神色の魔法使い

門永直樹

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孤児院の子供達 1

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私はその日から神を信じた。




季節外れの雪のようだった。

その雪のように白く輝いた光は、孤児院の庭に集まった子供達に降り注いでいた。

右膝から下を無くしたバートは、むせび泣きながら座り込み、元に戻った自分の足を何度も触っては足を伸ばした。
涙でぐしゃぐしゃになったバートの顔を、妹のエマがはっきりと「お兄ちゃん」と呼んで抱きしめていた。

肘から下の腕が無かった働き者のブラウンも、戻って来た掌の温度と、その感覚を確かめるように頬に当てて泣いている。

顔の大きな火傷から、失明していたはずのリサも大きな瞳を開けたまま、飛び込んでくる光を神に感謝するかのように、胸の前で手を組みながら頬を濡らしていた。


この子供達に罪は無いという事を神がやっと分かってくださったような気がした。


私は村長として、また一人の人間として今日から信仰心を持とうと決めた。


なぜなら神は私達を見守ってくださっているのだと知ったからだ。


 








「クレイグ。村が見えてきたようだ。今夜はあそこで宿を借りるとするか?」

「そうしよう、ユリ」


夕刻が迫る少し暗くなった街道。
霧雨に身体を濡らしながら、クレイグとユリは村に向かって歩いていた。
旅の途中、一晩の宿を借りようとこの小さな村に立ち寄ることにした。

農繁期にはまだ少し早い今の季節。それでも村人が働かない日がある訳ではない。
霧雨の中、作業する彼らも冒険者が珍しいのか皆が農作業の手を止めて顔をあげる。

軽く会釈をしてからクレイグは話しかけた。


「こんにちわ。旅の者ですが、この村に宿をお借りできるような場所はありませんか?」

「あんたら……冒険者か。珍しいな。この村には宿屋なんかないぞ」


村人は怪訝な視線をこちらに向けてくる。クレイグとユリの出で立ちから冒険者と判断したのだろう。


クレイグの顔には深いシワが刻まれ、年相応ともいえる白銀の髪を後ろで結び、冒険者特有とも言える革で出来た胸当てに、漆黒のマントを羽織っている。


ユリは長い黒髪を腰まで伸ばした、美しい少女のような見た目だが、腰の剣帯に掛かった剣の鞘の造作の見事さと、落ち着いた所作からは少女にはない風格が感じられる。


冒険者というのは粗野な者も多い。村に泊めたとたん厄介事になるという話も珍しくはない。冒険者を装った盗賊もいるくらいなので村人が警戒するのは当たり前だ。


「宿屋でなくても構いません。私達はこの霧のような雨が少しでもしのげるような場所があれば教えて頂きたいのです」


丁寧に村人の男性に答えると態度を幾分柔らかくしてくれた。


「この雨は今日は止まないだろうよ。この先を行った所に庭に大きな木がある白い建物がある。そこは孤児院だが……。シスターならあんたらみたいな冒険者も泊めてくれるんじゃないか?」

「ありがとうございます。ではシスターにお願いしてみることにします」


少し歩いていくと、教えてもらった通り、樹齢としては200年をゆうに越えるだろう大木の陰に、老朽化の進んだ白い建物が右手に見えてきた。

中からは子供達の元気そうな声が聞こえてくる。

道を挟んだ反対側の土地には、木の杭を十字にした物が何本も刺さり、その足元には小さな花などが供えてある。
恐らくは墓なのだろうが、その割には比較的新しい十字杭の数が多いように二人は思った。


「クレイグ……あの子供」

「……あぁ」


ユリがあごをクイッと上げて指し示したのは、十字杭の墓の前に座って手を合わせる女の子と、その後ろに立つ少年だった。

その少年は右足の膝から下が無く、足の代わりに地面に木の棒を付いて器用に脇に挟んで立っていた。
少年はクレイグ達に気付くと、木の棒を支えにしてこちらに向かって歩き、少女は少年の影に隠れるように近付いてくる。


「やぁ! あんたら、旅の人かい?」


少年はにこやかに話しかけてきた。


「あぁ。君はこの村に住んでるのかな?」

「そうだよ。ほら、そこの孤児院に住んでるんだ。なぁ、あんたら旅人だろ。ならさ、王都に行った事はあるか?」

「……王都か。王都は──」


クレイグが答える前にユリが答えた。


「あぁ。私は王都にしばらく住んでいたことがある」


すると少年は、とたん目を輝かせて


「えっ、本当かっ! な、なぁ、話を聞かせて欲しいんだ! 頼むよっ、ぅあっ!」


そう言いながらバランスを崩したため、転倒しそうになるのを、後ろにいた少女がとっさに腕を伸ばして支えた。


「わりぃ……エマ、ちょ、ちょっと興奮しちゃってさ」


少年ははにかんで笑って言った。エマと呼ばれた少女は黙ったまま首を振った。


「あ、あの……。良かったら話を聞かせてくれないかな? どうしても知りたい事があるんだ。ここだと濡れちゃうから孤児院の中ででもさ……」


少年はそう言いかけると、エマが少年の袖を引いた。無理を言うなという静止の意味なのだろう。


「私はクレイグ。こっちはユリだ。ちょうど私達は孤児院に泊めてもらいたくてシスターにお願いをしに来た所なんだ」


クレイグ達の言葉を聞くと、少年の顔色がぱぁっと明るくなった。


「じゃあさ! 俺からもシスターにお願いしてみてやるよ! 行こう、おじさん達! あ、俺はバートっていうんだ。こっちはエマ。本当の妹なんだ」


バートはブロンドの髪を短く揃え、そばかすを頬に浮かべた、冒険者にも物怖じしない利発的な青年だ。妹のエマは反対に物静かで内気な印象を受ける。

紹介されたエマはこちらを恥ずかしそうに見ていたが、せっかちに歩を進めるバートにぴったりと付いていく。


クレイグはユリのほうを呆れたような顔でちらっと見ると、眉と肩を上げて唇を尖らせた。『ワタクシ嘘は言ってませんアピール』の顔だ。


クレイグとユリも孤児院に向かって、少年の後に付いて行った。

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