上 下
1 / 8

1・聖女幽閉

しおりを挟む
「聖女ロシェ!貴様を北の塔に幽閉する!」
毎日の勤めから城に帰ってきた私を迎えたのは、この国の第二王子・ヴィペール王子の怒声だった。
「え…?なぜでしょうか…?」
心当たりが何も無い。
「貴様がこの国に不要な聖女であるにもかかわらず何年も城に住み着き、あまつさえ、我が国の血税で衣食住を得ていたからだ!
その上この俺の婚約者だと!ふざけるな!貴様との婚約も破棄だ!」
そんな…。
私はこの国の聖女としてきちんと務めを果たしていたはず。
今日だっていつも通り、城とその周りの城下町をグルリと囲む防壁に、地母神様の力を注いできた。
私本人はもちろん、王子に連れられ、彼の後ろに控えている兵士達も困惑していた。
どうしよう…どうしよう…あ、そうだ。
今は隣国に出向いている国王陛下は、この話を知っているのだろうか。
「あの、ヴィペール王子、国王陛下は―」
「うるさい!黙れ!」
―バシッ!
私が最後まで言い終わる前に、王子の平手が私の頬を強くぶった。
痛い。
王子の後ろの兵士達が仰天している。
私もビックリ。
人前で殴られたのは初めて。
「さあ、早く塔に行け!さもないと―」
王子の手が再び振りかぶられ―
―バシンッ
王子の二発目の平手が鳴る音がした。
でも今度は
「…レザール」
私の従者が、私を抱きしめてかばってくれていた。
普段は常に私の傍にいるけど、今日は城に残って、雑務処理をお願いしていた。
きっと私の出迎えに来てくれていたのだろう。
「…ヴィペール王子、いくら王子と言えど、聖女様に手を上げるなど―」
「汚らわしい獣人が俺に向かって口をきくな!」
王子が声を張り上げながらレザールを再び殴る。
今度は平手ではなく拳で。
まずい。
この国の人は比較的獣人を受け入れているけど、王子は違う。
しかもレザールは獣人の中でも不吉とされているトカゲの獣人。
一応聖女である私ですら人前でぶつほど興奮状態の王子が、レザールに加減をするはずが無い。
「…お、王子!私、塔に行きます!」
私は声を張り上げた。
私の大声を聞いて王子の拳がピタリと止まる。
「ふん!さっさとそう言えば良いものを。おい!この2人を塔に連れていけ」
王子は連れてきていた兵士に命じた。

北の塔。
昔々に、城の敷地のはずれに建てられた、罪を犯した貴人を幽閉するための塔。
貴人用に建てられたとはいえ、もう何百年も前に建てられた建物なので、石造りの塔にはツタが茂り、苔がこびりついている。
―キィー…
暗い音を立てながら、塔の扉が開かれる。
塔の中は、光取りの窓がいくつかあるだけで暗い。
「さあ、とっとと牢部屋に行け!」
王子に命じられ、松明を持った兵士に挟まれながら、私は塔の中へ進む。
松明の炎に照らされ、やっと塔の内側をまともに見れた。
1階部分は牢人の食事等の用意をする場所らしく、古く簡素な台所があった。
あと隅にはトイレとお風呂らしき小部屋もある。
牢人の世話係が使うための物だろう。
そして塔の中をグルリと巡る螺旋階段。
暗いせいで上の方はよく見えない。
でも登らないと王子がまた怒る。
数人の兵士に何か説明されているレザールを1階に残して、私は王子や兵士達と階段を登り始めた。
石の階段を登っていくと、途中で広い踊り場に出た。
その踊り場の隅にも小部屋が設えられている。
この小部屋の中が気になったが歩みを止めることは許されない。
私達一行はさらに階段を登る。
やっと石の塔の最上階に着いた。
螺旋階段をグルグル登ってきたので、正確な高さはよく分からないけど6階前後の高さまで来たと思う。
最上階は、窓の無い細い廊下が伸びていて、その途中に鉄製の重そうな扉があった。
あの扉の向こうが牢部屋なのだろう。
「さあとっととそいつを放り込め!」
王子が兵士達に命じる。
兵士たちは困惑した表情で顔を見合わせているが
「早くしろ!」
王子の再びの命令に鉄の扉を開けた。
―ギィーッ
錆が浮いた扉がきしんだ音を出す。
1人の兵が先に進み、何かカチャカチャ物音がしたと思ったら室内が少し明るくなった。
―キィー…
あ、室内に窓があるんだ。
兵士が開けてくれた窓から夕陽が差し込み、暗かった室内を照らす。
すすけたシーツが掛けられたベット。
ぼろぼろの机と椅子。
小さな棚。
他には何もない。
本や手芸道具は持ち込めないだろうか…。
「この塔の扉はどれも頑丈だ。
まあ、どうしても外に出たかったら、そこの窓からでも出るんだな」
呑気なことを考えていた私に、王子が馬鹿にした口調で言う。
そこの窓からって…この部屋が地上からどれくらい離れていると思っているのだろう。
もちろんこの塔の外にはしごや階段は無い。
なのに窓から出ろってことは…。
兵士の人たちも眉をひそめている。
「ああ、あと、あの汚らわしいトカゲの獣人はお前の世話係としてこの塔に置いていく。
主従揃って二度と城に足を踏み入れるなよ」
最後にそう言って、王子は兵士の人たちを連れて部屋から出て行った。
―ガチャン!
重々しい音を立てて扉は閉まった。
「…」
1人牢部屋に残された私は無言で立ちつくしていた。
今日の王子はなんだか変だった。
前からお優しい人ではなかったし殴られたこともあったけど、人目は気にする人だった。
なのに私を何人もの兵士の前で殴るなんて。
それに、性格の良し悪しはともかく、まあまあ頭は回る人でもあったはず。
私をこんな所に幽閉するなんてどうかしてる。
こんな床も壁も階段も全て石で作られた塔に私を閉じ込めるなんて。
この石の聖女・ロシェを石塔に幽閉するなんて。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

その聖女、娼婦につき ~何もかもが遅すぎた~

ノ木瀬 優
恋愛
 卒業パーティーにて、ライル王太子は、レイチェルに婚約破棄を突き付ける。それを受けたレイチェルは……。 「――あー、はい。もう、そういうのいいです。もうどうしようもないので」  あっけらかんとそう言い放った。実は、この国の聖女システムには、ある秘密が隠されていたのだ。  思い付きで書いてみました。全2話、本日中に完結予定です。  設定ガバガバなところもありますが、気楽に楽しんで頂けたら幸いです。    R15は保険ですので、安心してお楽しみ下さい。

【完結】大聖女は無能と蔑まれて追放される〜殿下、1%まで力を封じよと命令したことをお忘れですか?隣国の王子と婚約しましたので、もう戻りません

冬月光輝
恋愛
「稀代の大聖女が聞いて呆れる。フィアナ・イースフィル、君はこの国の聖女に相応しくない。職務怠慢の罪は重い。無能者には国を出ていってもらう。当然、君との婚約は破棄する」 アウゼルム王国の第二王子ユリアンは聖女フィアナに婚約破棄と国家追放の刑を言い渡す。 フィアナは侯爵家の令嬢だったが、両親を亡くしてからは教会に預けられて類稀なる魔法の才能を開花させて、その力は大聖女級だと教皇からお墨付きを貰うほどだった。 そんな彼女は無能者だと追放されるのは不満だった。 なぜなら―― 「君が力を振るうと他国に狙われるし、それから守るための予算を割くのも勿体ない。明日からは能力を1%に抑えて出来るだけ働くな」 何を隠そう。フィアナに力を封印しろと命じたのはユリアンだったのだ。 彼はジェーンという国一番の美貌を持つ魔女に夢中になり、婚約者であるフィアナが邪魔になった。そして、自らが命じたことも忘れて彼女を糾弾したのである。 国家追放されてもフィアナは全く不自由しなかった。 「君の父親は命の恩人なんだ。私と婚約してその力を我が国の繁栄のために存分に振るってほしい」 隣国の王子、ローレンスは追放されたフィアナをすぐさま迎え入れ、彼女と婚約する。 一方、大聖女級の力を持つといわれる彼女を手放したことがバレてユリアンは国王陛下から大叱責を食らうことになっていた。

神託を聞けた姉が聖女に選ばれました。私、女神様自体を見ることが出来るんですけど… (21話完結 作成済み)

京月
恋愛
両親がいない私達姉妹。 生きていくために身を粉にして働く妹マリン。 家事を全て妹の私に押し付けて、村の男の子たちと遊ぶ姉シーナ。 ある日、ゼラス教の大司祭様が我が家を訪ねてきて神託が聞けるかと質問してきた。 姉「あ、私聞けた!これから雨が降るって!!」  司祭「雨が降ってきた……!間違いない!彼女こそが聖女だ!!」 妹「…(このふわふわ浮いている女性誰だろう?)」 ※本日を持ちまして完結とさせていただきます。  更新が出来ない日があったり、時間が不定期など様々なご迷惑をおかけいたしましたが、この作品を読んでくださった皆様には感謝しかございません。  ありがとうございました。

無能だと言われ続けた聖女は、自らを封印することにしました

天宮有
恋愛
国を守る聖女として城に住んでいた私フィーレは、元平民ということもあり蔑まれていた。 伝統だから城に置いているだけだと、国が平和になったことで国王や王子は私の存在が不愉快らしい。 無能だと何度も言われ続けて……私は本当に不必要なのではないかと思い始める。 そうだ――自らを封印することで、数年ぐらい眠ろう。 無能と蔑まれ、不必要と言われた私は私を封印すると、国に異変が起きようとしていた。

姉妹同然に育った幼馴染に裏切られて悪役令嬢にされた私、地方領主の嫁からやり直します

しろいるか
恋愛
第一王子との婚約が決まり、王室で暮らしていた私。でも、幼馴染で姉妹同然に育ってきた使用人に裏切られ、私は王子から婚約解消を叩きつけられ、王室からも追い出されてしまった。 失意のうち、私は遠い縁戚の地方領主に引き取られる。 そこで知らされたのは、裏切った使用人についての真実だった……! 悪役令嬢にされた少女が挑む、やり直しストーリー。

【完結】婚約破棄にて奴隷生活から解放されたので、もう貴方の面倒は見ませんよ?

かのん
恋愛
 ℌot ランキング乗ることができました! ありがとうございます!  婚約相手から奴隷のような扱いを受けていた伯爵令嬢のミリー。第二王子の婚約破棄の流れで、大嫌いな婚約者のエレンから婚約破棄を言い渡される。  婚約者という奴隷生活からの解放に、ミリーは歓喜した。その上、憧れの存在であるトーマス公爵に助けられて~。  婚約破棄によって奴隷生活から解放されたミリーはもう、元婚約者の面倒はみません!  4月1日より毎日更新していきます。およそ、十何話で完結予定。内容はないので、それでも良い方は読んでいただけたら嬉しいです。   作者 かのん

偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら

影茸
恋愛
 公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。  あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。  けれど、断罪したもの達は知らない。  彼女は偽物であれ、無力ではなく。  ──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。 (書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です) (少しだけタイトル変えました)

聖女の代役の私がなぜか追放宣言されました。今まで全部私に仕事を任せていたけど大丈夫なんですか?

水垣するめ
恋愛
伯爵家のオリヴィア・エバンスは『聖女』の代理をしてきた。 理由は本物の聖女であるセレナ・デブリーズ公爵令嬢が聖女の仕事を面倒臭がったためだ。 本物と言っても、家の権力をたてにして無理やり押し通した聖女だが。 無理やりセレナが押し込まれる前は、本来ならオリヴィアが聖女に選ばれるはずだった。 そういうこともあって、オリヴィアが聖女の代理として選ばれた。 セレナは最初は公務などにはきちんと出ていたが、次第に私に全て任せるようになった。 幸い、オリヴィアとセレナはそこそこ似ていたので、聖女のベールを被ってしまえば顔はあまり確認できず、バレる心配は無かった。 こうしてセレナは名誉と富だけを取り、オリヴィアには働かさせて自分は毎晩パーティーへ出席していた。 そして、ある日突然セレナからこう言われた。 「あー、あんた、もうクビにするから」 「え?」 「それと教会から追放するわ。理由はもう分かってるでしょ?」 「いえ、全くわかりませんけど……」 「私に成り代わって聖女になろうとしたでしょ?」 「いえ、してないんですけど……」 「馬鹿ねぇ。理由なんてどうでもいいのよ。私がそういう気分だからそうするのよ。私の偽物で伯爵家のあんたは大人しく聞いとけばいいの」 「……わかりました」 オリヴィアは一礼して部屋を出ようとする。 その時後ろから馬鹿にしたような笑い声が聞こえた。 「あはは! 本当に無様ね! ここまで頑張って成果も何もかも奪われるなんて! けど伯爵家のあんたは何の仕返しも出来ないのよ!」 セレナがオリヴィアを馬鹿にしている。 しかしオリヴィアは特に気にすることなく部屋出た。 (馬鹿ね、今まで聖女の仕事をしていたのは私なのよ? 後悔するのはどちらなんでしょうね?)

処理中です...