稀有ってホメてる?

紙吹雪

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第1章 出会い(まとめ)

買い付け ※

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「あれ?ペルルーイ?」

『覚えていて下さったんですね』

ペルルーイが目を細めてニコッと微笑む。
いまいち何を考えているか読み取れない。

『ではペルルーイさん。依頼内容を話してください』

『はい。リミルさん達が旅に出ることがあったら連れて行って欲しいんです』

「………え?…」

リミルはギルレイから許可が降りたら旅に出たいと思っている。
それを知っているのか?と思うような発言に驚きを隠せない。
旅に出ようと思っていると言ったのはギルレイだけだしそれは引き留められて今ここにいる。
ならば何故?

『何処でもいいんです。何処かに行く時にご一緒させて頂くだけで』

リリアンを見ると困った顔をしつつ『ね、変わった依頼でしょ?』と言っているようだった。

リミルは正直断ろうかと思ったがリリアンに『話だけでも聞いてあげて』と言われたのを思い出す。

「えっと理由を聞いても?」

『あ、はい。えっと…私はこの街から出たことが無いのですが偶に店で珍しい食材を見かけるんです。それを見てると他にも色々な食材があるのではと興味を持ってしまって…』

<見に行きたいのか?>

『まあ見たいのもそうなんですが調理してみたくて…』

「ん?ホストだよな?料理できるならなんでホストなんだ?」

『敬語が話せるから接客になりました。料理人シェフのレベルはそこそこ高いです。グレモスさんに店を持つのを勧められましたがそのつもりは無かったのでそのままホストとしてあの店に』

「へー」

リミルは迷っていた。
リミルも料理は出来るが店を出せるほどの腕前はない。
もしペルルーイに付いてきてもらえればいつでも店並みに美味しいご飯が食べられる。
ただ、信用していいものか…

<連れていこう。そしたら美味い物が食える>

クライは警戒していないようだ。
気づいていないのか。
それとも気づいていてわざと気づいてない振りをしているのか。

ペルルーイがクライの言葉に反応する。

『どこか行かれるのですか?』

「ああ、依頼でルスタフの街とノフテスの街、その途中で村にも寄るけど」

『ならばそれに同行させては貰えませんか?』

「んー…今回は俺個人の旅ではなく依頼、つまり仕事として行くから日数も決まってるしあんまり自由が利かないけど…」

依頼を抱えてる所に何かされて問題まで抱えるのはごめんだった。
ペルルーイの視線を気にしながらの遠距離依頼は精神的にキツイ。
自分の自由に動ける旅であれば連れて行って万が一問題が生じても心に余裕がある分対処は楽だ。

『そうですか…』

やんわり断ったのが分かったのだろう。ペルルーイは落ち込んだ様子だ。
そして何かを決意したのか顔を上げた。

『先程の話し方でしたら個人的な旅をそのうちしようとお考えなのですよね?その時、連れて行ってもらうことは可能ですか?』

強い意志を感じる表情に気圧されリミルは「あ、うん」と返事してしまっていた。
それを聞いたペルルーイは満面の笑みで『良かった。その時は必ず声をかけてください』と言って去っていった。

<良かったな。リミル。これで旅に出ても上手い料理が食べ放題だ>

『ふふふ、それでは出発の日付けや注意事項等の確認をしましょう』


**


受けたのは3つ。全て買い付けの依頼だったのでルスタフ、村、ノフテスの順に済ませ、転移で一気に帰ってくることにした。
《空間収納》があるので荷物には困らない。

遠くに行って何かをする依頼_遠征依頼_は初めてなので、リリアンとの確認が終わりホッとする。

遠征依頼の準備は完了したので自分の旅支度を始める。
と言っても足りないポーションを買うだけなのだが。

オーバーフローの時にMPポーションをくれた小人族のおっちゃんの所に行く。

『らっしゃい!お!確かリミルだったな?言ってたとおり安くしてやるよ』

「サンキュ!LPライフポーションとENエナジーポーションとMPマナポーション、それから一応HLヒールポーションとCRキュアポーション、あとRPリペアポーションも買うよ」


LPポーションは生命力ライフ回復薬
ENポーションは体力エナジー回復薬
MPポーションは魔力マナ回復薬
HLポーションは傷を治す回復薬
CRポーションは状態異常を治す回復薬
RPポーションは修繕に使う溶液


ヒールとキュアに関しては魔力さえあれば魔法が使えるのであまり意味はないが念の為買う。
体力は寝れば自動的に回復していくが戦闘に備えて多めに買っておく。
体力が満タンであれば自然回復する生命力も戦闘中は待ってられないため多めに買う。


1番重要になってくるのがMPポーションとRPポーションだ。
LPもENもHLもCRも全て魔法で回復できるし、戦闘でも魔力を使う。そのためMPポーションは二人ともよく消費するのだ。RPポーションは装備品が自分たちでは修繕出来ないので必須になってくる。

それぞれ大量に買い込みお金を払って暫くおっちゃんと話したあと日が暮れる前に家に帰った。

**

するとギルレイがいてお風呂も既に入った後だった。
前日三人で入ってクライの洗い方や乾かし方を見ていたのでクライと入る。
丁寧に洗ってやり、自分も洗って二人で湯に浸かる。

<明日の朝出るのを聞いたんだろうな>

「ギルマスだから聞いてるだろうな」

しばしの沈黙後、

<そう言えばペルルーイの事だが>

「そうだ。クライはあいつの事怪しくねぇのかよ?」

リミルは聞こうと思っていた事を思い出し訊ねた。
クライは考える素振りをして言った。

<俺は危険はないと思うぞ?>

それを聞いてリミルは黙ってしまった。
クライが言うならとも思うが怪しさは拭い切れなかったため考え込んでしまったのだった。

風呂から上がるとギルレイがいつもの如く料理を振舞ってくれる。
料理を食べながらリミルの受けた依頼について話した。



翌日

朝食を食べ、ギルレイと共に南門に向かう。

リミルもクライもワクワクしていた。
それを見てギルレイは笑っていたが門に着くと真剣な顔で『無茶はするな』と言った。

『気をつけて行ってこいよ』

「見送りありがとう。行ってくるね」

<行ってくる>

『ああ、行ってこい』

二人はギルレイに見送られて南門を出た。


**


クライの背中に乗って数時間走り、途中見かけた村でお昼休憩を取って、また数時間走って貰うとルスタフが見えてきた。
イレアの街よりは小さい。
地形に合わせたのか外壁が歪な形をしている。

ルスタフは職人が多く集まる、物作りで有名な街だ。
街に入るとそこかしこに工房がある。
工房だらけの街だが意外と人通りが多く賑やかだ。

ルスタフでの依頼内容はとある工房で大量の食器を買ってきて欲しいというものだった。
早速指示された工房へ行きメモ通りに買っていく。


買い付けに必要なお金は自分で立て替えて置かなければならない。

しかし最終的には、報酬とは別に、宿代などの遠征資金と共に依頼者が支払ってくれる。
遠征依頼の間は必ず全てギルドタグを通して支払うことになっており、依頼完了報告の時にその内の必要経費に該当するものを算出してギルドが出してくれるのだ。
依頼完了のお知らせと共にギルドから依頼者に仲介料を含む請求書が届く。


冒険者プレイヤーはコインを取り出して使う者は少なく、ほとんどの者が普段からギルドタグでお金のやり取りをしている。

自身の血と魔力を取り込んであるので本人にしか操作できない仕様となっており、触れて発動させるとお金の出し入れややり取りが可能になる。
発動と言っても大袈裟なことは無く、僅かな魔力を吸ってほんのり光るだけだ。
種族レベルがღ1の者でも何度使っても問題ない程消費魔力が少ない。
初心者にも優しい親切設計だ。
ちなみに防犯面も安心で、寝ている人や気絶している人、死んでいる人などのタグから強盗出来ないようにもなっている。


使用記録をギルドに公開することも出来る。
それを利用して遠征資金を出してもらうのだが、何にいくら使ったというのが出るので皆普段は非公開にしている。

遠征依頼を受けると出発前に公開にして帰ってくると非公開にするのだ。

リミルも遠征資金を貰うために確認の時に公開にした。



『まいどあり』

リミルは初めて来た場所だが、依頼者のレストランのオーナーは皿が割れて減る度にこの工房で買っているらしい。

そう考えると確かに"毎度"かもしれない。

工房主にオススメの飲食店や宿屋を聞いて工房を後にした。

**

オススメされた店に行く前にギルレイからついでだと頼まれた手紙を届けにギルドに寄る。
連絡用の魔導具は?と聞くと『手紙じゃねぇと駄目だからな』と肩をすくめていた。
一応手間賃という名の報酬を貰えるので引き受けた。


「こんばんわ。ギルマスいますか?」

『こんばんは。リリアンさんの担当の子ね。その言い方は。私はイオン。待ってて、呼んでくるから』

お姉さんな感じの優しそうな鬼人族の女性がふふっと笑ってギルマス部屋らしい所に入っていった。
イレアのギルドと造りは似ているが若干違いがあるようだ。
あと建物自体が二回りほど小さい。

**

暫く長椅子で待っていると今度は額に小さな少し先の丸い角が3つ生えた鬼神の男性が出てきた。
短いウルフカットの銀髪に浅黒い肌、金色の瞳をしている。

『良く来たな。ギルレイから聞いてる。リミルとクライだな?』

そう言って男はリミルの目の前にドカッと座りサッと足を組む。
その姿が様になっている。

「…あ、うん」

リミルは初めて接するタイプに戸惑ったが同時に憧れを抱いた。

立ち居振る舞いが全てカッコよかった。
精悍で男らしい偉丈夫だ。
無駄な肉のない引き締まった身体で筋肉があるのにスラッとしている。
顔もまた男が惚れるような精悍さでリミルはおそらく惚れた。

しかしリミルは憧憬の眼差しを向けるだけだった。
本人は自分の気持ちに気づいていなかった。
気づいたのは様子を見ていたイオンとクライだけだ。

「俺がリミルでこっちがクライ」

『そうか。俺はルシノ。よろしくな』

そう言ってほんの少しだけ口角が上がったのをリミルは見つけた。
それだけで嬉しくなった。
鬱陶しく思われないように気持ちだけを込めて「よろしく」と言った。

顔が綻んでしまうのは仕方がないと思う。
イオンはそれを見て微笑ましそうにしている。
クライは出来るだけ空気になろうとしていた。

「これ頼まれた手紙」

『ああ。読ませてもらう』

ルシノはそう言ってその場で読み始めた。
その間リミルはそっとルシノを眺めていた。

そしてルシノが手紙から顔を上げた途端に目が合いドキッとしてしまうが直ぐに話しかけられ慌てる暇もなかった。

『配達ご苦労だったな。依頼の方は終わったのか?』

「さっき終わってこっちに。あと2つあるから明日にはノフテスの方に向かうけど」

『なら一緒に飯食いに行くか?まだだろ?』

有無を言わせない感じだが、リミルとしては憧れの人と一緒に食事できて嬉しいので願ってもない申し出だった。

「うん。まだだよ」

リミルは完全に素で話していた。
周りに舐められないようにとか最早どうでもよかった。
リミルの他に冒険者はおらず、バーで飲んでいる鍛冶師が数名いただけだったのもある。

『行くぞ。リミル、クライ。イオン、今日はもう上がるから何かあったら連絡をくれ』

『畏まりました。行ってらっしゃい』

「行ってくるね」

<…行ってくる>

ルシノはサッと立ち上がり三人に声をかけた。
イオンは終始ニコニコしながらルシノに返事しリミルとクライに声をかけた。
リミルは嬉しそうに返事する。
クライは一緒に行って良いのだろうか?と少し悩んだ末、呼ばれたので付いていくことにしたのだった。


**


『行きたい店はあるか?』

「ルシノのオススメの店とか」

リミルは憧れの人ルシノの好きな物を知りたかっただけだ。

『肉か?魚か?』

<肉だな>

クライは邪魔しない程度に会話に参加することにした。
ずっと話さない訳にも行かないだろうと思ったのだ。

リミルはルシノの低くて甘い声をもっと聞いていたかったし色々な話を聞けるかもしれないのでじゃんじゃん話してくれといったスタンスだった。

その様子にクライは軽く苦笑いをした。

『ならこっちだ』

そんなやり取りが行われている事には気づく様子もなくルシノは店に向かう。
二人はルシノに案内されるままついて行き、隠れ家っぽい店に到着する。

二人は落ち着いた大人の雰囲気に戸惑いつつルシノと共に店に入る。
そこは従魔も入店可なのかクライも普通に入れた。

席に着くと品の良い上質な素材でできた制服を着たホストがサッと現れ、制服に似合った完璧な所作で注文を取る。

ルシノはよく来るのか慣れた様子で注文してしまった。

『二人はどうする?今俺が頼んだのが俺のオススメだが』

「俺もルシノと同じの」

<俺も>

どうやら頼みやすい様に先に頼んでくれていたらしい。

『クライはきっと足りないだろうから後で買い食いしよう。同じのばかりだと飽きるだろ?』

少々強引な所はあるが気が利くようだ。



暫くして運ばれてきたのはカリィという食べ物らしく小さい器に入った茶色や緑、黄色などのドロっとしたスープに白くて平べったい焼かれたパンだった。

リミルはルシノの真似をしながら食べる。
茶色いのはスパイシーで緑のはコクがあって黄色いのは甘味があった。それぞれに入っていた違う肉も含め全部美味しかった。

三人は食べ終わると店を出て街を歩き始めた。

「カリィ美味しかった」

<俺も美味しかった>

『あそこのは特にな。この街にはいくつか出す店があるがさっき行ったところが1番上手い』

<カリィもだが珍しい物が多いんだな>

クライが立ち並ぶ店を見ながら言った。
見たことも無いようなものが並んでいる。

『この街は物作りの街だからな』

「凄いな…尊敬するよ。俺は生産職向いてなくて失敗ばっかりだから」

リミルは自然と零していた。
カッコ悪い所を言うなんて憧れの人にどう思われるのか…と一瞬青くなったが帰ってきた言葉に破顔した。

『そうか。失敗自体は誰でもするが、多いなら何かやり方が間違ってるのかもな。今度見てやるよ』

「良いの?っ。やったっ!」

リミルは大袈裟なくらい喜んだ。
苦手を克服出来るかもしれないこととルシノに会いに来る口実が出来たことで。

ルシノはその様子をみてフッと口角を上げた。


『そう言えば宿は決めたのか?』

「ん?まだだけど…良いとこある?」

『うち来るか?』

<………良いのか?>

『ああ。構わない。家は広いし客室もあるからな』

「ありがとう。助かるよ」

宿に泊まならければ宿代が浮くので依頼者達の負担が減るのだ。
そもそも今回は3組で割るのでそれほど負担は大きくはないが。

ご飯代も1部だが出して貰えるので先程ルシノが奢ってくれると言ったのはお断りした。
奢って貰って遠征資金も貰うのは違う気がしたためだ。
正直リミルはとても嬉しかったし反面、恐縮もしていたが。


明日ルスタフを出立するまで一緒に居れるのでリミルは確りとルシノを観察することにした。
失礼にならない程度に。

その後軽く街を見て回りながらクライは気になった食べ物を買って食べる。
リミルは出来るだけルシノと話をし、交流を深めた。


日が暮れる頃ルシノの家に着く。
ルスタフの方が複雑な地形の分、ギルレイの家よりギルドに近かった。
ギルレイの家とギルドの間には道があったが、ルシノの敷地はギルドの裏面にピッタリくっついていた。

そして家もギルレイの所より大きい。
妹のイオンとイオンの家族も一緒に住んでいる。
2つの家がくっついたような感じだ。
中央にキッチンとダイニングがありそこは共有スペースだが後はそれぞれプライベートになっている。

それぞれダイニングを出たところにリビングがあり、廊下を挟んで応接間がある。
造りは左右対称になっているが部屋の用途はそれぞれ違うらしい。

ルシノの方は
廊下を進んだリビングの先にお風呂があり、廊下奥に御手洗、応接間奥に書斎兼書庫があった。

応接間より玄関側に螺旋階段があり2階へ上がれる。
2階にはルシノの寝室と客室が2つあってルシノの部屋はだいぶ広かった。
それより小さい客室でもギルレイの部屋より少し狭いくらいでなかなか広い。

階段を上がると玄関側に大きめのバルコニーがあり、リビング側にルシノの寝室、応接間側に2つの客室がある。

ルシノの部屋は片付いているが物が沢山あった。
生産職の者が使う道具が綺麗に並んでいた。
そしてベッドには天蓋が付いており、垂れた天幕が壁のようだった。
物が多くて広い部屋が必要だったが寝る時は狭い方が落ち着くからだそうだ。


お風呂に入った後、リビングで三人で話し、眠った。


翌朝

布団から出るとベッド全体に《清潔クリーン》をかける。
クライと共にリビングに降りるとルシノは既に起きていた。

『今イオンが朝飯の支度をしている』

「ご飯代…」

『うちは店じゃない。好意だから取っておけ』

「ありがとう」

<ありがとう>

ダイニングに行ってイオンにもお礼を言う。
ご飯を食べ終わるとルシノが西門まで送ってくれた。

『ノフテスに着いたらこれを向こうのギルドマスターに届けろ。気をつけて行けよ?』

ギルレイから渡された手紙を違う封筒に入れ替えた物だがリミルには別の手紙に見える。

「これも手紙じゃないといけないやつか?」

ルシノは頷きリミルは「そっか」と納得した。

『またな』

「うん。ありがとう。また来るよ」

<またな>


**


クライに乗り走り出して数時間後、目的の村に到着する。

途中何度か魔物に襲われたがそれほど強い相手ではなく、リミルを背中に乗せたままクライが拳闘士モンクでサクッと倒した。

自然発生の魔物だったようで素材がドロップした。


ダンジョンで出てくる魔物を倒すと様々な物をドロップするが、自然発生だと魔物の素材だけがドロップする。
故に素材が取れるものでなければドロップはしない。
なので影獣シャドウビーストなどは特にダンジョンでだけ遭遇したい魔物だったりする。

自然発生の影獣は手間だけがかかる相手だからだ。
素材が無いので得がない。

今回出てきた魔物は当たりと言える。


リミルはクライの上から運び屋キャリー特殊能力スキル収集ギャザー》を使いドロップ品を回収していた。
これは少し離れた所からでもの所に対象を引き寄せる能力だ。
ドロップ品はドロップさせた者の持ち物になるので、この場合はクライだが、主従契約があるためリミルの元へ引き寄せられる。

これらを素早く収納していく。

そんな風にクライが戦いリミルが回収する、というのを繰り返しながら移動していたらあっという間に村に着いた。


イレアからルスタフまでは草原のような開けた大地が広がっていたが、ルスタフからノフテスまでは南側にノルスの森が続いているため魔物が頻繁に現れたのだった。

リミルは手に入れた素材をノフテスで売ることも考えつつ、クライと共に頼まれていた野菜と種と苗を買いに、新種を開発したという農家へ直行する。


『わー冒険者プレイヤーだ!すっげー』

『あの白い子可愛い!ナデナデしたい!』

農家へ向かう道すがら遊んでいた子どもたちが手を止めてリミル達を見る。
クライの大きさと珍しさに口をあんぐりと開けたかと思えばハッと我に返り口々に感想を言っていた。

リミルはそんな状況に驚きつつ、何となく察していた子どもの生活環境に乾いた笑いが漏れる。


自分の状況とまるで違う。


自分は守ってくれる人は居なかったし自分で狩りも料理もしなきゃ生きて行けなかった。
街の存在を知るまでは。


街に行ってアンリに出会ってギルレイやリリアンを紹介されて徐々に街に慣れていった。

言葉を覚えて間もない頃、始まりのダンジョンの最下層に降りた。

花畑も中央の薄紅色の花を付けた巨木の根元にある入口も幼い頃に見つけて寝床にしていた。初めて下に降りた時は危険が多いと思って少しずつ進んだが最下層だけは怖くて入っていなかった。

それがダンジョンだと色々な話を聞いていて分かったので入ることにしたのだ。

そこで統括達と出会う。


物思いに耽っていたリミルにクライが声をかけたことにより意識がこちらに戻る。

<着いたみたいだぞ>

「ん?あ、ああ。考え事してた」

<農園に着いたぞ>

「ありがとう。よっ…と」

リミルはお礼を言いクライの上から飛び降りる。
すると子どもたちが付いてきていたようで声を掛けられる。

『お兄ちゃんが依頼を受けて来てくれたのか?』

「ん?依頼?受けてないけど…どこにいつ出したどんな依頼だ?」

受けてないと言った瞬間悲しそうな顔になったので、ノフテスに出した依頼ならこれから行くので受けようと内容を確認したところ、子どもたちは顔を見合わせそれぞれが答えてくれた。

『ルスタフだっけ?』

『たしか1週間前だったよ?三人が依頼をしに村から出てったの。皆でお金を出し合って』

『魔物の討伐依頼で出したと思う』

ルスタフというので帰りに寄るにしても時間が空いてしまうため他の冒険者が来るかもしれないと思った。
しかしその後の女の子の話で一変した。
不穏な空気を感じ取った。


村からの魔物の討伐依頼は通常依頼でも優先される。
ギルド側から冒険者達に斡旋したりランクポイントが他の依頼より高かったりする。
率先して受ける者がいなくても最終的にはギルドから指名される。
これは指名依頼とは違い、強制力がある。
受けなかった場合も受けて失敗した場合もペナルティがある。
実力は定期的にあるギルド試験で把握されているので言い逃れはできない。
すれば信用も落としかねないが。


そんなわけで怪しさ満載だった。

「その三人は馬車を使ったのか?それとも馬だけ?」

『わかんない』

<どちらにせよ道中会わなかったということはもう街に着いていたはずだ。ルスタフは冒険者プレイヤーが少ないとはいえ、ルシノが依頼を放置するとは考えにくい>

「ああ。俺もそう思う。だからこそ依頼内容も調べないとだな。詳しいことを知ってる人はいるか?」

そう言うと村長の所へ連れていってくれた。

村長にはクライを見て驚かれたが、事情を話すと『そうか』と言ってその場にいた農園主を紹介してくれた。
先程行ったが留守だったようだ。

それからその場にいた数人の大人に依頼について詳しく聞くと概ね子どもたちの言っていた通りだった。

『依頼内容は最近この村を襲っていた魔物の討伐だ。でも三人が依頼しに行ってくれたあと2日後くらいからは来なくなったんだ。それで冒険者を連れて帰ってきたらそう伝えなきゃって言ってたんだが1週間経っても帰って来ねえからそれの話し合いをしてたのさ』

それを聞いて改めて確認しなければならなくなった。
それは先程子どもたちにも聞いた事だ。

「三人は馬車で?それとも馬で?」

<それさっきも聞いてたが関係あるのか?どっちにしろ会わなかったからルスタフにいるはずだろ?>

移動手段がクライには必要ないの物なのでサッパリだというのがよく分かる。

「関係あるよ」

村長によるとどうやら一頭引きの馬車を貸し出したそうだ。
それは馬の数が少ないからと、本人達が村で使う馬のことを考えて決めたらしい。
一頭引きにしたから帰りが遅いのでは?と村人達が言っているが一頭引きでもゆっくりペースで往復6日ほどだ。

討伐依頼を出すほど危険が迫っているのに今は7日目の昼前だ。
あまりにも遅すぎる。


おそらく一頭引きの馬車にしたのは目立たないためだ。


馬一頭なら頑張れば買えない額ではないので一頭引きの馬車を使っている人は案外多い。
しかし三人がそれぞれ馬に乗っているような状況は街ではかなり目立つ。

冒険者チームにパーティ全員が馬に騎乗している者達がいるが街に入った途端噂の対象になる。
そのチームはそれを売りにしているので問題ない。

急ぎの依頼で慌てていれば冒険者が釣れたりもするので馬で行く方が利点が多い。


(目立ちたくない理由?)


「いや、おそらく依頼金とその馬車を盗んだんだ。依頼しに行くだけなら馬3頭で行く方が馬車より速い。それに急ぎの依頼かもしれないと思ってもらえる。なのに一頭引きの馬車を選んだということは、目立ちたくないからだ。一頭引きならよく見かけるからな。ちなみに馬車でゆっくりでも6日もあれば往復して帰って来れる。通常依頼だろ?」

リミルは1番可能性が高いと思われる内容を話した。
通常依頼かどうかの確認は指名依頼だと依頼するのに時間がかかるからだ。
通常依頼では依頼内容を話して報酬を渡せば終わりなので割と早い。

『通常依頼だ。でもあいつらが窃盗なんて…』

村では全員が顔見知りだったりする。
少なくとも村長と行方の知れぬ三人は知り合いだったようだ。
信じられないと首を左右に振っている。

「そいつらが窃盗と思ってやったとは限らないが少なくとも依頼が出ていたら俺がここに来る事を知っていたギルドマスターが俺に言わないわけがないだろ?既に冒険者がこちらに来ていたとしても」

『ギルドの仕組みはいまいち理解出来ていないが村からの魔物の討伐依頼は優先度が高い事は知っている。確かについでだし言うかもしれない。だがそれでもそれが窃盗に繋がらないんだ。もしかしたら道中何かあったのかも知れないし、それに魔物は?あの三人がなんとか倒してくれていたから助かっていたし…』

道中何かあった可能性は無いとは言いきれない。
だが窃盗は確実だった。
しかし村長の言いたいことも理解出来た。
何故窃盗と言い切るのか分からないのだろう。

ここを出たあとの事は推測でしかないがここから出る時の三人に明確な目的があったのは確実だと思われる。
リミルはそう思い至った理由を説明することにした。

「まず、その魔物だ。この村に魔物がくるには森からある程度距離がある上、森とこの村の間にも村が存在する。もしこの辺り一帯を襲っているならそちらからの依頼も出ているはずだ。だがそれすら言われていない」

『この村だけ襲撃されたということか?それは有り得ないな…』

魔物は獲物を見つけると片っ端から襲いかかる。
どこかを狙ってとなると上位種がいるはずだ。
しかし村の戦力だけで上位種とは渡り切れない。
村人だけであれば全滅必至だ。

ここまでは皆納得してくれたようで頷いている。

「そうだ。これは確実にこちらに手引きした者がいる、ということになる。この村に魔物が襲撃して得をする者がいるのか?」

村を襲撃されて得をするものはいない。
ギルドのポイント稼ぎをしたい冒険者がいないとは限らないし今回のこともあっていないとは言い切れなかった。

『いないな…農園の新種も種や苗自体も売っているからやっかみを受けることも無いしな?』

『ああ、ないな』

村長が農園主に聞くと即答で否定していた。

「そうなると誰が誘き寄せたのかという事だが、毎回ギリギリ倒せる程度というのが気になる。魔物が毎回同じ程度の戦力で襲ってくるなど有り得ない。ダンジョンですら毎度違うのに」

『確かに。職業クラスを変えている様子もなかったし…』

職業クラスのレベルによっては多少の違いはあるかも知れない。
使い慣れているかどうかや特殊能力スキルの数などは変わってくるだろうから。

しかし──。

「村を守るために自信の無い職業クラスは使えないだろ?最も自信のある職業クラスで戦ったはずだ」

『それもそうだな。だからハラハラしながら必死に皆で応援したんだ』

そして毎回ギリギリ勝利を収めたと。

「だからこそその三人が連れてきたと思える。そうなってくると次に気になるのが魔物を誘き寄せた理由だ」

『…依頼させるため?』

「村を危険にさらす必要があるのはそれ以外にない。更に、魔物が弱ければその三人で事足り、ギルドに依頼する程でもないし、かと言って強いと対処できず被害が出る。だからこそ"ギリギリ勝てる程度"なんだろう」

それを聞いて皆苦い顔をして黙ってしまった。
理解出来たのかもしれない。
理由が何であれ村を危険に曝した事実を。

「馬車より早く移動出来る馬3頭ではなく"一頭引き"の馬車というのもおかしな話だ。馬が少ないからと言ったが6頭程はいるようだな?馬なら往復4日あれば依頼出来ただろう。いつ強い魔物がくるかも分からないのに遅い一頭引きを使ったのか。それになぜ三人のうち一人でもいいから残らない?2日後に魔物が来なくなったのは何故だ?」

皆薄々理解し始めていたのだろう。
最後まで言った時には一頭引きの馬車が頑張れば買えないことはないと言った理由も理解しているようだった。

そこでピロンッと音がなるがそれどころではないため確認は後にして、
今更気休めにもならないかもしれないが可能性と三人の処遇について話す。

「そこまでしてなぜ依頼させたいかだが、もしかしたら旅をしたくなったが反対されると思って言えなかったから強硬手段に出たのかも知れない…それは本人達に聞くしかないな。どちらにしろ一応ギルドに報告するが、所在を確認して本当に窃盗だった場合、被害者が処遇を決めることになってるから三人への罰はあんたら次第だ」

旅をしたくなってというのは自分の思いつく理由がそれしか無かっただけだ。

『所在の確認?ルスタフから移動している可能性もあるのか…』

「それもあるが道中何かあった可能性は捨てきれないし、お金や馬車を騙し盗ったことについてはほぼ確定だろうがお金の用途については分からないからな」

もし旅が目的なら宿代や食事代になるだろう。

『無事だといいが…』

盗みをしたにも関わらず、心配をして貰えるような間柄に少し羨ましくなったがその感情は隠した。



「何にせよ賊に襲われていなければ金を使い果たして困ったら帰ってくるだろ。俺は依頼の品を買い揃えたらノフテスに行く。そしたらギルドに行ってギルマスに話してルスタフに連絡を入れてもらうから」

そう言って農園主と買い付けについて話していると外がなにやら騒がしくなった。

急いで全員で外に出る。


『何があった?』

村長が走ってきた村人に聞くとモンスターが出たと言った。

慌てて村の入口に向かうとゴブリンの上位種であるゴブリンライダーとそのお供が数匹いた。

「ココ最近ずっと襲って来ていたのはあいつらか?」

『ち、違う。ライダーはいなかった。三人が出た日にも来たが倒せないやつがいて皆で追い返したんだ…追い返せる程度だった』

それからは来ていなかったと話す。

「おそらくその追い返したやつが強くなって戻ってきたんだろうな…もうないとは思うが、もし今度魔物が来たら出来るだけ殺した方がいい。もしくは一切戦わないか…」

『そりゃ、戦わないに越したことはないが…囲いや門の前に居座られたら厄介だぞ?』

村には街程ではないが一応頑丈な囲いがある。
幅1m、高さ2~3m程の鉱石で出来たものだ。
建築屋の建築士が魔法で建てたもので、たまに点検に訪れるはずだ。

「確かに放置は愚策か。なら罠を作って最終的に仕留めればいいんじゃないか?」

それを聞いて『罠か…』と考え始めた村長を尻目にリミルは魔物に向かって走り出す。
得意武器の一つである長刀を武具収納から取り出し構える。
そのまま流れるように斬りかかった。
ライダーが騎乗しているダークウルフ諸共光に変わる。
お供達も直ぐに倒してドロップを回収する。

ダークウルフの毛皮や牙が手に入ったのは素直に嬉しい。
丈夫で肌触りもよく、使い勝手が非常に良い。

「倒したし俺は買い付けを…」

『あ、ああ。ありがとうな。依頼であんた等が来てなかったら全滅していたかもしれない。昼飯はご馳走させてもらうよ』


そしてリミルは依頼の野菜やその種と苗をそれぞれ指定数買った。

昼には少し早かったがノフテスに向かわないといけないので村長たちが気を使ってくれた。
買い付けた野菜も使った様々な料理に舌鼓をうち、お礼を言うとお礼で返された。

子ども達とすっかり打ち解けたクライ共々別れを惜しまれつつ村を出た。

一応巻き添えを食っていないか森に近い村を見回りながらノフテスを目指す。
が、他の村は問題なさそうだった。



ノフテスへ向かう途中も村までの道のり同様、ノルスの森から出てきた魔物が襲ってきたがクライがサクサク倒し、リミルがドロップを回収して難なくノフテスへ到着する。


ノフテスはその北西一帯がネンドの地と呼ばれる乾いた大地が広がっているのだが、そこには魔物が人型を取った亜人と呼ばれる者達が暮らしている。

そのためノフテスはノルスの森とネンドの地の両方に挟まれる状態で危険がある。


大陸一の広さを誇るリミルの育ったリンドの森。そこを管理し、保護し、ときには防壁であり最後の砦でもあるイレアは堅牢な要塞と化している。

それに比べれば数段落ちるがそれでも小街にしては立派な防壁に包まれたノフテスは危険が多い分、ギルド管理者の数もまた多い。


途中で寄ったルスタフの街は小街でノルスの森の半分程を担当している。
そのためギルドマスターであるルシノの他に4名しかいない。
だがそれで事足りるのだ。

イレアは大街でギルド管理者の人数は20名を超える。

対してノフテスは10名ほどだったか。
どこの街でもギルドマスター、ギルド管理者の他に受付嬢を含むギルド職員が働いている。
彼らは役割や仕事を分担して行い、管理者達が円滑に動けるようにアシストする。

のだが、たまに変わったやつもいる。


ノフテスに到着して直ぐギルドへ行くとギルマスへの取り次ぎを願い出た。
しかし要件を聞かれた。
依頼について話したいことがある旨を伝えたのだが詳しく話さないと取り次ぎ出来ないと言われる。

手紙は本人にのみ直接渡すこと。

と、念押しされているので見せる訳には行かなかった。

困っていると『言えない様でしたらお取次ぎ出来ません』と言われてしまい、更には『次の人ー!』っと邪険にされてしまった。

どうしたものか困っていると森までマーキングをしに行っていたクライが戻ってきた。

それなりに注目を集めつつ小声で話す。

<どうした?ギルマスはまだか?>

「それが…」

断られた経緯を話すと呆れたようにクライが言った。
ならば別のやつの所へ並び直せば良い。
と。


たしかにその通りなのだが嫌な予感がする。



それを話し、先に買い付けを終わらせることにした。
ノフテスでの買い付けは物ではなく馬だ。
この辺りの街で馬を育成し教育し売っているのはここノフテスだけだった。
その馬を5頭買って連れ帰って欲しいとの事だった。

厩のある広い敷地に建った建物に入る。
買い付けの依頼であることを話し5頭買って帰る日までそのまま置いて貰うことにした。

買った馬に印が付けられていく。

お世話をお願いしもう一度ギルドへ向かった。



するとなにやら騒ぎが起きていた。
ここノフテスは狩場が多く、ダンジョンも様々なレベルのものがあり、ルスタフの職人達との連携もあって栄えている。素材も多く集まるため初心者向けの武具から上級者向けの武具まで幅広く売っている。
そのため冒険者もそれなりに多い。

イレアは比較的落ち着いた雰囲気のある街だがノフテスは野蛮な猥雑さがあった。

怒鳴り散らす声が飛び交っている。

リミルとクライはその様子にドン引きしていた。
すると声がかかる。
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