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本編
第187話
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都内有名ホテルの最上階にある展望レストラン。
窓際の席に通された3人の男たちは、眼下の夜景を楽しみつつ静かにワイングラスを傾けている。
「――あと、池袋に新しくできた劇場も父が手がけているんです」
「そこならつい先日演劇を鑑賞しに行きましたよ」
オフィスウイルド社長、ムナカタは目を丸くして「まさかアズマ氏のご子息とは……驚きました」どこか興奮気味に言う。
そんな彼に、イサギは微笑だけを返した。
イサギの父であるアズマは、庁舎や美術館、ビル、ホテルなどの建築物を設計している有名一級建築士である。
オフィスウイルドの現在の社屋も彼が手がけたものだ。打ち合わせの席についたのは先代社長のスミタニであるものの、ムナカタも何度かやりとりをした記憶がある。
向こうはこちらを覚えていないかもしれないが、喫煙所で他愛のない話をした。少年のように無垢な感性を持った人懐こい男で――息子のイサギをこうして見れば、なるほどそこかしこに彼の面影がある。
「御社との縁が続いていると知れば、父も喜びます」
「近々ご挨拶に伺いたいのですが……今も赤坂の事務所に?」
「そこに所属してはいるんですけど、ここのところ大規模な多目的施設を創るプロジェクトに参加しているせいか各地を飛び回って忙しくしているようで……私たち家族でさえ滅多に連絡が取れないんです」
「多目的施設?」
「ええ。詳しい内容はお話できませんが、数万人収容できる施設のようです」
彼はワイングラスを傾けつつ言葉を継ぐ。
「施設を管理運営する親会社の代表と父が親友同士でしてね。その縁で設計を任されたらしいです。こけら落としの話も出ていると聞きましたし、来年か再来年あたりには完成するのではないでしょうか」
ムナカタの眉がぴくりと上がる。数万人もの客を収容可能とあればアリーナかドームクラスなことは間違いない。これまでこういった施設のこけら落とし公演は大物アーティストが選ばれ、軒並み大成功を収めている。
線のように細めた瞳で、イサギはムナカタの表情を観察した。施設について彼がいろいろと聞きたがっているのをわかっていながら、別の話題を切り出す。
「父が御社の建て替えプロジェクトを完遂してから久しいですが、会長様はお障りなくお過ごしでしょうか?」
なかなか食えない男だ……ムナカタは舌打ちしたいのを堪えて、
「お気遣いありがとうございます。先日も仲間とゴルフコンペに参加したようで、自由気ままな隠居生活を楽しんでいますよ」
「お元気そうで安心いたしました。我が家に会長様がいらっしゃったとき、まだ子どもだった私をとてもかわいがってくださって……。懐かしい話でございます」
「なんだかふたりとも堅苦しいですね」
口を挟んできたのはホズミだ。
それを聞いたムナカタが呵々と笑っているのを流し目で見たイサギは、
「若輩者の私にも丁寧な言葉づかいで話してくださって、ありがたいことです」
穏やかな笑みを湛えて言いながら、リラックスした様子でワインを口に含む。
今日の彼は落ち着いた光沢感のある焦げ茶の正絹着物に、独鈷と華皿の紋様が織り込まれた薄茶の博多織角帯を合わせている。普段はもっぱら黒い着物だが、ブラウンカラーも彼の雅な雰囲気や楚々とした所作によく似合っている。
「当たり障りのない会話はそこまでにして、そろそろ本題に入りませんか」
「そんなに急くなよホズミ。もっとゆったり楽しもうじゃないか」
「腹の探り合いを延々と続けるつもりですか?」
ホズミは深い溜息を漏らす。
ふんと鼻を鳴らしたムナカタは、薄い唇を指先で隠してくすくすと笑っているイサギに言った。
「ホズミとはどちらでお知り合いに?」
「数年前――」言いかけてホズミをちらと見る。彼の表情が硬くなったのを見てとると、「いや……これは、ふたりだけの秘密にさせてください」
眉を上げたムナカタは彼らを交互に見る。唇を結んでしまったイサギから聞き出すのをあきらめた彼は、にやりと笑ってホズミに目を遣った。
好奇心に光る瞳を冷ややかに見つめ返して、ホズミは事務的な口調で言う。
「本題に入りましょう」
いかにも不満げな彼を無視し、ホズミはイサギを手のひらで示す。
「イサギさんは建築家のお父上の影響を受けてデザイナーの道を志し、十代半ばからこの道で実績を積んで来られました。メンバーの意向もありますし、なにより……洗練されたデザインはファンも求めているところです。デザイナーをイサギさんに変更し心機一転を図るべきだと考えます」
イサギ本人を前にすれば少しはいい反応を見せてくれるかと期待したが、ムナカタは静かに相槌を打つばかりだ。
ホズミの焦燥がわかっているイサギは、鞄の中からスマホを取り出す。
「現在の私のデザインスキルがどの程度のものか知っていただいた方がいいと思いまして、前回のツアータイトルでロゴマークを作成してみました。こちらをご覧になっていただけますか?」
ムナカタは特に表情を変えることもなく、スマホを受け取った。まるでこうなることを見透かしていたかのような態度だ。彼はグラスを置き、ゆっくりと画面をスクロールする。
「先日放送された歌番組を拝見しデザインしたのですが……いかがでしょう」
尋ねるイサギの顔に気負った様子は窺えない。目元にやわらかな笑みを浮かべ、いつも通りの余裕がある。
「ここに来る前に作品をいくつか観させていただきましたが……この1枚目と2枚目、あなたにしてはめずらしい作風では?」
「初心にかえって制作してみたんです。十代の頃はこのようなデザインを売りにしていたので」彼はムナカタの手の中のスマホを操作し、違うページを開く。「こちらにある作品と見比べていただくと、今の作風との違いがよりわかりやすいと思います」
過去作は、現在のシンプルな作品とは違って奇抜でカラフルなものが多い。勢いのある若い感性そのものといった印象だ。
特に目を引いたのはアートイベントのパンフレットである。夕暮れを思わせるオレンジと濃紺のコントラストが効いた背景に、ネオンサイン風のオリジナルフォントが並んでいる。夕方から深夜まで行われる酒の提供有りのイベントだったようで、フォントの中に夕日や月、夜のパーティーを思わせるカクテルグラスやシャンパンがバランスよく組み込まれている。
デザイン性の高さは駆け出しの頃から顕著にあらわれており、才能の片鱗があちらこちらに垣間見える。さまざまな手法を試しながら試行錯誤する時期を経て、今のシンプルだがインパクトのある唯一無二のデザインを創り上げていったのだろう。その作品の多さとバリエーションから、彼の底知れぬ才能と地道な努力の痕跡を感じた。
目立つ装飾やカラーを削ぎ落してもなお印象に残るように創造する……これが決して簡単ではないということは、すべての文化芸術に共通していることだ。デザインについての知識こそないがムナカタも元俳優である。シンプルだからこその難しさと奥深さはわかっている。
「私に任せていただけるのであれば全力を尽くします。必ずやご満足いただける成果を出すことをお約束しますので、ぜひご検討くださいませ」
イサギが言うのを聞きながらページをスクロールし、ムナカタはしきりに顎を撫でている。再び最初のページに戻り、また最後のページへ。やがて視線だけを上げると、イサギを見つめた。
「――先日の歌番組で、メンバーがひとり欠けていたことにお気づきになられましたか?」
「ええ。セナさんですね」
間髪入れずに答えたのを見て、ムナカタは片頬を上げる。
「もしメンバーが5人揃っていたら、ロゴのデザインは変わっていたでしょうか」
「変わりません。セナさんの不在を感じさせない完璧なステージを見させていただいて、ウル・ラドというグループのイメージが私の中でしっかり固まったので」
「完璧?メンバーが欠けていてもですか?」
「ええ。本人たちからしたら不本意かもしれませんけど、彼らは完璧でした。ピンチをチャンスに変える度胸が実力以上のものを生み出す……アイドルに限らず大きなことを成し遂げるチームってそういうものじゃありませんか」
彼はふふと可憐に笑い、落ち着いた声音で続ける。
「獅子や猛牛を思わせるような、とにかく凄まじい気迫と勢いがあって……本当にすばらしかったです。困難の渦中にありながら堂々と振る舞う4人にファンのみなさんも感動されたんじゃないですかね」
ムナカタもホズミも、わずかに目を瞠り黙った。笑みを消したイサギは彼らの反応をすこし驚いたように眺めて、
「どうしたんですおふたりとも……狐につままれたような顔をして」
拗ねたような、居心地悪そうな顔をするのでホズミは思わず破顔した。つられたようにムナカタも白い歯をのぞかせる。
それから数時間後、3人は和やかな空気の中で食事を終えた。
「本日はありがとうございました。お父上によろしくお伝えください」
ムナカタは言いながら、イサギと固い握手を交わす。ひとまわり小さい彼の手は氷のように冷たく、わずかに汗ばんでいる。飄々として緊張とは無縁に見えても、実際はそうでないのかもしれないとムナカタは思った。世の中を達観しているような雰囲気に呑まれ忘れていたが、彼もまたウル・ラドと同じく、まだ20を過ぎたばかりの若者なのだ。
ロビーで彼の後ろ姿を見送ると、ムナカタがおもむろに口を開く。
「よし。決めたぞ」
どこか清々しい顔で言った。そしてわずかな沈黙ののちに、ホズミの方に振り向き続ける。
「イサギさんにお願いしよう」
短いその一言にホズミは深く頷いて、
「ツアーグッズだけではなくイメージキャラクターもイサギさんにお任せしたらどうでしょう。アキラが描いたイラストを元にデザインしてもらうんです」
「またその話か……」
ムナカタは、苦いものを食べたかのような表情になる。
その反応を見るにつけ今日もいい返事は聞けそうにもなかったが、それでもホズミは食い下がる。
「明るい曲調に合わせて爽やかなパフォーマンスを披露したにもかかわらず、彼はステージに立つメンバーを見て“獅子か猛牛を思わせる”と表現しました……ウル・ラドが内に秘めている本質を見抜いたんです」
彼は祈るような気持ちで、目の前の男の厳しい横顔を凝視する。
イメージキャラクター変更の交渉はこれで最後にするつもりだった。イサギの才能を目の当たりにしてもだめなら、もう無理だ。
「社長」
呼びかけてくるその声を聞き、彼は黙ってホズミを見た。
食い入るように見つめ返したホズミは、めずらしく必死な表情になりながらさらに言う。
「ウル・ラドに必要なのは、よき理解者です。彼らのことを知ろうともせず利益だけを追求する人々じゃありません」
「――いいだろう。変更を許可する」
ムナカタはイサギが去った方に目を遣り、静かに言葉を継いだ。
「そこまで言うからには必ず結果を出せ。……頼んだぞホズミ」
窓際の席に通された3人の男たちは、眼下の夜景を楽しみつつ静かにワイングラスを傾けている。
「――あと、池袋に新しくできた劇場も父が手がけているんです」
「そこならつい先日演劇を鑑賞しに行きましたよ」
オフィスウイルド社長、ムナカタは目を丸くして「まさかアズマ氏のご子息とは……驚きました」どこか興奮気味に言う。
そんな彼に、イサギは微笑だけを返した。
イサギの父であるアズマは、庁舎や美術館、ビル、ホテルなどの建築物を設計している有名一級建築士である。
オフィスウイルドの現在の社屋も彼が手がけたものだ。打ち合わせの席についたのは先代社長のスミタニであるものの、ムナカタも何度かやりとりをした記憶がある。
向こうはこちらを覚えていないかもしれないが、喫煙所で他愛のない話をした。少年のように無垢な感性を持った人懐こい男で――息子のイサギをこうして見れば、なるほどそこかしこに彼の面影がある。
「御社との縁が続いていると知れば、父も喜びます」
「近々ご挨拶に伺いたいのですが……今も赤坂の事務所に?」
「そこに所属してはいるんですけど、ここのところ大規模な多目的施設を創るプロジェクトに参加しているせいか各地を飛び回って忙しくしているようで……私たち家族でさえ滅多に連絡が取れないんです」
「多目的施設?」
「ええ。詳しい内容はお話できませんが、数万人収容できる施設のようです」
彼はワイングラスを傾けつつ言葉を継ぐ。
「施設を管理運営する親会社の代表と父が親友同士でしてね。その縁で設計を任されたらしいです。こけら落としの話も出ていると聞きましたし、来年か再来年あたりには完成するのではないでしょうか」
ムナカタの眉がぴくりと上がる。数万人もの客を収容可能とあればアリーナかドームクラスなことは間違いない。これまでこういった施設のこけら落とし公演は大物アーティストが選ばれ、軒並み大成功を収めている。
線のように細めた瞳で、イサギはムナカタの表情を観察した。施設について彼がいろいろと聞きたがっているのをわかっていながら、別の話題を切り出す。
「父が御社の建て替えプロジェクトを完遂してから久しいですが、会長様はお障りなくお過ごしでしょうか?」
なかなか食えない男だ……ムナカタは舌打ちしたいのを堪えて、
「お気遣いありがとうございます。先日も仲間とゴルフコンペに参加したようで、自由気ままな隠居生活を楽しんでいますよ」
「お元気そうで安心いたしました。我が家に会長様がいらっしゃったとき、まだ子どもだった私をとてもかわいがってくださって……。懐かしい話でございます」
「なんだかふたりとも堅苦しいですね」
口を挟んできたのはホズミだ。
それを聞いたムナカタが呵々と笑っているのを流し目で見たイサギは、
「若輩者の私にも丁寧な言葉づかいで話してくださって、ありがたいことです」
穏やかな笑みを湛えて言いながら、リラックスした様子でワインを口に含む。
今日の彼は落ち着いた光沢感のある焦げ茶の正絹着物に、独鈷と華皿の紋様が織り込まれた薄茶の博多織角帯を合わせている。普段はもっぱら黒い着物だが、ブラウンカラーも彼の雅な雰囲気や楚々とした所作によく似合っている。
「当たり障りのない会話はそこまでにして、そろそろ本題に入りませんか」
「そんなに急くなよホズミ。もっとゆったり楽しもうじゃないか」
「腹の探り合いを延々と続けるつもりですか?」
ホズミは深い溜息を漏らす。
ふんと鼻を鳴らしたムナカタは、薄い唇を指先で隠してくすくすと笑っているイサギに言った。
「ホズミとはどちらでお知り合いに?」
「数年前――」言いかけてホズミをちらと見る。彼の表情が硬くなったのを見てとると、「いや……これは、ふたりだけの秘密にさせてください」
眉を上げたムナカタは彼らを交互に見る。唇を結んでしまったイサギから聞き出すのをあきらめた彼は、にやりと笑ってホズミに目を遣った。
好奇心に光る瞳を冷ややかに見つめ返して、ホズミは事務的な口調で言う。
「本題に入りましょう」
いかにも不満げな彼を無視し、ホズミはイサギを手のひらで示す。
「イサギさんは建築家のお父上の影響を受けてデザイナーの道を志し、十代半ばからこの道で実績を積んで来られました。メンバーの意向もありますし、なにより……洗練されたデザインはファンも求めているところです。デザイナーをイサギさんに変更し心機一転を図るべきだと考えます」
イサギ本人を前にすれば少しはいい反応を見せてくれるかと期待したが、ムナカタは静かに相槌を打つばかりだ。
ホズミの焦燥がわかっているイサギは、鞄の中からスマホを取り出す。
「現在の私のデザインスキルがどの程度のものか知っていただいた方がいいと思いまして、前回のツアータイトルでロゴマークを作成してみました。こちらをご覧になっていただけますか?」
ムナカタは特に表情を変えることもなく、スマホを受け取った。まるでこうなることを見透かしていたかのような態度だ。彼はグラスを置き、ゆっくりと画面をスクロールする。
「先日放送された歌番組を拝見しデザインしたのですが……いかがでしょう」
尋ねるイサギの顔に気負った様子は窺えない。目元にやわらかな笑みを浮かべ、いつも通りの余裕がある。
「ここに来る前に作品をいくつか観させていただきましたが……この1枚目と2枚目、あなたにしてはめずらしい作風では?」
「初心にかえって制作してみたんです。十代の頃はこのようなデザインを売りにしていたので」彼はムナカタの手の中のスマホを操作し、違うページを開く。「こちらにある作品と見比べていただくと、今の作風との違いがよりわかりやすいと思います」
過去作は、現在のシンプルな作品とは違って奇抜でカラフルなものが多い。勢いのある若い感性そのものといった印象だ。
特に目を引いたのはアートイベントのパンフレットである。夕暮れを思わせるオレンジと濃紺のコントラストが効いた背景に、ネオンサイン風のオリジナルフォントが並んでいる。夕方から深夜まで行われる酒の提供有りのイベントだったようで、フォントの中に夕日や月、夜のパーティーを思わせるカクテルグラスやシャンパンがバランスよく組み込まれている。
デザイン性の高さは駆け出しの頃から顕著にあらわれており、才能の片鱗があちらこちらに垣間見える。さまざまな手法を試しながら試行錯誤する時期を経て、今のシンプルだがインパクトのある唯一無二のデザインを創り上げていったのだろう。その作品の多さとバリエーションから、彼の底知れぬ才能と地道な努力の痕跡を感じた。
目立つ装飾やカラーを削ぎ落してもなお印象に残るように創造する……これが決して簡単ではないということは、すべての文化芸術に共通していることだ。デザインについての知識こそないがムナカタも元俳優である。シンプルだからこその難しさと奥深さはわかっている。
「私に任せていただけるのであれば全力を尽くします。必ずやご満足いただける成果を出すことをお約束しますので、ぜひご検討くださいませ」
イサギが言うのを聞きながらページをスクロールし、ムナカタはしきりに顎を撫でている。再び最初のページに戻り、また最後のページへ。やがて視線だけを上げると、イサギを見つめた。
「――先日の歌番組で、メンバーがひとり欠けていたことにお気づきになられましたか?」
「ええ。セナさんですね」
間髪入れずに答えたのを見て、ムナカタは片頬を上げる。
「もしメンバーが5人揃っていたら、ロゴのデザインは変わっていたでしょうか」
「変わりません。セナさんの不在を感じさせない完璧なステージを見させていただいて、ウル・ラドというグループのイメージが私の中でしっかり固まったので」
「完璧?メンバーが欠けていてもですか?」
「ええ。本人たちからしたら不本意かもしれませんけど、彼らは完璧でした。ピンチをチャンスに変える度胸が実力以上のものを生み出す……アイドルに限らず大きなことを成し遂げるチームってそういうものじゃありませんか」
彼はふふと可憐に笑い、落ち着いた声音で続ける。
「獅子や猛牛を思わせるような、とにかく凄まじい気迫と勢いがあって……本当にすばらしかったです。困難の渦中にありながら堂々と振る舞う4人にファンのみなさんも感動されたんじゃないですかね」
ムナカタもホズミも、わずかに目を瞠り黙った。笑みを消したイサギは彼らの反応をすこし驚いたように眺めて、
「どうしたんですおふたりとも……狐につままれたような顔をして」
拗ねたような、居心地悪そうな顔をするのでホズミは思わず破顔した。つられたようにムナカタも白い歯をのぞかせる。
それから数時間後、3人は和やかな空気の中で食事を終えた。
「本日はありがとうございました。お父上によろしくお伝えください」
ムナカタは言いながら、イサギと固い握手を交わす。ひとまわり小さい彼の手は氷のように冷たく、わずかに汗ばんでいる。飄々として緊張とは無縁に見えても、実際はそうでないのかもしれないとムナカタは思った。世の中を達観しているような雰囲気に呑まれ忘れていたが、彼もまたウル・ラドと同じく、まだ20を過ぎたばかりの若者なのだ。
ロビーで彼の後ろ姿を見送ると、ムナカタがおもむろに口を開く。
「よし。決めたぞ」
どこか清々しい顔で言った。そしてわずかな沈黙ののちに、ホズミの方に振り向き続ける。
「イサギさんにお願いしよう」
短いその一言にホズミは深く頷いて、
「ツアーグッズだけではなくイメージキャラクターもイサギさんにお任せしたらどうでしょう。アキラが描いたイラストを元にデザインしてもらうんです」
「またその話か……」
ムナカタは、苦いものを食べたかのような表情になる。
その反応を見るにつけ今日もいい返事は聞けそうにもなかったが、それでもホズミは食い下がる。
「明るい曲調に合わせて爽やかなパフォーマンスを披露したにもかかわらず、彼はステージに立つメンバーを見て“獅子か猛牛を思わせる”と表現しました……ウル・ラドが内に秘めている本質を見抜いたんです」
彼は祈るような気持ちで、目の前の男の厳しい横顔を凝視する。
イメージキャラクター変更の交渉はこれで最後にするつもりだった。イサギの才能を目の当たりにしてもだめなら、もう無理だ。
「社長」
呼びかけてくるその声を聞き、彼は黙ってホズミを見た。
食い入るように見つめ返したホズミは、めずらしく必死な表情になりながらさらに言う。
「ウル・ラドに必要なのは、よき理解者です。彼らのことを知ろうともせず利益だけを追求する人々じゃありません」
「――いいだろう。変更を許可する」
ムナカタはイサギが去った方に目を遣り、静かに言葉を継いだ。
「そこまで言うからには必ず結果を出せ。……頼んだぞホズミ」
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