神色の魔法使い

門永直樹

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孤児院の子供達 4

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村から少し離れた所から、鬱蒼うっそうと茂る深い森が始まる。

カラス達が木々から羽ばたき、人が森に入った事を知らせる。

子供達は慣れた足取りでカゴを背負って森へと入っていく。道はそれほど悪くはないので、足の悪いバートまでカゴを背負って来ている。

クレイグとユリも子供達の後を付いていく。少し歩いていくと木々が開けた場所に出た。


「じゃあみんな手分けして薬草を探すよ。笛が聞こえたらいつものここに集合。いいね? 遠くにあんまり行くんじゃないぞー」


森に入りしばらく歩いてから、開けた場所でバートがそう言うと、子供達は森の中へと歩き始めた。

バートはここで荷物の番と周辺の薬草探し。エマは慣れた手付きで周辺の草の間に生える薬草を探している。


薬草と魔素水を魔力で調合すると、浅い切り傷等を回復できる『ポーション』が作成できる。


下級のポーションに使われる薬草だけなら比較的簡単に手に入るが、問題は魔素水と魔力だ。

魔素水を作るならば水の中に『魔石』を寝かす必要がある。

寝かせた魔素水と魔力の量、薬草の質や種類によってポーションのランクや種類が変わる。
魔力に関しては先天的な要素が強く、誰でもあるという訳でもない。

魔石というのも魔物の体内からしか取れず非常に高価な代物である。


薬草は大体1束で鉄貨8枚8イラで売れる。
子供達みんなで一日頑張って20束取れたら上出来らしい。それでも160イラ。孤児院の収入はそれだけではないだろうし、寄付もあるだろうが困窮しているのがわかる。


この世界の通貨はイラ。
鉄貨10枚で銅貨1枚、銅貨10枚で銀貨一枚、銀貨10枚で小金貨一枚、小金貨10枚で金貨一枚、金貨10枚で大金貨一枚となる。


貴族や王族達の間では白金貨、ミスリル貨等も流通しているが一般家庭でお目にかかる事はまずない。


この国の栄えた街の労働者の月収は、約1万イラと言われている。

金貨一枚程度だ。

村ともなるとそんなに稼ぐ者はもちろんいない。

冒険者に人気な『下級ポーション』でも一瓶で1万イラはする。
『中級ポーション』になると15万イラ、致命傷でも回復出来る『上級ポーション』だと40万イラとかなり高価になるため、駆け出しの冒険者などにはまず手が出ない。


「バート、私も少し森に入って薬草と何か果物か木の実でも探してくるよ」

「うん、わかったよ。でも気をつけてねクレイグさん。あんまり奥に行くと狼とか猪が出るみたいなんだ。ちょっと前なんかさ……村の人が魔獣を見たって言って大騒ぎになったんだ。だから俺たちもこの辺りでしか探さないんだ。あ、俺の獣除けの鈴を貸してあげるよ!」


バートが自分のカゴに結んである鈴を外そうとしていると、ユリはそれを必要ないと止めた。


「大丈夫だ、バート。クレイグは森で産まれたような奴だ。心配ない。きっと任せておけば、果物でも採ってきてくれるんじゃないか?」

「でももし魔獣が出たら……」


バートが心配そうにつぶやく。エマもこちらを心配そうに見ている。子供達に心配されるとは思っていなかったクレイグは、照れたように笑う。


「クレイグなんか食べても美味しくないだろうから、きっと魔獣も寄り付かないさ」


ユリはそう言うと、キャッキャっと一人で笑っていた。
それを聞いてバートとエマは困ったように笑いをこらえている。


「まぁ確かに美味しくはないだろうな。肉も古いしって、随分だなユリ」


クレイグの言葉にバートは笑い、エマはニコニコとしている。


「ありがとうバート。まぁ、心配してくれなくても大丈夫。じゃあちょっと行ってくるよ。あ、ユリ」


ユリは唇を尖らせて、鼻と口の間に葉っぱを乗せて遊んでいる。美人が台無しである。


「なんじゃー?」

「猪が来るかもしれない。みんなを守ってやってくれ」

「シシ鍋か。楽しみだ」


ユリの言葉に吹き出しそうになりながら、皆に背を向けてクレイグは森の奥へと歩いていく。





***





森の奥、少し歩いた所でクレイグは立ち止まる。そして小さな声でつぶやいた。


「【ブルーディテクティブ】」


青の探知魔法。


眼球の奥にごく小さな青い魔法陣が現れる。生体反応はもちろん特定のエネルギーの流れを見る。探しているのは下級以外の薬草と鉱石だ。


自分の体表面に薄く魔力が揺らぐ。
その魔力を上げて少し調整していくと、半径五キロ圏内まで見えた時に探していた物を見つけた。


「お、あったぞ、カタビラ草。……少し離れているな」


見えたイメージと、頭の中に浮かび上がった周辺の地図を頼りに、ゆっくりと歩き出した。
木々の間から差し込む光が森を幻想的に魅せる。足を踏み込むと腐葉土の匂いが香りたち心地よい。豊かな森を歩くのは気分が良い。柔らかい土の上を森の奥へと入っていく。











「あったぞ。これか。」


バート達の居た所からは随分と離れた小川のほとり、岩肌の斜面にお目当てのカタビラ草が群生している。丁寧に、その根を傷めないように岩肌から根をはがしていく。

カタビラ草は中級や上級のポーションの作成に使われる貴重な薬草だ。

まれに採取系の冒険者や、ほとんどは王国の薬師達が場所を抑えている場合が多い。が、生育条件が揃えば山の中にも自然に群生する。


「カタビラ草があるって事は……」


腰の剣帯から小さなナイフを取り外す。丁寧で美しいあつらえが施してあるナイフだが、主に果物や食肉を切ったり生活用に使っている。
網膜の奥に青い魔法陣が浮かぶ。それと同時にナイフで岩と砂の混じった斜面を削りだす。 


「よし、あったぞ」


出てきたのは紫水晶の結晶がいくつも重なった鉱石だった。

カタビラ草は生育条件として紫水晶が結晶化されるような、極めて稀な土壌が必要だという事を、以前に王国の薬師に聞いた事があった。


「さて…。帰りたいんだが……どうやら集まってきてしまったかな?」

「グルルルルッ……ッ!」


周りには川上と川下に別れて狼の群れが迫っていた。

目には敵意と警戒の色を浮かべ、鋭い牙を剥き出しに唸り声をあげる。

その数はざっと20匹。割と大きな群れだ。


「すまないな。君たちのナワバリだと知らなかったんだ。すぐに出ていくよ」


問いかけなどにかまうことなく先頭にいる狼から順に飛びかかってきた。狼からすれば久しぶりの人の肉に過ぎない。口からはよだれをだらだらと垂らしている。


「どうやら美味しそうに見えるらしいぞユリ」


クレイグはユリの言葉を思い出しながら片方の手の平を狼に向けた。


「【ブラックスライム──愚者のくさび】」

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