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孤児院の子供達 3
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「王都にいる治療師様の事が知りたいんだ」
「バート。君のその足の事か?」
クレイグが問いかけるとバートはすぐに首を振った。
「俺の足は……もう無くしてしまったからもう良いんだ。俺じゃなくてさ、妹のエマの事なんだ」
バートはまっすぐな瞳をクレイグ達に向けて話を続ける。
「戦争の時、街に沢山の兵隊が攻めて来たって聞いて、街の人や、父さん母さんとエマも一緒に避難壕に隠れてたんだ。そうしたら火をつけられてさ。……父さんも母さんも崩れた壕の下敷きになって、その時死んでしまったんだ。俺はこの足を無くしたんだけど、エマはその時に喉を大怪我して。それから声が出なくなったんだ」
クレイグとユリは黙ってバートの話を聞いていた。
戦争でいつも犠牲になるのは兵士と民である。その事を思うとクレイグは呼吸が浅くなるような気がした。
「だけどさ、旅の行商人に聞いたんだ。王都には『神の色』っていう魔法を使う治療師様がいてさ、どんな病気も治せるんだって。王様に仕えてる方みたいで偉い人らしいんだけど……。街の治療院で、俺たちみたいな平民の病気も診てくれる、神様みたいな人がいるんだって。嘘じゃなくて、治してもらった人も何人もいるんだって」
クレイグは神妙な顔でバートの話を聞いていた。
ユリがクレイグの顔色をチラリと見てからつぶやいた。
「バート。私はその……『神の色』を使う魔法使いを知っている」
バートは驚いて声を張り上げた。
「本当かっ! なっ、なぁ! 噂は嘘じゃないのか? どんな病気も治せるって! 妹の声も治せるのか?」
バートが大きな声を出したので、周りの子供達が一瞬静かになった。
妹のエマとシスターも、心配そうにバート達を見ている。大きく呼吸してからユリが口を開いた。
「そうだな、あの方ならば。彼ならば恐らくお前の妹の声は治せるだろう。だが彼はな──」
「お、お金かっ? あのさ、お金ならこの五年間少しずつ貯めてきたんだっ! そりゃ、到底及ばないかもしれないけどさぁ……俺が一生かかってでもお金は払うよ。妹には……」
息を吸うのを忘れているかのようにバートはまくしたてる。
「落ち着け、バート。問題はお金ではない。……彼は戦争が終わってからその消息を絶っているのだ」
「そ、そんな……っ!」
ユリの話を聞いてバートの表情は曇り、大きく肩を落とした。
「五年経った今でも王国の一部の者が探していると聞いている。彼は治療師でもあったが王国の部隊の師団長でもあったんだ。彼がいなくなりその師団は解散したらしいがね」
「………」
「なぁに、生きていれば彼に会う事もあるだろう。旅の途中もし出会う事があれば、バートの事を伝えておいてやろう。私は彼とは割と親しかったのでな。それでどうだ?」
ユリはクレイグの顔をチラリと見てから、バートにそう言った。バートは一度は落胆したが、ユリの言葉を聞くとその顔色に、大きく輝きを取り戻した。
「本当にっ?! ありがとう、ユリさん! ありがとう……。妹には……、妹には幸せになって欲しいんだ。エマが幸せになれたら天国の父さんや母さんもきっと……。きっと喜ぶと思うんだ……。うぅ……っ」
座り込んで涙をポロポロと流すバートの横顔は、とても幼く見えた。
妹のエマが駆け寄ると、バートの肩に顔をうずめて震える手でバートの涙を拭っていた。シスターと周りの子供達もそんな二人を優しく見守っていた。
その夜はシスターお手製のシチューだった。
小さい子供達は我先にとお代わりをしている。バートのような少し大きな子供達は、一杯のシチューをゆっくりと味わって食べている。具材が豊富とはお世辞にも言えないが、愛情が詰まった暖かい味付けだった。
「美味しかったぁ~!」
「食べた~!」
小さな子供達が頬を赤くしてその大きな瞳を輝かせ、はちきれんばかりの笑顔で皿を運び、シスターの周りに集まっている。
愛情ある料理というのは最高の魔法だ。どんな食べ物でもご馳走にして、お腹と心を満たす。
「愛ある料理というのは魔法だな。子供達のあんな笑顔を作れるのだからな」
独り言のようにクレイグがつぶやくとユリがシチューを口に運びながら答える。
「クレイグの魔法も捨てたもんじゃないぞ。笑顔を作るのはいつだって誰より得意だったじゃないか」
「俺のはそんな良いものじゃないさ」
「謙遜だな」
「………」
ユリの言葉を聞きながら食べた食器を片付け、洗い場へと運ぶため立ち上がった。ユリが皿に残ったシチューをスプーンで丁寧にかき集めながらつぶやいた。
「『神色の魔法使い』……か。随分と懐かしい名を聞いた」
「……あぁ。そうだな」
*
次の日、クレイグが目覚めると、子供達はまだ空も暗い内からゴソゴソと出掛ける準備をしていた。
「おはようございます」
シスターにそう声をかけた。
「おはようございます。起こしてしまいましたか?」
ユリは隣のベッドでまだスヤスヤと眠っている。
「いえ。久しぶりに暖かいベッドで寝させて頂いたのでよく眠れました。子供達はどこかへ出掛けるんですか?」
「えぇ。この村から少し離れた森で薬草が自生しているので、大きな子供達みんなで取りに行くんですよ。薬草は孤児院の貴重な収入源ですから」
「そうでしたか。……もし良かったら私達も手伝ってもよろしいですか?薬草と毒草の見分け位はつきますし……荷物持ち位はできますので」
腕に力こぶを作って見せてそう言うとシスターは微笑んだ。
「あら。クレイグさんが行ってくださるのでしたら私は残ってご飯の準備をしておこうかしら。場所は子供達がよくわかってますのでよろしくお願いします。えっと、ユリさんは……」
気持ち良さそうに眠っているユリにクレイグとシスターの視線が集まる。
「このねぼすけエルフももちろん連れていきますので」
「ムニャ……」
幸せそうな寝顔でなによりとクレイグは思った。
「バート。君のその足の事か?」
クレイグが問いかけるとバートはすぐに首を振った。
「俺の足は……もう無くしてしまったからもう良いんだ。俺じゃなくてさ、妹のエマの事なんだ」
バートはまっすぐな瞳をクレイグ達に向けて話を続ける。
「戦争の時、街に沢山の兵隊が攻めて来たって聞いて、街の人や、父さん母さんとエマも一緒に避難壕に隠れてたんだ。そうしたら火をつけられてさ。……父さんも母さんも崩れた壕の下敷きになって、その時死んでしまったんだ。俺はこの足を無くしたんだけど、エマはその時に喉を大怪我して。それから声が出なくなったんだ」
クレイグとユリは黙ってバートの話を聞いていた。
戦争でいつも犠牲になるのは兵士と民である。その事を思うとクレイグは呼吸が浅くなるような気がした。
「だけどさ、旅の行商人に聞いたんだ。王都には『神の色』っていう魔法を使う治療師様がいてさ、どんな病気も治せるんだって。王様に仕えてる方みたいで偉い人らしいんだけど……。街の治療院で、俺たちみたいな平民の病気も診てくれる、神様みたいな人がいるんだって。嘘じゃなくて、治してもらった人も何人もいるんだって」
クレイグは神妙な顔でバートの話を聞いていた。
ユリがクレイグの顔色をチラリと見てからつぶやいた。
「バート。私はその……『神の色』を使う魔法使いを知っている」
バートは驚いて声を張り上げた。
「本当かっ! なっ、なぁ! 噂は嘘じゃないのか? どんな病気も治せるって! 妹の声も治せるのか?」
バートが大きな声を出したので、周りの子供達が一瞬静かになった。
妹のエマとシスターも、心配そうにバート達を見ている。大きく呼吸してからユリが口を開いた。
「そうだな、あの方ならば。彼ならば恐らくお前の妹の声は治せるだろう。だが彼はな──」
「お、お金かっ? あのさ、お金ならこの五年間少しずつ貯めてきたんだっ! そりゃ、到底及ばないかもしれないけどさぁ……俺が一生かかってでもお金は払うよ。妹には……」
息を吸うのを忘れているかのようにバートはまくしたてる。
「落ち着け、バート。問題はお金ではない。……彼は戦争が終わってからその消息を絶っているのだ」
「そ、そんな……っ!」
ユリの話を聞いてバートの表情は曇り、大きく肩を落とした。
「五年経った今でも王国の一部の者が探していると聞いている。彼は治療師でもあったが王国の部隊の師団長でもあったんだ。彼がいなくなりその師団は解散したらしいがね」
「………」
「なぁに、生きていれば彼に会う事もあるだろう。旅の途中もし出会う事があれば、バートの事を伝えておいてやろう。私は彼とは割と親しかったのでな。それでどうだ?」
ユリはクレイグの顔をチラリと見てから、バートにそう言った。バートは一度は落胆したが、ユリの言葉を聞くとその顔色に、大きく輝きを取り戻した。
「本当にっ?! ありがとう、ユリさん! ありがとう……。妹には……、妹には幸せになって欲しいんだ。エマが幸せになれたら天国の父さんや母さんもきっと……。きっと喜ぶと思うんだ……。うぅ……っ」
座り込んで涙をポロポロと流すバートの横顔は、とても幼く見えた。
妹のエマが駆け寄ると、バートの肩に顔をうずめて震える手でバートの涙を拭っていた。シスターと周りの子供達もそんな二人を優しく見守っていた。
その夜はシスターお手製のシチューだった。
小さい子供達は我先にとお代わりをしている。バートのような少し大きな子供達は、一杯のシチューをゆっくりと味わって食べている。具材が豊富とはお世辞にも言えないが、愛情が詰まった暖かい味付けだった。
「美味しかったぁ~!」
「食べた~!」
小さな子供達が頬を赤くしてその大きな瞳を輝かせ、はちきれんばかりの笑顔で皿を運び、シスターの周りに集まっている。
愛情ある料理というのは最高の魔法だ。どんな食べ物でもご馳走にして、お腹と心を満たす。
「愛ある料理というのは魔法だな。子供達のあんな笑顔を作れるのだからな」
独り言のようにクレイグがつぶやくとユリがシチューを口に運びながら答える。
「クレイグの魔法も捨てたもんじゃないぞ。笑顔を作るのはいつだって誰より得意だったじゃないか」
「俺のはそんな良いものじゃないさ」
「謙遜だな」
「………」
ユリの言葉を聞きながら食べた食器を片付け、洗い場へと運ぶため立ち上がった。ユリが皿に残ったシチューをスプーンで丁寧にかき集めながらつぶやいた。
「『神色の魔法使い』……か。随分と懐かしい名を聞いた」
「……あぁ。そうだな」
*
次の日、クレイグが目覚めると、子供達はまだ空も暗い内からゴソゴソと出掛ける準備をしていた。
「おはようございます」
シスターにそう声をかけた。
「おはようございます。起こしてしまいましたか?」
ユリは隣のベッドでまだスヤスヤと眠っている。
「いえ。久しぶりに暖かいベッドで寝させて頂いたのでよく眠れました。子供達はどこかへ出掛けるんですか?」
「えぇ。この村から少し離れた森で薬草が自生しているので、大きな子供達みんなで取りに行くんですよ。薬草は孤児院の貴重な収入源ですから」
「そうでしたか。……もし良かったら私達も手伝ってもよろしいですか?薬草と毒草の見分け位はつきますし……荷物持ち位はできますので」
腕に力こぶを作って見せてそう言うとシスターは微笑んだ。
「あら。クレイグさんが行ってくださるのでしたら私は残ってご飯の準備をしておこうかしら。場所は子供達がよくわかってますのでよろしくお願いします。えっと、ユリさんは……」
気持ち良さそうに眠っているユリにクレイグとシスターの視線が集まる。
「このねぼすけエルフももちろん連れていきますので」
「ムニャ……」
幸せそうな寝顔でなによりとクレイグは思った。
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