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第1章 変化の始まり(まとめ)
評判と依頼
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ギルレイはエリエッタをリミル達に紹介するつもりだったようで『エリエッタに言っておけばよかった』とボソボソと言っている。
「キャビネットもエリエッタの店の隣にある無口なエリエッタのお兄さんの店で買ったよ」
『そうか。あいつの家具は質も良いし綺麗なデザインだからな。家にあるのはほとんどそこで買ってるな』
そこにグレモスを連れてピギルーイが来た。
挨拶を終えた二人にギルレイが口を開く。
『先程ギルドで報告を受けたんだがゴブリン連れの冒険者が捕まった。高位の冒険者チームにゴブリンを嗾けたようだ。返り討ちにあったゴブリンがテイムされたゴブリンに助けを求める所をその冒険者チームが目撃したそうだ』
<そいつ馬鹿なのか?高位冒険者チームに集団と言えどゴブリンが勝てると思ったのか?>
クライが呆れたように言っている。
ゴブリンは集団だと冒険者によっては脅威になり得るが高位にとってはとても弱い存在だ。
何百匹いても変わらない。
そんなに纏まって行動する種族でもないが、多くて百匹程度か。
『高位と知らずに襲わせたらしいがこれまでに何度もやっているみたいだ。そのうち死んでしまったチームが2つあったようだ。キッチリ償わせるがまずは詳しい取り調べが先だ』
昨日の昼頃には捕まって居たようで簡単な調書が取られたがオーバーフローが始まり、ギルドの地下牢に入れられていたらしい。
そして今朝その報告を受けたようだ。
ギルドに行った用はそれだけでは無さそうだがギルレイが言わないのでリミル達に関係ない事なのだろう。
『そうですか……捕まって本当に良かったです。そいつらに厳しい罰が与えられる事を願っています』
ピギルーイは殺された番を思い出しているのか苦しそうな表情をしている。
それをみたグレモスも励ますように声を掛けた。
『2つもの冒険者チームの方々が亡くなられているのですから厳しい罰が与えられるでしょう』
『ああもちろん。罰が軽いなど有り得ないし簡単には死なせない』
牢に入れられたゴブリン連れの冒険者はゴブリン共々自殺防止用の枷を付けられ、牢に繋がれている。
死んで楽になられてたまるかという意見から作られ、各ギルドの地下牢に必ず設置されている物だ。
取り調べた後罰が決まり、死んで行った人達の無念や遺された者たちの悲しみを思い知るまで罰が与えられる。
思い知った後は…その、まあ…色々だ。
本人の反省の度合いや遺族の意見によって罰後の処遇も変わる。
罰執行後に死刑という事もある。
今回はコレの可能性が高いだろう。
なんせ1チーム6人のパーティが2つ。
十二人も殺されてしまっている。
話の流れを変えようとリミルは気になっていた事を口にした。
「そう言えばさ、ピギルーイと番かもって言ってた女の子は?」
『俺は実はまだ会っていなくて…』
昨日の今日なのでリミルも何か進展を期待しての発言ではなく誰なのかどんな子なのかくらいは聞けるのではと思っての問いだった。
言葉が足りない事は自覚があるので、そのうち機会があればまた聞くことにする。
これはリミルの癖みたいなものだ。
『落ち着いてから会わせようかと思っています。まあ同じ職場なので何時でも会えるのですが彼女がピギルーイを気遣ってくれてまして』
<あいつか?>
クライが見る方向にこちらを見つめる女性がいた。
グレモスの店の制服を来たホステスだ。
『いえ、彼女とは別の従業員です。呼んでいるようですので1度失礼します。今日は昨日のお礼をさせていただきますので存分に楽しんで行ってください。本当にありがとうございました』
『客足も少しずつ戻ってるみたいで良かったな』
『ありがとうございます。今回はピギルーイが担当につきますのでオーダーは彼にお願いします。では、また後ほど』
そう言ってグレモスは中へ入って行った。
リミルは何となくそれを目で追いながら、つい気になっていた視線の主を探してキョロキョロする。
『どうしました?』
「いや、今日はペルルーイは居ないのかと思って」
リミルはペルルーイの視線を気にしていた。
悪意や敵意などは感じなかったので会って確認しようと思っていたのだった。
『ペルルーイは今日は休みですね。たぶん上の自室にいると思うので呼ぼうと思えば呼べますが?』
『んー…いやまた今度にするよ。知り合いでもないのに休みの時間を貰うわけにいかないしな』
ギルレイが『優しいな』と頭を撫でてくれるが、リミルは考え事をしていて気づかない。
何かあったときにギルレイ達を巻き込まないためにも個人もしくはクライといる時に話しかけてみようと考えていたのだった。
『そうですか。明日の午前中ならここで仕事していると思いますが。伝言などあれば伝えておきましょうか?』
『別に何も言わなくて良い…あ、でも話しかけるかもしれない事だけ言っといてくれるか?急に話しかけると吃驚するかもしれないから』
快く了承したピギルーイにギルレイが早速コース内容を注文し始める。
ササッと決まってピギルーイがオーダーを伝えに行く。
暫くすると料理が運ばれて来て豪華さに驚きつつも三人は食べ終えた。
そのタイミングでグレモスとピギルーイがやってきて噂が変わった事について話し三人に改めてお礼を言い深く頭を下げて店内に戻って行った。
<また食費が浮いたな>
「そうだなー。あ、ギルレイ!食費払ってない。昨日の夜も今朝も」
今の今まで全く気付かなかった。
昨日の夜も今朝も気がついたらギルレイが作っていた。
それを自然と食べていて、食べ終わったら次の行動に移っていた。
『貰う気はない。取っとけ』
「なんで?」
世話になりっぱなしなので多めに払うことはあっても要らないと言われるとは思ってもいなかった。
『理由か?…そのうち話す』
言えないというよりは言いたくないようだ。
無理に聞き出すのも違うと思い呑み込む。
払わなくていい理由など思いつかないがあるらしいとの事で言われた通り取っておく。
「ありがとう」
『あぁ…それじゃそろそろダンジョンの調査の続きしに行くか』
**
ギルレイ、リミル、クライの三人は【始まりのダンジョン】入口付近の花畑に到着した。
ダンジョンに入りながら話す。
『リミル、さっきは言わなかったがお前に指名依頼があったぞ』
「態々依頼ボードを見て来てくれたのか?」
その確認には時間は掛からないし罪人の報告も直ぐに済んだはずだ。
何に時間がかかっていたのか気になりつつ教えて貰える訳もないのでリミルは無理やり気をそらす。
『いや、受付嬢のリリアンとマゼッタから報告と言うか。会うなら伝えて欲しいって頼まれたんだ』
<内容も聞いてきたのか?>
高位冒険者になると指名依頼があったりする。
依頼者との顔合わせや打ち合わせ何かはギルドの個室で行われるのだが、双方に出頭して貰う日時を決めるため、ギルドから連絡が入る。
連絡用の魔導具も高位冒険者のパーティリーダーに配られている。
が、リミルはソロなので持っていない。
ギルレイやギルド管理者が持っているものほど高度なものでは無いがそれでも決して安くは無いので五、六人のパーティにしか配られない代物だ。
指名依頼が人数の多いパーティに集中するからだろう。
高位になって日が浅い事もあるかも知れないが、リミルが指名依頼を受けたのは片手で数えられる人数だ。
普通の依頼で知り合った人達のうちの数人が気に入ってくれたようでその人達には何度も頼まれている。
今回の指名依頼はどうやら違う人のようだ。
いつもの人の誰かなら依頼者の名前を言ってくれただろう。
『ある程度はな。どうせ後で報告するならって纏めて聞かされたよ』
「新規か…取り敢えず話は聞きに行くとしていつとか言われた?」
リミルは計画的に動くタイプではなく、その日か前日にやりたい事ややっておかなくてはならないことを決めて行動するタイプなので、指名依頼があればギルドの方で話し合いの日時を決めてもらっていた。
この日は特訓、この日はレベル上げ、この日は依頼と決めている人たちもいる。
チームだとこの方が便利なのかも知れない。
リミルはソロなのでその辺自由が利くということもある。
安全マージンは取っているつもりだが、いつ死ぬかも分からない。
なので毎日、悔いが残らないよう自分のやりたいように直感的に動くのがリミルには性に合っている。
指名依頼はたまに入る"予定"だった。
『ああ。出来れば明日の昼2時頃来て欲しいと伝えてって言われたな』
「了解。明日の昼2時ね」
話しているうちに広いドーム状の場所へ着く。
エントランスとでもいうのか。
前日に入らなかった横穴の1つに入り進んでいくと狼や鼠や蝙蝠等の影獣が出てきた。
影獣は黒い靄の塊のような魔物で生まれやすく1番数が多い。
通常のオーバーフローでは大抵がこの魔物だ。
レベル帯は様々で、種類も多い。
『お、出たか』
「ここのは大抵10レベル以下だけど偶に15レベルくらいのやつも出てくる」
それを聞いてギルレイは早速鑑定で確認をしながら武器を構えた。
オーバーフローでは大剣だったが今は洞窟内で狭いため小剣を使うようだ。
一斉に襲いかかってきたが一閃で光となって消えドロップ品だけが残った。
レモナの実にローゼの元となるローズの実に他の紅茶の実が幾つかと果物。
『ここは実や果物がドロップするのか』
「ドロップ品って武器によって変わったりもするけどここは決まって実や果物だったな」
その時使っている武器や職業によってドロップ品が変わることがある。
武器や防具がドロップ品だとその違いは顕著だ。
ギルレイがちょこちょこ出てくる影獣を倒しながらリミルがドロップ品を回収しつつ奥に進んで行った。
最奥は少し広い空間だが特にこれと言って何も無い。
「この階層の横穴は残りは全部こんな感じでそのうちの1箇所に階段があるんだ。ここは下の階層からの帰還場所」
『そうか。じゃあ次の階層行くか』
帰還場所がある箇所がその階層の中では1番魔物が強い。
そこを見せておけばその階層の魔物の強さは分かりやすいということでリミルは時短を図った。
ギルレイもそれがわかり、他の調査は一人でも問題ないので注意点や大まかな事だけ確認し、その都度注釈を入れてもらう事にした。
通常の調査では各部屋毎にドロップ品の変化や出現する魔物のレベルや種類などを細かく調べるために職業を変えながら何度も潜らなくてはならない。
それを既にリミルがやってくれているので事実確認だけで済むのだ。
リミルの希望通り通常よりは早く済むだろう。
先ほどよりも弱い魔物を倒しドロップを回収しながら階段へ向かう。
『ここはギルドに渡す気はないってことで良いか?』
「そのつもりだ」
ダンジョンを見つけた者が所有者という認識になるが、基本的には皆ギルドに売ってしまう。
大金が貰えるし、管理もしなくて済むし、ギルドが調査した結果にもよるが大抵は一般に解放されるので手放したところで自由に出入り出来るためだ。
占有する意味は無い。
鉱石が取れるダンジョンだとしても管理も大変で魔物を倒しながらの採掘に時間がかかり、魔物からもドロップするので運び屋の職業レベルが高くないと持ち物が多くなり売り捌くのにも規制があるため占有する者はいない。
出来たとしても街が発展し全体的に底上げできるし通常ダンジョンより高く買い取ってもらえるのでしようとも思わないのだ。
だが、リミルはこのダンジョンは売らずに中の1部の魔物達と共に管理している。
理由は幾つかあるが1番大きいのは花畑が綺麗だからだ。
後は、初めて入ったダンジョンであり、住居でもあり、仲良くなった魔物もいて、思い入れが強いためだ。
ギルレイはリミルが売る気はないのにラッセル達のレベル上げのために調査も探索もさせてくれたので一応確認したのだ。
倒した魔物やドロップ品について話しながら階段を降りて2階層のこじんまりとしたエントランスに着くと早速各フロアに1つはある安全地帯を確認する。
その後1層目への帰還場所がある横穴を探索し3層目への階段がある横穴へ。
それを4階層まで続けた。
そこまで種類は増えたが魔物もドロップ品も影獣に実や果物だけだった。
しかし5階層に降りた途端、景色が変わった。
先程まで洞窟感満載だったのが石壁の部屋のようになった。
『ここからは横穴ではなく石の部屋だな』
例によって安全地帯を確認してから探索する。
5階層の安全地帯には簡易キッチンがあった。
帰還場所に繋がる細長い部屋で影獣の他に歯鼠という歯が鋭くウネウネと動くピンク色の尻尾をした1m程ある凶暴な鼠が出てきた。
「こいつは確かレベル30くらいの中ボスだったかな。倒すと武器が貰えるよ」
『お!なら短剣で戦うか』
どうやらギルレイはナイフ類辺りが欲しいようだ。
歯鼠の素早い動きに驚きつつ、サクッと倒す。
今回のドロップ品は摩耗しがちな採取用ナイフだった。
『お!狙い通り』
「消耗激しいもんな」
ギルレイは薬師として短剣で戦っていたので採取用ナイフか短剣のどちらかしかドロップしなかっただろう。
職業若しくは武器が違っていれば違う武器がドロップしていた。
武器や防具がドロップすると分かっていれば、このように欲しい物を狙うことも可能だ。
「たぶんラッセル達が戦えるのはここまでだと思うけど下の階層も確認するか?」
『何故そう思うのか理由を聞いても良いか?』
「ここから下はレベルが急に上がるんだ。仲良くなった魔物達と戦闘訓練してたら底上げしてしまったみたいで。出てくる魔物全部強くなってる」
『そんなことあるのか。凄いな。なら調査はここまでだな。5階層までの他の調査をしに一人でくるかも知れないから仲良くなった魔物達に伝えて置いてくれるか?』
「それなら統括に会っとく?最下層に居るけど呼べば来るよ?」
『良いのか?』
そう言うとリミルは早速簡易キッチンのあった安全地帯に行き黒くて大きなものと戻ってきた。
それは黒くて大きな豹だった。
瞳は緋く鋭い牙や爪がキラリと光り、ほんのりと黒い靄を纏っている。
強い。そうギルレイも思う様な威圧感と風貌と魔力だった。
「統括、この人はギルレイだ。ギルレイ、こいつが統括な」
<よく来たな。歓迎する。リミルとアニキのダチなら立ち入りを許してやる。ただし6階層以降は覚悟して入ることだ>
『感謝する。一人で入るのは5階層までにして置くよ。それより先はそのうち付き合ってくれリミル、クライ』
「ああ、もちろん」
<俺も良いぞ>
それがいいだろうと統括はニヤリと笑う。
これは笑顔だ。
威圧感が減ったので雰囲気で伝わる。
『リミルとは契約を?』
<している。名は統括だ>
『は?』
リミルが経緯を話してくれた。
仲良くなりレベルもそれなりに上がりリミルが{地下迷宮の主}の称号を獲得した頃。
仲良くなった魔物と集まって話をしていて「君が統括だ」って役職を言ったつもりがその呼び方を気に入ってしまったようで契約成立となり"統括"が名前になってしまったらしい。
契約はしたが【始まりのダンジョン】を任せているので一緒に行動したりはしないのと珍しい魔物ということもありギルドに報告せずにいたということらしい。
連れ歩かないのならば報告義務は無いのでそれについてギルレイが特に何かを言うことはなかった。
『なるほどな。それで統括か。気に入ってるならよかったな』
<ああ。俺様に相応しい名だろう?>
『そうだな』
<ちょっと偉そうだが悪いやつじゃないんだ>
『分かってるさクライ』
「元からこんな感じの喋り方だったし今更だな。それにこれでこそ統括だし、偉そうなのに憎めない所が俺のツボだ」
<アニキもリミルも優しくて好きだ。ギルレイと言ったか?お前も良い奴そうだ。いつでも遊びに来い>
『ああ。また来るよ』
そう言って三人は統括と別れ帰路に着いた。
翌日
朝食を取って三人はギルドに向かった。
ギルレイは取り調べに立ち会うとかで忙しい。
リミルは打ち合わせまで簡単な依頼をして時間を潰すことにした。
依頼を選ぶために依頼ボードに向き合う。
<どれにするんだ?>
「2時に間に合えば何でも…」
『あんたがリミルさんかの?』
白い髭と額に小さな先の丸い角が2つ生えた体格の良い老人に声をかけられた。
「そうだがあんたは?」
『儂はハレイ。農家をやっておる。お前さんに依頼したくて来たんじゃが会えて良かったわい』
「そうか。じゃあ受付行こう」
揃って受付へ行き依頼しに来たらしいと伝えると個室で一緒に話を聞くことになった。
リリアンと共に個室へ入りそれぞれ椅子に座るとハレイが話し始める。
『リミルの評判を噂で聞いてな。是非お前さんに頼みたいと思って』
『噂というのは?どう言った噂でしょうか?』
リリアンはいつも通り質問をしながら詳しい話を聞いていく。
情報収集も兼ねていたりするので街の噂は重要だったりする。
『ん?高位なのにオーバーフローに参加してササッと魔物達を倒してしまったとか。綺麗な白いフェンリルを連れてるとか。ギル坊と仲が良いとか。年下に絡まれても優しく対応してたとか。気さくで話しやすいとか。可愛い也して驚くほど強いとか。後は依頼をした事がある奴が言っていたが仕事が丁寧だとかじゃな。儂が聞いたのは』
『概ね事実ですね。ただ、彼の場合、優しく対応したというのも気さくに話したのも仕事が丁寧なのも相手による所があります。前に横柄な態度を取った者がいたのですがその時は怒って依頼を受けなかったんですよ。そちらの出方次第と受け取り方次第ですね。それでも良ければ話を進めましょう』
『横柄なのは儂も好かんよ。若いんじゃし感情を出すのは良いことじゃ。ただ、相手も自分のしていることに気が付かない事の方が多いと思って1度言ってみてあげる事も大事じゃぞ?我慢などして自分を傷つけないためにな。言い方もあるだろうがこればっかりは相手にもよるからの。すまんな。説教臭くなってしもうた。彼に頼みたいから話を進めてくれるかの?』
リミルは言われた事について考えてみた。
言い方を工夫して自分の主張を相手に伝えるのは大事かもしれない。
するにしてもされるにしても。
確かに自分のことを客観的に見るのは難しい。
周りから見た自分というのは、なかなか主観が抜けず、自分本位に理解してしまいがちだ。
注意されれば直す機会を貰えるって事だ。
それが優しい言葉ならばイラついたりし難いだろう。
俺は勝手に嫌われたりする前に注意される方が良い。
ならば俺もそうしよう。
"されて嫌なことはしない"がポリシーだがされて嬉しいことはどうなんだろうか?
されたら嫌な人もいるだろうが言ってくれなきゃ分からないよな?
ならばやってみるしかない。
『では話を進めましょう。依頼内容について話して頂けますか?』
『もちろんじゃ。少し遠出になるんじゃがな』
そう言ってハレイは依頼内容を話し始めた。
野菜についての話が長かったので要約するとこうだ。
イレアの南にあるルスタフという街とその西にあるノフテスという街の間にある村で新しい品種の野菜が作られたという。
その野菜と種若しくは苗を買いに行ってきて欲しいということらしい。
「そういうのって商人がやるんじゃ?」
『農家の方が直接買い付けること自体はよくありますよ。ただ危険が多いので旅商人の方が来るのを待つ方が安全です。ですが旅商人の方々は各地を回りながらなのでどうしても遅くなるんです。その点冒険者に頼むと依頼内容だけなので早く届くというわけです』
「へぇー。買い付けはやったことないな。やってみたい。けど俺街から出ないように言われてるんだけど良いのか?」
ギルレイに止められたから旅を延期したのに他の街に行っても良いのか疑問だ。
駄目なら少し残念だが良いなら良いでなら何故旅は駄目なのか、と複雑な気持ちになる。
『その点は一応別件の依頼があって確認しましたが直ぐに戻ってこられる距離であれば問題ないそうです。ちなみに数日間という期限付きになります』
クライのことは近くの街にはもう伝わっているので行っても良いそうだ。
ただそれだけではなくギルレイが今は言えないと言っていた理由に関係するのか近くにいないと困るようだ。
どうやら旅だと帰って来なくなるのが問題らしい。
帰れなくはないが自主的にであって呼び戻すことはできない。
連絡手段があれば良いのだが手紙は"移動する人"には届けられない。
基本的に"場所"に届けるからだ。
ならば連絡用の魔導具はというと例外を認めるのが難しいとのことで、高位全員に配ることが出来ないので無理だと。
簡単に連絡が取れれば良いのにと思ったが今はそんなことを考えている場合ではなかった。
「期限付きならその依頼を受けられるのか?」
『はい。大丈夫ですよ。今日2時の打ち合わせも同じ方面なので纏めて受けられるかもしれませんね』
『ほっほっ。受けてくれるかの?』
「受けるよ。野菜自体と種若しくは苗を買ってくる。量はそれぞれどの程度欲しいんだ?」
詳しい内容を詰めていき最後に今回の依頼に見合った報酬金額をリリアンが提示した。
『今払えば良いのかの?』
『払えるならば今払って頂けると依頼が確定になります』
ハレイはコインが入った袋を取り出し数を数えながら机に置いていき提示された金額が揃うとリミルの方へ押しやった。
リミルは困った様に笑いながら
「依頼料は1度ギルドに払ってもらう決まりなんだ」
とギルドの仕組みをハレイに説明した。
昔何度もトラブルがあったそうだ。
前払いだと払ったはいいが仕事が雑だったとか、払った払ってないの押し問答。
後払いだとケチをつけて払わない依頼主がいたり、思ったより大変だったから依頼料を上乗せしろと言い出したり。
そこで指名依頼もギルドが管理するようになった。
依頼料の相場をある程度決め、難易度によって上乗せする金額もギルドが決める。
前払いや後払いが問題にならないよう、打ち合わせで決まった金額をギルドが預かり依頼達成時に報酬として渡す。
今回の場合、野菜や種や苗をギルドに持ち込むと報酬と交換して貰える。
届けた野菜等はギルドから依頼主に渡される。
この辺りは通常依頼とあまり変わらない。
指名依頼のメリットは詳しく注文が付けられる事や少し無茶な依頼も出来たりする事、人を選べる事などがある。デメリットは少し値が張る事と受けるかは冒険者次第という事か。
通常依頼も冒険者次第ということに変わりはないが依頼対象が沢山いるので誰も受けないということはありえない。
誰が受けるかは運次第だ。
『そうなのか。教えてくれてありがとうな。じゃあお前さんに預けるぞ』
『はい。確かに』
そうしてハレイとの打ち合わせは終わった。
ハレイは『よろしく頼む』と言って帰って行った。
『リミルちゃん、2時から3組連続で打ち合わせが入ってますよ』
リリアンは見た目も中身も若いがギルレイやアンリと古くからの友達だそうで歳はそれなりにいっている。
そのためか紹介された頃から子ども扱いというかちゃん付けされている。
「え、三人も?珍しいね」
<一人かと思ってたぞ>
床に伏せていたクライも思わずといった感じでムクっと起き上がった。
リリアンはそれを見て『そうだろうと思ってました』と笑っていた。
『2組はハレイさんと同じ方面に言ってもらう依頼ですが、もう1組は変わった依頼です』
「変わった依頼?」
『まあ話だけでも聞いてあげてください』
「あ、うん」
『それにしてもオーバーフローから噂が絶えません。大半が良い噂で評判は上がってます』
リリアンは自分の事のように嬉しそうに話す。
評判が上がる事自体は良いことだが喜んでばかりも居られないとリミルは微笑んだ後、複雑そうな表情をした。
クライは大半という言葉に反応した。
<悪い噂もあるのか?>
リリアンは眉尻を下げて困ったような表情になった。
名が上がると必ず出てくる問題だ。
『恐らく妬みや嫉みから来るもので、大して広まってはいませんけど』
これまではあまり目立った行動を取ってこなかったため大した名声もなく、かと言ってやっかみもそれほど無かった。
銀狼を連れても驚かれたがそれだけだったし、クライがフェンリルになっても驚かれたり怖がられたり狙われたりはしたが嫌がらせはされなかった。
高位になったのを知ったベテラン連中に色々と言われたが何も無かった。
それを見ていた数名に睨まれはしたが。
リミルに向けられる視線には害意敵意悪意の他にも好意的なものもある。
それは判別できる程度の数でその他大勢は無関心だった。
だからこそ避けてこられたがそうもいかなくなりそうだ。
「たぶんいつも睨んで来るやつ等じゃないかな。いつもそういうのは避けてるけどそのうち仕掛けてきそうだな」
『気をつけてね。アンリもいつも心配してたけど私も心配だわ』
仕事中は敬語を外さないリリアンが珍しく普段の話し方になっていた。
それだけ気にかけてくれているということだろう。
リミルは申し訳なく思いつつ、感謝を口にした。
「心配してくれてありがとう。気をつけるよ」
『そうだ、リミルちゃん。2時までの予定はもう決まってますか?』
「いやまだだけど」
決めようとしていた所にハレイが声をかけてきたので決まっていなかった。
『なら月下草の採取依頼を受けてくれませんか?』
**
リミルとクライはリンドの森北方にある岩山の山頂付近に来ていた。
月下草は別の場所にも生えているのだがここは群生地で数が多い。
それに人が立ち入らない場所なので荒らされておらず綺麗な場所だ。
リミルのお気に入りスポットの1つでもある。
念の為ここも妖術と精霊術で護っている。
月下草の他にも様々な草花が生息している。
ポーションの材料になる薬草も多く、月下草はMPポーションの材料になる。
先程リリアンに頼まれた依頼のために岩山の山頂を訪れていた。
野生の草花は摘んだとしても同じ場所に生えてくる。
なので見えている箇所全部摘まれたとしても待てばまた採取できる。
にも関わらずリリアンが依頼をしてきたのは、駆け出しの冒険者が依頼が出る前に根こそぎ採取して雑な保存の仕方で枯らしてしまい、不足しているかららしい。
ポーション屋からの通常依頼の方はいくつかの冒険者チームに任せているのでリミルにはギルドの在庫用に採取して欲しいとのことだった。
「20から30ほどって言ってたな」
<それくらいなら手持ちのやつ渡せば良かったんじゃないか?>
リミルはこの場所_"庭園"と呼んでいる_の景観を壊さない程度に偶に摘んでいた。
初めて来た時、魔素を取り込み過ぎて魔物化した植物だらけになっていたので全て倒して摘みまくった。
その後生えてきた草花はどれも綺麗で時々様子を見に来ては古い物から摘んで綺麗な庭園を維持している。
そのため沢山手持ちがある。
手折って直ぐ《空間収納》に仕舞うので全て採取したてのまま保存されている。
なので、偶に手持ちから出して依頼を達成したりもする。
「まあ、でもそろそろ摘まないとな。そう言えばここにもホームポイント?いや転移ポイントか。設置しておこうかな」
<ホームポイントと転移ポイントは別物なんだろ?>
「ああ。ホームポイントは種族レベルを上げれば手に入る特殊能力だけど転移ポイントは職業によるものだからな」
昔苦労して造った東屋に転移ポイントを設置_魔法で位置を記憶_して、10本ずつ程摘んでギルドに戻った。
**
リリアンに月下草を30本渡し、報酬を受け取る。
2時まで南通りのレストランに行くには微妙な時間だ。
ギルドのロフト部分にあるバーで食べることにした。
受付横の階段を登る途中、階段の上を見るとこちらを見ているクールな男がいた。
「あ、クリード。リリアンを見てたのか?」
そう言いながらリリアンを見遣って直ぐに視線を戻す。
『そうだ。俺の奥さんはいつみても可愛い。リミルは月下草の依頼か?』
クリードはリリアンを見つめてフッと表情を緩めて笑い、直ぐに無表情になる。
無表情と言っても普段よりはいくらか柔らかい雰囲気ではあるのだが。
「そうそう。リリアンに頼まれて。誰かが枯らしたんだろ?」
『ああ。今さっき注意が終わったとこだ』
クリードは濃い紫色の髪に青と黄色のオッドアイをしたクールな魔神で愛妻家だ。
ギルド管理者の一人でもある。
細マッチョで身長は198cmあり、ギルレイとは旧知の仲らしい。
「お疲れ。取り調べもあるのに大変だな」
『全くだ。今はギルレイが取り調べているが、随分身勝手なやつだから取り調べるのも鬱陶しい。従魔のゴブリンは状況が分かっていないのか暴れているしな』
思い出したのか眉間に皺が寄っている。
それでもリリアンが『怒ってても素敵』と言うだけあって、イケメンは崩れていない。
<反省の色なしか?ピギルーイが憤るだろうな>
『まあ嫌でも反省することになる』
そう話しながらバーのマスターにランチを注文する。
バーなので基本酒とつまみしか置いていないがランチタイムだけマスターの趣味で日替わり定食がメニューに追加される。
クリードの惚気らしくない惚気話を聞きながら食べ終わった。
「ようするに?」
『妻が可愛いんだ』
「うん。知ってた」
クリードは普段惚気話などしない。
してもギルレイだけだった。
しかし最近リミルと話すようになってから段々惚気が多くなってきた。
リミルはその理由を奥さんを亡くしたギルレイに惚気けるのは気が引けるためだと思っている。
しかし実際はギルレイは気にしていないしそれを分かっててクリードはギルレイにも惚気けている。
リミルに惚気けるのはリリアンとの共通の知り合いで話しやすいからだ。
ニコニコと聞いてくれるのも話していて気持ちが良い。
リリアンが『息子みたい』だと言うので気に掛け話し掛け結果的に惚気ける。
子どもができる前のシミュレーションをリミルでしているのかも知れない。
とにかく、つい惚気けてしまうのだ。
**
そうこうしているうちに約束の2時前になった。
「そろそろ打ち合わせの時間だ」
『そうか。俺もギルレイ達の取り調べに立ち会ってくる。またな』
そう言ってクリードと別れリリアンの所へ行った。
リミルとクライはリリアンに言われて先に個室に入った。
リリアンが順に連れてくるらしい。
まず始めに来たのはグレモスとは違うレストランのオーナーだった。
依頼はイレアから南に数百キロ程離れた街、ルスタフでの買い付け。
もう一人は行商人でこちらも買い付け。ルスタフから西に数百キロ離れたノフテスという街まで行かなくてはならない。
リミルはリリアンからの許可が降りるとどちらも即決で引き受けた。
リンドの森とイレアの街しか知らないので未知の場所に興味があった。
だからこそ旅に出たいと思っていたのだ。
今回は自由気ままな旅ではなく仕事として依頼を受けていくがそれでも楽しみに変わりなかった。
そして最後に入ってきたのはなんとペルルーイだった。
ピギルーイの同僚でリミルが視線を気にしていた彼だ。
「キャビネットもエリエッタの店の隣にある無口なエリエッタのお兄さんの店で買ったよ」
『そうか。あいつの家具は質も良いし綺麗なデザインだからな。家にあるのはほとんどそこで買ってるな』
そこにグレモスを連れてピギルーイが来た。
挨拶を終えた二人にギルレイが口を開く。
『先程ギルドで報告を受けたんだがゴブリン連れの冒険者が捕まった。高位の冒険者チームにゴブリンを嗾けたようだ。返り討ちにあったゴブリンがテイムされたゴブリンに助けを求める所をその冒険者チームが目撃したそうだ』
<そいつ馬鹿なのか?高位冒険者チームに集団と言えどゴブリンが勝てると思ったのか?>
クライが呆れたように言っている。
ゴブリンは集団だと冒険者によっては脅威になり得るが高位にとってはとても弱い存在だ。
何百匹いても変わらない。
そんなに纏まって行動する種族でもないが、多くて百匹程度か。
『高位と知らずに襲わせたらしいがこれまでに何度もやっているみたいだ。そのうち死んでしまったチームが2つあったようだ。キッチリ償わせるがまずは詳しい取り調べが先だ』
昨日の昼頃には捕まって居たようで簡単な調書が取られたがオーバーフローが始まり、ギルドの地下牢に入れられていたらしい。
そして今朝その報告を受けたようだ。
ギルドに行った用はそれだけでは無さそうだがギルレイが言わないのでリミル達に関係ない事なのだろう。
『そうですか……捕まって本当に良かったです。そいつらに厳しい罰が与えられる事を願っています』
ピギルーイは殺された番を思い出しているのか苦しそうな表情をしている。
それをみたグレモスも励ますように声を掛けた。
『2つもの冒険者チームの方々が亡くなられているのですから厳しい罰が与えられるでしょう』
『ああもちろん。罰が軽いなど有り得ないし簡単には死なせない』
牢に入れられたゴブリン連れの冒険者はゴブリン共々自殺防止用の枷を付けられ、牢に繋がれている。
死んで楽になられてたまるかという意見から作られ、各ギルドの地下牢に必ず設置されている物だ。
取り調べた後罰が決まり、死んで行った人達の無念や遺された者たちの悲しみを思い知るまで罰が与えられる。
思い知った後は…その、まあ…色々だ。
本人の反省の度合いや遺族の意見によって罰後の処遇も変わる。
罰執行後に死刑という事もある。
今回はコレの可能性が高いだろう。
なんせ1チーム6人のパーティが2つ。
十二人も殺されてしまっている。
話の流れを変えようとリミルは気になっていた事を口にした。
「そう言えばさ、ピギルーイと番かもって言ってた女の子は?」
『俺は実はまだ会っていなくて…』
昨日の今日なのでリミルも何か進展を期待しての発言ではなく誰なのかどんな子なのかくらいは聞けるのではと思っての問いだった。
言葉が足りない事は自覚があるので、そのうち機会があればまた聞くことにする。
これはリミルの癖みたいなものだ。
『落ち着いてから会わせようかと思っています。まあ同じ職場なので何時でも会えるのですが彼女がピギルーイを気遣ってくれてまして』
<あいつか?>
クライが見る方向にこちらを見つめる女性がいた。
グレモスの店の制服を来たホステスだ。
『いえ、彼女とは別の従業員です。呼んでいるようですので1度失礼します。今日は昨日のお礼をさせていただきますので存分に楽しんで行ってください。本当にありがとうございました』
『客足も少しずつ戻ってるみたいで良かったな』
『ありがとうございます。今回はピギルーイが担当につきますのでオーダーは彼にお願いします。では、また後ほど』
そう言ってグレモスは中へ入って行った。
リミルは何となくそれを目で追いながら、つい気になっていた視線の主を探してキョロキョロする。
『どうしました?』
「いや、今日はペルルーイは居ないのかと思って」
リミルはペルルーイの視線を気にしていた。
悪意や敵意などは感じなかったので会って確認しようと思っていたのだった。
『ペルルーイは今日は休みですね。たぶん上の自室にいると思うので呼ぼうと思えば呼べますが?』
『んー…いやまた今度にするよ。知り合いでもないのに休みの時間を貰うわけにいかないしな』
ギルレイが『優しいな』と頭を撫でてくれるが、リミルは考え事をしていて気づかない。
何かあったときにギルレイ達を巻き込まないためにも個人もしくはクライといる時に話しかけてみようと考えていたのだった。
『そうですか。明日の午前中ならここで仕事していると思いますが。伝言などあれば伝えておきましょうか?』
『別に何も言わなくて良い…あ、でも話しかけるかもしれない事だけ言っといてくれるか?急に話しかけると吃驚するかもしれないから』
快く了承したピギルーイにギルレイが早速コース内容を注文し始める。
ササッと決まってピギルーイがオーダーを伝えに行く。
暫くすると料理が運ばれて来て豪華さに驚きつつも三人は食べ終えた。
そのタイミングでグレモスとピギルーイがやってきて噂が変わった事について話し三人に改めてお礼を言い深く頭を下げて店内に戻って行った。
<また食費が浮いたな>
「そうだなー。あ、ギルレイ!食費払ってない。昨日の夜も今朝も」
今の今まで全く気付かなかった。
昨日の夜も今朝も気がついたらギルレイが作っていた。
それを自然と食べていて、食べ終わったら次の行動に移っていた。
『貰う気はない。取っとけ』
「なんで?」
世話になりっぱなしなので多めに払うことはあっても要らないと言われるとは思ってもいなかった。
『理由か?…そのうち話す』
言えないというよりは言いたくないようだ。
無理に聞き出すのも違うと思い呑み込む。
払わなくていい理由など思いつかないがあるらしいとの事で言われた通り取っておく。
「ありがとう」
『あぁ…それじゃそろそろダンジョンの調査の続きしに行くか』
**
ギルレイ、リミル、クライの三人は【始まりのダンジョン】入口付近の花畑に到着した。
ダンジョンに入りながら話す。
『リミル、さっきは言わなかったがお前に指名依頼があったぞ』
「態々依頼ボードを見て来てくれたのか?」
その確認には時間は掛からないし罪人の報告も直ぐに済んだはずだ。
何に時間がかかっていたのか気になりつつ教えて貰える訳もないのでリミルは無理やり気をそらす。
『いや、受付嬢のリリアンとマゼッタから報告と言うか。会うなら伝えて欲しいって頼まれたんだ』
<内容も聞いてきたのか?>
高位冒険者になると指名依頼があったりする。
依頼者との顔合わせや打ち合わせ何かはギルドの個室で行われるのだが、双方に出頭して貰う日時を決めるため、ギルドから連絡が入る。
連絡用の魔導具も高位冒険者のパーティリーダーに配られている。
が、リミルはソロなので持っていない。
ギルレイやギルド管理者が持っているものほど高度なものでは無いがそれでも決して安くは無いので五、六人のパーティにしか配られない代物だ。
指名依頼が人数の多いパーティに集中するからだろう。
高位になって日が浅い事もあるかも知れないが、リミルが指名依頼を受けたのは片手で数えられる人数だ。
普通の依頼で知り合った人達のうちの数人が気に入ってくれたようでその人達には何度も頼まれている。
今回の指名依頼はどうやら違う人のようだ。
いつもの人の誰かなら依頼者の名前を言ってくれただろう。
『ある程度はな。どうせ後で報告するならって纏めて聞かされたよ』
「新規か…取り敢えず話は聞きに行くとしていつとか言われた?」
リミルは計画的に動くタイプではなく、その日か前日にやりたい事ややっておかなくてはならないことを決めて行動するタイプなので、指名依頼があればギルドの方で話し合いの日時を決めてもらっていた。
この日は特訓、この日はレベル上げ、この日は依頼と決めている人たちもいる。
チームだとこの方が便利なのかも知れない。
リミルはソロなのでその辺自由が利くということもある。
安全マージンは取っているつもりだが、いつ死ぬかも分からない。
なので毎日、悔いが残らないよう自分のやりたいように直感的に動くのがリミルには性に合っている。
指名依頼はたまに入る"予定"だった。
『ああ。出来れば明日の昼2時頃来て欲しいと伝えてって言われたな』
「了解。明日の昼2時ね」
話しているうちに広いドーム状の場所へ着く。
エントランスとでもいうのか。
前日に入らなかった横穴の1つに入り進んでいくと狼や鼠や蝙蝠等の影獣が出てきた。
影獣は黒い靄の塊のような魔物で生まれやすく1番数が多い。
通常のオーバーフローでは大抵がこの魔物だ。
レベル帯は様々で、種類も多い。
『お、出たか』
「ここのは大抵10レベル以下だけど偶に15レベルくらいのやつも出てくる」
それを聞いてギルレイは早速鑑定で確認をしながら武器を構えた。
オーバーフローでは大剣だったが今は洞窟内で狭いため小剣を使うようだ。
一斉に襲いかかってきたが一閃で光となって消えドロップ品だけが残った。
レモナの実にローゼの元となるローズの実に他の紅茶の実が幾つかと果物。
『ここは実や果物がドロップするのか』
「ドロップ品って武器によって変わったりもするけどここは決まって実や果物だったな」
その時使っている武器や職業によってドロップ品が変わることがある。
武器や防具がドロップ品だとその違いは顕著だ。
ギルレイがちょこちょこ出てくる影獣を倒しながらリミルがドロップ品を回収しつつ奥に進んで行った。
最奥は少し広い空間だが特にこれと言って何も無い。
「この階層の横穴は残りは全部こんな感じでそのうちの1箇所に階段があるんだ。ここは下の階層からの帰還場所」
『そうか。じゃあ次の階層行くか』
帰還場所がある箇所がその階層の中では1番魔物が強い。
そこを見せておけばその階層の魔物の強さは分かりやすいということでリミルは時短を図った。
ギルレイもそれがわかり、他の調査は一人でも問題ないので注意点や大まかな事だけ確認し、その都度注釈を入れてもらう事にした。
通常の調査では各部屋毎にドロップ品の変化や出現する魔物のレベルや種類などを細かく調べるために職業を変えながら何度も潜らなくてはならない。
それを既にリミルがやってくれているので事実確認だけで済むのだ。
リミルの希望通り通常よりは早く済むだろう。
先ほどよりも弱い魔物を倒しドロップを回収しながら階段へ向かう。
『ここはギルドに渡す気はないってことで良いか?』
「そのつもりだ」
ダンジョンを見つけた者が所有者という認識になるが、基本的には皆ギルドに売ってしまう。
大金が貰えるし、管理もしなくて済むし、ギルドが調査した結果にもよるが大抵は一般に解放されるので手放したところで自由に出入り出来るためだ。
占有する意味は無い。
鉱石が取れるダンジョンだとしても管理も大変で魔物を倒しながらの採掘に時間がかかり、魔物からもドロップするので運び屋の職業レベルが高くないと持ち物が多くなり売り捌くのにも規制があるため占有する者はいない。
出来たとしても街が発展し全体的に底上げできるし通常ダンジョンより高く買い取ってもらえるのでしようとも思わないのだ。
だが、リミルはこのダンジョンは売らずに中の1部の魔物達と共に管理している。
理由は幾つかあるが1番大きいのは花畑が綺麗だからだ。
後は、初めて入ったダンジョンであり、住居でもあり、仲良くなった魔物もいて、思い入れが強いためだ。
ギルレイはリミルが売る気はないのにラッセル達のレベル上げのために調査も探索もさせてくれたので一応確認したのだ。
倒した魔物やドロップ品について話しながら階段を降りて2階層のこじんまりとしたエントランスに着くと早速各フロアに1つはある安全地帯を確認する。
その後1層目への帰還場所がある横穴を探索し3層目への階段がある横穴へ。
それを4階層まで続けた。
そこまで種類は増えたが魔物もドロップ品も影獣に実や果物だけだった。
しかし5階層に降りた途端、景色が変わった。
先程まで洞窟感満載だったのが石壁の部屋のようになった。
『ここからは横穴ではなく石の部屋だな』
例によって安全地帯を確認してから探索する。
5階層の安全地帯には簡易キッチンがあった。
帰還場所に繋がる細長い部屋で影獣の他に歯鼠という歯が鋭くウネウネと動くピンク色の尻尾をした1m程ある凶暴な鼠が出てきた。
「こいつは確かレベル30くらいの中ボスだったかな。倒すと武器が貰えるよ」
『お!なら短剣で戦うか』
どうやらギルレイはナイフ類辺りが欲しいようだ。
歯鼠の素早い動きに驚きつつ、サクッと倒す。
今回のドロップ品は摩耗しがちな採取用ナイフだった。
『お!狙い通り』
「消耗激しいもんな」
ギルレイは薬師として短剣で戦っていたので採取用ナイフか短剣のどちらかしかドロップしなかっただろう。
職業若しくは武器が違っていれば違う武器がドロップしていた。
武器や防具がドロップすると分かっていれば、このように欲しい物を狙うことも可能だ。
「たぶんラッセル達が戦えるのはここまでだと思うけど下の階層も確認するか?」
『何故そう思うのか理由を聞いても良いか?』
「ここから下はレベルが急に上がるんだ。仲良くなった魔物達と戦闘訓練してたら底上げしてしまったみたいで。出てくる魔物全部強くなってる」
『そんなことあるのか。凄いな。なら調査はここまでだな。5階層までの他の調査をしに一人でくるかも知れないから仲良くなった魔物達に伝えて置いてくれるか?』
「それなら統括に会っとく?最下層に居るけど呼べば来るよ?」
『良いのか?』
そう言うとリミルは早速簡易キッチンのあった安全地帯に行き黒くて大きなものと戻ってきた。
それは黒くて大きな豹だった。
瞳は緋く鋭い牙や爪がキラリと光り、ほんのりと黒い靄を纏っている。
強い。そうギルレイも思う様な威圧感と風貌と魔力だった。
「統括、この人はギルレイだ。ギルレイ、こいつが統括な」
<よく来たな。歓迎する。リミルとアニキのダチなら立ち入りを許してやる。ただし6階層以降は覚悟して入ることだ>
『感謝する。一人で入るのは5階層までにして置くよ。それより先はそのうち付き合ってくれリミル、クライ』
「ああ、もちろん」
<俺も良いぞ>
それがいいだろうと統括はニヤリと笑う。
これは笑顔だ。
威圧感が減ったので雰囲気で伝わる。
『リミルとは契約を?』
<している。名は統括だ>
『は?』
リミルが経緯を話してくれた。
仲良くなりレベルもそれなりに上がりリミルが{地下迷宮の主}の称号を獲得した頃。
仲良くなった魔物と集まって話をしていて「君が統括だ」って役職を言ったつもりがその呼び方を気に入ってしまったようで契約成立となり"統括"が名前になってしまったらしい。
契約はしたが【始まりのダンジョン】を任せているので一緒に行動したりはしないのと珍しい魔物ということもありギルドに報告せずにいたということらしい。
連れ歩かないのならば報告義務は無いのでそれについてギルレイが特に何かを言うことはなかった。
『なるほどな。それで統括か。気に入ってるならよかったな』
<ああ。俺様に相応しい名だろう?>
『そうだな』
<ちょっと偉そうだが悪いやつじゃないんだ>
『分かってるさクライ』
「元からこんな感じの喋り方だったし今更だな。それにこれでこそ統括だし、偉そうなのに憎めない所が俺のツボだ」
<アニキもリミルも優しくて好きだ。ギルレイと言ったか?お前も良い奴そうだ。いつでも遊びに来い>
『ああ。また来るよ』
そう言って三人は統括と別れ帰路に着いた。
翌日
朝食を取って三人はギルドに向かった。
ギルレイは取り調べに立ち会うとかで忙しい。
リミルは打ち合わせまで簡単な依頼をして時間を潰すことにした。
依頼を選ぶために依頼ボードに向き合う。
<どれにするんだ?>
「2時に間に合えば何でも…」
『あんたがリミルさんかの?』
白い髭と額に小さな先の丸い角が2つ生えた体格の良い老人に声をかけられた。
「そうだがあんたは?」
『儂はハレイ。農家をやっておる。お前さんに依頼したくて来たんじゃが会えて良かったわい』
「そうか。じゃあ受付行こう」
揃って受付へ行き依頼しに来たらしいと伝えると個室で一緒に話を聞くことになった。
リリアンと共に個室へ入りそれぞれ椅子に座るとハレイが話し始める。
『リミルの評判を噂で聞いてな。是非お前さんに頼みたいと思って』
『噂というのは?どう言った噂でしょうか?』
リリアンはいつも通り質問をしながら詳しい話を聞いていく。
情報収集も兼ねていたりするので街の噂は重要だったりする。
『ん?高位なのにオーバーフローに参加してササッと魔物達を倒してしまったとか。綺麗な白いフェンリルを連れてるとか。ギル坊と仲が良いとか。年下に絡まれても優しく対応してたとか。気さくで話しやすいとか。可愛い也して驚くほど強いとか。後は依頼をした事がある奴が言っていたが仕事が丁寧だとかじゃな。儂が聞いたのは』
『概ね事実ですね。ただ、彼の場合、優しく対応したというのも気さくに話したのも仕事が丁寧なのも相手による所があります。前に横柄な態度を取った者がいたのですがその時は怒って依頼を受けなかったんですよ。そちらの出方次第と受け取り方次第ですね。それでも良ければ話を進めましょう』
『横柄なのは儂も好かんよ。若いんじゃし感情を出すのは良いことじゃ。ただ、相手も自分のしていることに気が付かない事の方が多いと思って1度言ってみてあげる事も大事じゃぞ?我慢などして自分を傷つけないためにな。言い方もあるだろうがこればっかりは相手にもよるからの。すまんな。説教臭くなってしもうた。彼に頼みたいから話を進めてくれるかの?』
リミルは言われた事について考えてみた。
言い方を工夫して自分の主張を相手に伝えるのは大事かもしれない。
するにしてもされるにしても。
確かに自分のことを客観的に見るのは難しい。
周りから見た自分というのは、なかなか主観が抜けず、自分本位に理解してしまいがちだ。
注意されれば直す機会を貰えるって事だ。
それが優しい言葉ならばイラついたりし難いだろう。
俺は勝手に嫌われたりする前に注意される方が良い。
ならば俺もそうしよう。
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『では話を進めましょう。依頼内容について話して頂けますか?』
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そう言ってハレイは依頼内容を話し始めた。
野菜についての話が長かったので要約するとこうだ。
イレアの南にあるルスタフという街とその西にあるノフテスという街の間にある村で新しい品種の野菜が作られたという。
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『農家の方が直接買い付けること自体はよくありますよ。ただ危険が多いので旅商人の方が来るのを待つ方が安全です。ですが旅商人の方々は各地を回りながらなのでどうしても遅くなるんです。その点冒険者に頼むと依頼内容だけなので早く届くというわけです』
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ギルレイに止められたから旅を延期したのに他の街に行っても良いのか疑問だ。
駄目なら少し残念だが良いなら良いでなら何故旅は駄目なのか、と複雑な気持ちになる。
『その点は一応別件の依頼があって確認しましたが直ぐに戻ってこられる距離であれば問題ないそうです。ちなみに数日間という期限付きになります』
クライのことは近くの街にはもう伝わっているので行っても良いそうだ。
ただそれだけではなくギルレイが今は言えないと言っていた理由に関係するのか近くにいないと困るようだ。
どうやら旅だと帰って来なくなるのが問題らしい。
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『今払えば良いのかの?』
『払えるならば今払って頂けると依頼が確定になります』
ハレイはコインが入った袋を取り出し数を数えながら机に置いていき提示された金額が揃うとリミルの方へ押しやった。
リミルは困った様に笑いながら
「依頼料は1度ギルドに払ってもらう決まりなんだ」
とギルドの仕組みをハレイに説明した。
昔何度もトラブルがあったそうだ。
前払いだと払ったはいいが仕事が雑だったとか、払った払ってないの押し問答。
後払いだとケチをつけて払わない依頼主がいたり、思ったより大変だったから依頼料を上乗せしろと言い出したり。
そこで指名依頼もギルドが管理するようになった。
依頼料の相場をある程度決め、難易度によって上乗せする金額もギルドが決める。
前払いや後払いが問題にならないよう、打ち合わせで決まった金額をギルドが預かり依頼達成時に報酬として渡す。
今回の場合、野菜や種や苗をギルドに持ち込むと報酬と交換して貰える。
届けた野菜等はギルドから依頼主に渡される。
この辺りは通常依頼とあまり変わらない。
指名依頼のメリットは詳しく注文が付けられる事や少し無茶な依頼も出来たりする事、人を選べる事などがある。デメリットは少し値が張る事と受けるかは冒険者次第という事か。
通常依頼も冒険者次第ということに変わりはないが依頼対象が沢山いるので誰も受けないということはありえない。
誰が受けるかは運次第だ。
『そうなのか。教えてくれてありがとうな。じゃあお前さんに預けるぞ』
『はい。確かに』
そうしてハレイとの打ち合わせは終わった。
ハレイは『よろしく頼む』と言って帰って行った。
『リミルちゃん、2時から3組連続で打ち合わせが入ってますよ』
リリアンは見た目も中身も若いがギルレイやアンリと古くからの友達だそうで歳はそれなりにいっている。
そのためか紹介された頃から子ども扱いというかちゃん付けされている。
「え、三人も?珍しいね」
<一人かと思ってたぞ>
床に伏せていたクライも思わずといった感じでムクっと起き上がった。
リリアンはそれを見て『そうだろうと思ってました』と笑っていた。
『2組はハレイさんと同じ方面に言ってもらう依頼ですが、もう1組は変わった依頼です』
「変わった依頼?」
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リリアンは自分の事のように嬉しそうに話す。
評判が上がる事自体は良いことだが喜んでばかりも居られないとリミルは微笑んだ後、複雑そうな表情をした。
クライは大半という言葉に反応した。
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リリアンは眉尻を下げて困ったような表情になった。
名が上がると必ず出てくる問題だ。
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これまではあまり目立った行動を取ってこなかったため大した名声もなく、かと言ってやっかみもそれほど無かった。
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それを見ていた数名に睨まれはしたが。
リミルに向けられる視線には害意敵意悪意の他にも好意的なものもある。
それは判別できる程度の数でその他大勢は無関心だった。
だからこそ避けてこられたがそうもいかなくなりそうだ。
「たぶんいつも睨んで来るやつ等じゃないかな。いつもそういうのは避けてるけどそのうち仕掛けてきそうだな」
『気をつけてね。アンリもいつも心配してたけど私も心配だわ』
仕事中は敬語を外さないリリアンが珍しく普段の話し方になっていた。
それだけ気にかけてくれているということだろう。
リミルは申し訳なく思いつつ、感謝を口にした。
「心配してくれてありがとう。気をつけるよ」
『そうだ、リミルちゃん。2時までの予定はもう決まってますか?』
「いやまだだけど」
決めようとしていた所にハレイが声をかけてきたので決まっていなかった。
『なら月下草の採取依頼を受けてくれませんか?』
**
リミルとクライはリンドの森北方にある岩山の山頂付近に来ていた。
月下草は別の場所にも生えているのだがここは群生地で数が多い。
それに人が立ち入らない場所なので荒らされておらず綺麗な場所だ。
リミルのお気に入りスポットの1つでもある。
念の為ここも妖術と精霊術で護っている。
月下草の他にも様々な草花が生息している。
ポーションの材料になる薬草も多く、月下草はMPポーションの材料になる。
先程リリアンに頼まれた依頼のために岩山の山頂を訪れていた。
野生の草花は摘んだとしても同じ場所に生えてくる。
なので見えている箇所全部摘まれたとしても待てばまた採取できる。
にも関わらずリリアンが依頼をしてきたのは、駆け出しの冒険者が依頼が出る前に根こそぎ採取して雑な保存の仕方で枯らしてしまい、不足しているかららしい。
ポーション屋からの通常依頼の方はいくつかの冒険者チームに任せているのでリミルにはギルドの在庫用に採取して欲しいとのことだった。
「20から30ほどって言ってたな」
<それくらいなら手持ちのやつ渡せば良かったんじゃないか?>
リミルはこの場所_"庭園"と呼んでいる_の景観を壊さない程度に偶に摘んでいた。
初めて来た時、魔素を取り込み過ぎて魔物化した植物だらけになっていたので全て倒して摘みまくった。
その後生えてきた草花はどれも綺麗で時々様子を見に来ては古い物から摘んで綺麗な庭園を維持している。
そのため沢山手持ちがある。
手折って直ぐ《空間収納》に仕舞うので全て採取したてのまま保存されている。
なので、偶に手持ちから出して依頼を達成したりもする。
「まあ、でもそろそろ摘まないとな。そう言えばここにもホームポイント?いや転移ポイントか。設置しておこうかな」
<ホームポイントと転移ポイントは別物なんだろ?>
「ああ。ホームポイントは種族レベルを上げれば手に入る特殊能力だけど転移ポイントは職業によるものだからな」
昔苦労して造った東屋に転移ポイントを設置_魔法で位置を記憶_して、10本ずつ程摘んでギルドに戻った。
**
リリアンに月下草を30本渡し、報酬を受け取る。
2時まで南通りのレストランに行くには微妙な時間だ。
ギルドのロフト部分にあるバーで食べることにした。
受付横の階段を登る途中、階段の上を見るとこちらを見ているクールな男がいた。
「あ、クリード。リリアンを見てたのか?」
そう言いながらリリアンを見遣って直ぐに視線を戻す。
『そうだ。俺の奥さんはいつみても可愛い。リミルは月下草の依頼か?』
クリードはリリアンを見つめてフッと表情を緩めて笑い、直ぐに無表情になる。
無表情と言っても普段よりはいくらか柔らかい雰囲気ではあるのだが。
「そうそう。リリアンに頼まれて。誰かが枯らしたんだろ?」
『ああ。今さっき注意が終わったとこだ』
クリードは濃い紫色の髪に青と黄色のオッドアイをしたクールな魔神で愛妻家だ。
ギルド管理者の一人でもある。
細マッチョで身長は198cmあり、ギルレイとは旧知の仲らしい。
「お疲れ。取り調べもあるのに大変だな」
『全くだ。今はギルレイが取り調べているが、随分身勝手なやつだから取り調べるのも鬱陶しい。従魔のゴブリンは状況が分かっていないのか暴れているしな』
思い出したのか眉間に皺が寄っている。
それでもリリアンが『怒ってても素敵』と言うだけあって、イケメンは崩れていない。
<反省の色なしか?ピギルーイが憤るだろうな>
『まあ嫌でも反省することになる』
そう話しながらバーのマスターにランチを注文する。
バーなので基本酒とつまみしか置いていないがランチタイムだけマスターの趣味で日替わり定食がメニューに追加される。
クリードの惚気らしくない惚気話を聞きながら食べ終わった。
「ようするに?」
『妻が可愛いんだ』
「うん。知ってた」
クリードは普段惚気話などしない。
してもギルレイだけだった。
しかし最近リミルと話すようになってから段々惚気が多くなってきた。
リミルはその理由を奥さんを亡くしたギルレイに惚気けるのは気が引けるためだと思っている。
しかし実際はギルレイは気にしていないしそれを分かっててクリードはギルレイにも惚気けている。
リミルに惚気けるのはリリアンとの共通の知り合いで話しやすいからだ。
ニコニコと聞いてくれるのも話していて気持ちが良い。
リリアンが『息子みたい』だと言うので気に掛け話し掛け結果的に惚気ける。
子どもができる前のシミュレーションをリミルでしているのかも知れない。
とにかく、つい惚気けてしまうのだ。
**
そうこうしているうちに約束の2時前になった。
「そろそろ打ち合わせの時間だ」
『そうか。俺もギルレイ達の取り調べに立ち会ってくる。またな』
そう言ってクリードと別れリリアンの所へ行った。
リミルとクライはリリアンに言われて先に個室に入った。
リリアンが順に連れてくるらしい。
まず始めに来たのはグレモスとは違うレストランのオーナーだった。
依頼はイレアから南に数百キロ程離れた街、ルスタフでの買い付け。
もう一人は行商人でこちらも買い付け。ルスタフから西に数百キロ離れたノフテスという街まで行かなくてはならない。
リミルはリリアンからの許可が降りるとどちらも即決で引き受けた。
リンドの森とイレアの街しか知らないので未知の場所に興味があった。
だからこそ旅に出たいと思っていたのだ。
今回は自由気ままな旅ではなく仕事として依頼を受けていくがそれでも楽しみに変わりなかった。
そして最後に入ってきたのはなんとペルルーイだった。
ピギルーイの同僚でリミルが視線を気にしていた彼だ。
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戦闘に秀でていて他を寄せ付けない程の力を持つ剣士や戦士などの戦闘系の天職や、鑑定士や聖女など様々な助けを担ってくれる補助系の天職、様々な天職の中にはこの『アストレア王国』をはじめ、いくつもの国では不遇とされ虐げられてきた鍛冶師や錬金術師などと言った生産系天職がある。
これは、そんな『アストレア王国』で不遇な天職を賜ってしまった違う世界『地球』の前世の記憶を蘇らせてしまった一人の少年の物語である。
彼の行く先は天国か?それとも...?
誤字報告は訂正後削除させていただきます。ありがとうございます。
小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで連載中!
現在アルファポリス版は5話まで改稿中です。
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転載防止のためにこちらでも投稿します。
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