153 / 308
本編
第151話
しおりを挟む
「ずいぶん楽しそうに話してるね」
アキラにマグカップを手渡す。もうひとつは新しく淹れたチカルのぶんだ。恐縮しながら受け取ったチカルに彼は言う。
「仕事中に客人の相手してもらっちゃってすみませんでした。残ってる作業は今日終わらなくても平気ですからゆっくり進めてください。よろしくお願いします」
めずらしく丁寧に言われ、チカルは胸に引っ掛かるものを覚えたが言葉にできない。唇をきゅっと引き締め視線を下げると、わずかののちに言った。
「かしこまりました」
一礼してその場を去ろうとするチカルを呼び止めたのはアキラだった。ソファから立ち上がり、彼女に近づく。
「メモ帳とペンあります?」
いきなりそう言われて怪訝に思いつつもウエストポーチからそれらを出して渡すと、彼はボールペンでなにやらサラサラと書いた。
「うちのマネージャーはいつも忙しいし、もしタビトとのことでなにかあればいつでも連絡してください。知らない番号でも、基本的に出るようにしてるんで」
手に戻ってきたメモ帳を見れば、スマホの番号が書いてある。なんと反応したらいいものかわからず困惑の色を浮かべたチカルと、にっこりと美しく笑うアキラのあいだにタビトが割り込む。そしてチカルを背中に隠すようにして叫んだ。
「なにしてんだよアキラ!」
「なにって……俺の電話番号渡しただけだけど?」
「やめろよそういうこと……」
「どうして?」彼は華やかに微笑んで、「俺たちを支えてくれる女性たちって、ファンから敵視されやすいでしょ?アコちゃんだって石ぶつけられたことあるし。チカルさんにもしなにかあったとき、タビトひとりで対処できんの?」
チカルには、そのあとのふたりの会話は耳に入ってこなかった。
「アコ」というのはいったい誰だろう。タビトはいま付き合っている人はいないと言っていたが、元恋人だろうか――そう考えた瞬間、彼が女と肌を寄せ合う生々しい映像が頭を巡った。同時に、勝手な憶測でショックを受けているのを自覚し、信じられない気持ちになる。彼女は戸惑い、激しく乱れてしまった感情を前に茫然とした。
「また今度ゆっくり話しましょうね。チカルさん」
アキラの声が鼓膜を打ち、我に返ったチカルは頼りない声で返事をする。
「どうかした?」
傍にいたタビトが心配そうな顔で覗き込んできた。
「なんでもありません」
彼女はいつものように微笑み、「作業に戻ります」そう言って扉の向こうに消える。
心配が拭えないまま背中を見送ったタビトはアキラに振り向いた。
「怖がらせちゃったじゃん!アキラが変なこと言うから」
「事実なんだから仕方ないでしょ」
澄まし顔で言い、コーヒーを飲む。まったく悪びれた様子はない。
「あのひとさ……特に美人ってわけじゃないし地味な感じだけど、なんか独特な雰囲気あるよね。色っぽいっていうか」
「――ちょっと……変な目で見るなよ」
「同じこと思ってるくせに。頭のなかはエッチなことでいっぱいなんじゃないの?」
ついに彼はアキラを見つめたまま、黙り込む。
「タビト……おまえ、その顔ぜったいファンの前でしない方がいいよ……こわ……」
「そろそろ怒っていいよね?」
「もう怒ってるじゃん」
「……」
「最近すごく表情が豊かになったよな。そうやってすぐ顔に出るし……」
タビトはいよいよ殴りかかってきそうな形相だ。それを見たアキラは満足そうに笑う。彼は激しい感情に駆られるタビトの顔が好きだった。生気に満ち、とても美しいからだ。
「おふざけはここまでにして、真面目な話。いいよね、チカルさんのあの目。なんかインスピレーションが湧いちゃったな」
マグカップの中でコーヒーを揺らしながら、アキラがどこか楽しそうに言う。
チカルの纏う雰囲気に感性が刺激されるのを、タビトも感じていた。それは彼女に特別な感情を抱いているからだと思っていたが――アキラもまた、そうなのだろうか。彼はまなざしを鋭くして、目の前で優雅にカップを傾けている端整な横顔を睨むように見つめる。
「アキラが相手だって負けないからね」
「そういう意味じゃないよ。ああいう静かなタイプより、気の強い子の方が好きだし。俺が手を焼くくらい傍若無人じゃないとね」
「そんな人を見つけるのなんて、干し草の中で縫い針を探すくらい難しいんじゃない?」
皮肉を込めて返すと彼は目を細めて、
「やだなあタビト……もうとっくに見つけてるよ。すぐそばにいるでしょ」
そう言って妖艶に笑う。誰のことだか、タビトには見当もつかない。
アキラにマグカップを手渡す。もうひとつは新しく淹れたチカルのぶんだ。恐縮しながら受け取ったチカルに彼は言う。
「仕事中に客人の相手してもらっちゃってすみませんでした。残ってる作業は今日終わらなくても平気ですからゆっくり進めてください。よろしくお願いします」
めずらしく丁寧に言われ、チカルは胸に引っ掛かるものを覚えたが言葉にできない。唇をきゅっと引き締め視線を下げると、わずかののちに言った。
「かしこまりました」
一礼してその場を去ろうとするチカルを呼び止めたのはアキラだった。ソファから立ち上がり、彼女に近づく。
「メモ帳とペンあります?」
いきなりそう言われて怪訝に思いつつもウエストポーチからそれらを出して渡すと、彼はボールペンでなにやらサラサラと書いた。
「うちのマネージャーはいつも忙しいし、もしタビトとのことでなにかあればいつでも連絡してください。知らない番号でも、基本的に出るようにしてるんで」
手に戻ってきたメモ帳を見れば、スマホの番号が書いてある。なんと反応したらいいものかわからず困惑の色を浮かべたチカルと、にっこりと美しく笑うアキラのあいだにタビトが割り込む。そしてチカルを背中に隠すようにして叫んだ。
「なにしてんだよアキラ!」
「なにって……俺の電話番号渡しただけだけど?」
「やめろよそういうこと……」
「どうして?」彼は華やかに微笑んで、「俺たちを支えてくれる女性たちって、ファンから敵視されやすいでしょ?アコちゃんだって石ぶつけられたことあるし。チカルさんにもしなにかあったとき、タビトひとりで対処できんの?」
チカルには、そのあとのふたりの会話は耳に入ってこなかった。
「アコ」というのはいったい誰だろう。タビトはいま付き合っている人はいないと言っていたが、元恋人だろうか――そう考えた瞬間、彼が女と肌を寄せ合う生々しい映像が頭を巡った。同時に、勝手な憶測でショックを受けているのを自覚し、信じられない気持ちになる。彼女は戸惑い、激しく乱れてしまった感情を前に茫然とした。
「また今度ゆっくり話しましょうね。チカルさん」
アキラの声が鼓膜を打ち、我に返ったチカルは頼りない声で返事をする。
「どうかした?」
傍にいたタビトが心配そうな顔で覗き込んできた。
「なんでもありません」
彼女はいつものように微笑み、「作業に戻ります」そう言って扉の向こうに消える。
心配が拭えないまま背中を見送ったタビトはアキラに振り向いた。
「怖がらせちゃったじゃん!アキラが変なこと言うから」
「事実なんだから仕方ないでしょ」
澄まし顔で言い、コーヒーを飲む。まったく悪びれた様子はない。
「あのひとさ……特に美人ってわけじゃないし地味な感じだけど、なんか独特な雰囲気あるよね。色っぽいっていうか」
「――ちょっと……変な目で見るなよ」
「同じこと思ってるくせに。頭のなかはエッチなことでいっぱいなんじゃないの?」
ついに彼はアキラを見つめたまま、黙り込む。
「タビト……おまえ、その顔ぜったいファンの前でしない方がいいよ……こわ……」
「そろそろ怒っていいよね?」
「もう怒ってるじゃん」
「……」
「最近すごく表情が豊かになったよな。そうやってすぐ顔に出るし……」
タビトはいよいよ殴りかかってきそうな形相だ。それを見たアキラは満足そうに笑う。彼は激しい感情に駆られるタビトの顔が好きだった。生気に満ち、とても美しいからだ。
「おふざけはここまでにして、真面目な話。いいよね、チカルさんのあの目。なんかインスピレーションが湧いちゃったな」
マグカップの中でコーヒーを揺らしながら、アキラがどこか楽しそうに言う。
チカルの纏う雰囲気に感性が刺激されるのを、タビトも感じていた。それは彼女に特別な感情を抱いているからだと思っていたが――アキラもまた、そうなのだろうか。彼はまなざしを鋭くして、目の前で優雅にカップを傾けている端整な横顔を睨むように見つめる。
「アキラが相手だって負けないからね」
「そういう意味じゃないよ。ああいう静かなタイプより、気の強い子の方が好きだし。俺が手を焼くくらい傍若無人じゃないとね」
「そんな人を見つけるのなんて、干し草の中で縫い針を探すくらい難しいんじゃない?」
皮肉を込めて返すと彼は目を細めて、
「やだなあタビト……もうとっくに見つけてるよ。すぐそばにいるでしょ」
そう言って妖艶に笑う。誰のことだか、タビトには見当もつかない。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。


ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる