「残してた訳ではないのだが……。まぁ、よく噛んで食べてくれ」
ユリが頬一杯に、クリームチーズと干し肉を挟んだベーグルを頬張ると、美味しそうな笑顔でモシャモシャと口を動かしている。
その満足気な様子にパンを取られたクレイグは責めるのをあきらめた。
鬱蒼とした森深く、すっかり陽も落ちて森の中はひんやりとしている。
クレイグとユリは焚き火を囲み身体を暖めながら、この日の夕食を摂っていた。
「クレイグ。葡萄酒とパンおかわり」
「はいはい。まぁユリさんは沢山食べますこと」
「成長期だからかな?」
「まだ成長するのか? 成長期のお子様にはお酒は控えてもらわないとな」
「むむ……。言ったな、クレイグ! こいつめ!」
「や! やめろっユリ! くすぐるなっ!」
ユリがいたずらっ子のような無邪気な顔で、クレイグに覆いかぶさるようにして脇腹を指でくすぐる。
「はははっ! やめろって、ユリ! もうほんとっ……ん? ユリ、誰か森にいるな」
「いひひ! ん?誰じゃ? ……敵意はないようだが。随分と怯えておるな」
*
「はぁっ……はぁっ……! もう少し……もう少しだからなっ! アン! しっかりするんだ……!」
「………あっ………うぅ………」
暗闇のような森の中を、わずかに照らす月の灯りを頼りに息を切らし裸足で走る男がいた。
背中にはうなだれる女性をおぶさっているが意識はもうろうとしている。
「え………?! 明るい……! もしかしてバイスの手下共か? くそっ! 逃げないとっ………!」
森の中に現れたぼんやりとした焚き火の明るさに、裸足の男は警戒を強めた。
足音を極力立てないようにして、焚き火に近付かないようそっと迂回しようとする。
男の鼓動が早くなり、その音が周りにも響いているのではと思う程緊張が高まっていく。
「はぁっ……! はぁっ……!」
静寂を破ったのは突如として男の横に現れたユリの声だった。
「おぬし何をしておるのだ?」
「ぅわぁっっ!」
その声に張り詰めていた男の意識が途切れた。ドサリと倒れた男の視界は暗闇に落ちた。
「あらま」
*
俺は夢を見ていた。
夢の中の妻、アンは明るく笑っていた。
笑顔のアンを見たのは久しぶりだった。
懐かしい我が家に懐かしい台所。
何も代わり映えのない毎日が輝いて見えた。
──幸せな日々だった。
パチパチという焚き火の音で夢が終わると、俺はゆっくり目を開けた。
目の前に焚き火に火をくべる、銀の髪を結んだ落ち着いた冒険者風の男と美しい少女が座っている。
俺は慌てて妻のアンを探すと、すぐ横にすやすやと寝息を立てて寝ていた。
一瞬はぐれたのかと思ったので安心した。俺は焚き火を囲む彼らに恐る恐る語りかけた。
「あの……ここは……? それと……あなた方は……?」
「おや。目が覚めたかい? ここは森の中だね。あなたが倒れたのでとりあえずここまで運んできたんだ。さぁ、これでもゆっくり飲んで落ち着きなさい」
木の器に煮込んだ野菜スープを冒険者の男が差し出してくれた。
まともな野菜スープを見たのは何ヶ月ぶりだろう。
否が応にもゴクリとつばを飲み込んだ。
「よ……よろしいんですか……?」
両の手でゆっくりと大切に器を受け取った。
スープの暖かさが手のひらから伝わってくると同時に美味しそうな香りが鼻孔をくすぐった。
「えぇ、身体が暖まりますから」
「は……はい………」
器に口を付けてゆっくりと口の中に流し込んだ。
口の中を何度も殴られた傷で血だらけだったので、染みて痛いだろうと思っていたのだがまったく痛みは感じなかった。
そして野菜スープをこんなに美味しく思えたのは人生で初めてだった。
温かいスープが食道を通るとなぜか涙がこみ上げて来る。
必死になってスープを掻きこむ俺に男は「落ち着いて」と言った。
「私の名前はクレイグ。こっちはユリ。あなたの名前は?」
聞かれて慌てて飲み込み、口の周りを腕でぐいと拭って答えた。
「俺はドグ……。彼女は妻のアンだ。ありがとう……お陰で少し落ち着いたよ」
俺は妻の寝顔をそっと撫でた。
──おや?
あんなに熱があってうなされていたのに不思議と熱も下がり、血色も良く穏やかに眠っている。
そういえば俺自身、身体の痛みが無くなっている事に気付いておかしいと思った。
バイスの手下達に殴られたり、ムチを当てられた身体の傷がどこを見ても綺麗に消えていた。
「一体これは……? 俺はもしかして……とうとう死んじまったのか、それともまだ夢を見てるのか………?」
俺の様子を見て黒髪の少女が笑顔で話しだす。
「安心しろ。傷は全てクレイグが治してくれた。もちろんあんたの奥さんのもな。さぁもう一杯スープを飲まないか? 今度はちょっと肉多めにしてやるぞ。飲んだら何があったのか私達に話してくれないか? きっと力になれるはずだから」
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