稀有ってホメてる?

紙吹雪

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第1章 変化の始まり(まとめ)

オーバーフロー

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ギルレイ、リミル、クライ、ピギルーイの四人は早速店から出て通りを真っ直ぐ北へと向かう。

「魔物はもう街に近いのか?」

『ああ、もう既に1周目に入ってるらしい』


そもそもオーバーフローというのは、森や川や海や山や渓谷や砂漠、つまり平原以外の魔物が生まれる場所全般、若しくは各地にあるダンジョンなどのどこかで急激に魔物が大量発生する事を指す。

オーバーフローが起こる理由はいくつかあるが、この時生まれた魔物は悪質なモノが多く放置は出来ないため、近くの街が討伐に動く。
リンドの森でオーバーフローが起こればほぼ間違いなくイレアが標的にされるためその対策が施されている。

イレアの街を囲む防壁もその1つだ。

街の外周にある3つの防壁は外側から順に、外壁、中壁、内壁という。

ギルレイの言う1周目というのは、外壁と中壁の間にある幅5m程の道のことだ。
中壁と内壁の間にも幅5m程の道があり、こちらは2周目と言う。
そこが最終防衛ラインでもある。

3つの防壁の所々に塔があり、防壁部分には階段が、防壁上部には衛兵の常駐場所が、その屋上部には見張り台が設けられている。
防壁の上は全て通路になっていて、常駐場所がある塔も通り抜けられる造りだ。
普段は、常駐場所にいる衛兵がその通路を巡回したり、塔の屋上の見張り台から外を警戒していたりする。

衛兵は門にも駐在していてこちらは出入りを管理したり、門の開閉をしたりする。

魔物がこちらに向かってくるのを衛兵の誰かが見つけたら直ぐ様、全ての門を閉じ、ギルドに知らせ、駐在している衛兵は全員配置につく。

魔法系の職業クラスを得意とする者達が外壁の上に並ぶ。
戦士系の職業クラスを得意とする者達は中壁の上で1周目と2周目に別れて降りる準備をする。
内壁の上には様々な職業クラスの者がいるが1番多いのは支援系を得意とする者達だ。
そして北以外の門の外にも6人ずつ他街たがいから来るものが居た時のために護衛兼防壁内部への案内役として待機している。

全員が配置に付くと他の門に回ってしまわないよう、外壁の北門のみを開けて1周目へと誘導する。
そしてまだそこそこ遠くても外壁の上の者達が魔法で牽制攻撃を開始する。
それでも侵攻してくるようであれば魔法による範囲攻撃で数を減らし、抜けてくるようであれば1周目にて戦士系の者が倒していく。
その間にギルドからの応援で冒険者プレイヤーが到着すると言った寸法である。

応援が来ても間に合わないような大規模侵攻の場合は中壁の南門を開け、2周目に魔物を流し、2周目の上で待機している戦士系の者が投入される。
もちろんそこにも冒険者が応援で入る。

応援が到着したとき問題がなさそうであれば内壁の北門を開けて門から出るが、開けることが難しい状況であれば内壁の塔から上に登り、内壁上部の通路から塔に架けられた橋を渡って中壁上部の通路へ行き衛兵の戦士達のように1周目と2周目に別れて降りていく。


「そっか、ならこのまま走って行った方が近いな」

<そうだな。今森に行っても遅いだろう>

『ああ、なるほど転移か。イレアでのオーバーフローは基本、衛兵が魔物を発見してからの防衛戦、篭城戦が殆どだからな』

「そっか、街の人からすれば森の中は見えないもんな。街を守りながらかー」

<俺らの住処すみかが特殊だったからな。ギルレイ、少し前に森の奥でオーバーフローが起きたことがあるの知ってるか?>

『…予兆はあった。でも街には現れ無かった』

<実際に起こった。森の中だけで片付いたけどな。俺とリミルで全部殺ったから森の外に出なかっただけだ>

『そうか…やはりあの時あったのか』

『え?二人でって…出来るもんなんですか?』

『そうだな…ギルド管理者なら5万以上の大侵攻でも二人での殲滅は可能だろう。高ランク冒険者プレイヤーだと全員は無理だが内3割程が5万以内なら二人でも殲滅出来るかもな。魔物の強さや数、街を守りながらとかの条件によって変わってくるだろうが』

『そうなんですね…じゃあリミルさんって冒険者の中でもとても強い人だったんですね』

「そうなの?」

<そうだろ。話聞いてたか?>

「あんまり。内壁の北門が開けられて冒険者が出て行くのが見えたから」

『1周目への増援か、若しくはすでに2周目に入ってるのか』

『2周目に入ってたら内壁の北門は閉めないとじゃないですか?』

『そうとも限らねぇ。まだ2周目に入って直ぐなら…それかたぶん、俺が行くって言ってあるから俺が行くまでは開けっ放しだ』

「さっすがギルマス!ギルレイが行くならって、信頼されてんね!」

『そうだな…つうかそれ言いたいだけだろ』

『ギルマス…ギルドマスターの事ですか…』

「それより、ピギルーイの汚名返上の為には街の人に戦ってる姿を見てもらった方が良いよな?」

『ならこのまま開けっ放しで大通りの門に近い場所で戦うか?』

『俺の為に考えて下さって有難いんですが、危なくはないですか?』

『神格が二人に高位冒険者が一人いるんだ。大丈夫だろ』

「それに道幅の広い大通りで戦うほうが楽かもな」

『確かに…そうですね』

『魔物を逃がさないよう4人で並んで戦うか。両端にピギルーイとリミルで、ピギルーイは俺かクライがフォローに入ることにして』

<ならピギルーイのフォローは俺がするのが良さそうだな。魔獣と一緒に戦ってる姿は汚名返上に効果的だろ>

「だな」

『ありがとうございます』


北門に到着した四人は早速、門を囲む様に左からピギルーイ、クライ、ギルレイ、リミルの順に並ぶ。

門自体は横幅20mほどあり、そこから続く大通りは横幅50mはある。

門の左右に陣取るピギルーイとリミルはそれぞれの可動範囲を踏まえた位置取りだ。
拳闘士モンクのピギルーイは可動範囲が狭い為、比較的門に近い場所に。
長刀を装備したリミルはそこそこ可動範囲が広い為、門から少し離れた位置に。

その二人に合わせてギルレイとクライも位置取りを決める。
大剣を構えたギルレイはリミルからある程度の距離を取りつつクライとの間を開けるように陣取る。
クライはピギルーイをフォロー出来る距離で尚且つギルレイとの間を開けるような位置につく。

ギルレイとクライが中央を開けるような位置にいるのは、知能が低い魔物の、隙を突いて先へ行こうとする習性を生かし、強い二人の方に魔物を集め、建物が近い両サイドを守るピギルーイやリミルの方に行く魔物を少なくするためだ。


位置取りが決まるとギルレイは門に詰めている衛兵の所へ行き、現状の報告を聞いて戻ってきた。

『今回は南経由の大侵攻のようだな』

「南経由?って?」

『外壁にいる魔法隊が範囲攻撃魔法で魔物の数を減らすんだが、それで追いつかない程の数で侵攻してきた場合、1周目と2周目で迎え撃つんだ。その時、外壁の北門から1周目に入って左右に別れて南門まで行ったら今度は中壁の南門を開けて2周目に入りまた左右に別れて北門まで来る。これが南経由だな。普通はここの北門は閉じて1周目と2周目の中だけで応戦するんだが、俺がお前達を連れていくって言ってたからか自由にやらせてくれるらしい。魔物が1周目と2周目で収まる数ではないということもあるが』

<前に二人で殺った時は3万程だったが今回はそれ以上か?>

『3万を二人でやったのか!二人ともありがとうな。今回は7万程かな。魔法でやられたのが2万いるかいないかで、残りは殆ど侵入している。衛兵と応援の冒険者で1周目2周目それぞれ1万ずつは対処出来るだろう。残りがこちらに来る予定だ』

<前と変わらないくらいか。なら余裕だな>

「衛兵ってどれくらい?」

(衛兵ってどれくらい強いのか知らないな…というより基準すら分からないな)

冒険者プレイヤーの方もどの程度の数が応援に来てくれるものですか?』

リミルの質問はその後のピギルーイの質問によって、強さではなく人数の質問だと解釈されたようだ。
言葉が足りなかった自覚はあった。
ただ、魔物の数に対しての衛兵の人数が分かれば強さも何となく分かるだろうと思いリミルは訂正しなかった。

『そうだな…まず衛兵が約2万人動員されたが、魔法隊が約3千人と支援隊が約5千人、戦闘員が残りの約1万2千人だ。そこに応援で来る冒険者は多ければ2千人程じゃないか』

「え、そんなもんなのか?この街って冒険者率が高いって聞いたけど」

(衛兵の強さは結局分からないな…それより冒険者の数が少ないような)

魔物総数7万に対して衛兵約2万という単純な計算なのか、そもそも魔法隊が魔物を全滅させられるかもしれないとか、数を減らすための要員なのかとか、支援隊の支援はどれほどのものなのかとか、様々なことを考えると一概に衛兵の強さはこの程度、と言うことが出来ない。
オーバーフローの掃討を衛兵のレベル上げの一環にしているという可能性に気がついたからだ。

そんなことより冒険者の数の方が気になった。

『ああ、リンドの森が近いからな。殆どの者がギルドに登録し何らかの戦闘職を得るんだ。身を守る為にな。職人系の奴らも自分で素材を取りに行ったりするから戦えないと困るからな。純粋な"プレイヤー"はこの街だと2万人いるかいないか位だな。その内、腕に自信がある奴らがこの戦闘に参加したんだろうからそんなもんだ』

「まあでも腕に自信がある奴が2千も来たら速攻終わりそうだよな…」

騒がしい音がだんだん近くなって来た。
少し離れた内壁の上からも合図があった。

<そうとは限らないぞ。自信があっても実力がなければ意味無いだろ。それに実力がある奴らは自信があるとは言わないし慎重だ。既に実力があればオーバーフローの掃討ではレベルも上がりにくいだろうしな。初心者ビギナーが腕試しに来そうだな>

「そうか…じゃあ出来るだけ貢献しよう」

<それがいい。思う存分暴れよう>

『俺も汚名返上と店のために頑張ります』

『やる気があるのはいい事だな。さあイレアを守るぞ』

**

後方にある店の2階辺りから声が聞こえる。

『えーと、確かリミルって呼ばれてたそこの冒険者、一応ポーション用意してるがいるか?』

「俺はMPポーションが欲しいかな…」

リミルは声を掛けてくれたポーション屋の店主の小人族の男性に顔を向けて返事をする。
足元に魔物の残骸が落ちるが直ぐに魔力の粒子となってキラキラと消える。
それは絶え間なく続くが話はやめない。

『喋りながら器用だな。投げるぞ?』

投げられたポーション瓶をキャッチし、器用に蓋を開けてあおる。
今回の戦いではリミルは長刀しか使っていなかったが、ピギルーイの回復や支援の為に魔力を使った従魔クライに魔力を譲渡していた。

「ありがとう。料金は?」

『要らねーよ。今はオーバーフローだろ?』

「そうなのか?じゃあついでに不足してたポーションも貰えたりとか…へへッ」

『ガハハッ。それは終わってから買いに来な。安くしてやるから』

「お!マジで、サンキュおっちゃん」

『いいさ、守って貰ってんだから。それよりお前もギル坊も白い魔獣も余裕そうだな。反対側にいる竜人族の奴は確かグレモスんとこの…ピギルーイだったか?アイツはヘトヘトみたいだが』

「んー、ピギルーイは汚名返上しなきゃだからな」

『汚名返上って噂のか…まあ周りみんな見てるし直ぐに塗り替えられるんじゃないか?』

「そう?ならもうそろそろ終わらせた方が良いか?じゃあちょっと行ってくるね!」

『あ?ああ。頑張ってな』

リミルは近くの敵を倒しつつ、少しギルレイに近寄り、声を掛ける。

「ギルレイ!もうそろそろ終わらせないか?」

『どうする気だ?』

「三手に別れて掃討する。ここを守るのが一人、1周目に一人、2周目に一人だ」

『そうだな。クライにここを任せて俺が1周目、リミルが2周目でどうだ?』

「それで良いよ」

『クライ!』

<聞こえてた。俺もそれで良い>

「クライ、魔物が建物に近づかないように魔法で囲ってくれ。俺やギルレイが戻るまでそれを維持してくれたらそれで良い」

<ああ。街を綺麗なままにするならその方が良いだろうな>

魔物とリミル、ギルレイがクライの魔法で囲まれる。
街側にはみ出た魔物はクライがササッと爪で殺した。
その間にリミルとギルレイは内壁の北門を出た。

『じゃあ行くか』

「うん」

リミルは頷くとギルレイと別れて近くの魔物を粒子に変えながら2周目の中を走る。
ギルレイは大剣を軽々と振り回しながら1周目に行くために中壁の北門に近づく。

『1周目に行きたい。一人用の通路を開けてくれ』

『ギルドマスター、了解しました』


門の横、中壁に人一人が通れる程度のトンネルが現れた。

外壁、中壁、内壁はそれぞれ分厚く、内部には衛兵の個室や浴場、食堂などの生活エリアや会議室や簡易訓練所、馬房などの衛兵エリアがある。

中壁の1階は1周目と2周目で戦っている者達の避難場所になったり、奇襲を仕掛ける隠れみのになったり、場合によっては1周目と2周目を一時的に繋ぐトンネルになったりする。

15m程あるトンネルをくぐって1周目に出るとトンネルは消えた。


ギルレイはまず外壁の北門に行き、門番の衛兵に魔物が全て入り切った瞬間に門を閉めるように指示を出した。
それと中壁の南門にも門を閉めるように連絡をさせた。
そうすれば後は掃討しながら1周目を見回るだけだ。

リミルもギルレイも器用に魔物のみをさばいていく。
ちらほら負傷している者も見かけたが大した傷ではなかった。
そして、応援に来ていた冒険者はクライの予想通りと言っていいのか、高ランクの者はいなかった。

ギルレイより少し早くに掃討を始めたのと1周目より距離も少し短かったことでリミルが先に戻ってきた。
クライが包囲している魔物も一気に倒し、討ちらしが無いか確認した後、魔法を解除させた。

「俺の方はクリアだ」

<そうか、なら解除するぞ>

「ああ。それより人が増えてないか?」

<少し増えた。殆どは戦ってる時からいた観客だな。高位冒険者がオーバーフローの掃討に参加することは殆ど無いらしいぞ。リミルはやはり稀有だな。それとピギルーイのことも良い噂が流れそうだ>

「誰かが教えてくれたのか?」

<聞こえてきたんだ>

「そうか…」

よくあるやり取りをしているとギルレイが戻ってきた。
よくやると言ってももっぱら"聞こえてきた"と言うのはリミルだが。

『終わったぞー』

「おー、今回のは通常のオーバーフローだったな」

<そうだな。強い奴も居なかったし、森で発生したタイプだな>

『まさか前のはダンジョンで発生したやつだったのか?』

「リンドの森の奥にある岩山のダンジョンだったな」

『それはご苦労さん。二人で解決してくれたんだから報奨金出さなきゃな』

<そういうのがあるのか。もっと早く報告すればよかった>

「いや、俺が言っても信じて貰えないだろ。あの頃はまだ高位になってなかったし、クライも進化してなかったし、他の冒険者からはまだ子ども扱いされてたし。実際子どもの年齢だったんだろうけど」

『そうだな。まさかとは思うかもな…帰ったら色々聞きたいことがあるんだが、無理に話させる気は無い。聴取じゃないからな。言える範囲で構わないからお前のこと教えてくれ』

「あ、ぁぁ。改まって言われると緊張するな…ハハハ」

リミルの緊張を解すためかギルレイはリミルの頭を優しく撫でた。
リミルは昔街中で見た親子の姿を思い出してギルレイが父親のようだと思った。

周りに居た戦いを見に来ていた観客という名の野次馬達もその様子を暖かい目で見ていた。

その視線に気づいたリミルは恥ずかしくなり慌てたが、野次馬の一人が『守ってくれてありがとう』と言うと他の者達もそれに続いてピギルーイも含めリミル達四人に称賛を送った。

北門から衛兵や冒険者が入って来てそちらにも称賛や御礼の言葉が飛ぶ。

衛兵達は右手で拳を作り手の甲が正面を向くように左胸に置き、左手は身体に添え、腰を少し折る。
敬礼の姿だ。揃っているのが美しい。
その光景に歓声があがる。

そんな雰囲気をぶち壊す奴が一人。

『おい、そこのお前。よくも手柄を横取りして行きやがったな!』

突然リミルに向かって指を突き出し、怒鳴り散らす荒熊あらぐま獣人の男。
キュートな三角耳とモフモフ尻尾だが怒った顔のせいで台無しだ。
まだ若く、成人してい無さそうだがリミルよりほんの少し背が高い。
その男の連れと思わしき、犬獣人の双子が反応する。

『『ん?』』

『お前ピンチだったのを助けて貰ったんだろ?何言ってんだ』

『あれは危なかったよな』

『二人は黙っててよ!』

『『はぁ…』』

双子は慣れているのか盛大にため息を吐いて黙った。
止められないと悟っているようだ。

「俺?なんかしたっけ?」

『戦闘中の魔物を横からリミルに倒されたんじゃないか?』

リミルが分かっていなさそうだったのでギルレイがよくありガチな理由を言ってみた。

『そうだ!僕が戦ってた熊の影獣シャドウビーストをなんて事無いみたいな顔して倒して行ったんだ。弱らせたのは僕なのに。もう少しで僕が倒せたのに』

「そっか、ごめんな…速く全部倒さなきゃって焦ってたんだ。そこまで気が回らなかった」

『謝って済むかよ!アイツ倒せてたらレベルが何個か上がってたはずなのに』

<レベル上げが出来りゃ良いのか?>

『ひぃっ。何だよお前』

<俺はリミルの従魔で家族だ。それでレベルが上げられたら良いのか?>

『あ、う…ああ。レベルを上げるために参加したんだ。なのにそいつのせいで上げられなかった』

<じゃあレベル上げに良い場所連れてってやろうか?>

『ホントに!』

「クライ…どこに連れてく気だ?」

<ダンジョンだ>

『『まだラッセルには無理だ!』』

『なんだよ二人とも…僕だって強くなりたい!』

『駆け出し冒険者をダンジョンに連れていくことはギルドマスターとして許可出来ない』

『白いやつが一緒でも駄目なの?』

『お前はまだ成人もしてないし、最近登録したばかりだろ?ある程度のレベルがないと許可出来ない。お前のために』

しょげてしまった荒熊獣人のラッセルは栗色の髪から見える三角耳と綺麗な毛並みのモフモフ尻尾が垂れて可愛いが、獲物を奪ってしまった罪悪感でリミルはそれどころではなく、何とかしてやれないか必死に考える。

「んー…始まりのダンジョンなら…」

<だろ?>

(クライもそこの事を言ってたのか)

『リミル、始まりのダンジョンって何だ?』

「あーギルレイ、耳を貸してくれ」

『?ああ』

始まりのダンジョンとは、リミルとクライがそう呼んでいるだけで、森の中に存在するダンジョンの1つだ。

リミルが幼少期に住み着いていた場所でもある。
弱い魔物しか発生せず、中は広く、ドロップアイテムも多岐に渡り、魔法の練習や特殊技能スキルの試し、戦闘訓練なども出来たのでとても住みやすかった場所だ。
レベルがガンガン上がった為、直ぐに物足りなくなって移動したが、ドロップアイテム目当てでたまに潜っていた。

一応特殊技能スキル密談レット》を使って周りに聞こえないようにし、掻い摘んで説明する。

『そんなとこがあるのか。だが、確認してからでないと連れて行けないな。それに混乱を招かないようにあまり知られるわけにいかない。だから連れて行けるのはラッセルだけだ。ラッセルにも口止めしないと。でも流石に一人では危ない』

「ギルレイを連れてって確認して貰った後、許可が出たらラッセルに俺とクライも同行して行くからさ」

『そうだな…秘密を守るっていう誓約書をラッセルに書かせるのが条件だ』

「了解」

特殊技能スキルを解除する。

「ラッセル、秘密を守るための誓約書にサイン出来るならレベル上げに連れてってやれるかもしれない」

『書くよ!』

『『ラッセル!少しは疑えよ!』』

『いや、だってギルドマスターと話した結果そういう事になったなら従うでしょ?』

『ギルドマスターは良いがこいつは信用できないだろ!』

『俺達も付いていく!』

「それは無理だ。ごめんな」

『『なんでだよ!』』

『俺がそういう条件にしたんだ。呑めないならレベル上げは訓練所でやれ』

『僕は条件を呑むよ。早く二人に追いつきたいからね』

「ギルレイが許可を出す、秘密保持の誓約書にサインする、連れて行けるのはラッセル一人、俺とクライが同行する、この4つが条件だ」

『同行するならちゃんと責任持って守れよ?』

『ラッセルに何かあったら許さねーからな!』

<お前らさっきリミルに助けて貰ったとか言ってなかったか?お前らこそだろう?>

何言ってんだという感じでクライが双子を責める。

『ぐぅっ…俺達だってレベル上げが必要なんだ』

『俺達は駄目だって言われて…つい』

金髪から覗く薄茶色と白の耳や毛の長い薄茶色と白の混じった尻尾が力なく垂れている。
可哀想になってきたリミルはギルレイをチラ見する。

「連れてってやりたいんだけどな…」

『あー、じゃあお前達も誓約書にサインと俺も同行する。それでいいな?ただし、確認してきてからだ』

『『やった』』

『ありがとう。ギルドマスターにリミル君』

『リミル君って…ハハハッ…お前より年上で先輩で高位なのに…』

『『『『『えぇ!高位?』』』』』

いさかいに巻き込まれたくない人達は帰っていたが、それでも心配や興味から残っていた野次馬達も驚く。

『ああ、高位で白のフェンリル連れのソロ冒険者プレイヤー、リミルだ』

『『『『『白のフェンリル連れ!』』』』』

『そうそう、こいつが白のフェンリルことクライだな』

「ギルレイ、恥ずかしいから…」

<買い物は今日は無理そうか…>

(悪いなクライ…すっかり忘れてた)

「俺はリミル君で良いよ。年近いだろうし。先輩って言っても十数年だし、高位に昇格したのもつい最近だしな」

十数年で高位?そんな事あるの?』


この世界では魔力が弱まらない限り肉体が衰えることは無い。
無茶をして魔力が空になったりすると魔力が回復するまでの間、肉体の時間が進むのでその分だけ老ける。

過信して失敗したり、消費魔力が高い魔法を使ったり等、老けるに至る理由はままあり、中にはやむを得ない理由もあったりする。
しかしこれは周知の事実で、魔力切れを自ら起こす人は殆どいない。

基本的には魔力を使わなければ、成人した24歳の姿から変わることはないが、生き残るためにはある程度強くならなければならない。
強くなるためにはレベル上げが必要になり、レベル上げには冒険者になるのが1番早い。

24歳までであれば魔力切れを起こしても、老けたりせず普通に成長するので、子どもが魔力を使ったからと言って慌てることはない。

ちなみに、リミルの推定年齢は28歳程だが、ギルレイの年齢は1127歳だったりする。

これ程長寿でも、人種で溢れる等といった問題が起こることは無い。
何故なら、子どもが元々生まれ難かったり、戦いで死んでいく人がいたりして人口に大きな変動は起こり難いからだ。


『あー…こいつは特殊なんだ。でも条件と試験さえクリアすれば高位に昇格出来るから頑張れよ』

『凄いね、リミル君』

<稀有だなリミル君>

(何しれっと君付けてんだ)

『確かに稀有だな』

「それって褒めてる?」

『ああ。素敵な個性だろ』

「ならいいか」

**

騒ぎも収まり諍いも解決したので、衛兵達は片付けに野次馬達はそれぞれの店や家に戻って行く。

『ラッセル達も今日は帰れ。準備出来次第呼びに行くからそれまではギルドで出てるクエスト何かをやってポイントを稼いどけ』

『わかった。いつになるかは分からないんだね?』

『まあな。出来るだけ早く行けると良いな』

『『じゃあ俺たち帰るよ。母さん達に今日の報告しないといけないんだ』』

そう言ってラッセルと双子も帰って行った。
道の端にあるベンチで休んでいたピギルーイの所へ行き、元気なのを確認すると行くところが出来たと告げた。

『そうですか。では今度三人揃ってまた食べに来てください。しっかりお詫びとお礼をさせていただきますので』

「そっか。グレモスの料理美味しかったしまた行くよ」

<楽しみだな>

『じゃあまた今度な。気をつけて帰れよ』

『はい。ありがとうございます』

リミルは対象を三人にしてホームポイントの森へ《転移テレポート》する。

「つい何時間か前にお別れしたばっかなのにもう帰ってきたよ。ただいま」

<何で《転移門ゲート》じゃなくて《転移》使ったんだ?魔物がいなかったから良かったけど、いつもは確認してから来るだろ?>

「もう拠点を壊される心配もないし、街の大通りのど真ん中に《転移門》を開くわけに行かないだろ」

<そうか。態々わざわざ移動も面倒だしな>

『ここに拠点があったのか?もっと早く引越しを勧めれば良かった…』

「ここも結構住みやすかったけどな…レベル上げや訓練がいつでも出来たし、色んな魔獣がいて面白かったし」

『いや、うん…そうか。後悔してても仕方ないな。早速始まりのダンジョンに案内してくれ。あと数時間で日が沈む』

「わかった。走るよ」



森の中央に位置するリミルのホームポイントから東南東に向かって走る。
草木を掻き分け苔むした岩場やせせらぎの川を越えて木々を通り抜けた先に小さな花畑があった。
その花畑の中心にある薄紅色の花を付けた巨木の根元がダンジョンの入口になっていた。

『これは…綺麗な所だな。よく荒らされずに済んでる』

「ここら一帯には俺とクライで《結界シールド》を張ってるからな。普通は気づかないうちに避けて通るんだ」

『なるほど妖術か』

<人前では使わないし知られない方が良いだろってことでステータスには表示しないようにした>

『そうだな。賢明な判断だと思う。でもクライは進化したばっかりだろ?フェンリルは種族レベル1からステータスをいじれるのか?それとも前の種族レベルが高いのか?』

「それは帰ってからゆっくり話そう。日が沈む前に家に帰りたいだろ?」

『だな。じゃあ入るか』

三人は早速木の根元に開いた穴から中へと入り地下に続く階段を降りていく。


1層目に到着するとそこは天井が高く奥にも広い、円形に近いドーム状の空間になっていた。
降りてきた階段以外の壁には幾つもの横穴があり、下層に降りる階段を探すのに大変時間がかかりそうだ。

1つの横穴がどこまで続いているのか、何があるのか、どんな魔物が出るのか、ドロップアイテムはどんなものが出るのか、何処にどの程度のレベルの魔物が出るのかなど、調べる項目がとても多い。

そうして調べたダンジョンは信頼度の高い冒険者プレイヤーや適正レベルの冒険者には立ち入りを許可したり、ダンジョンによっては条件付きで一般に解放していたりする。


このダンジョンはリミルの話や周辺の状況から条件付きの一般解放は難しい。
初心者の育成に良い環境ならば許可制での運用が出来ればとギルレイは考えていた。
しかし、全ては確認が取れてからだ。
全ての確認にどれだけの時間がかかるのか。

『リミルはこのダンジョンの内部は全て把握しているのか?』

「まあね。ここに住んでた時に全部確認して何ヶ所かは自分の部屋にしてるよ。あと、友好的な魔物もいるから向こうから飛びかかって来ない内は切りかからないで欲しい」

『え…友好的な魔物?それはもう魔獣じゃないのか?』

「いや、それはないな。分類的には魔物で間違いない。魔獣は本来、野生の生き物って扱いだろ?だから共存共栄して互いにあまり踏み込まないというか…でも魔物は直ぐに襲ってくる奴が殆どで人間にとって危険だから狩る。でも、魔獣も魔物もテイムして一緒に暮らすことができる。友好的な魔物って言ったけど最初はアイツらも襲ってきたんだ。ただ仕方なくって感じで…魔物にも変わったヤツが居るんだなって思ったらつい声をかけてた」

『すまん、混乱してた。ダンジョンには本来魔物しか生まれないよな。どの種族にも良い奴も悪い奴もいるってことか。相手をよく見て判断しなければ行けないな』

<稀有なリミルには変わったヤツが寄ってくるんだろ。俺も人間と家族になった珍しい分類だしな>

『確かにな。銀狼が人間といること自体初だっただろうからな。そもそも何で二人は一緒にいるんだ?』

「そうだな。安全な場所を案内しながら話すよ」


リミルが冒険者になって2年程経った頃、アンリが亡くなってしまった。
その頃はまだアンリを介してギルレイやリリアンと少し話せる程度だったため、リミルには頼れる人がアンリしかいなかった。

とても悲しくて落ち込んでいた所に声をかけてきた二人の冒険者がいた。
世間知らずだったリミルはその二人に騙されていた。
暫くは気付かずにその二人と過ごしていたが偶々たまたま二人の話を聞いてしまってショックを受けた。

誰にも相談出来ず、途方に暮れて唯一安心できる場所だった森に帰ったが余計に虚しくなり、泣きながら森を彷徨さまよった。

そして泣いている銀狼の仔犬を見つけた。
お互い思う所があったのか、くっついて座り、リミルはあった事を赤裸々に語った。誰かに聞いて欲しかった。
全て話終えると妙にスッキリしていた。仔犬も励ますように、寂しさを埋めるように、リミルに擦り寄った。
お互いの寂しさを感じて家族になった。
仔犬のステータスが見えて称号に{リミルの家族}とあって、嬉しくなって今度は二人で泣いた。
泣いてばかりのこの出会いを忘れないように仔犬には"クライ"と名付けた。

「その後話せるようになったクライに泣いてた理由を聞いて、俺と同じ捨て子だって分かってまた泣いて傷の舐め合いをしたよ」

『…そうか。アンリエットの葬儀が終わって暫く見ないと思ったら急にクライを連れて現れて…あの頃は驚いたけどそんな事があったんだな』

クライとの出会いのエピソードを話しているうちに1層目の私物化している場所を案内し終えた。

「ここも俺が自分の部屋にしてた場所で、残りの横穴は魔物が出る場所と階段がある場所で1層目は終わりだな」

『そうか。なら今日はこの辺で帰るか』

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