稀有ってホメてる?

紙吹雪

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第1章 出会い(まとめ)

レベル上げ

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リミルは星空の下光り輝く花々に囲まれ癒されていた。

「もっと稼いでおけば余裕でいられたのかなー?」

リミルは高位冒険者に成り立てとしては貯蓄がある方だ。
ただ、旅に必要な金額が分からず、余裕を持って用意しているに過ぎない。
それでも心許こころもとないのでお金に余裕がないのだ。
出来ればその"旅貯金"には手を付けたくはない。

旅には金がかかる。
移動にかかる日数は稼げないため必然的に食い潰す形となる。

護衛依頼を受けて移動すれば少し稼げるし依頼内容によっては食事代も浮く。
しかし単独での移動に比べ移動時間があまりに長く、他人との長期間の移動はリミルにはハードルが高い。
社交性が無い訳では無いが常に一緒にいる事になる護衛任務は正直苦手だ。

旅が目的なのだから依頼は受けずに行きたい。

だからこそ旅の間ずっと食い潰すことになっても大丈夫な様に金を貯めたのだ。
それでも心許ないと思っている。



「親が子の面倒を見るのは当然、か」

リミルには親の記憶すらない。
当然と言われてもピンとこない。
アキリムやジャックにはギルレイの言葉が理解出来るのだろう。
恐らくクロトやニーナには親がいた記憶はある。

ニーナは亡くなった状況を細かく知っていた。
クロトはニーナっぽい雰囲気だと感じることがある。

2人もギルレイの言うことは分かるだろう。



リミルは子どもが親に大切にされている様子は知っている。
アンリには本当の子どもの様に接してもらっていたのでこんな感じかな?と体感もした。
ギルレイの家に居候するようになる前までのギルレイからも本当に大切にされていると思えていた。

しかし、最近のギルレイからは義務感のようなものを感じて素直に受け取れないでいる。
それを受け取るならば自分もまたクロトとニーナに対する義務が生じるような、そんな気がして。


「どうしよー」


悩むうちにリミルは東屋パビリオンで寝てしまった。





リミルが転移で消えた直後のギルレイ邸第2リビングでは───。

『俺、変なこと言ったか?』

『『言ってないと思うぞ?』』

ギルレイの独り言に、アキリムとジャックは心底わからないという顔をしている。


『リミル君て孤児だったよね?詳しくは知らないけど、あたしの家でクロト含め3人とも親がいないって話になって』

ニーナは両親が居たが、居なくなって初めてその存在の大きさを知った。
居なくなってからは大変だった。
村の皆が助けてくれなければ食事すら出来なかっただろう。
リミルも親がいないと言っていたのでもしかしたら助けられて当たり前というのに引っかかったのではと思った。


するとクライが口を開いた。

<リミルは俺と一緒で記憶の中に親の姿はない。俺は捨てられたと知って泣き始めてから1日も経たないうちにリミルが寄り添ってくれた。だがリミルはニーナより少し幼い頃、14年程前まで一人っきりだった。1番古い記憶では一人で狩りをしていたらしい。俺と出会う12年前までは一人で、会ってからは俺も一緒にずっと森で暮らしていた>

それを聞いて皆黙り込んでしまう。
ギルレイは苦虫を噛み潰したような、苦悶の表情だ。

いち早く立ち直ったニーナが気になったことを聞いた。

『お父さんを知らないって言ってたのはやっぱりそういう意味だったのね……思ったより壮絶だわ。森でって…危険じゃない?危険の少ない森だったの?』

アランシア大陸には危険の少ない森も存在する。
出てくる魔物が全体的に弱かったり、数が少なかったり。
アキリムの種族である森妖精エルフ等が住んでいて安全を確保してくれている森もある。

しかしリミルの育った森はリンドの森で比較的危険の多い森だ。


<リンドの森だ。俺達はあそこで育ったから対して危なくは感じないな>

『嘘でしょ?本気で言ってるの?リミル君幼い頃からずっと一人でリンドの森に居たの?…生きていたのが奇跡だわ…』

ニーナの言葉にクロト以外が頷く。

『リンドの森ってそんなに危険なところなのか?』

『そうだな。巣を離れて森の中を彷徨うろつく奴に限って言えば、普通に棲息してる魔物や魔獣が低くてレベル30,40辺りだな。群れだと10前後からいるが、小さい群でもリーダー格は、弱くても1匹で彷徨いてるやつぐらいだ。つまり、リンドの森で魔物や魔獣に遭遇すればレベル30以上の奴が1匹は確実にいるってことだな。オーバーフローが起きると通常のヤツで低くてレベル15位からの魔物、特殊なヤツだと低くてレベル50からの魔物が森に湧き出る。……古い記憶で既に狩りをしていたということは記憶の残る4歳辺りより以前からという事になる。赤ん坊に訓練させる親はいない。だから3歳児だったとしてもレベル3が普通だ。自由に動き回れるようになって間もない幼子の身でどうやって生き延びたのか…』

リンドの森のレベル帯を聞いて皆黙る。
そこに追い打ちをかけるようなギルレイの推測に言葉がでない。
クライ以外は。


<リミルの昔話はリミルがいる時にしたらどうだ?俺がリミルの昔話をしたのはニーナが親のことを聞いたからだ。何故親の話になったのかまだ聞いてないぞ?>

ニーナは気を取り直して自分の考えを述べた。
当たり前の感覚が違うのでは?と。

<そうだな。俺達は自分でどうにかするのが当たり前だった。俺が出来ないことはやって貰っていたし、リミルが出来ないことで俺ができることはやっていたが>

『価値観が違っていたことにショックを受けたのか?』

<いや、ショックという感情は感じられないな。悩んでる様だ。あ、……どうやら考えながら寝てしまったみたいだ>

クライとのシンクロで1人で考え込んでいることが分かったので次の日帰ってきたら何に悩んでいるのか聞くことにしてそれぞれ寝る準備をして眠りについた。



翌朝帰ってきたリミルは皆に聞かれて素直に話した。すると年齢の話になり、ギルレイの年齢でギルドマスターでリミルよりよっぽど蓄えがあるのだから頼っていいんだと教えられ、年齢差を考慮していなかった自分に呆れた。
クロトはギルレイが30歳前後に見えるらしく年齢を聞いてとてつもなく驚いていた。


#2


『あんまり1人で抱え込むなよ?話は変わるが昨日言い忘れてた。今日からラッセル達連れてレベルあげに行って良いから。クロト達も連れてくだろ?』

朝ごはんを食べ終えると全員でギルドに行き簡単な依頼を全員で受けた。

「ギルレイ、高位の依頼ってパーティだとどうなるんだ?」

『ああ、リミルはあくまでもソロで高位だからな。高位の依頼はソロで受けてもらうことになる。皆が高位と認められればパーティで依頼を受けることも出来るようにはなるがしばらくはまだ無理だな』



 しばらくギルドで待っているとラッセル達が来た。それぞれを紹介する。

「皆武器とかは揃ってるのか?」

アキリムは家族に話しに行ったとき、両親が買いに連れていってくれたらしく揃っている。ジャックは元々冒険者としてそれなりに活動しているためそれなりの物を身につけている。

『クロトとニーナは俺が連れて行って買ってくるが、ラッセル達は?』

『僕らも親が買ってくれたから大丈夫だよ』


クロトとニーナがギルレイと武器や装備を新調している間にラッセル達のステータスを確認させてもらうために個室に入った。


☆☆☆☆☆
*名前 ラッセル
*種族 獣人族_ღ21
*性別 ♀(♂♂)
*契魔 なし
*状態 普通
*職業 戦士ファイター_ф15
*称号 荒熊族、癇癪持ち
☆☆☆☆☆

☆☆☆☆☆
*名前 ルース
*種族 獣人族_ღ26
*性別 ♂(♂♂)
*契魔 なし
*状態 普通
*職業 戦士ファイター_ф28
    攻撃系魔法詠唱者マジックキャスター_ф3
    防御系魔法詠唱者マジックキャスター_ф6
*称号 柴犬族、双子の片割れ
☆☆☆☆☆

☆☆☆☆☆
*名前 シール
*種族 獣人族_ღ26
*性別 ♂(♂♂)
*契魔 なし
*状態 普通
*職業 戦士ファイター_ф28
    防御系魔法詠唱者マジックキャスター_ф6
    支援系魔法詠唱者マジックキャスター_ф3
*称号 柴犬族、双子の片割れ
☆☆☆☆☆


「2人は魔法を覚えたばかりか。ラッセルも魔法の基礎が出来てるなら魔法詠唱者マジックキャスターを取得しても良いんじゃないか?」

『それが、試験の時に上手くできなくて』

どうやら感知と制御自体は上手くできるが増幅しようとすると制御が上手くいかなくなるらしい。

「そうか、意識が逸れると制御出来ていない時があるみたいだな。普段から意識して制御してるのか?核じゃなくてもせめて身体の内には留めておかないと困るだろ?」

『そうなんだ。増幅に気を取られるとどうしても。普段は気にしてないよ。家では家族しかいないし制御してないけど問題ないし』


これは問題発言だった。確かに家族であれば魔力は干渉せず、問題は起きないが、もし合わない魔力同士が掠ったり当たったりすると火花が散ったり火が起こったり軽い風が起こったりと魔力干渉による魔法が発生する。それで怪我をする者もたまに居る。制御が出来ないため特に子どもに多いのだが、危険性を教えるため親が子どもを窘めるのだ。
親の責務だとか知らないリミルはラッセルにその危険性を教える。


「それは危険な考えだ。魔力干渉があれば怪我をするのはラッセルとその相手だ。魔力制御は家でもやる様にして身体に叩き込む方がいい。普段から核に収められるに越したことはないがいきなりは無理だろう。せめて体内には留めておけるようにならないと増幅は無理だろうな。それか制御を諦めて魔力を柔らかく情を込めた状態で放出しておくか…」

『『それはラッセルの身が危ないだろ?襲ってって言ってるようなもんじゃないか』』

好きな相手に気持ちを伝える手段として魔力に情、つまり愛情などを込めて相手に魔力を贈る事がある。
込めるのが愛情であれは双子の言う通りだ。

「友情なら良くないか?」

<それなら制御の方が楽じゃないか?>

「それもそうか」

代案として良いと思ったがクライにあっさり切り捨てられた。
制御の代案のはずが制御より難しくては意味が無い。
穏やかな感情のキープなどなかなかできるものでは無い。元より難しいのに癇癪持ちとなると尚更。



そうこうリミルと双子とクライとアキリムとで代案について話しているとジャックとラッセルが何か言い合いを始めた。その辺りでギルレイとクロトとニーナが戻ってきた。

『何騒いでるんだ?』

「俺とアキリムと双子とクライは知らない。気づいたら騒ぎ始めていて、丁度ギルレイが帰ってきた。ギルレイに任せる。…ニーナ、クロト、装備と武器は買えたか?」

ギルレイがジャックとラッセルの間に入り、仲裁をする間にリミルはクロトとニーナの新武器を確認する。
クライがジャックの、双子がラッセルの肩を持っているのでアキリムとニーナとリミルは気にしない。
クロトは気になるのかチラチラ見ている。


『あたしは新しい革の軽装鎧と、扱える中で1番威力と性能が高い弓を買ってもらったよ!』

『良かったな!僕も重装鎧と、扱える中で火力と重量のバランスが良い斧とその斧とセットで売ってた盾を買って貰ったぞ』

新しい武器を見せあって楽しそうな2人にクロトもワンテンポ遅れて披露した。

『俺は投擲する物を沢山仕込んで置けるローブとチェストプレートに自動回収のエンチャ付きの投擲ナイフ20本だな』


早く試したいのかウズウズしている3人をみて、ギルレイに先に行って良いか聞いた。すると収まったら連絡を入れるから迎えに来てくれるならと言われ了解した。ダンジョンの場所を覚えられて勝手に行かれると困るのでリミルの転移で森の中に飛んで行くことにしたのだ。これはリミルの都合なので迎えに否はない。

リミルはニーナ、クロト、アキリムを連れて森に転移し、ダンジョンへ移動する。
途中魔物の小さい群に遭遇したが、30レベルの魔物を筆頭として残りは10レベルから20レベル程度だったのでリーダーと思しき30レベルの魔物を引き付けておき、先に弱い者達を3人に相手させる。

20レベルの2体をそれぞれアキリムとニーナが。10レベルの2体をクロトが。
10レベル2体と言っても合わせて20レベルということではない。
連携が上手いとそれ以上になるが連携が下手だとそれ以下になる。

今回は11レベルと14レベルだったが連携が下手で合わせても17レベルくらいか、もしくはもっと弱く感じる。解放がまだまだなクロトでも余裕がありそうだ。
アキリムとニーナも余裕を持って倒していた。
3人の戦闘が終わったのを確認して、リーダーをそちらに嗾ける。連携して倒す練習をと思った。

「アキリムが前衛、ニーナが後衛、クロトが支援で戦ってみろ。33レベルだから3人で戦えば連携が下手でもどうにかなるだろう。今回は周囲からの奇襲とかは気にしなくて良い。俺が警戒して増えたら斬るから。3人はそいつに集中しろ。」

ニーナ、クロト、アキリムは黒い靄を纏ったテラビーと呼ばれる足と耳と尻尾が発達した兎型の魔物と向き合った。


#3


まず、跳びかかっていったテラビーの蹴りをアキリムが盾で防いだ。テラビーは盾を蹴って後ろに跳び地面に着地する。
着地を狙ってニーナが矢を放つが尻尾でバランスを取ったのか足を掠めただけだった。そこに透かさずクロトが投げナイフを投擲した事でテラビーの恐らく脇腹に命中し、よろけた所をアキリムが斧でトドメを刺した。

「何その見事な連携。練習してたのか?そんな暇なかったよな?」

『3人ともそれぞれの戦い方を試験で見てたから知ってて、それで昨日一緒に戦うとしたらって話してたの』

『こんなに上手くいくとは思って無かったけどなー』

『成功して良かった。僕が最初に攻撃防げなかっから失敗だったから緊張した』

ニーナは得意げにでも嬉しそうに喜んでいて、クロトはまさかと驚いていて、アキリムはホッとした様子で三者三様な反応に何だか気が抜けたがとりあえず移動を再開する。

途中にあるせせらぎ川辺りで銀狼と黒狼に出会ったがクライといたのを覚えていたこともあり一瞥くれただけだった。魔物ではないので仕掛けない限り襲っては来ないとは思うが武器を持っていると警戒はされる。
リミルは手を振った。
3人が呑気に仲良いの?と聞いてくるので森での魔獣との接し方について教えることにした。

「クライと居たのを覚えていてくれたみたいで今回はチラッと見られただけだったが魔獣たちも警戒はする。武器を持ってると特に。でも持たずに森に入るのは危険だ。だから魔獣相手には武器に手をかけないよう気をつけろ。血の気の多い種族でない限りは警戒しつつ離れていくはずだ。」

『じゃあ今回はクライのおかげで警戒されずにすんだってことか?』

理解したようなので先を急ぐ。
走るスピードがそれぞれ違うので1番遅いアキリムに合わせる。
野伏レンジャーということもあってかニーナは比較的早いし足音が静かだ。
リミルからしたら目立つ足音だがクロトやアキリムに比べれば断然静かである。
アキリムは鎧の擦れる音もあってガチャガチャとうるさいが前衛なので仕方ない。
クロトは普通の人のそれだ。


ギルレイやクライと移動した時の5倍程の時間がかかって漸く花畑に着いた。

移動が遅い分、魔物との遭遇も多く、戦闘経験を積ませるために倒せそうな相手を任せるとどうしても時間がかかってしまった。
1度目は連携が上手くいったがその後はなかなかそうはいかなかった。
川からすぐの所に50レベルのテラビーをリーダーとする群れが居て数も多くレベルもバラバラだった。
35以上のレベルはまだ相手にさせられないのでリミルがサクッと倒してしまった。
34のテラビーと31のソラビーという爪が発達したテラビーの親近種を確保しておいて30以下を数匹ずつ相手させ、3人の手に余る敵はリミルが片付けた。

長刀を振ればキラキラと消えてしまう。
レベル差は暴力的なまでに顕著に現れる。
ただそれに絶望する人族はいない。
才能の有無は確実に存在するが努力すればどんな職にも就ける世界だ。
選択出来ないのは唯一神格だけだ。
だからこそアキリムもニーナもリミルを尊敬し自分もと意気込む。
クロトは1歩引いたように驚くだけだった。

そんな3人の反応は気にせず、リミルは先程3人が余裕をもって倒せたテラビーから放つ。
テラビーは蹴りをクロトに入れようとして飛びかかるがアキリムの盾に防がれる。しかし後ろに飛び退くと同時に長い尻尾でアキリムに一撃を繰り出しアキリムが横に弾かれた。ニーナもクロトも慌てたが一応駆け寄らずに攻撃している。矢と投げナイフで応戦するが飛びかかられたのは流石に危険と判断してリミルが斬り捨てた。
 アキリムにポーションを渡して回復させ、万全の状態にしてから次はソラビーを相手にさせた。しかし、ソラビーはテラビーよりも素早く、なかなか苦労していた。先程のような油断はなくなったが、素早い動きに矢や投擲は熟練度というか、レベルが低いために当たらない。アキリムの斧も隙がないので叩き込めない。もし隙が無い状態で攻撃すれば、まだ熟練度が低いため、弾かれたり避けられたりした時に対処しきれず、硬直する時間が長くなり、逆にアキリムの隙となってしまう。
一進一退の攻防に危険と判断してリミルが屠る。

『まだ戦えたのに。』

「一進一退じゃ新手が出てきてもおかしくないから。もし俺が余裕で倒せないやつが出てきたらどうするんだよ。戦うのでいっぱいいっぱいになったら守ってやれないんだ。それにそいつが1匹とは限らない。ここは森だ。安全な街とは違う。もう少し慎重に考えてくれ。」

リミルが索敵しながらなので突然の遭遇は有り得ないが索敵に強敵が引っかかった瞬間に逃げられるようにしておきたい。隠密行動が取れないのが2人もいるのだ。早目に対策するに越したことはない。もし連れているのがニーナだけなら今よりはもう少し余裕はあるかもしれないが。


そんなこんなで漸く花畑に到着したという訳だ。

『わぁ…綺麗…』

『花畑のなかに立つ立派な桜…実際に見ると綺麗だな…』

『あの木、サクラって言うのか。ピンクの葉を付ける木なんて初めて見た。』

『俺がいた所では桜って言うんだ。ピンクの葉じゃなくて花な。あれもそうか分からないけど桜に似てる。』

「俺は夢の木と呼んでる。実際鑑定してもそう出るだろ?それとあの木は葉も花も薄いピンクだ。」

リミルがそういうと3人とも鑑定したようで『夢の木』『ホントだ』と言っている。

『魔木って魔物ってこと?それにリミルが命名って名付け親なの?』

魔木なのはダンジョンの入口になっている時点で仕方ない気もするし、動けないし襲って来ないので無害だと伝えた。

「それに夢の木の近くで寝ると安眠出来るんだ。だから夢の木。物心着いた頃、1人だったからな。この木の近くで寝る時だけ安心できた。だから俺にとってこの場所は特別なんだ。荒らすなよ?」

しんみりした空気に最後は巫山戯てしまった。だが、3人ともそんな事しないよと言ってくれた。


ギルレイから連絡が来たので一旦中の1階層に下り、安全地帯へ3人を案内する。出ないように言い聞かせ、統括にも事情を話して転移でギルレイの家の中庭に移動しギルドに迎えに行った。

『お前ら問題起こしすぎだ。今から連れてってもらう所が個人の所有ダンジョンだと分かってるか?そこで問題起こしたら流石にヤバいぞ?理解した上で行けよ?』

#4

ギルドに着いた途端、そんな不穏な言葉が聞こえていた。声はクリードのものだ。声を荒らげるなんて珍しい。

『もう!分かってるってば!』

『俺は分からない。教えて欲しい』
『俺も』

『ラッセル、分かってるなら2人に説明してやれ』

少し意地悪な気もするが理解出来ているかの確認には説明させるのが一番だ。リミルもよくアンリに『じゃあ説明してみて』と言われたものだ。説明してみると自分が何を分かっていないのかを知ることが出来て直ぐに言葉を覚えられたんだ。実際に喋るから余計に。
ラッセル達のために黙っておくことにした。


『勝手に立ち入らない、勝手に採取などしない、荒らさない、他言しないだろ?』

『それと敷地内での所有者の言いつけは厳守だ。規則はそれくらいだな。それらを破るとどうなる?』

クリードは声を荒らげてもラッセルには逆効果だと悟った。だからきちんと理解できているかの確認をしたのだが、ラッセルの答えが質問とズレたので冷静に元の質問へ戻す。

『え、と怒られる。今回はリミル君だからたぶん注意される?』


その場にいたラッセルと双子以外、全員がため息をつく。開いた状態の扉にそっともたれて聞いていたリミルも、待ち合いの椅子に座って何となしに耳に入れていた冒険者達も。

『な、なんだよ。なんかあった場合は所有者の意思が尊重されるんだろ?』

『確かにそうだ。だが、リミルだから注意で済ませると安易に考えない方がいい。今回リミルがラッセルやルースやシールを自分のダンジョンに連れていくと言ったきっかけになった横取りだが、オーバーフローの際に起こったものは基本お咎めなしのはずなんだ。街が危険に晒されてるからな。ただ、ラッセルがとても気落ちしているように見えたから罪悪感があったんだろう。だから、今回の事はリミルの温情だ。それなのに、もしお前らがあいつの言いつけを無視して勝手な行動を取ったら。その結果あいつの逆鱗に触れたら?注意だけで済むと思うか?やらかした代償は自分達で支払うんだぞ?これは親を頼ってはいけない決まりだ。だからこそ、自分達の行動に責任を持ってくれ。』

ギルレイの優しく諭すような言い方に待ち合いの椅子に座った皆はうんうんと頷いている。今の時間、この場にいるのはほとんどベテラン勢だけだ。リミルの境遇も性格も大体知っている人達だけにリミルは苦笑いした。ただ、オーバーフローの際の横取りがお咎めなしというのは知らなかった。街で参加したのが初めてだったからだが、そもそも戦っている時に誰かが居るということ自体稀なため、横取りをしてしまった事も初だ。
少しだけ罪悪感が薄まった気がした。



ラッセル達が理解を示したところでリミルは個室に入った。クリードが心配そうな顔をしたので1度部屋から出て2人で話す。

「何か懸念事項でもあるのか?」

『あいつらがこの前言ってた薬草を根こそぎ取った初心者だ。それに他の冒険者とも諍いが多くてな。ラッセルが短気なんだ。リミルが大事にしてるダンジョンだと聞いたから心配でな』

それを聞いてリミルもゲンナリしたが約束なので連れていく。その代わり制限を多めに言うことにしようと思った。
それに加えて、景色を憶えられても困ると思い、街からダンジョンの中に入るまでとダンジョンを出てから街に着くまでは感覚を奪うことにした。

「ダンジョンまでの道程を知られたくないから一時的に感覚を奪う。同意できるか?無理そうなら森での戦闘訓練に付き合っても良いが、危険が多いからレベル上げには向かないと思う」

『ダンジョンが良いけど感覚を奪われるってなんか怖い』
『感覚を奪うのってその移動の間だけだよな?具体的にどんな感じなんだ?』

『なんで道程を知られたくないの?』

 恐らく双子は分かっているのだろう『それ聞いちゃうの?』という顔をしている。素行が悪いからと言えば必ず激昂するだろう。だからリミルはもうひとつの理由を言う。

「俺の大事な場所をわざわざ他人に教えると思うか?俺が認めた奴ならともかく、詫びでそこまで出来ない。これが理由だ。」

『そん『そうだよな。俺たちもそうすると思う。』僕が『俺も自分の大事にしてる場所は教えない。』…。』

 双子が必死にラッセルの言葉を隠してるのがおかしいが、ラッセルがリミルに喧嘩を売らないようにしているのが分かるため気にしない。

『なんなんだよ!二人とも。被せて話さないでよ。リミル君は僕のことが信用出来ないってこと?』

 そう聞かれては仕方ない。違うといえばそれならと言われるのは分かっているのでハッキリ言う。

「まあ、そうだな。」

 すると予想外な返事が帰ってきた。

『なんで?』

 自分のやってる事を考えれば分かるだろうと思った。何をしても許されると思っているのか分からないが正直理解に苦しむ。なので一つずつ説明した。

「なんで?えと、まず、街を守るための掃討で獲物を取られたって言って来たやつをお前なら信用するのか?それから、レベル差も考えずに戦ってギリギリの戦いだったんだろ?そういうのは森でたまたま遭遇してしまってする死闘だ。無茶が過ぎる。そんなの自ら危険に飛び込むようなもんだろ。それに月下草の件も。俺からしたら信用する要素が見つからない。」

『そんなに言わなくてもいいじゃんか!オーバーフローの件はギルマスに怒られたし、月下草の事はクリードに怒られた!横取りはリミル君が悪いだろ!』

 リミルは落ち着いて話していたがラッセルはついに癇癪を起こした。クリードがリミルを庇う。

『落ち着け!別に責めた言い方じゃなかったろ?お前が理由を聞いたからリミルは説明したに過ぎない。それにギルが言ってたろ?オーバーフローでの横取りはお咎めなしだって。』

#5

『だからリミルがお詫びとしてレベル上げに付き合うって言ってるんだし、ダンジョン行くなら所有者の指示に従わないと行けない。ギルドの管理下のダンジョンだとラッセル達はまだ行けないし、リミルの言うように森の中は危険だからレベル上げには向かないしな…』

 ギルレイも落ち着かせようとレベル上げの話に移行する。だが、そろそろダンジョンに連れていくのも嫌だなと思えてきたのでリミルはダンジョンに連れていかなくて済む方向に話を持っていくことにした。

「そういや双子の質問に答えてなかった。《無感覚ナム》は時間経過で消える。効果は五感機能の低下だ。そこに別の魔法を重ね掛けする。3人こそ俺を信用出来るのか?」

『出来ない!』

『難しい…かな…』
『分からない。』

 ここぞとばかりに反撃してくるラッセルと考えて答えた双子の様子に、リミルはひっそりと拳を握り肘を後方に一瞬グッと引く。

「なら、影獣シャドウビーストの熊程度の経験値なら森の入口で十分だし、あそこなら他の冒険者も通るから森の中よりは断然危険も減るから、3人のレベル上げは森の入口でしようか。3人って連携はどの程度できる?」

 リミルがダンジョンに連れていく気が無くなったのを理解したギルレイとクリードはほっとした様子だ。恐らく双子も分かったのか諦めた顔をしている。ギルレイがダンジョンは無しの方向で話し出した。

『ダンジョンに行かないのなら俺が行く必要はないな。というか、森の入口でレベル上げするならモーリスの道場に行かせる。どうせ鉢合わせするなら最初から任せた方が良いだろ。ということでリミルも行く必要はなくなったな。』

 だが一人だけは黙っていない。

『待ってよ!何で勝手に話を進めてるんだよ!ボクはダンジョンに行きたいんだ。魔法をかけなくても何か方法があるだろ?』

「どんな方法?」

『知らないよ。それは考えてよ。僕が思いつかないようなこと、高位なんだから知ってるんでしょ?』

 連れていく義務のないリミルがなぜそこまでしなければならないのか。方法を考えることすら押し付けてくるに怒りが湧いてくる。このままだと子ども相手に怒鳴ってしまいそうだったため、リミルは席を外すことにした。一言だけ言って。
 伝家の宝刀、言い逃げである。

「自分勝手だな、お前。…ギルレイ、クリード、俺は待たせてるから行くわ。クライとジャックは?」

『はぁ?待『ああ。隣の個室にいる。』え『またな、リミル。』』

 ラッセルはきっと悪い子ではない。ただ、我が儘で自分勝手で自己中で周りに気遣いのできない、少し可哀想な子だ。
 この世界では子どもは授かりもので、もし、育てられない家庭に産まれたとしても、教会に連れていけば預かってくれ、直ぐに里親が見つかる。それ程までに希少な存在だ。だからこそ、家族だけでなく、親族や隣近所、行きつけの店の店主等まで、寄って集って皆で可愛がる。
 だが、あそこまで身勝手なのはリミルは初めて見た。リミルが街で見かける未成人は、産まれたてくらいからラッセル達のような成人に近いものまで様々だ。しかしよく見るのは、幼い子が我が儘を言っていて親に叱られてしょんぼりする様子で、可愛らしいと思える程度だ。

 我が儘を言ったり言われたりしてこなかったリミルは困惑仕切りだった。
 モーリスは厳しい人だと聞いたことがある。きっと任せても問題ない。どうにかしてくれるだろう。


 リミルはラッセル達についての考えを放棄し、隣の個室にいたクライとジャックを連れて森へと戻る。
 ジャックならある程度早く、静かに移動できるだろうと走り出す。少しペースを緩めつつ、ジャックが可能な限り急いだ。

 ラッセルの言い分を聞いた時から3人の認識がどうなのか気になっていた。3人ともギルドのルール説明は真剣に聞いていたので大丈夫だとは思いたい。
 不安を抱えつつダンジョンに到着する。

『これは…綺麗なところだな。確かに隠しておきたくなるのもわかる。』

「絶対に口外するなよ?したらキツめの罰を与えかねない。」

<俺としても複雑な立場になるから気をつけてくれ。俺のジャックなら大丈夫だろうが一応な。>

『あ、ああ。俺だってそういうのはゴメンだ。』

 ジャックの顔が一瞬引き攣ったが、直ぐにもちろん理解していると肯定してくれたので安心した。
 3人連れ立ってダンジョンの1階層にある、クロト達を待たせている安全地帯へと入る。



 3人の身体は床に転がり、奥には伏せた状態の統括が自身の左手を舐めていた。
 1時間もかからず帰ってきたはずなのにこれはどういうことなのか。

「は?…統括。説明しろ。」

 あまりな状況に一瞬混乱したが気を取り直して状況が聞ける統括に詰め寄る。すると毛繕いをやめた統括がこちらを向いて話し始めた。


#6

 時は遡ってリミルがダンジョンを出る前───。

「統括、今俺が面倒を見てる3人が1階層の安全地帯にいる。出ないように言ったけど一応見ておいてくれ。呼ばれてるから行ってくる。すぐに戻るから。」

 リミルにそう言われた統括は新たな兄弟が増えたのかと気になったが一応ダンジョンのボスなので出ていかずに管理室から様子を見ていた。


<人族の種族不明エニグマが一人、黒猫族が一人、森妖精が一人か。アニキが言っていたがリミルは稀有けうだな。あんな組み合わせなかなかいないだろう。それとも今では一般的なのか…。>

 黒猫族がウロウロ落ち着きなく動いている。森妖精は少し浮いて部屋にある物を片っ端からじっくり観察している。種族不明エニグマは唯一落ち着いた様子で、床に座って考え事をしているようだ。

『ここは安全地帯って言ってたよな。』

『うん。ねぇ、これなんだろ?』

『水晶玉?触って見りゃ分かるんじゃね?安全地帯なんだから罠とか無いだろうし。』

 森妖精は水晶に触れようか悩んでいるらしい。そこにウロウロしていた黒猫族が声を上げる。

『ねーねー!二人とも!少しだけ魔物見てきたらだめかな?』

『出るなって言われたからだめだよ。確か、個人所有のダンジョン内やそれに関することは所有者の指示に従う決まりがあるんだ。』

『そっか…』

『へー。ダンジョンに関しての説明はされなかったのによく知ってるな!そういやなんで説明されなかったんだ?』


 ダンジョンに関する説明はダンジョンに入る日にギルドでされる物だ。ギルレイから全員集まった時点で説明があるはずだったが、トラブルのせいで出来なくなってしまった。
 ダンジョンに関わらない者達はダンジョンでのルールを知らない。ラッセルやアキリムが知っているのは興味ゆえに誰かに尋ねたからだ。きちんとギルドで説明を受けた者はサイダンジョンの悲劇という過去の事件を疑似体験させられるため私有ダンジョンにはあまり行こうとは思わない。たとえ所有者が知り合いであっても。


<こいつらダンジョンのルールを知らないのか。ギルレイが俺様に言ったのと同じことを連れてくるやつにも教えるって言ってたのにな?>

『ジャックとラッセルが言い合いになってなかったらあの場で説明してたんじゃない?』

<なるほど、トラブルか。まあ他人の土地で好き勝手やったら駄目なことくらい分かるだろう。なにかやらかすようであれば俺様が直接行けば良いしな。>

 黒猫族が種族不明エニグマの前に腰を落ち着け、森妖精は未だ水晶の前でふよふよと少し浮いている。
 森妖精に限らず妖精族は皆、種族によって形は様々だが半透明の羽が生えている。種族レベルが低いうちはまだ浮くことしか出来ない。

『リミル君いつ戻ってくるかな?』

『迎えに行っただけだろ?直ぐに戻ってくるんじゃないか?』

『僕も直ぐに戻ってくると思う。』

 そう言って森妖精は振り向きざまに水晶に触れた。

<あ。>

 その瞬間には管理室には統括の姿はなく、3人の前に黒くて大きな豹が黒い靄と共に姿を現していた。

<いつか触りそうだなと思ってはいたがタイミングは予想外だったぞ。森妖精。>

『ひっ。魔物!しかもむちゃくちゃ強そう。』

『どうしよう。』

『落ち着けって。ここはリミルのダンジョンだ。リミルの知り合いだろ?現に喋ってるし。』

<そうだ。俺様は統括。リミルの契魔だ。種族不明エニグマ。そして落ち着いたか?黒猫族。お前は俺様と同系統なのに落ち着きがないな。まだ子猫か?>

『えぇ、まだ成人してないわ。統括は名前なの?』

<ああ。リミルは名前ではなく地位を言ったつもりだと言っていたが俺様に相応しいだろ?名前として受け取った。森妖精も落ち着いたか。強そうと言ったが実際強いはずだ。リミルより俺様の方が強いぞ。ギルレイとは戦って見なければ分からないが…アニキにはこの前も負けたな。さて、これ以上お前達と話すつもりは無い。なにかされる前にリミルが来るまで寝ててもらうぞ。《催眠ヒプノティズム》>

 3人ともその場で崩れ落ち、深い眠りについた。床に転がった3人の出来上がりだ。


<───という訳だ。>

「そうか。さすが統括だな。3人を起こしてくれ。」

<そうだろう?もっと褒めても良いぞ?《解除キャンセル》>

 ワシャワシャと統括を撫でていると3人の目がスっと開きゆっくりと身体を起こした。

『あ、リミル。戻ってきてたのか。統括が、えっとなんだっけ?俺の事エニグマって言うんだ。』

「種族な、見た目で分かるはずなのにクロトはどの種族にも当てはまらないからな。統括、こいつの種族は渡人族だ。新たな種族で異世界から来たらしい。成人はまだだな。名前はクロトだ。妖精族がアキリムで成人したて。黒猫族がニーナで未成人。こっちの今連れてきたのはジャック。成人してしばらく経つらしいからたぶん俺より年上かな?そしてクライの番らしい。」

<ほう。アニキの?……アニキ、番が現れて良かったな!ジャックとやら、番のアニキには良いがリミルには迷惑かけるなよ。リミル、後で話がある。時間が出来たら早めに管理室に来てくれ。>

 統括は管理室に消え、リミル達は早速レベル上げに安全地帯を出た。
 1階層と2階層は個別で戦い、3階層ではアキリム、クロト、ジャック、ニーナの4人でローテーションを組み2人1組で戦い、4階層では3階層での様子を踏まえてアキリムとニーナ、クロトとジャックという組み合わせで戦った。
 
 一応、アキリムが前衛、クロトとニーナが後衛または支援、ジャックが前衛または後衛ということで色々試した。だが、前衛が居ない戦いは立ち回りが大変なようで、クロトとニーナの組み合わせだとニーナが素早く、まだ弱いクロトが敵に狙われることになり危険だった。前衛を分け、クロトとニーナを分け、レベルを考えると結果そういった組み合わせになった。
 今鍛えている職業クラスに慣れたら徐々に他の武器にも慣れて所有職業クラスを増やして欲しい。
 そうすれば戦いの幅も広がるのだから。

 4階層での戦闘を終え、5階層に降りる。雰囲気が一変したことにより、4人に驚きと緊張が走る。
 2人ずつ連携して戦うが、ここまでの戦闘もあり、疲れが見える。しかし、レベルも各自少しずつ上がっていたため、このまま中ボスと一人づつ戦わせることにした。他の者が戦っている間休めるのでレベル的に優位なジャックから順に入ってもらう。

 中ボスのいる長細い部屋に、まずはジャックとリミルが入る。他のものはクライについていてもらい外で待機だ。
 ジャックは魔法で剣や自信を強化したり歯鼠ワームテールの動きを鈍らせたり魔法でも攻撃を仕掛けたりと、魔法剣士らしく戦っていた。尻尾の攻撃を受けてしまったが他は避けたり受けたりとダメージも少なかった。

 ジャックが終わると次はニーナだ。ニーナは鼠系の魔物に憎悪を抱いている可能性が高い。乗り越えられているとは言ってもまだ対峙はしていないのだからこの機会に何か無いとも言いきれないため、戦い終わってから落ち着く時間を取れるように2番手だ。

「ここの中ボスは鼠の魔物だ。覚悟だけはしとけ。」

『わ、分かった。ありがとう、リミル君。』

 ニーナとリミルがボス部屋に入ると間も無く戦闘が始まった。ニーナは一瞬カッとなった様だったが何かをブツブツと呟き冷静さを保っていた。一定の距離を保ったまま矢を射掛けるがなかなか素早く当たらない。ニーナは舌打ちをすると矢を2本構え、放った。何度か失敗していたが、やがて2本のうち、どちらかが当たるようになった。しかし、その頃には歯鼠ワームテールの前歯や尻尾での攻撃が幾度か入っていて勝敗は五分五分といった感じだった。

「危険だと思ったら割り込むからそうなる前に倒せよ。」

『分かった!』

#7

 この忠告はリミルなりの優しさだ。ニーナもそれを分かって力強く頷いた。こんなこと言わずにだまって割り込む方が抵抗される心配なく済ませられる。しかし、リミルはあえて止めに入ることを告げ、ニーナに喝を入れた。ここで冷静に対処出来ればニーナへの信頼度も上がるし、ニーナ自体の能力向上にも繋がる。恐怖や憤怒をコントロール出来れば精神力が鍛えられ、対処出来る事が増える。これはニーナにとってもパーティにとっても良いことだ。
 ニーナが短剣でトドメを刺した時にはフラフラしている状態だった。

「良くやった。ゆっくり休め。」

 リミルはポーション類を眠ったニーナに掛け回復させると、武器類を回収してからニーナを抱き上げ部屋の外に出た。

『ニーナ!?大丈夫か!?』

「シー!寝てるだけだ。頑張ったからな。ゆっくり寝かせてやってくれ。」

 慌てた様子のクロトに苦笑いしながらそう伝えると皆んなホッとした様だった。クライに凭れさせ、頭を一撫でしてアキリムを立たせた。少し怯えているようにも見える。同じくらいのレベルだろうニーナがこの状態なのだから仕方ないかも知れない。クロトも今のレベルじゃ歯鼠ワームテールとタイマンはキツイ。なので2人で戦ってみるかと提案した。

「アキリム1人だと勝つかどうかギリギリの戦いになる可能性が高い。クロトは今のままだと1人では無理だ。だから2人で戦うのもありだとは思う。ニーナはどうしても1人で戦わせたかった。ニーナのために。でも2人はそうじゃないからな。2人で決めてくれ。」

 2人は目を合わせると頷き2人で戦うと言った。アキリムが1人で戦ったとして、勝てばレベルの上がりは良いが負けそうならリミルが倒してしまい僅かしかレベルが上がらないだろう。それならクロトと戦った方がレベルの上がりは良い。クロトにとってもそれは同じでリミルと戦うよりアキリムと戦う方がレベルの上がりが良い。低いレベルの敵と戦い慣れているリミルには経験値は僅かしか入らないためだ。歯鼠ワームテールとは2人とも初戦闘なのでソロでなくともレベルの上がりが期待できる。ジャックとクライにニーナを任せ、リミルはアキリムとクロトと共にボス部屋に入った。

 ローテーションで1度組んでいたがその時戦ったのはレベル18の狐の影獣シャドウビーストで苦もなく倒していた。
 歯鼠に対しても2人はまずその時と同じようにアキリムが盾で敵の攻撃を受け止め、クロトが投げナイフでダメージを与え、アキリムがトドメを刺すために斧を振り上げた。
 しかし歯鼠は2人より素早いし今までの敵より堅い。長い尻尾での攻撃も厄介だ。アキリムが盾で歯鼠の身体を受け止めると尻尾が届く距離にきてしまい、狙われる。2度尻尾による攻撃をまともに受けてしまった。クロトには一通りポーション類は渡してあるが、タイミングが合わないようで、回復した途端にアキリムに尻尾が当たっていた。
 クロトが投げナイフで歯鼠を牽制しつつアキリムが後退し、直接渡すことにしたみたいだ。

『尻尾での攻撃が来たらそっちに盾を使って大丈夫だ。アイツ尻尾に気を取られて身体がガラ空きになってるから尻尾を受け止めてくれたら身体にナイフをいくつか突き立てる。まだ命中率が低いから何本も投げないといけない。アイツの動きが鈍くなったら投げるのを辞めるからそのタイミングでトドメを刺してくれ。合図するまでは動くなよ?俺の命中率の悪いナイフが当たったら危ないから。』

『分かった。僕は身体を受け止めたら尻尾に集中するよ。多少動くかもだけどナイフは当てないでね。行くよ!』

 作戦を立てたらしく、それからは早かった。ナイフが当たった歯鼠が目標を1度クロトに変えて尻尾を当てようとしたがアキリムがなんとか間に合い、クロトを盾で守った。それを信じていたのか捨て身でなのかクロトはナイフを投げ続けており、動きが鈍くなったところでアキリムがトドメを刺した。


 2人は2つの宝箱を前に顔を見合わせ掛け声をかけて開いた。

 リミル一行はイレアに戻ってきていた。ニーナを休ませるためにギルレイ宅に転移で戻ったが、ニーナが起きたので昼時ということでお昼を食べに出かけたのだ。

「1度ギルドによるぞ?ギルレイに報告しないと。」

『そう言えば3人ともまだダンジョンの説明受けてなかったんだよな?統括が言っていたけど。』

「そうだ!あとで統括んとこ行かないと。ご飯食べたら行ってくるから3人はギルレイからダンジョンの説明を受けておいてくれ。ギルレイにも言っておくから。」

 ジャックのおかげで思い出し、そう伝えるとジャックが3人に付き添うと提案してくれた。

「そうだな…たぶんギルレイがいるから大丈夫だろ?それより…」

<俺とジャックは依頼だな。稼がないとギルレイに頼りっきりってのは俺とリミルからしたら違和感ありまくりだ。>

『そうだな。クライと俺だとどの依頼が妥当か後で選んでくれるか?』

「分かった。選んでからお昼行こうか。」

 3人が顔を見合わせているので声をかけると、午後はレベル上げをしないのか聞かれた。

「今日はレベル上げ終わりな。その代わりこれから毎日午前中は今日みたいな感じになるけど。午後は自由にするか。3人は今日は身体を休めた方が良いだろうし。慣れてきたら無理のない範囲で依頼を受けてくれると助かる。」

 リミルがそう言うと理解を示してくれた。

#8

 ギルドに着くと早速、ギルレイにダンジョンでの報告をし、ご飯を食べた後のことを頼む。ダンジョンでのルールもまだ説明していなかったことを思い出したようで、頼まれてくれた。
 ジャックとクライが2人でやる依頼をいくつか選び申請をすると昼を食べにロフトに上がる。
 南通りまで行くのが面倒になったのもあるが美味しそうな匂いに釣られた。今日のランチはポロック鳥のカリカリ焼きがメインの定食だった。甘酸っぱいタレで揚げ焼きにされたササミ肉は外カリカリで中がホロホロと柔らかく、白米に合う。イレアでは白米は結構人気があり、パンより消費割合は多い。6:4ほどだ。

『美味い!チキン南蛮みたいなタレなのに全然違う食感!唐揚げともまた別物だし、俺コレ超好きかも!』

『何コレ美味しい!私もママのスープの次に好きかも!』

『僕もカリーと同じくらい好きだな!唐揚げも好きだよ、あれ美味しいよね!』

『味が濃いヤツ食べたい時はコレだよな。カリカリ焼きはポロック鳥だけどチキン南蛮は鳥なら何でも作れたよな?』

「うん。ポロック鳥を仕留められたらとりあえずカリカリ焼きにするな。俺の好物なんだ。チキン南蛮はどの鳥でも作れるけどどうせならコリーヌ鳥がオススメだな。身がふわふわだから衣がサクサクでもタレでふにゃっとしても美味しいぞ。」

<俺も好きだな。コリーヌ鳥のチキン南蛮も美味かったがやはりポロックのカリカリ焼きが1番だ。>

『全員慌てずに食えよ?コリーヌ鳥はいつも唐揚げにしてしまうな。今度チキン南蛮も試してみるか。』

 ギルレイが作ってくれるらしいので皆一斉にお願いしていた。もちろんリミルも。リミルが作るとたまに美味しくも不味くも無い微妙な出来の物が出来上がってしまうことがある。分量ややり方を変えている訳では無いのに。原因は未だ不明だ。



 お昼を食べ終えリミルは統括のとこに、ジャックとクライは依頼に、クロトアキリム、ニーナはギルレイとギルドに留まってダンジョンの説明を受けに、それぞれ行動を開始した。

 リミルが統括のいる管理室に入ると待ってたぞと声をかけられた。

<早速見ててくれ。説明するより見せた方が早い。>

 リミルが聞き返すより早く、目の前の大きな黒い豹はゆっくりと人型に変わった。
 黒髪短髪赤眼は元の姿のままな気がする。細身なのにしっかりとしなやかな筋肉がついている。豹っぽさが残っているのかもしれない。

「は?統括、人型になれたの?知らなかったんだけど…。」

 驚きつつも統括が着れそうな服を取り出し渡した。初めての服なので着せてやりながら説明した。服を着終わるとおお!と喜んだ後、詳しく教えてくれた。

<つい最近なれるようになった。種族が変わったばかりの頃はなれなかった。気づいたのはここ数ヶ月の間だ。アニキに人族の番が現れただろ?たぶんアニキもそのうち人型を取れるようになると思う。俺様も魔物の中では上位種だが神格の魔獣には数段劣る。それでもなれたのだからアニキも…。ただ、まだなっていないのに期待させるのも良くないかと思って一応リミルにだけ言っておこうと思ってな。>

「そうか…人型の契魔ってどう扱ったら良いんだ?今まで通りか?それとも人族のように?」

<俺様は今まで通りで頼む。人型を取れるだけで俺様に変わりない。あ、でも人型でリミルと街を歩いてみたい。ゴーレムのボス君が最近レベル97になったんだ。"玉座担当"に相応しい強さになっただろ?それに補佐も"統括補佐"の仕事をバリバリこなすし、整備もいるから少しくらい俺が外に出ても問題ないはずだ。何かあっても俺が帰るまでくらいなら持ちこたえられるだろ?>

 リミルはホッとした。統括とは長い付き合いだから急に接し方を変えるのは難しいししたく無かった。人型になったからか魔物特有の黒い靄も無く、完全に人に見える。種族も魔族っぽい。契魔の特徴は元からある個性を除き契主に似る特性があるため、リミルの種族に寄ったのだろう。

「わかった。1度ボス君と補佐と整備と警備とマビ君、マキ君、ビキちゃんの間引き3兄妹、それに統括と俺の9人で話し合いをしてからになるけど。」

<おお!今呼ぶか?>

 リミルは統括の変わりように少し驚いている。前まで外に出るのが怖いと言っていたと思ったのだが、人型になれたことで何やら心境の変化があったらしい。



 早速話し合いをした結果、皆は統括の好きにさせてあげたいとの事だった。皆も出てみたいのか聞いたが案の定、全力で否定された。始まりのダンジョンを守る仕事に誇りを持っているらしい。それについては統括も頷いていた。リミルは大切な場所を守ってくれる同士達に礼を言い、人型の統括を連れて外に出た。

<外は10年振りか?夢の木とのやり取りで情報はちょこちょこ仕入れてるんだが実際に出るとやはり違うな。>

「身体に違和感とかはないのか?」

<ないな。全く。ダンジョンに客が居ない間はずっとこの姿でいたんだ。細かい作業はこっちの方が楽だからな。>

 森の中を2人で散歩しながら街に向かう。統括は情報収集も兼ねているらしいがどうやっているのかはよく分からない。統括の威圧感のおかげでのんびり散歩することが出来た。街に近づいたので威圧感は抑えてもらい、名前も統括ではなくトウと呼ぶことにした。さすがに街中で統括と呼ぶと不審がられかねない。

<トウか。まあ俺様の雰囲気にも似合っているし良いんじゃないか?魔物ってバレたら面倒だしな。>

「まあな。魔物を契魔にしているやつは珍しくはないが統括ほど強い魔物はなかなか珍しいからな。魔獣なら強くても怖がられたりしないんだけどな。」

<それは仕方ないだろう。そもそも魔物が人族と仲良くすることがあまりないからな。強ければ余計に自分が頂点にって思うみたいだ。俺様はリミルといる方が性に合ってる。拠点も好きだしな。>


 統括とのゆったりした時間は久々だったためリミルはお喋りを楽しみながら街に入って行った。

<おお!あそこにある武器屋を見てもいいか?>

#9

 街に入ってからというもの統括は子どものようにはしゃいでいる。トウは190cmはある長身なのでリミルより大きいのだがはぐれそうなので手を繋いで移動する。はぐれないようにする時は誰でも手を繋ぐのだがリミルは慣れていないので少し恥ずかしい。それを気にする者は居ないが。

『らっしゃい。何をお探しで?』

<ピンとくる物があったら欲しいな。>

『そうかい。直感は大事だ。ゆっくり見てってくれ。』

 リミルとトウの目はひとつの剣に吸い寄せられた。
 刀身は黒く緋のラインが入っている。柄の部分の装飾も綺麗で白金に見えなくもない色の飾りも付いていた。刀身が60cm程のショートソードだ。

<これ欲しい。>

「言うと思った。俺も気になった。買ってやるよ。」

『あ、それな、対になってるのか2つあるぞ?』

 2人は顔を見合わせるとニヤリと笑い、即買いした。2人とも直ぐに腰に佩くと頷き、その店を出た。

「良い買い物したなー。他にも見るか?」

<気に入る物が見つかった。街も良いもんだな。たまに連れてきてくれ。>

 リミルは快く承諾すると、ダンジョンにいる皆にもお土産をと言うトウの言葉に賛同して皆が喜びそうな物を選び、買って行った。ダンジョンに戻るとお土産を渡してギルドに戻り、全員で受けた依頼を思い出して手持ちの薬草を納品した。

『そろそろ3人とも出てきますよ。』

 薬草を渡して報酬を受け取るとそう言われたのでそのまま待つことにした。

「なあ、リリアン。パーティ用の口座って作っといた方が良いかな?」

『どうでしょう…。作っても作らなくても話し合いが行われていないパーティは揉めます。なのできちんと話し合って決めた方がいいと思いますよ?』

「わかった。」


 暫くして3人が出てくると少しげっそりしていた。サイダンジョンの悲劇を擬似とはいえ体験したのだから仕方ないだろう。レモナの実から作ったタブレットを渡すと喜んで口に入れた。少しは気分がマシになると思う。
 ジャックに《チャット》を使って連絡を取る。もうすぐ戻るとの事だったので待つことにしてジャックが報酬を受け取ったのを確認するとギルレイの家に帰った。

「報酬についてなんだけどな、パーティの口座を作って置いた方が良いのか話し合おうと思って。」

『それは3人が稼ぐようになってからじゃないとリミルや俺の負担が大きくないか?』

『どういう目的で作るの?』

「全員で受けた依頼での報酬とかで分けきれなかった分を積み立てて置いたらパーティで何かを買う時にそれを使えば良いかなって思ってな。大きな金額になってから分けても良いし。」

『そういう目的ならいいと思う。前にいたパーティでは少しずつ金を出し合って食べ物や装備を買っていたんだが勝手に使うやつがいてな。そっちを想像してしまった。』

 皆も賛成してくれたので口座は作ることにした。話し合いで口座に貯まったお金は自動で振り分けて貰えるようにすることに決まった。

『そう言えばクライの分ってどうなってるの?』

「ん?契魔のは契主の口座に入る。パーティ申請の時に契魔を頭数に入れるかどうか聞かれただろ?アキリムは戦わせないから入れなくていいって言ってただろ?クライは強いから皆賛成してたはずだが。」

 ニーナは思い出したようで納得していた。前にご飯代がどうのと悩んだが、結局のところ、リミルは今まで通り自分とクライの分を出し、ジャックも自分の分は自分で払っている。アキリムは家から仕送りがあるらしく、クロトとニーナはギルレイが出してくれている。

 リミルはクライの分をずっと口座の中で分けている。クライが稼いだ金はクライの分の食費などに使っていた。もし統括が言うようにクライがトウの様になるのだとしたら。クライはどう思うのだろう。

 そうなった時にきちんと話し合わなければ。

 もしクライと離れる事になったらクライの分はクライに渡せば良い。ギルレイに言ってタグを作ってもらって渡せば良い。
 ヒリヒリとした感覚と寂しさが湧き上がってきたためその考えはやめた。クライが何を選ぶかは分からない。統括のように残る事を考えてくれるかもしれない。

<大丈夫か?俺はそばにいるぞ。>

 シンクロのせいで伝わってしまうのが情けない。ベッドの上で向きを変え、クライの方を見ると意を決して話すことにした。

「いや、まあまだ先の話かも知れないし統括だけかも知れないんだけど、今日統括に会いに行った時にな、見せてもらったんだ。人型になるのを。人族の番が現れたからもしかしたらアニキも?って言ってて、ただ、まだ分からないし期待させるのも悪いからって俺にだけ見せることにしたんだって。」

<そうか。それは面白いな。見に行かないと。言っとくが俺は人型になったとしてもリミルのそばを離れることは無いぞ。番が現れたからと言ってそんな薄情なことはしない。リミルだってルシノと居たいと思っても俺を必ず連れてくだろ?>

「そうだな。2人ずつで行動したとしても帰る場所にはいて欲しいな。」

 分かってるじゃないか、とクライは笑う。リミルもつられて笑い、悩んだのが馬鹿らしくなった。


 次の日お昼を食べた後、クライと2人でダンジョンに戻りトウに会った。話を聞いてトウはさすがアニキとニヤリと笑い、クライも当然だと笑う。リミルは考え過ぎたのが恥ずかしいと笑った。

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