よあけ

紙仲てとら

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本編

第165話

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 確かに今回の曲は、ウル・ラドにしてはめずらしい明るくポップなダンスナンバーだ。重低音の効いたダークなEDMを得意とするアキラが新しく挑戦した意欲作である。
「季節は春!アップテンポな曲調に合わせてもっと爽やかにいこうよ!」
 サンは両腕を広げながら底抜けに明るい声で言う。しかしアキラはその陽気な空気に染まることなく、わずかに眉根を寄せた。
「そんなこと言われても今更すぎるよ。ミュージックビデオもブックレットの写真も宣材も、みんな撮影しちゃってんのに」
「そうなんだよ!撮影しちゃってんだよなあ~」
 サンは盛大な溜息と共に目元を覆い、
「できあがったMVを観させてもらったけど、めっちゃがっかりしちゃったよ僕」
 彼はフロアで車座になっている彼らの周りをゆっくり歩きつつ、大袈裟な身振り手振りで続ける。
「アンタたちもこれまでの関係者もみんな、アイドルは七変化してなんぼだってことをわかってなさすぎる!なんでもかんでも同じようなコンセプトで売り出してるんだもん。バンドマンだったらそれでいいかもしれないけど、そろそろアイドルの自覚持たないと」
 まずは皮肉でアキラを牽制し、アコに顔を向ける。
「いろいろ遅いのはわかってるけどさ。せめて活動期間中だけは曲にぴったりの衣装とメイクでやろうよ」
「――って言って聞かないんだけど」アコは疲れの滲む顔で一同を見回し、「まあ、曲の雰囲気と合わせた方がいいってのはその通りだよ。今まではあんたたちの意見とかグループ自体のイメージを優先してきたけど、そうなるといつも同じような感じになっちゃってたでしょ」
 しんと静まり返る中、誰かの溜息がかすかに聞こえた。
 悔しいが、反論できない。つまり図星――特に衣装やヘアメイクに関しては、こちらの意見をごり押ししてきた自覚がある。以前のヘアメイク担当のランがイエスマンだったため、それは比較的容易なことだった。
 そんな彼女を見兼ねてか、アコが異議を唱えることも多くあったが……ランはまったく相手にせず、なんだかんだで言葉巧みに言い負かしてしまう。そうしてウル・ラド側が望む通りに話が進み、結果的に毎回同じような衣装(黒を基調としたフォーマルなものだ)、同じようなヘアメイクで活動することになる。
 彼らは非常にプライドが高く、グループのカラーやコンセプトについて誰にも口出しさせないという強固な意志があった。ウル・ラドはオフィスウイルドのものではなく、5人のものだという意識が強いのだ。それゆえこれまでずっと、音楽面にしても売り方にしても他の意見をほとんど受け入れず、自分たちの信じるものだけを追求し、反対意見を無視して要望を通してきたのである。それではいけないと気づいているのはメンバーのなかでヤヒロだけだ。
 メンバーそれぞれが暗澹たる気持ちで沈黙するなか、サンはタブレット端末を鞄から取り出し、前作の活動の写真をピックアップする。
「ウル・ラド側の意見とか世界観うんぬんの前にさあ……そもそもアキラとヤヒロが目立ちすぎだと思うんだよね。ヤヒロが派手な髪色にしたり、アキラがしっかりメイクしちゃうといろんな意味でインパクト強すぎて、他のメンバーがどうしても薄れちゃうじゃん?もったいないよ」
 改めてひとりひとりの写真をスクロールして見比べながらぼやく。すると、アキラが立ち上がった。それを見たヤヒロが続き、ひとりまたひとりとサンの周りに集まってタブレット端末を覗き込む。
「メイクバッチリのアキラも派手髪のヤヒロも、個人の魅せ方としては間違ってない。ただアンタたちは“グループ”だろ。だから今回は統一感重視でいきたいんだよね。ってことでとりあえず今作のアイドル活動は……地顔が派手なアキラとヤヒロはメイクも髪色も控え目。塩顔のタビトとユウには明るいヘアカラーにして、目元のメイクはいつもよりもちょっと濃いめにしてみよっか。とはいえもちろん、ビジュアル系みたいなのにはしないから安心して。素材の美しさが際立つメイクで魅力値カンストさせてあげる」
「僕は?」
「問題はアンタだ。セナ」
 端末をアキラに手渡すと、サンはセナの方に振り向いた。片頬に手を当て首を傾げる。
「アンタにはアイドルの輝きがないからつまらない。ずっと、どういうヘアメイクにしようかなーって悩んでるんだ。正直、投げ出したい気持ちだよ……アンタを見ててもぜんぜんインスピレーションが湧いてこないんだもん」
「ひど……なんでそんなこと言うの」
 セナが泣きそうな声を出す。それでもサンは黙らない。
「まず、アンタ自身が自分の魅力をわかってないだろ?ロールモデルは『MAJESTIC』のサシャだって言ってるみたいだけどさ……憧れの人をコピーしたってオリジナルには敵わないぜ。しょせん偽物だ」
 惜しまれつつ解散した伝説のアイドル『MAJESTIC』のリーダー、サシャ。彼は少女のように愛らしく可憐な見た目と明るい性格でファンに愛されていた。セナはサシャに憧れるあまりに、髪型から口調、しぐさや持ち物、服装の好みに至るまで――彼が選んできたものをほとんど真似ている。
「サシャに倣って若干イタいくらいのおバカな元気キャラ演じてるけど、そういう自分に疲れてるときあるよな?ファンサはめちゃめちゃ明るくがんばってるのに、トーク番組になるとテンション低かったりするし。そういうのってやっぱイメージ悪いよ。そのときの気分によって力抜いてるみたいに見えるじゃん」
 相変わらずよくしゃべる男だ。なにか言い返そうと誰もが思っていたが、マシンガンのように飛び出す言葉にタイミングを失ってしまう。
「アンタいつまで、サシャの粗悪な模倣品でいるつもりなの?僕らと一緒にアイドルの高みを目指す気があるなら、サシャの真似事はやめろ。誰かを模倣してるかぎりアンタは輝けない。アイドルは自ら光を放つ太陽でいなくちゃならないんだよ」
 場の空気が、きんと張り詰めるのが感じられた。そんななか、セナがようやく口を開く。
「憧れの人のマネして何が悪いの?別にいいでしょ、誰にも迷惑かけてないんだから……」
「驚いた……迷惑かけてる自覚ないんだ?今のアンタはウル・ラドのお荷物だと思うけど」
「おい……あんた、言っていいことと悪いことの区別もつかねえのか?」
 彼の呼吸の合間に反撃に出たのはユウだった。その一声を皮切りにタビトも加勢する。
「インターネット上で語られてる俺たちしか知らない人にとやかく言われたくない。セナに謝れよ」
「美しい友情はすばらしいね。だけど、売れたいなら第三者目線で自分たちを見た方がいいと思うなあ」
 嘲笑するように喉を鳴らすサンに、アキラが言う。
「意見を主張するのは自由だけど、お荷物っていうのはさすがに言いすぎだ。うちのメンバーを侮辱するのはやめてくれないかな」
「事実を言ってるだけで、侮辱なんかしてないさ」
「事実って言葉を付け足せばなにを言っても許されると思ってんの?人にものを言うときはもうすこし言葉を選びなよ」
「誰かがはっきり言わないと耳を傾けてくれないだろ。周囲の意見を聞きもしないでメンバーそれぞれがやりたい放題やってきたから、自分たちの魅力を半分も発揮できないままここまできちゃったんじゃないか」
 舌戦では常に優位にいるアキラが、黙り込んだ。そのことにタビトはひどいショックを受ける。他のメンバーも同じくだ。こんなアキラの姿は、誰も見たことがなかった。
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