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本編
第159話
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「またフッたんだって?」
いちご味のグミを口に放り込んだミツキは、問いかけてきた声の方に顔を向けた。視線の先には幼馴染であるジーマがいる。彼はソファに寝そべり、スマホの画面をつまらなそうな顔で眺めている。
「あいつ、大学イチのモテ男なのに。今年の夏くらいに芸能界デビューするらしいって噂もあるんだぜ」
「だからなぁに?」不機嫌そうな顔でグミを咀嚼しながら、「あんなブス、ミツキが相手にするわけないじゃん!」
「ブスって……」
「タビト以外の男はみんなブスかゴミだから」
「えー、ひでぇな。俺も?」
「あんたはゴミ。ゴミ以下のゴミ」
「ゴミ以下のゴミってなんだよ。ブスのがまだマシなんだけど」
ふたりが話しているこの場所は、ストルムミュージックの社内にある練習室だ。ハイエンドクラスのオーディオ機器、ステージさながらの照明機材まで揃った贅沢な空間は、20人以上を集めて群舞の練習ができるほど広い。扉を入ってすぐ横の壁には社名のロゴ、その向かい側は一面鏡張りになっている。ジーマが座っているソファは一段下になった休憩スペースにあり、そこには自動販売機や冷蔵庫が設置されていた。
「ゴミだのブスだの……ほんとおまえ口が悪ぃよな」
「ブスって呼ばれたいなら呼んであげるけどぉ?」
「わかったわかった、もーいーよ。てかさ、そろそろ帰った方がいいんじゃね?今日社長いるぞ」
ミツキの顔が険しくなり、グミの袋が華奢な手で握り潰される。
「――あいつほんっとむかつく……ミツキが遊びにきてるってわかるとすぐパパに連絡してさぁ。そのせいでパパも機嫌悪くなっちゃうし、最悪ッ!」
「なら早く帰れよ。そもそもなんでここに入り浸ってんだ?タビトはぜってー来ないと思うけど」
「計画がぜーんぶ丸つぶれになって、ヒマなの」
「は?計画?」
ジーマはソーシャルゲームの待機画面から視線を上げる。
「タビトのメイク担当になれそうだったのに、あの会社……ウル・ラドに契約切られちゃってさぁ。幹部のジジイどもがアホで無能だから」
舌打ちするミツキの前で、ジーマは話の筋がわからず頭の上に疑問符を浮かべるばかりだ。そんな彼を置き去りに、彼女はひとり、にたりと笑った。
「気に入らないから潰しちゃった♡いい気味!」
「な……なんだよ潰したって……こわいこと言うなよ」
ミツキはその言葉を無視して、大きく伸びをする。
「あーあ。今日だれもこないじゃーん」
「来ねえよ誰も。だから帰んなって」
「もうちょっと待ってる。宝物が手に入るかもしんないしぃ」
「またよくわからんこと言ってる……」
「宝物ってなんなのか聞きたい?聞きたいよねぇ?」
「あー、はいはい。聞きたいなー。なんだろなー」
投げやりな口調で答える。そんな彼の態度に気分を害した様子もなく、ミツキは嬉々として言う。
「ここ、雑誌のインタビュアーが来るときあるでしょぉ?なかにはタビトにインタビューしてるヤツもいるわけ。そいつから音声データ買ってんの」
「はあ?!」
がばっと上体を起こしたジーマは、驚愕のあまりにあんぐりと口を開ける。汚いものでも見るような目で彼の顔を一瞥し、ミツキは続けた。
「記事に使われなかった写真のデータもくれたりするしぃ、なんでこのやり方に今まで気付かなかったんだろぉって感じ。気付いてたらあんな面倒なことしなくてよかったのに」
彼女は忌々しそうに舌打ちし、
「それにしてもあのブス、使えなかったなぁ。死ねって言ったのに死なないしさぁ。あー……思い出したらイライラしてきた。ミツキのこと大好きって言ってたくせに、怖気づきやがって……好きな子のためならなんでもするべきじゃなぁい?ねえ?」
同意を求められるも、ジーマはうんともすんとも言わず口を結んでいる。
ミツキが使えなかったと唾棄する相手はウル・ラドのユウのことだと、彼はわかっていた。だが、それについて話を広げる気はなかった。同調すれば、聞くに堪えない罵詈雑言が彼女の口から飛び出してくるだろうことは容易に想像できる。ユウはタビトの大事な仲間だし、なにより自分の友達だ。友達が悪く言われるのを聞くのは、気分がいいものではない。
「音声とか写真のデータを横流しするのってフツーに服務規律違反じゃねえの。モラルどーなってんだよ……」
「言い値出すって言うとみんな売ってくれるよ」
「札束で相手の頬殴って思い通りにしようとすんのやめな?」
「殴られたくて自分から頬を差し出してくるヤツばっかだもん。ミツキはそういうゴミ野郎にもやさしくしてあげてるの」
常識が通じない相手なのは知っていたが、今回も常軌を逸している。タビトに対する病的なまでの執着に背筋が寒くなる思いがして、ジーマはぶるりと震えた。
「そんなことしてねえで、インタビュー内容知りたきゃ雑誌買えよ」
「買ってるよぉ」
「は?じゃあ、雑誌に掲載されてる内容とほぼ同じなのにわざわざカネ出してデータ買ってんの?バカじゃん……」
「あんた自分が載ってる雑誌読んだことないのぉ?」
彼女はあきれたように鼻を鳴らし、
「掲載しきれない内容があるじゃん。それが目当て。それにインタビュー受けてるタビト、ふだんよりちょっと声が低くてめっちゃかっこいいの……♡あの声をインタビュアーがひとり占めしてるなんて許せない。手に入れるためなら何十万でも何百万でも出すよぉ」
軽い口調で言い放ち、けらけら笑う。
「こわ……。タビトが知ったら間違いなくドン引きするだろうな」
「ひどぉい。なんであんたにそんなこと言われなきゃなんないの?アイドルやってるあいだは人目があるからデートできないしぃ、タビトからも連絡しないでって言われてるしさぁ……ミツキ、すっごーくさみしいんだよ?そういう気持ちをタビトにぶつけないようにぃ、カネ払って自分をなぐさめてるんじゃん。こんなけなげな彼女どこにもいないでしょ!」
「まだそんな妄想にとりつかれてんのかよ」
「あ?」
「付き合ってねーだろ。おまえとタビト」
黙ってしまったミツキに一瞥もくれることなく、ジーマはスマホの画面に集中している。
ややあって、彼の手元に影が落ちた。なにごとかと顔をあげると、ミツキが頭の上から覗き込んできている。光のない黒目と目が合った次の瞬間、折り畳み式の小さなカミソリがひたりと喉元にあてられた。
冷たい感触が薄い肌に食い込み、彼は思わず息を止めた。無表情で見下ろしてくるミツキを凝視したまま、震える声をもらす。
「――そんな、怒んなよ。悪かったって……」
すると彼女はもったいぶるようにゆっくりとカミソリを離し、
「タビトはミツキのものだよ♡期間限定でみんなに貸してあげてるだけ」
白く美しい歯をのぞかせてにっこりと笑う。
ジーマが首をさすりながら彼女に冷たい視線を送ったとき、練習室のドアが開いてレノが入ってきた。
いちご味のグミを口に放り込んだミツキは、問いかけてきた声の方に顔を向けた。視線の先には幼馴染であるジーマがいる。彼はソファに寝そべり、スマホの画面をつまらなそうな顔で眺めている。
「あいつ、大学イチのモテ男なのに。今年の夏くらいに芸能界デビューするらしいって噂もあるんだぜ」
「だからなぁに?」不機嫌そうな顔でグミを咀嚼しながら、「あんなブス、ミツキが相手にするわけないじゃん!」
「ブスって……」
「タビト以外の男はみんなブスかゴミだから」
「えー、ひでぇな。俺も?」
「あんたはゴミ。ゴミ以下のゴミ」
「ゴミ以下のゴミってなんだよ。ブスのがまだマシなんだけど」
ふたりが話しているこの場所は、ストルムミュージックの社内にある練習室だ。ハイエンドクラスのオーディオ機器、ステージさながらの照明機材まで揃った贅沢な空間は、20人以上を集めて群舞の練習ができるほど広い。扉を入ってすぐ横の壁には社名のロゴ、その向かい側は一面鏡張りになっている。ジーマが座っているソファは一段下になった休憩スペースにあり、そこには自動販売機や冷蔵庫が設置されていた。
「ゴミだのブスだの……ほんとおまえ口が悪ぃよな」
「ブスって呼ばれたいなら呼んであげるけどぉ?」
「わかったわかった、もーいーよ。てかさ、そろそろ帰った方がいいんじゃね?今日社長いるぞ」
ミツキの顔が険しくなり、グミの袋が華奢な手で握り潰される。
「――あいつほんっとむかつく……ミツキが遊びにきてるってわかるとすぐパパに連絡してさぁ。そのせいでパパも機嫌悪くなっちゃうし、最悪ッ!」
「なら早く帰れよ。そもそもなんでここに入り浸ってんだ?タビトはぜってー来ないと思うけど」
「計画がぜーんぶ丸つぶれになって、ヒマなの」
「は?計画?」
ジーマはソーシャルゲームの待機画面から視線を上げる。
「タビトのメイク担当になれそうだったのに、あの会社……ウル・ラドに契約切られちゃってさぁ。幹部のジジイどもがアホで無能だから」
舌打ちするミツキの前で、ジーマは話の筋がわからず頭の上に疑問符を浮かべるばかりだ。そんな彼を置き去りに、彼女はひとり、にたりと笑った。
「気に入らないから潰しちゃった♡いい気味!」
「な……なんだよ潰したって……こわいこと言うなよ」
ミツキはその言葉を無視して、大きく伸びをする。
「あーあ。今日だれもこないじゃーん」
「来ねえよ誰も。だから帰んなって」
「もうちょっと待ってる。宝物が手に入るかもしんないしぃ」
「またよくわからんこと言ってる……」
「宝物ってなんなのか聞きたい?聞きたいよねぇ?」
「あー、はいはい。聞きたいなー。なんだろなー」
投げやりな口調で答える。そんな彼の態度に気分を害した様子もなく、ミツキは嬉々として言う。
「ここ、雑誌のインタビュアーが来るときあるでしょぉ?なかにはタビトにインタビューしてるヤツもいるわけ。そいつから音声データ買ってんの」
「はあ?!」
がばっと上体を起こしたジーマは、驚愕のあまりにあんぐりと口を開ける。汚いものでも見るような目で彼の顔を一瞥し、ミツキは続けた。
「記事に使われなかった写真のデータもくれたりするしぃ、なんでこのやり方に今まで気付かなかったんだろぉって感じ。気付いてたらあんな面倒なことしなくてよかったのに」
彼女は忌々しそうに舌打ちし、
「それにしてもあのブス、使えなかったなぁ。死ねって言ったのに死なないしさぁ。あー……思い出したらイライラしてきた。ミツキのこと大好きって言ってたくせに、怖気づきやがって……好きな子のためならなんでもするべきじゃなぁい?ねえ?」
同意を求められるも、ジーマはうんともすんとも言わず口を結んでいる。
ミツキが使えなかったと唾棄する相手はウル・ラドのユウのことだと、彼はわかっていた。だが、それについて話を広げる気はなかった。同調すれば、聞くに堪えない罵詈雑言が彼女の口から飛び出してくるだろうことは容易に想像できる。ユウはタビトの大事な仲間だし、なにより自分の友達だ。友達が悪く言われるのを聞くのは、気分がいいものではない。
「音声とか写真のデータを横流しするのってフツーに服務規律違反じゃねえの。モラルどーなってんだよ……」
「言い値出すって言うとみんな売ってくれるよ」
「札束で相手の頬殴って思い通りにしようとすんのやめな?」
「殴られたくて自分から頬を差し出してくるヤツばっかだもん。ミツキはそういうゴミ野郎にもやさしくしてあげてるの」
常識が通じない相手なのは知っていたが、今回も常軌を逸している。タビトに対する病的なまでの執着に背筋が寒くなる思いがして、ジーマはぶるりと震えた。
「そんなことしてねえで、インタビュー内容知りたきゃ雑誌買えよ」
「買ってるよぉ」
「は?じゃあ、雑誌に掲載されてる内容とほぼ同じなのにわざわざカネ出してデータ買ってんの?バカじゃん……」
「あんた自分が載ってる雑誌読んだことないのぉ?」
彼女はあきれたように鼻を鳴らし、
「掲載しきれない内容があるじゃん。それが目当て。それにインタビュー受けてるタビト、ふだんよりちょっと声が低くてめっちゃかっこいいの……♡あの声をインタビュアーがひとり占めしてるなんて許せない。手に入れるためなら何十万でも何百万でも出すよぉ」
軽い口調で言い放ち、けらけら笑う。
「こわ……。タビトが知ったら間違いなくドン引きするだろうな」
「ひどぉい。なんであんたにそんなこと言われなきゃなんないの?アイドルやってるあいだは人目があるからデートできないしぃ、タビトからも連絡しないでって言われてるしさぁ……ミツキ、すっごーくさみしいんだよ?そういう気持ちをタビトにぶつけないようにぃ、カネ払って自分をなぐさめてるんじゃん。こんなけなげな彼女どこにもいないでしょ!」
「まだそんな妄想にとりつかれてんのかよ」
「あ?」
「付き合ってねーだろ。おまえとタビト」
黙ってしまったミツキに一瞥もくれることなく、ジーマはスマホの画面に集中している。
ややあって、彼の手元に影が落ちた。なにごとかと顔をあげると、ミツキが頭の上から覗き込んできている。光のない黒目と目が合った次の瞬間、折り畳み式の小さなカミソリがひたりと喉元にあてられた。
冷たい感触が薄い肌に食い込み、彼は思わず息を止めた。無表情で見下ろしてくるミツキを凝視したまま、震える声をもらす。
「――そんな、怒んなよ。悪かったって……」
すると彼女はもったいぶるようにゆっくりとカミソリを離し、
「タビトはミツキのものだよ♡期間限定でみんなに貸してあげてるだけ」
白く美しい歯をのぞかせてにっこりと笑う。
ジーマが首をさすりながら彼女に冷たい視線を送ったとき、練習室のドアが開いてレノが入ってきた。
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