稀有ってホメてる?

紙吹雪

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第1章 変化の始まり(まとめ)

生活の変化

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目前に広がるのは緑と茶色のグラデーション。
木や草が生い茂っているさまだ。
ここはリミルが育った場所、リンドの森。
リミルは生まれた場所は知らない。
親も知らない。
物心ついた頃からここにいた。

リンドの森には様々な魔物がいる。
弱いのも強いのも、たくさん。
種類も生息数も多い危険地帯であり、冒険者プレイヤーの狩り場でもある。

冒険ぼうけん者とは、文字通り冒険をする者を指すが、この世界の広義的な意味ではギルドと呼ばれる組織に所属する者を総称する言葉でもある。その中でも魔物の狩りを主に行う、戦闘系の職業クラスを持つ者達を畏敬いけいを込めて"プレイヤー"と呼ぶ。冒険ぼうけん者のほとんどがこのプレイヤーであるため、総じて冒険者プレイヤーと呼ぶようになったと言われている。
この世界での"プレイヤー"とは"立ち向かう者"しくは"たたかう者"を意味する言葉である。


リミルはその冒険者プレイヤーだ。
だが彼は狩りに来た訳では無かった。
リミルはクライと出会った事やこれまでにあった色々な出来事に思いを馳せていた。

育った故郷に別れを告げて旅に出てしまおうと考え、魔物が住み着いて仕舞わないように拠点を片し終えた所だった。
旅立ちを考えたきっかけは高位冒険者こうランクプレイヤーとしてギルドに認められたこと、成人年齢である24歳をいつの間にか越えていたこと、クライが進化したことで背に乗れるようになったことなどが挙げられる。

「そろそろ行くか…」

<ああ、そのうちまた来ればいいんだから、そう感傷に浸るなよ。ホームポイントなんだからいつでも《転移門ゲート》で来られるだろ>

クライは呆れた様子でリミルを見る。

「良いだろ、ちょっとくらい!雰囲気楽しんだって!」

引越しのときって少し物悲しさがある、と誰かが話していたのを聞いたことがあった。それを体験したっていいじゃないか、とリミルは思った。

<ま、イイけどよ?どこに向かうのかは決めてんのか?>

「ああ、とりあえず、イレアの街から街道沿いに西に向かう」


アランシア大陸、北東部に大きく広がるリンドの森。その南に位置する巨大な要塞都市、イレア。
森から幾らか距離を置いた場所にあるその街は、外周を囲む防壁が八角形の形をしており、大人2,3人分ほどの間隔を開けて内側に、もう2周、防壁がそびえ立っている。
一番内側の防壁内部だけで生活できるように設計されており、万が一、森からモンスターが溢れかえったとしても篭城戦はお手の物、といった様子だ。
イレアの街は上空から見下ろせば蜘蛛の巣のような見た目になっていて、中央から壁8箇所に向かって真っ直ぐに大通りが伸び、それらを幾つもの道が繋いでいる。
内側の防壁にはそれぞれ8箇所、門が設置されているが、外周の防壁には東西南北の4箇所にしか門がない。その分護りやすくなっている。


そんなイレアの北門をくぐり抜け、二人は街の中央にあるギルドへと向かう。
数年前にギルドに登録してからちょくちょく来ているが前にも増して視線を感じる。

「すっかり注目の的だな、クライ?」

<珍しいものに進化したからな、仕方ない。だが相変わらずリミルを見ているやつもちらほらいるぞ?>

クライは当然だとばかりに涼しい顔をしている。
表情を変えずに注意をうながす。

「ああ、大丈夫だ。何人かは前からずっと警戒している奴らだ。増えた奴らはまた覚えるだけだ」

顔さえ覚えれば避けるのは容易たやすい。リミルは喧嘩のような争い事は出来るだけ避けることにしている。アンリエットという、昔世話になった女性との約束だ。

警戒はしつつ二人は喋りながら中央広場へと歩く。

<ギルドに行くのか?>

「ああ、ギルドマスターには挨拶しておかないとな」

<そうだな、言わずに出るのは不味いな>


ギルドにはギルド管理者と呼ばれる者達がいる。
ギルド管理者になるにはある特定の条件があり、一つの街に複数いるが人数は街の規模によって変わる。
その複数いるギルド管理者をまとめるのがギルドマスターだ。

ある特定の条件というのが、魔神もしくは鬼神になることだ。これらは魔族の頂点であり、なろうと思ってなれるものではない。魔神や鬼神になるための条件が幾つもあるからだ。

魔族というのは人種ひとしゅの内の一つで、他に、獣人じゅうじん族、竜人りゅうじん族、小人こびと族、妖精族、木人きびと族などがいる。
魔族はさらに魔人まじん族と鬼人きじん族に分かれるが、"魔人"と"魔神"や"鬼人"と"鬼神"がごっちゃにならないように種族は魔族と名乗る。鬼人族には鬼人族特有の角があるので直ぐに見分けがつくため魔族でまとめても支障はない。
鬼神というのは鬼人族が進化した姿で、魔神と違ってめったに現れない。魔神は魔人族が進化した姿でギルド管理者及びギルドマスターの殆どがこれだ。進化条件は魔神も鬼神も同じ。ただ、鬼神はギルド管理者にはならず、ギルドマスターになる。その希少性と鬼神になった者への信頼度の高さゆえの措置だ。
魔神や鬼神になった者は種族を魔族とは名乗らず、魔神、若しくは、鬼神、と名乗る。

**

今後の事を話しているうちにギルドに着いた。
リミルは中に入って辺りを見回し、受付をみる。


ギルドの建物はとても大きく広く造られている。
入って直ぐはゆったりしたスペースになっており、そこを囲む壁が依頼ボードになっている。
その奥には木製の背もたれのない長椅子が整列している。喧嘩が起きないよう、広めに作られたクッションが固定されており、一人分のスペースがわかり易くなっている。背もたれがないのはパーティで固まって座り話しやすいようにとの工夫である。
さらにその奥に受付があり、今は6人ほど受付の人がいる。受付カウンターの左右には階段があり、奥にあるロフトのような場所に続いている。
階段の横は通路が奥まで続き、右奥には解体部屋、左奥には取り調べ室がある。地下牢へ続く階段が取り調べ室から地下へと伸びている。
解体部屋や取り調べ室の手前はそれぞれ個室が並んでいる。個室は個人依頼の相談やパーティで内密の話をするために使われる場所で2階もある。2階の個室にはロフトから通路が続いている。
そのロフト部分は酒場になっており、奥にカウンターがある。奥に向かってバーカウンター右側に[魔導エレベーター]が2つ設置されている。左側にはギルド受付スペースから死角になるように御手洗がある。受付裏、ロフト下の部分は関係者以外立ち入り禁止スタッフオンリーとなっている。


受付カウンター左側に目的の人物がいた。
近づいて挨拶する。

「やあ、マスター」

『ハハハッ、それじゃあバーのマスターと変わらねぇな。ちゃんとギルレイって呼んでくれよ。それか皆みたいに愛称でも良いぞ?』

そう軽い調子で話すのはギルドマスターのギルレイだ。

「ハハッ、ギルレイって呼ぶの俺だけだもんな!愛称で呼ぶわけないだろ?フフッ」

『だろうな、それで?なんか用事か?』

ギルレイの優しい眼差しはリミルの好きな表情の一つだが、ソワソワと落ち着かない気分になる。

「あぁ、そろそろ旅に出ようかと思ってな、高位として認められたしクライも進化したし俺自体の成長も止まってて成人越えてたみたいだし…」

最後は言い訳みたいで早口になっていた。

『は?もう?今から?』

ギルレイは焦っている様子だ。あまり見たことがない光景に周りもザワつく。

「うん…そのつもりだけど…何か不味い?」

一応旅立ちに向けて色々準備は整えていた。あとはポーション屋で必要なポーションを揃えるだけのはずだ。

『ああ、非常に不味い!詳しくは奥で話すから少し待っててくれ』

(ギルレイにしては慌てた様子だ。何かあったのかもしれない)

「わかった」

二人は長椅子エリアの端の方へ移動しリミルは椅子にクライは床に座る。

<なんだろうな?あいつにしては珍しい>

「ああ…何かあったのかもな?」

**

しばらく待っていると受付嬢の一人が二人を呼びにきた。リミルたちはそれについて行く。

普段入れない扉へ通されて少し驚く。
受付裏は幾つか扉があったが一番左側はギルドマスターの部屋だったみたいだ。応接セットと奥に大きな机、そのさらに奥に机に合わせた椅子がある。

『待たせてすまない、二人とも掛けてくれ』

リミルはソファにクライはリミルの近くの床に座った。
ギルレイも向かいのソファに座る。

普段あまり見ることがないギルドマスターとして厳格な威厳のある顔付きになったギルレイが口を開く。

『早速だがまずは確認事項がある。クライ、種族は何になっている?お前の口から聞いた後、鑑定しなければならない』

<俺の種族はフェンリルになっている、進化したのは最近だ。確認してくれ>

クライはギルレイのことを信頼しているようで、鑑定をあっさり許可した。
一連の流れを見ていたリミルがポツリとつぶやく。

「そっか、珍しいもんな…」

『協力感謝する。《鑑定アプレイザル》』

(俺も一緒に確認しとこう)

☆☆☆☆☆
*名前 クライ
*種族 フェンリル:白銀
*契主 リミル
*状態 少し空腹
*職業 魔法詠唱者マジックキャスター、精霊使い、拳闘士モンク
*称号 リミルの家族、森の支配者、魔犬の王
☆☆☆☆☆

(称号が変わってる。同系統のものは上書きされるようだ。俺のも{捨て子}がなくなって{クライの家族}ってのが増えてたから上書きじゃないかと思ってたんだ)

「森の覇者の次は支配者だったんだな!王ってのはフェンリルになったからかな?あと白銀ってのはなんだ?」

ギルレイは種族の確認が取れたため普段通りの表情に戻った後、リミルの発言により称号を見て驚きつつもクライを褒め、リミルの質問に答えた。

『あんなだだっ広い森を支配しちまったのか?すげぇなクライ!リミル、白銀ってのはな、フェンリルに存在する色による希少性と優劣を示すものだ。白銀は中でも高位の存在だ。最近目撃された色はクライを含めて上から白銀、赤、黒、青、緑だな。ただ、クライのは確認できたから白銀と言ったが野生であれば他と同じように確認が取れなかっただろうから白と言っていただろうが。そんな中、緑が比較的生まれやすい事だけは確認が取れている。それから、優劣と言ったがあくまでもフェンリルの中で、だ。元々生まれにくい存在だから強くて当然だ。そういった希少で強い存在についての情報はギルドで共有することになってるんだ。だから、数日前に冒険者の従魔から白が生まれたという話は直ぐに広められたが浸透するのに時間がかかっているんだ。白だと広めたが白銀だと訂正するべきかは会合で決めることになるだろうな…』

「ほへぇ~、だからまだ旅に出られないのか?混乱させないため?」

『まあそうだな。それとリミル、お前を護るためでもある』

「俺を?」

『ああ、フェンリルは希少だからな、狙う馬鹿が出てくるんだ。従魔なら尚更な…従魔契約はそれぞれの意思によってするものだがそれを知らない奴が奪って自分のモノにしようとすることがあるんだ。要するに馬鹿だ』

頭を抱えて項垂れているところをみると何度もそういったやからを見てきた様だ。

<ギルレイも大変なんだな>

(クライが同情なんて珍しい。ギルレイだからか)

「暫く出られないのか…森の家、片して来ちゃったから住む所ないな…」

もう一度住めるようにするのは大変面倒で時間がかかる。魔法か野営セットでも良いが何日かかるか分からないのにゆっくり休めないのはキツい。かといってホームにいるのに宿を取るとか金の無駄遣いだ。

『ああ、それなら心配要らない。俺ん家に二人とも住んでもらうことになっている』

当然のように言ってのけるが、ただの一冒険者がギルドマスターの家に住んで良いものなのかはなはだ疑問だ。

<ギルレイの家か、楽しみだな!>

クライは満更でもないようだ。

「え、良いのか?家族は?」

『息子たちは独立してそれぞれ家庭がある。アンリエットは…』

「ああ、悪かった…」

『いや、大丈夫だ。アンリはリミルのことを3人目の子どもだと言っていた。俺も大切に思ってる。遠慮すんな』

ギルレイの優しい眼にやはりソワソワする。
(父親ってこんな感じなのか?)

「んじゃ、ありがたく!」

『ホームポイント自体、俺の家に設置しても良いんだぞ?森だと戻って早々襲われることもあるだろ?』

(今まで行ったことすらないのに急にどうしたんだ?やはり何か事情があるのか…?)

<何度もあるな。気づいた方が返り討ちにするっていう決まりだ>

(クライは楽しそうだな、おい)

『ホームってのは休める場所って意味もあるんだ。リンドに愛着はあるかも知れねぇけどホームでくらいちゃんと休め』

(とても心配してくれているのはわかる)

「んー、でもギルレイに迷惑かけるのは良くないだろ?お客さんいたらどうすんだよ…」

『二人に部屋をやるからそこをホームポイントにすれば客とばったりってのはなくなるだろ。客は応接間にしか通さねぇしな』

(なるほど…広いんだな)

「じゃあ行ってみて居心地良かったらそうする!」

『ハハハッ、そうか。居心地良いとイイな』

ギルレイが身を乗り出してリミルの頭をワシャワシャと撫でて席に戻る。

(頭を撫でられるのはこれで二人目だな。夫婦揃って優しいんだから)

「懐かしいな…アンリも撫でてくれたんだ。俺が言葉を覚える度に」

(アンリ…アンリエットは俺に言葉を教えてくれた恩人だ)

『そうか…言葉の教材を家から持ち出そうとした時は驚いたな。懐かしい…お前に言葉を教えてる時のアンリは昔のように生き生きしてた。ありがとうな』

「こっちこそ、すっごい助かったからお互い様だな。俺はあの頃幾つかの音しか知らなかったからな」

(森の中で冒険者を見かけてこっそり追いかけて話し声を聞いていたがサッパリ分からなかった。だから行動を真似ることにして、同じ獲物を素早く狩ってギルドまで付いていった。その頃は毛皮を着ていたので街では浮いてたと思う)

『あ?でも名前は言えたって聞いたぞ?』

ギルレイはその時の事を思い出すように目を細めながらどこか遠くを見ている。

「森で後をつけていた冒険者たちが話してた音で好きなのを並べただけだと思う。それと、何となく呼ばれた気がしたんだ。リミルって」

『そうか…それを言ってなかったらアンリが勝手に名付けていたかもな?フフッ』

「文字が読めるようになってから自分ステータスみたけど、名前のとこしっかりリミルだった。自分で付けたことになったのか親が付けたのを覚えてたのか、今じゃ分からないけど。そういえば、さっきはなんで慌ててたんだ?俺が出るくらいであんなに慌てないだろ?」

リミルはステータスの話題を振ってしまって、慌てて話題を変えた。

<ギルレイが慌てるほどのことが起こったのか?>

クライもそれとなくリミルの援護をする。

『あ?ああ…二人が今ここを離れるのは不味いんだ。お前らが不在の森がどうなるかという点とさっき言った浸透してない点、それからもう一つあるが今は言えない』

またもやギルドマスターとしての顔になった。

「そうか…今はってことは言えるようになったら言ってくれるんだろ?」

『ああ!もちろん』

そう言って表情を崩した。

(ならその時で良い。今考える必要はない)

<森か…そんなに変わらないとは思うが新たな森の覇者がでれば問題かもな…フェンリルになれるような奴なら問題ないがそうでなければ危険か。魔犬以外の種族はよく分からんな>

クライの言うように、フェンリルであれば問題ない。でもフェンリルになれるのは魔犬と呼ばれる種族のなかでも強く、気高く、守る者がいる心優しき者だけだ。堕ちるような者はなれないしフェンリルになれば何があっても堕ちることはない。

『他の種族でも基本は同じだ。魔神や鬼神がいい例だろ?』

ニヤッとドヤ顔を披露するギルレイ。

「ドヤるな!アハハッ」

<確かにな>

(真面目な顔で返すなよ…)

『まあでも神格しんかくと呼ばれる存在がある種族だけだな。人種ひとしゅでは魔神や鬼神。魔犬ではフェンリルが神格と言われる』

「人種って魔族以外には神格はいないのか?」

『あるにはあるらしいが生まれたことがないんだ。竜人族は2万年前にいたみたいだが一人だけだったな…竜神だ』

(竜神…まんまだな。でも…)

「なんで一人しかいないんだろうな?」

『それは種族の特性だろうな…血の気の多い種族だからな…戦闘狂とも言うのか?』

(ギルレイは遠い目をしている。わかるよ)

<それではなれないな…>

(クライも遠い目だ…うんうん。わかる)

「確かに…その一人は逆に凄いな」

『そうだな。細かい条件にも当てはまったんだ。でなければ神格にはなれない』

大まかな条件は皆の知るところだ。しかし、細かな条件はなった者にしか分からない。

「神格かぁ…凄いよな!」

<リミルもそのうちなんじゃね?>

(軽い!軽いよークライ!)

「ハハハッ、無理だ。公開されてる条件にすら当てはまらないんだから。それより、森の覇者だよ!」

『そうだな。クライ、森の支配者になってからどれくらい経つ?』

ニコニコしてたのが急にギルドマスターの顔になる。

(切り替え早いよな)

<んー結構長いな。5年とかか?>

「たぶんそれくらいだろ」

『結構前からだったんだな…フェンリルになってからか、なる直前かと思ってたよ』

ギルレイは驚き顔だ。この顔はリミルもクライも結構好きで時々二人でどうやって驚かそうか考えたりもする。

「驚かせられたな、クライ」

<ああ、ステータスみたときも一瞬驚いてたけど賛辞のほうが大きかったからな>

『ハハハッ、今日は慌てたり驚いたり忙しい日だ』

(ギルレイが楽しそうで何よりだ)

「5年だとそろそろ新しいやついてもおかしくないよな?」

5年もあれば新たに強い魔物が複数生まれているだろう。ただ、覇者になったものがいるのかは暴れ出したりしない限りわからない。

『そうだな…支配者が森にいないとなると動き出すかもしれないな。神格になるような奴か堕ちる奴か要観察だな』

神格か堕ちるかというのは両極端であって、どちらにもならずひっそりと暮らしているものがほとんどだが、動くとしたらそのどちらかしかない。
街の治安に関わってくる可能性があるのかどうか見極める必要があるからこその要観察だ。
ギルドマスターとしての務めだ。

<ああ、一応森の魔犬達にも気をつけるよう注意を促しておくよ>

クライも魔犬達の王としての動きだ。

『魔犬の王か…』

(それよりホームポイント変えるなら早い方が良いな。ついうっかりで森に行ってたらギルドまで時間がかかる)

「ギルレイの家に行くのは何時頃だ?」

『ああー、そうだな…今から行くか?』

ギルレイは思案げに手を顎に添えている。

「早い方が助かる」

『よし、なら行くぞ!』

三人はギルドマスターの部屋を出た。ギルレイは先程リミル達を案内してくれた受付嬢に声をかける。

『あ、リリアン!今から二人を俺ん家連れてってくるから何かあったら本部の管理者の誰かに当たってくれ』

『了解ですっ!ギルマス』

「ギルマス?」

『ギルドマスター、略してギルマスですっ!』

うさぎ獣人の可愛くてハキハキした人だ。

「おお!ギルマスのギルレイ。言いやすいな!」

『じゃあ頼んだぞー』

そう言いながら俺の肩に手を回して引きづっていく。俺はその間リリアンに手を振る。クライは家に入ったことがないからか、はしゃいで先に外に出ていた。

<早く行くぞ!人の家ってどんなのか気になる!>

「確かになー!俺は宿は入ったことあるけどギルドの個室にベッド置いたような場所だぜ!机と椅子はあってもちっさくて寝る場所って感じだな。床も壁も天井も木材で出来てるけどそれ以外はホームと変わらないんじゃね?あくまで俺が行ったことある宿はだけどな?家ってどんなのだろうな…」

(くゆう俺も家というのは外からしか見たことはない)

<そうか、確かにギルドの個室は上も下も壁も木材だな…そこにベッドがあるだけ…こう言っちゃなんだが簡素だな。ホームとあまり変わらなそうだ。ギルレイの家が楽しみだ>

二人してハードルを上げる。

『あんま期待すんなよ?ギルドの造りとそう変わらないし、二人にやる部屋も宿となんら造りは変わらない。ただ、お前らの好きに物を置いていいから自由に飾れば良い。ベッドだけだと足りないから家具は一緒に見に行ってやるから』

(なるほど…部屋が幾つかあるってのは何となく想像してたけど自由に装飾するのか…ギルレイの部屋を見せてもらって参考にしよう)

「ギルレイの部屋も見せてくれ!装飾の参考にするから」

『俺はあんまり飾るタイプじゃねぇけどな…リビングや応接間も見れば比較出来るか』

(応接間はお客が来る部屋だよな…リビングってのは何の部屋だろうな?)

「楽しみだ!」

『期待し過ぎんなって、ガッカリするから…そういや宿に行ったことあるって?リミルはホームで宿に泊まるのは勿体無いって言ってなかったか?』

(あれ?知ってるよな?知ってるはず…)

「そうだな。宿をイメージしとくよ、ガッカリしないように……宿に行くのは自分の金じゃないときだ…言っただろ?覚えてないのか?」

『ああ…そうか。すまん。失念していただけで覚えてる』

申し訳なさそうな顔してる。そんな顔して欲しいわけじゃないんだけどな。

「覚えてるなら良かったよ。それよりどれくらいで着くんだ?」

『そうか?…ああ、もう着いたぞ。ここだ』

住宅街と呼ばれる通りに入ってすぐの大きな家だ。ここには個人の持ち家が等間隔で建っている。戸建てと言うやつだ。
庭も広く、それぞれの敷地はこの都市の紋章が彫られた柵で囲まれている。
正面の[魔導馬車]1台が余裕で通れる門をくぐって庭を通り、敷地中央に建てられた二階建ての白と青を基調としたシンプルな外見の家に入る。

玄関で靴を脱ぎ出されたスリッパを履く。

「すげぇ…」

<ああ…《清潔クリーン》>

クライは自分を魔法で綺麗にしてあがる。
玄関は広く、靴を脱いで置いておく場所も上がった場所も宿の一部屋くらいあるんじゃないかと思う程だ。
正面にクライが二体通れそうな通路があり、左側の壁に階段が奥から手前に向かって昇るようについている。骨組みに板が付けられたような、向こう側が見える造りの階段だ。
左右に扉があり、階段奥左手と廊下最奥にも扉がある。

『右側の扉がリビング。皆でくつろぐスペースだ。ダイニングとキッチンもある。キッチンが料理をする場所で、それを食べるためのテーブルや椅子があるのがダイニングだ。うちはリビングの奥にダイニングとキッチンが続いている造りになっている』

そう言ってギルレイは扉を引いて開ける。リミル達は覗きこみ驚く。広い。リミルは思わず、宿の部屋何個分だよ、と呟いている。身長2m越えのギルレイが三人くらいゆったり寝れるコの字型のデカいソファとその真ん中にローテーブル。コの字の開いている、門側の壁面には暖炉がある。暖炉の足元からローテーブルにかけて四角く大きい深い蒼色のボンデッドカーペットが敷いてある。扉の向かい側の壁は大きなガラス張りの窓で薄い光の[魔導カーテン]がしてある。

(なるほど、皆で寛ぐのがリビングか)

ソファの向こう、奥側のダイニングには薄い色の木材で作られた4人がけのテーブルと椅子があり、最奥に[魔導キッチン]がある。キッチンは広く大きく機能的で、奥の壁面とダイニングに向いた対面との一体型である。

<凄いな…>

「うん…広くて落ち着いてて良い雰囲気だ…」

(凄すぎて思ったことしか言えねぇ)

『普段はここで過ごすことになるな。キッチンの左右に扉があるが、右側は外に続いている。ゴミなんかを出す時に使うが二日に一度、掃除に来てくれているお手伝いさんがやってくれるから俺らはほとんど使わないな。ゴミ自体も業者が回収してくれるし。俺らがよく使うのは左側の扉だ』

(お手伝いさんにゴミの回収業者…ファンタジーだ…いや、金持ちか…)

「左は何なんだ?」

『今日の夜使い方を教えるが風呂だ』

「風呂…俺も使っていいのか?」

『もちろん。クライもそのうち洗ってやる。毛並みが良くなるぞ』

<それは是非頼む>

(嬉しそうだな、おい)

「確かにこれは嬉しいな…」

『喜んで貰えて嬉しいよ。さ、次行くぞ』

ギルレイが玄関の方へ行くのでリミル達はついて行く。

『この通路の奥にある扉は手洗いだ。クライ用のは裏庭に別に作るからそれまでは今まで通りで頼む』

<ああ、作ってくれるのか?森のままでもいいぞ?>

(マーキングもあるしな?)

『出来るだけリミルと離れないようにしたいからな…お前が手洗いに行ってる間にリミルに何かあったら嫌だろ?』

(それはそれは……有難い気遣いだが…釈然としねぇ)

<それは嫌だな。ありがたく作ってもらう>

『使い方は完成したら教えるな。じゃあ次は応接間だ』

今度は玄関を挟んでリビングと反対側の扉を引っ張って開ける。
さっきの部屋のダイニング部分くらいの広さ。
少し豪華だがゴテゴテしておらず落ち着いた雰囲気の応接間だ。
三人がけのゆったりした大きめのソファが向かい合うように置かれており、ソファに合ったローテーブルがその間に置いてある。部屋中央にソファよりも広い範囲で円形の毛氈もうせんが敷かれており、[魔導エアコン]と本棚が窓のない廊下側の壁面に設置されている。

<豪華だが落ち着いてるな>

「ここがお客さんが入る部屋だな?」

『そうだ。客はこの部屋にしか通さないし、元々客は少ない。ギルドに来るからな』

「本棚くらいしか用事なさそう」

『ああ、ここの本棚には触るな。資料しか入ってないし、ギルドの物だからな。勝手に読まれないよう本棚に鍵がかかっている。本なら上の部屋だ』

「そうか、じゃあここの部屋に用事ないな」

『お前に客が来るかも知れねぇだろ?』

(いや、俺に用事とかないでしょ。それこそギルド通すでしょ)

「それこそギルド案件だろ?」

『そうか。まあ、あまり使わない部屋だ。いざと言う時ないと困るがな』

(確かにな…客来た時プライベート無くなるのは嫌だもんな。ある方がいい)

『隣は俺の部屋だ』

「へー!みたい!」

『こっちからも行けるが階段横の扉からも入れる。どうぞ』

そう言って応接間奥の壁面、廊下側にある扉を押し開ける。
入った部屋の応接間側の壁面は全て鍵付きの本棚だった。
外側の壁面に大きな机があり、手前に革張りのキャスター付きの椅子。少し離れて小さめのテーブルと1人がけのソファ。
応接間と反対側の壁面中央に扉。
廊下側の壁面中央にも扉。

「扉だらけの部屋だね」

『扉の数だけだとリビングと変わらないがここは書斎だからな。小さめに作っている。だからそう思うんだろ』

リミルの頭に手を置き、ギルレイは優しげにフッと笑った。頭に置かれた手が暖かいのか気持ち良さげだ。

「こっちは廊下だろ?そっちの扉は?」

『そこは俺の寝室だ。どうぞ』

ガチャっと奥の扉を引き開ける。
そこはダイニングより少し広い部屋で、外側の壁面中央に枕が壁に向いている大きなベッドがあり、それより手前に大きな姿見。その足元に小さめの円形の毛氈もうせんが敷かれ、書斎側の壁側にクローゼットが置かれている。ベッドの奥には周囲に程よく空間をとった位置に大きいサイズのカウチが中央に向いて置いてあり、小さめの円形のテーブルがカウチのそばに置かれている。ベッドの向こう側の枕元に小さめのキャビネットがちょこんと立っていて可愛らしい。廊下側の壁面奥には扉がある。

「雰囲気いい!落ち着いてて、大人っぽい!カッコイイ」

(キャビネットだけは可愛いけど!キャビネットは真似しよ!あとはハードル高い…)

<俺も好きだな、いい部屋だ>

(だよな~。クライも俺も他を知らないけどギルレイの寝室とリビングは好きだもんな!書斎は落ち着かない。狭いの苦手かな?森で暮らしてたから)

『趣味が合ったみたいで良かった。じゃあ今度は二人の部屋な』

(待ってましたー!いや、まだ早いか…)

<広さ見て家具の配置考えて買いに行くんだよな?>

『そうだ。二人で話し合って決めろよ?』

(趣味が合うから大丈夫だろ…たぶん!)

書斎から廊下へ出てすぐ横にある階段を廊下を左手に見ながら上がる。2階の廊下には階段を囲むように胸の辺りまでの壁がある。手すりのようなものか。
上がった先は少し広く、正面はバルコニーになっていて、先程通った庭と門が見渡せる。廊下や階段の配置は1階と同じ造りになっている。そのため、上がって右側は階段を避けるように廊下と接しているので、ちょうど書斎や応接間と同じ位置に扉がある。階段を上がって左側に廊下があり、廊下に面する壁に扉が二つある。廊下の奥にもこれまた1階と同じように扉があった。

『奥の扉は1階と同じで手洗いだ。二人の部屋は上がって左側すぐの扉。リビングの上だな。キッチンの上にあたる部屋は図書部屋だ。好きに読んで良いぞ。それから、応接間の上は倉庫にしているから必要なものがあれば使ってくれ。ちなみに、俺の部屋の上はアンリの部屋だったところだ。みるか?』

ギルレイが指を指しながら説明する。

「アンリの…見る!」

<俺は会ったことない人だがリミルの恩人だろ?見ておきたい。良いか?>

『ああ、来いよ』

(穏やかな顔だし、もう何年も前だもんな、昇華出来たのかな。俺も少し寂しいときはあるけど悲しんでたら怒られそうだもんな!)

ガチャっ

「わぁー、可愛い!でも爽やかで落ち着いてて好きな雰囲気だ!」

<爽やかで清潔感があって良いな!リルの花を思い出すな>

(リルの花?)

『そうか、それを聞いたらアンリも喜ぶだろうな…リルの花、好きだったんだ』

「何それ!どんな花?」

『奥の机に飾ってある花だ』

そう言ってギルレイは机まで行きガラスの器を持って戻ってきた。

『これがリルの花だ』

(めっちゃ可愛い…白い花弁はなびらが鈴みたいな形で固まっていて、中に種が1つ入っている。一つ手にとって振ってみると、リルリルっと音がなる。それが幾つも入っていて花束みたいだ)

「めっちゃ可愛い!これって枯れちゃうのか?」

『いや、これは魔法で加工してあるからな。枯れないしずっとそのままだ。結婚した時にアンリにあげた物なんだが、ずっと大事にしてくれてたんだ。だから何百年かはずっとそのままだったってことだな。気に入ったならリミルの部屋に置いてやってくれ。ここだと俺がたまに見に来るくらいだからな。その方がアンリも喜ぶだろ』

「良いのか?じゃあ大事に飾るな!」

<良かったな!俺もリルの花は好きだからいつでも見られるのは嬉しい>

(アンリも喜んでるといいな…)

『それじゃ、二人の部屋覗いたら街に行こう』

「そうだ!まだ見てないじゃん!」

そう言ってアンリの部屋を出る。

<何となくの方向性は決まったからあとは広さの確認とそれに合った家具を買うだけだ!>

「そうだな!」

『喧嘩だけはするなよ?』

ギルレイは疑いの眼差しだ。

<何となく考えてることが分かるんだ。だから問題ない>

「細かなズレは話し合って決めるし大丈夫だ」

『そうか』

そう言いながら扉を引き、開けてくれる。

<おお、結構広いな!>

「ホントだ!」

下の階のキッチン無しくらいの広さはある。

『それじゃ、買い物行こうか』

「行こう!」

<行くぞ!>

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