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本編
第308話
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「……こんにちは……」
高身長の圧に内心怯んでいるホズミの前にゆっくりと進み出ると、ウツギはぼそりと挨拶する。
それに対し彼は全力の愛想笑いを浮かべて、
「ああ、ウツギさんお久しぶりです。ヤヒロがいつもお世話になっております」
そう言いながらさりげなくヤヒロを背中に隠す。
今日のウツギはツーブロックにした長い髪を後頭部で団子状に結わえ、ブラックジャケットと細身のスラックスを身につけている。ぱっと見若々しいが、隈を貼り付けた無気力な目元や整えられていない無精髭を見ると、ひどく歳を取っているような印象も受ける。
「……ムナカタ社長は……」
「中におります。どうぞ」
――社長だけでなくメンバーまで集めて、一体なんの用だ?訝しみながらもドアを押さえて導くと、一礼したウツギは猫背をさらに丸めて扉をくぐる。
「おお!ウツギ君!久しぶりだな」
旧友に会ったかのようなテンションだが、それもそのはず――ウツギの父とは長い付き合いで、彼の事は幼い頃から知っている。ムナカタにとっては親戚のようなものだ。
「ついに覚悟を決めてくれたか」
したり顔で手を差し出したムナカタをじっと見つめて、無表情のまま無骨な手を握り返す。その力強さに、ムナカタがすこし驚いたような顔になると、ウツギはいきなり口火を切った。
「すべてあなたの思い通りになりましたね。でもひとつお伝えしておきます。かつてストルムミュージックにいた僕がプロデュースすれば、ミュトスが歌うような曲をふたりが書くようになるだろうと期待してるんでしょうけど……僕は彼らに他グループの二番煎じのようなことをさせるつもりはありません。恥を忍んでこの業界に戻るのは、彼らの自由のためです」
淡々と、しかし強い意志を込め、言葉を選びながら彼は続ける。
「僕がウル・ラドを本来あるべき姿に導きます。彼らと僕が手を組み共に高みを目指すためには、社長のご理解が必要です。どうか、アキラ君とヤヒロ君に課した表現の自由の規制を解き――いまここで、表現者である彼らにすべての決定権を預けそれを尊重すると約束してください」
そこまで聞いたムナカタは瞬時に眉根を寄せたが、彼はその様子を見ても毅然とした態度を崩さない。ふたりは椅子に腰を落ち着けることもなく対峙し、どちらも引かぬ睨み合いの状態になる。
「無機的な現代社会を痛烈に風刺した歌詞、そして攻撃的で野性味あふれるサウンド……ウル・ラドにしかできない音楽があるならそれを売りにするべきです。誰かが作ったものを真似て制作させても拙劣な曲ができるだけだ」
ウツギの瞳に生気が宿り、先ほどとは別人のような光を放っている。横に立ってその姿を見つめているホズミにも、彼が内に秘める気迫がはっきりと伝わってきた。
――ウツギが数年前までサウンドプロデューサーとしてストルムミュージックに在籍していたことは、ムナカタから聞いている。しかもこの男、只者ではない……なんとストルムミュージックを大きく飛躍させた立役者「Diina」であるという。本人から直接きいたわけではないらしいが、なぜかムナカタは自信ありげにそう主張していた。
彼がヤヒロの家のハウスキーパーになると決まったとき、ホズミは断固反対した。もしもストルムと完全に関係が切れていなかったとしたら、こちらの情報が流れる可能性があると案じたのだ。しかしムナカタはそれを笑い飛ばして、こう言った。ウツギのことは幼いころから知っている、そんな器用なことができる男じゃない、と。
しかしながら今の今まで、ウツギはホズミにとってうろんな男だった。甲斐甲斐しく世話を焼いているのは知っていたし、警戒心の強い猫のような性格のヤヒロがなんだかんだ懐いているのを見れば杞憂だと思えなくもなかったが……やはり、ストルムの一時代を支えてきた人間だという点が、いつまでも彼の胸の片隅に居座っていたのだ。
「――アイドル活動というものにエンタメ以上の要素が必要か?」
沈黙の中に、ムナカタの硬い声が響いた。
「私の答えはノーだ。アキラとヤヒロがつくる曲は賛否を巻き起こすような問題作ばかり……ああいった楽曲はアイドルのイメージにふさわしくないし、場合によっては多くのファンを失うことになる。言い方は悪いが――美しい容姿と甘い言葉で人々を陶酔させその懐から大金を引き出す、これがアイドルの仕事だ。そこに人を選ぶ高尚な芸術性など必要ない」
「今のままのウル・ラドでミュトスに勝てると?」
ウツギは冷やかな声音で言い、すさまじい威圧感を放ってくる目の前の男を眼光鋭く見据える。
「なにもわかっていないんですね。社長室の椅子にふんぞり返って持論を展開しているだけではウル・ラドを成功に導くことはできませんよ、ムナカタ社長……」
「私とて無策で今日までやってきたわけではない。アイドルの武器は若さと美だ。彼らがより美しくあるために多額の資金をつぎ込み手を尽くしてきた」
「あのストルムミュージックを相手にして、美しさや若さという儚いものだけを頼りに勝機を見出そうとしているなら考えが浅いと言わざるを得ません」
射るように素早く言葉を返したウツギは、息だけで小さく笑った。
「ストルムは、ミュトスのデビュー後すぐ次の大型新人の育成に着手しています。昨今のアイドルブームが去らないうちにデビューさせるつもりでしょう。新しいグループが出てくれば、既存のグループの存在感が薄れるのは必然。唯一無二の個性で燦然と輝き続けることができなければ、移り変わりの激しいアイドル界で生き残ることは不可能です。ミュトスどころか新人にすら負けて消えるのがオチだ」
明朗な口調で一息に言うと、彼はメンバーの方を手で示す。
「社長はウル・ラドがプレデビューしたときに歌っていた曲を聴いたことがないんですか?」
眼差しは鋭くとも冷静さを欠くことなく、静かにそう訊ねた。沈黙しているムナカタに追い打ちをかけるように続ける。
「聴いたことがないなら全曲聴いてください。歌詞を日本語に翻訳し内容を考察しているファンサイトもたくさんあります。作品に込められたメッセージ、芸術性、それをわかっているうえで彼らの才能を潰すと言えるかどうか、判断をお願いしたい」
高身長の圧に内心怯んでいるホズミの前にゆっくりと進み出ると、ウツギはぼそりと挨拶する。
それに対し彼は全力の愛想笑いを浮かべて、
「ああ、ウツギさんお久しぶりです。ヤヒロがいつもお世話になっております」
そう言いながらさりげなくヤヒロを背中に隠す。
今日のウツギはツーブロックにした長い髪を後頭部で団子状に結わえ、ブラックジャケットと細身のスラックスを身につけている。ぱっと見若々しいが、隈を貼り付けた無気力な目元や整えられていない無精髭を見ると、ひどく歳を取っているような印象も受ける。
「……ムナカタ社長は……」
「中におります。どうぞ」
――社長だけでなくメンバーまで集めて、一体なんの用だ?訝しみながらもドアを押さえて導くと、一礼したウツギは猫背をさらに丸めて扉をくぐる。
「おお!ウツギ君!久しぶりだな」
旧友に会ったかのようなテンションだが、それもそのはず――ウツギの父とは長い付き合いで、彼の事は幼い頃から知っている。ムナカタにとっては親戚のようなものだ。
「ついに覚悟を決めてくれたか」
したり顔で手を差し出したムナカタをじっと見つめて、無表情のまま無骨な手を握り返す。その力強さに、ムナカタがすこし驚いたような顔になると、ウツギはいきなり口火を切った。
「すべてあなたの思い通りになりましたね。でもひとつお伝えしておきます。かつてストルムミュージックにいた僕がプロデュースすれば、ミュトスが歌うような曲をふたりが書くようになるだろうと期待してるんでしょうけど……僕は彼らに他グループの二番煎じのようなことをさせるつもりはありません。恥を忍んでこの業界に戻るのは、彼らの自由のためです」
淡々と、しかし強い意志を込め、言葉を選びながら彼は続ける。
「僕がウル・ラドを本来あるべき姿に導きます。彼らと僕が手を組み共に高みを目指すためには、社長のご理解が必要です。どうか、アキラ君とヤヒロ君に課した表現の自由の規制を解き――いまここで、表現者である彼らにすべての決定権を預けそれを尊重すると約束してください」
そこまで聞いたムナカタは瞬時に眉根を寄せたが、彼はその様子を見ても毅然とした態度を崩さない。ふたりは椅子に腰を落ち着けることもなく対峙し、どちらも引かぬ睨み合いの状態になる。
「無機的な現代社会を痛烈に風刺した歌詞、そして攻撃的で野性味あふれるサウンド……ウル・ラドにしかできない音楽があるならそれを売りにするべきです。誰かが作ったものを真似て制作させても拙劣な曲ができるだけだ」
ウツギの瞳に生気が宿り、先ほどとは別人のような光を放っている。横に立ってその姿を見つめているホズミにも、彼が内に秘める気迫がはっきりと伝わってきた。
――ウツギが数年前までサウンドプロデューサーとしてストルムミュージックに在籍していたことは、ムナカタから聞いている。しかもこの男、只者ではない……なんとストルムミュージックを大きく飛躍させた立役者「Diina」であるという。本人から直接きいたわけではないらしいが、なぜかムナカタは自信ありげにそう主張していた。
彼がヤヒロの家のハウスキーパーになると決まったとき、ホズミは断固反対した。もしもストルムと完全に関係が切れていなかったとしたら、こちらの情報が流れる可能性があると案じたのだ。しかしムナカタはそれを笑い飛ばして、こう言った。ウツギのことは幼いころから知っている、そんな器用なことができる男じゃない、と。
しかしながら今の今まで、ウツギはホズミにとってうろんな男だった。甲斐甲斐しく世話を焼いているのは知っていたし、警戒心の強い猫のような性格のヤヒロがなんだかんだ懐いているのを見れば杞憂だと思えなくもなかったが……やはり、ストルムの一時代を支えてきた人間だという点が、いつまでも彼の胸の片隅に居座っていたのだ。
「――アイドル活動というものにエンタメ以上の要素が必要か?」
沈黙の中に、ムナカタの硬い声が響いた。
「私の答えはノーだ。アキラとヤヒロがつくる曲は賛否を巻き起こすような問題作ばかり……ああいった楽曲はアイドルのイメージにふさわしくないし、場合によっては多くのファンを失うことになる。言い方は悪いが――美しい容姿と甘い言葉で人々を陶酔させその懐から大金を引き出す、これがアイドルの仕事だ。そこに人を選ぶ高尚な芸術性など必要ない」
「今のままのウル・ラドでミュトスに勝てると?」
ウツギは冷やかな声音で言い、すさまじい威圧感を放ってくる目の前の男を眼光鋭く見据える。
「なにもわかっていないんですね。社長室の椅子にふんぞり返って持論を展開しているだけではウル・ラドを成功に導くことはできませんよ、ムナカタ社長……」
「私とて無策で今日までやってきたわけではない。アイドルの武器は若さと美だ。彼らがより美しくあるために多額の資金をつぎ込み手を尽くしてきた」
「あのストルムミュージックを相手にして、美しさや若さという儚いものだけを頼りに勝機を見出そうとしているなら考えが浅いと言わざるを得ません」
射るように素早く言葉を返したウツギは、息だけで小さく笑った。
「ストルムは、ミュトスのデビュー後すぐ次の大型新人の育成に着手しています。昨今のアイドルブームが去らないうちにデビューさせるつもりでしょう。新しいグループが出てくれば、既存のグループの存在感が薄れるのは必然。唯一無二の個性で燦然と輝き続けることができなければ、移り変わりの激しいアイドル界で生き残ることは不可能です。ミュトスどころか新人にすら負けて消えるのがオチだ」
明朗な口調で一息に言うと、彼はメンバーの方を手で示す。
「社長はウル・ラドがプレデビューしたときに歌っていた曲を聴いたことがないんですか?」
眼差しは鋭くとも冷静さを欠くことなく、静かにそう訊ねた。沈黙しているムナカタに追い打ちをかけるように続ける。
「聴いたことがないなら全曲聴いてください。歌詞を日本語に翻訳し内容を考察しているファンサイトもたくさんあります。作品に込められたメッセージ、芸術性、それをわかっているうえで彼らの才能を潰すと言えるかどうか、判断をお願いしたい」
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